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3.悪女でも好きな男

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「今日は付き合ってくれてありがとう。
 君は相変わらず素敵だね。」

「ありがとう、スペンサーこそかっこいいわ。」

 お食事処で、夕日を眺めるマリアンナの横顔は、僕が好きなリアのままで。

 シックなブルーのドレスは、たっぷりとしたレースで、首元や袖口を覆っている。

 僕の好きな上品なドレスだ。

 ドブソン子爵と別れてからは、リアのドレスは露出度が高い欲情的なドレスではなくなった。

 付き合っている男の好みで、ドレスを変えているのだろう。

 今、王都中で一番の悪女と言ったら、多分ほとんどの者がマリアンナと言うと思う。

 それでも、僕は変わらずリアが好きだ。

 自分でも、不思議なぐらい目を奪われる。

 僕をリアが捨てて、結婚してしまった時に、普通なら許せずに嫌いになるだろう。

 フラれた後の僕は、一時的なショック状態から立ち直ると、忙しい仕事の合間にリアを諦めようと色々な女性と出かけて、彼女じゃなくても、自分は大丈夫だと証明したかった。

 なのに、どんな女性といても夢中になれず、僕はいくら自分で否定しても、結局リアしか好きにならなかった。

 残ったのは、遊び人と言う間違った称号で、僕はただ好きになれる女性を探していただけなのに。

 僕に捨てられた女性は、僕が遊び人だから、振られたと嘘をつく。

 そうすれば、自らのプライドが傷つかないから。

 僕はただリアの面影を探していただけだと気がついて、これ以上女性を不幸にもしたくないし、仕事に没頭するしかなかった。

 それほどまでに、僕はリアだけが欲しかった。

 出会った頃のリアは、僕を見つめることすら恥ずかしそうにしていた。

 腰まで届くストレートな金髪に水色の瞳の小さな天使。

 僕は彼女が恥ずかしがり、僕の方を見れないことをいいことに、ずっと見つめていたものだ。

 今は夕陽を見ている君を見つめている。

 髪が夕陽を浴びて、キラキラ輝いている。
 とても可愛いよ。

「綺麗な夕陽だろ?
 君が気にいると思ったんだ。」

「ええ、素敵ね。
 連れて来てくれてありがとう。
 私出歩くことがほとんどないから。」

 二人は夕陽を眺めながら、食事をしている。

「君は庭園も好きだろ?
 今度ヤンセンが庭園で夜会を開くから、君を案内するよ。」

「嬉しいわ。
 お花も大好きなの。」

「観劇とか、買い物は行かないのかい?
 君の好きな物はまるで十代の少女だね。」

「そうね。
 出歩くことをして来なかったわ。」

 そう話すと、リアは寂しそうな顔をした。

 マリアンナは結婚していた頃、ドブソン子爵を伴わないと外出すらさせてもらえず、どこにも出かけて来なかった自分が、年齢にそぐわない趣味のまま時が止まっていたことに気がついて、ショックだった。

 楽しむことを何一つせずに、年だけとってしまったのね。

 失った時は戻らない。

 だったら、これから楽しめばいい。
 と自分に言い聞かせる。

 それに、ヤンセンは付き合っていた当時、私のことを一番嫌っていたスペンサーの友人だ。

 一緒に夜会に行ったらまた、冷たい目で私を見るわ。

 でも、スペンサーの親友だから仕方がない。

 マリアンナがそんなことを考えているとは知らないスペンサーは、勘違いしていた。

 リアは短かった幸せな結婚生活を思い出しているのだろう。

 不意に見せる寂しそうな表情は、ドブソン子爵がリアを捨てたからか。

 僕は考えても無駄だとわかっているけれど、リアと結婚していた男に嫉妬している。

 リアに捨てられた後の夜会で、ドブソン子爵とリアが下品な痴態を晒しているとヤンセンに言われて、事業の合間を縫って行って見た時、二人の姿に怒り狂った。

 人目を憚らず、絡まり合っていて、僕の天使がその瞬間、人目を気にしないふしだらな女性に変わっていた。

 僕の知ってるリアは、もうそこにはいなくて、僕が結婚するまではと我慢していたことを、人前でやっている。

 僕はワインを一飲みして、振り返らず夜会を後にすると、しばらく社交から遠退いた。

 あんなリアの姿に、とても正気でいられないからだ。

 ヤンセンは、

「彼女はもう昔のスペンサーが好きだった女性じゃない。
 現実を受け入れて、もう彼女のことは忘れろ。

 むしろあんな女性に引っかからないで良かったんだ。

 本当はふしだらだって内緒にして、スペンサーと結婚しようとしていたんだよ。
 最低だよな。

 こんなのをわざわざ見せて、つらい思いさせてごめん。
 知らないよりは、いいと思ったんだ。」

 と気を使いながら話し、僕は何も返す言葉を見つけることができなかった。

 その後僕は、何かに取り憑かれたように働いて、財産をドブソン子爵より増やした。

 ドブソン子爵は唸るほどの金の力でリアを振り向かせたと思っていたから。

 僕よりドブソン子爵を選んだリアに、後悔させたくて仕方がなかった。

 ドブソン子爵より財産が増えたら、リアが振り向いてくれると、どこかで期待していたのかもしれない。

 でもその後、夜会で再びリアに会った時、リアは僕をチラリとも見ようとせずに、ドブソン子爵にキスさせていた。

 その時僕は二度目の失恋をした。

 財産が増えても、リアが振り向いてくれない。
 なのに、ただでさえ群がっていた令嬢達は僕を物欲しそうに見ている。

 財産の力でも、リアを得ることはできないと気づいた時、空しさしか感じなかった。

「これからは少しずつ出歩いてみないかい?
 王都の街も楽しめると思うよ。」

「そうね。
 行ってみたいわ。
 スペンサーは大丈夫なの?
 そんなに私と出歩いて?」

「前にも言ったけれど、僕は人にどう思われても構わないんだ。
 やりたいことをするだけさ。」

「そう?
 遊び人のセリフね。」

「君といるのにピッタリだろ?」

「ふふ、そうね。」

 リアは、笑顔で笑っている。
 僕は君の最近の噂を気にしている。

 でも、そんなことを言って、二人の時間を凍りつかせたくない。
 だから、言えない。

 最近のリアは、ボレック公爵を邸に引き込んだり、仲が良いと評判の高齢夫婦の邸に出入りして、夫婦の仲を割こうとしていると言われている。

 ボレック公爵は親ほどの年齢で、早くに夫人を亡くし、独り身だ。

 その寂しさに漬け込んで、邸に通わせていると言われていて、夜会に出る時は必ずボレック公爵のエスコートつきだ。

 ボレック公爵は、王家の血筋で、高齢であっても逞しく、男から見てもリアに見る目があると言わざるを得ない。

 リアはそんなボレック公爵ですら罠に落ちる悪女と、言われている。

 次はボレック公爵夫人になるのではないかと思われているから、過去のドブソン子爵との下品な夫婦関係も黙殺されている。

 僕は今すぐにでも、そんな関係はやめて、僕と付き合って欲しいと言いたいけれど、今の僕は一度デートしているだけの関係だから、我慢するしかないのだ。

 それに、もう一つの噂もある。
 リアがあえて、仲の良い老夫婦ばかりを狙って、夫を奪おうとしていると言うものだ。

 若く熟れた身体で男を誘惑し、夫婦仲を壊すことに快感を得ているから、あえて仲の良い夫婦を狙い、二人に最大の試練を課す。

 ボレック公爵がいるのに、それでは飽き足らず、他の男性まで次々と狙う。
 まさに悪女だ。

 リアは親子ほど年の離れた男ばかりを狙い、その男達は夜会で堂々とリアに話しかける。

 それを夫人達は見守っているらしい。

 普通は夫が若い悪女と呼ばれている女性に話しかけたら、夫人は怒り狂うのではないのか?

 結婚したことのない僕には、夫婦の機微はわからない。

 夫人達はリアがボレック公爵と言う本命と一緒にいるから、何も言えないでいるだけか?

 確かにドブソン子爵といた時より、リアのドレスは慎み深く、センスも良くなっている。

 それもすべてボレック公爵のおかげなのか?

 考えれば考えるほど、腹が立つ。

 そんなやつらより僕の方がよっぽど良くないか?と詰め寄りたいぐらいだ。

 若いのは、リアにとってはマイナスなのか?

 僕はいつでもリアに翻弄される。
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