婚約破棄を、あなたのために

月山 歩

文字の大きさ
上 下
1 / 12

1.婚約破棄

しおりを挟む
 エミリアは、舞踏会のホールで、婚約者であるオースティン・セリノと、テレーザが二人で仲が良さそうに、話しているのを見つけた。

 友人達から離れ、オースティンとダンスをしようと探していたので、彼に声をかけようとするが、後ろからの令嬢達の話し声に、足が止まる。

「オースティン様とテレーザ様は悲劇のカップルなんですって。

 エミリア様が侯爵令嬢だから権力を使って、愛し合う二人を引き裂いて、オースティン様と婚約したんですって。

 この二人の間に割り込むなんて、普通はできないわ。」

「どうりで。
 エミリア様より、テレーザ様といるオースティン様の方が表情が生き生きしてると思ったわ。」

 令嬢達は私がここにいるとは知らずに、噂話をしている。

 最近あちらこちらで、社交会の令嬢達がその噂を囁き合っているのは、私もとっくに知っている。

 噂によると、私はいつの間にか、愛し合う二人を引き裂く、悪役令嬢になっているようだった。

 婚約するまで、オースティン様とテレーザさんが愛し合っているなんて、私は知らなかった。

 だから、お父様に誰と結婚したい?って聞かれた時に、以前より、ほのかな恋心を抱いているオースティン様を望んだ。

 オースティン様はスラリと背が高く、輝く金髪と碧眼で、その容姿は女性なら、誰もが一度は憧れるタイプの男性である。

 けれども、爵位は男爵で、明らかに彼にとって、私は逆玉の輿。

 だから、喜んで結婚してくれると思っていた。
 何故なら私には大きな領地がある。




 幼い頃、子供達を集めたお茶会で、

「僕は将来、お父様の領地を立派に治めるのが夢なんだ。」

「君のところの領地は小さいから、治めるのも楽そうだね。」

「大きさじゃないやい。
 どれだけ心を込めるかだって、お父様が言ってたもん。」

 たまたま近くにいたオースティン様と少年達の会話を聞いた時、お家の領地を守ろうとする素敵な男の子だなと思った。

 水色の瞳をキラキラさせて、夢を語っている。
 私の周りには、将来のことを語る男の子がいなかったから。

 それからは、オースティン様を見かけると、自然と話しかけるようになっていた。

 オースティン様は、私が聞けばいつでも、夢見る将来のことを話してくれて、いつしか私は、彼のことを好きになっていた。

 しかし、彼のお父様の領地はこの後、お父様が事業に失敗したことで奪われ、それを引き継いだ彼は名ばかりの男爵になっていた。

 だから、思ったのだ。

 オースティン様が、私と結婚して領地を治めてくれたら、我が侯爵家も栄えるし、オースティン様も領地が手に入ると。

 私はオースティン様のことが好きだし、彼だって、子供の頃から、お話ししていたのだから、私のことを嫌いではないはずだと。

 二人は支えあって、生きていけると。

 オースティン様が、婚約を承諾してくれたと、お父様から聞いた時、嬉しくて、叫びたいくらいだった。

 だが、その後流れた噂で、私はすべてが崩れていくようなショックを受けた。



 それからと言うもの、私とオースティン様の二人の会話はぎこちない。
 
 そして、私の邸の庭園で、お茶を飲みながら話す婚約中の二人の会話は、彼を責めるものになっていた。

「オースティン様、噂では、オースティン様はテレーザさんのことが好きだと、みなさんおっしゃっているけれど、本当かしら?」

「いや、そんなことはないよ。
 僕はテレーザのことは友人だと思っているけど、好きなわけではない。
僕が好きなのは君だよ。」

「そう言ってくれるのは、嬉しいわ。
 他に好きな方はいないと言ってくれていたからこそ、婚約したはずなのに、オースティン様のせいで、私は悪役令嬢と呼ばれているのよ。

 とても、気分が悪いわ。」

「申し訳ない。
 僕もテレーザのことは違うと、周りに言っているんだが。」

 そう話し合い、一度は納得した。



 なのに、再び舞踏会に行き、私が友人達と話すために、オースティン様のそばを離れると、彼とテレーザさんは、ダンスを踊っていた。

 オースティン様は、こうして、私と一緒に舞踏会に来ているのに、どうして、私が少しでも離れると、テレーザさんとダンスをするの?

 やっぱり、私にはテレーザさんとは、何もないと言うけれど、本当は彼女のことが好きなのね。

 だって、見ている全員が、オースティン様はテレーザさんを好きだと思っているわ。
 ダンスまで踊るなら、私もそう思うもの。

 きっとこの状況で、オースティン様と結婚しても、彼は、テレーザさんのことを私に認めないまま、このように公然と浮気するつもりなのでしょう。

 オースティン様は私とは契約結婚して、テレーザさんとは、結婚した後もこのまま交際を続ける。

 それを、オースティン様は、狙っているかもしれないけれど、私は彼に恋心を持っているだけに、そんなの認められない。

 私はそんな結婚の形は我慢できそうもない。
 これ以上、彼を責めるよりは、綺麗に終わりたい。

 だから、私達別れましょう。

 そうして、私はお父様を通じて、一方的に婚約を破棄した。

 どうして、私を好きになってくれないの?
 と、問い詰めたくなる前に。

 これで愛するもの同士、お幸せにね。
 私はあなたを諦める。

 これ以上、あなたのそばにいると、私は惨めになるから。

 そう思って身を引いたつもりだったのに、その後、何故かオースティンは騎士となり、隣国との境を守る砦に旅立った。

 そこは、生きて帰れない。
 そんな噂の、激戦地だった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

【完結】あなたから、言われるくらいなら。

たまこ
恋愛
 侯爵令嬢アマンダの婚約者ジェレミーは、三か月前編入してきた平民出身のクララとばかり逢瀬を重ねている。アマンダはいつ婚約破棄を言い渡されるのか、恐々していたが、ジェレミーから言われた言葉とは……。 2023.4.25 HOTランキング36位/24hランキング30位 ありがとうございました!

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

従姉が私の元婚約者と結婚するそうですが、その日に私も結婚します。既に招待状の返事も届いているのですが、どうなっているのでしょう?

珠宮さくら
恋愛
シーグリッド・オングストレームは人生の一大イベントを目前にして、その準備におわれて忙しくしていた。 そんな時に従姉から、結婚式の招待状が届いたのだが疲れきったシーグリッドは、それを一度に理解するのが難しかった。 そんな中で、元婚約者が従姉と結婚することになったことを知って、シーグリッドだけが従姉のことを心から心配していた。 一方の従姉は、年下のシーグリッドが先に結婚するのに焦っていたようで……。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...