無窮の騎士

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第一章

第十二話〜受付嬢と黒猫、そして千里眼〜

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 日が暮れてきた夕方頃。一羽のカラスが無造作に鳴くと他のカラスも呼応するように合唱し飛び立ち空の一部を黒く染め上げていく。丁度鐘の音も鳴り響き多くの人々が帰路につきはじめ、道を行き交う人々が増えてきた。
 一方でいつもと変わらず賑わっている冒険院の受付周辺ではテーブルに集まり情報を共有しているグループがちらほらと見受けられる。
 酒場と違い酒の提供はないが、彼らにそんなことなど関係ないのか盛り上がりに欠けることなく話題も尽きない。
 中でも彼らを驚かせたのは受付嬢のアカネが担当を受け持ったということだろう。彼らには信じ難い、そして信じたく無いことであった。
 アヤトの冒険院の評価が一定以上であることは大した問題では無い。担当が付くという事はそういうものなのだから上級ゴールド冒険者ならばと、誰も文句はでなかった。だが、担当する受付嬢に関しては話が別だ。
 担当が着くとはそれすなわち優待であり、受付嬢もまた優秀でなくてはいけない。冒険院が認めた冒険者に、冒険院が認めた受付嬢が付くのが当たり前であり、新人が付くことはまずあり得ない。ここで重要なのが最終的な判断は受付嬢に委ねられていることにある。
 担当した冒険者が問題を起こせば受付嬢も連帯責任で罰せられる事もあり、地雷を抱え込む物好きは例外はあれどそうそういないだろう。
 あからさまに態度が悪かったり乱暴だったりと、結果は残していても素行の悪い冒険者はそもそもが担当の話が出ないのだが、最終的に受付嬢から断られるからというのが理由だ。
 つまりは結果だけではなく信頼関係ができているかが重要なのであって、アヤトは今まで誰一人として担当を受けていなかったアカネの信頼を勝ち取った猛者なのだと言われている。アヤトにしてみれば良い迷惑だが、事実なのは間違いない。
 真摯にアカネと向き合ってきた者は素直に今回の担当受け持ちについて納得しているが、騒いでいるのは容姿にばかり注目している輩でありアカネへ悪態をつく者も少なくなかった。裏切られた、と勝手で一方的な気持ちを込めて叫んでいる者までいる。
 そんな環境であったがアカネの受付業務も終わりを迎え、残りは裏に下がっての事務処理だけとなった。捌かなくてはいけない書類もそう多くはないので手早く済ませようと自分のデスクに座り取り掛かる。
 通常業務で知り得た魔物の動向について更新し、アヤトから報告を受けた集合しなかった新人冒険者三人に対しての意向確認書の作成。その他諸々の業務の調整など細かなところまでしっかりと目を通していく。
 壁を二つ挟んだこの部屋にまで届いてしまう冒険者達の魂の叫びを尻目に黙々と仕事をこなしていると、扉が開き黒髪のボブカットの受付嬢が入ってきた。

「お疲れ様っす!全く、皆欲に忠実っすね。その熱意をもう少し向上心に使えば良い結果に転ぶかもしれないってのに、残念な人たちっす」

「お疲れ様。私としてはどうしてこんなことになってるのかわからないのだけど」

「先輩が急に担当持ったからじゃないっすか。泣き落としまでされたっていうのにまだ自覚ないんすね」

「確かに今日は涙もろいのが多かったけど、でも何に対して泣き落とししてるわけ?」

「はぁ……もういいっす。私は先輩が怖くなってきたっすよ」

 今日一日絶えることのなかった話題の中心でありながらアカネは今一つ現状を理解できないでいた。今受付から戻ってきた後輩であるシズクから指摘されても、尚頭には疑問符が浮かんでいる。
 これではあまりにも可哀想だと男性衆へ同情しそうになるのを踏みとどまったシズクは、自分も事務処理があるにも関わらずその眠たげな瞳を見開きアカネへ詰め寄った。

「で、そのアヤトって人はどんな人なんすか?彼氏さん?」

 同じ職場なのだから野次馬というわけではないが、それに近い感覚での質問を投げかける。内心では既に予想できてしまっているが、本人の口から聞きたかったのだろう。だが、返ってきたのは色気の欠片もないものだった。

「まさか。ただ放っておけないってだけよ」

「ほっとけない?それだけ聞くと担当持った理由がさっぱりなんすけど。なんか良いとことかないんすか?気がきくとか、優しいとか」

「そういったところは一切ないわね。そもそもほとんど接点もなかったから知らないって言う方が正しいかしら」

「ますますわかんなくなるっす。担当するってことは信頼できる人じゃなきゃ無理でしょ?」

「そうね。でも今までそんな人がいなかったわけじゃないのよ」

 思い出すのは受付嬢になる前から親しくしている特級プラチナ冒険者達。当時は受付嬢としては新人であった為に冒険院から担当の話はでなかったが仮に出たとしても受ける事はなかっただろうな、と思い返してみても同じ結論しか出ない。
 当然信頼していたし、不満など何一つ見当たらないがあと一押しが足りないのだ。

「だけど、信頼だけじゃ私は動けない。信じてたのに、なんて事言いたくないし言われたくもない」

「だったら何が必要なんすか?」

「あの人の役に立ちたい。私自身がそう思える人であることよ」

「それって……もうベタ惚れなんじゃ?」

「だからそんなんじゃないって言ってるでしょ。私は憧れてるだけ。多分、貴方も触れ合ってみればわかるわよ。私たち根本的な所は似てるから」

「んんん?」

 いくら頭を捻ってみてもアカネの言い分はシズクには理解できないものだった。そもそも二人の性格も真逆と言っても差し支えない程にかけ離れているのだ、似ていると言われて疑問に思わないわけがない。
 そんな気持ちを察したのかアカネは微笑を浮かべシズクの頭を撫でた。

「おしゃべりも良いけど今は目の前の仕事を片付けたらどう?私はもう終わったわよ」

「えぇぇ。先ぱぁい、少しだけ手伝ってくれたりは?」

「まったくもう、仕事の内容は何?……討伐者セイバー選抜の試験官の調整、ってこれ貴方の仕事だったかしら?」

「よくぞ聞いてくれました!私思いっきり虐められてると思うんすよ!」

「貴方がこの仕事を受け持った理由はだいたいわかったわ。一日で終わるようなものでもないし、仕方ないからキリが良いところまで手伝ってあげる。後で夕飯一緒にどう?」

「先輩大好きっす!」

 コロコロと変わるシズクの表情に現金な子だと感じるもののそれもまた持ち味なのだろう、アカネはシズクの満面の笑顔に釣られて呆れながらも僅かに口角を上げていた。
 つかみどころがなく常識人かと思えば妙なところで常識を知らない。柔軟な思考かと思えば頑固な面もある。客である冒険者からの忌憚なき評価としては、正に半々の賛否両論としか言いようがない。
 同僚ともたまに口論しているようで一概に優秀とは言えないだろう。だが、手間がかかる子ほど可愛いとはよく言ったもので、アカネはこの一癖も二癖もある後輩には気を許していた。
 だから厄介な仕事を押し付けた他の受付嬢に少しばかりの怒りが込み上げてくる。
 そもそもこの案件は毎年支部長が取り仕切っていたが、今年は手が回らないと下に流れてきたものだ。本来ならば役職のない、おまけに経験の浅い受付嬢が扱って良い代物ではない。
 ならばなぜ、と考えるまでもなくアカネには理由が浮かぶ。皆が敬遠した結果、昨日たまたま休みだったシズクの元へ行き着いた。ただそれだけだ。
 昨日出勤していたメンバーにはアカネから見ても先輩にあたる受付嬢はいたが、この体たらくはいただけない。
 いくら忙しかったとはいえアカネ自身も気付いてあげられなかったと、少しばかりの罪悪感もあったりするがまずは——

「何かしらの制裁は与えるべきね」

「ん?ぜんざいすか?夜は甘いもの控えてるんすけど……」

「えっ?あぁそうなのね。でも気にするような体型じゃないでしょ」

「常日頃から戒めておかないとすぐにボヨン!っすよ」

「そ、そうなのね、私も気をつけるわ。逆に聞くけどそういった事にも配慮してる店のお勧めあるかしら?」

「お任せください!美味しくてヘルシーな世界へ先輩をご案内するっす!」

「ほどほどにお願いするわ」

 シズクの勘違いから始まった食事談義であったが、常日頃から意識しているだけありその知識は広い分野に知見を持つアカネを唸らせるほどに深いものであった。外食とは別に手作りの料理を振る舞いたいと鼻息荒く言ってきたことには流石に驚いたが、自らもレシピを考案するほどにはまりこんでいるらしく真っ直ぐなシズクらしいと言えばらしい。
 当然、会話しながらも手はしっかり動かし仕事を進めていく。時折ソリッドタイプに対しての指名依頼の選出や錬金院との連携の改善点など、目の前の仕事と同等程度に厄介な話題をシズクから持ち出し、その独特な見解にアカネは素直に感心するのであった。
 一時間弱。他に人が入ってこないままそれだけの時間が流れた頃に猫の鳴き声が二人の耳に飛び込んできた。

「猫?」

「そのようね。でもどこに?」

 確かに聞こえたはずの鳴き声は肝心の猫が見当たらず、二人で辺りを見渡すがやはり見つからない。
 そもそもが、シズク以外に部屋を訪れた人はいない状態での完全な密室であったのだからいるはずもないのだが、それでも聞こえてしまった手前気になって仕方がない。

「ダメっすね。もしかしたら外から聞こえたんじゃないっすか?」

「あれだけはっきり聞こえて外からって、どれだけ大きな鳴き声なのよ。そもそも貴方も感知してるでしょ?この部屋からなのは間違いないわ。特定はできないけど」

 荒くれ者の多い冒険院の受付嬢は麗しいだけではない。護身用に規定の戦闘技術の習得が必須の為、魔力の扱いに長けた者も多く魔力感知も大概の受付嬢が当たり前にやってのける。
 その上で猫が見つからないということは魔術で認識を阻害している可能性が高い。気になるのは敵意や害意が一切感じられないことだ。
 などと考えていると、また鳴き声が聞こえてきた。
 足元で。

「わっ!?猫発見っす!」

「綺麗な黒猫ね。召喚獣でも使い魔でもなさそうだけど……この子が魔術を使ったのかしら」

「確かに魔力持ってるみたいっすけど、ただの猫が魔術使えるなんて聞いたことないっすよ」

「でも、さっきまで充満してた魔力の質はこの子で間違いないわ。魔術が使えるぐらいの知能を持っているんでしょ。どうかしら、猫さん?」

 肯定するように一度鳴いた黒猫、クロトはアカネとシズクを交互に見やるとアカネの膝の上へ飛び乗り魔力を瞳に集めながら虚空を見つめ始めた。

「明らかに言葉を理解してるわね。何するつもりなのかしら」

「なんでそんなに落ち着いてるんすか!?その猫が本当に魔術使えるなら攻撃してきてもおかしくないんすよ!」

「それは大丈夫よ。そういう意図で来てたらとっくにやられてるから」

「うぇっ?」

「考えてみなさい、院の誰にも気付かれずにここまでやってきて、今も用途がわからない魔力を集めてるのに誰も駆け込んでこないでしょ?私たちが気付けたのもこの子がわざとそう仕向けただけ。これって相当なやり手よ。でも私達はまだ生きてる。別の目的があるんでしょうよ。そんな人……猫ね。猫が今から何をするのか興味あるわ」

「……先輩って肝が据わってるっすね。そこらの冒険者よりも多分上っすよ」

「褒め言葉として受け取っておくわ」

「そういうとこかっこよくて卑怯っす」

 クロトを撫でながら微笑みかけるアカネはシズクの理想そのもので、見入ってしまっていた。

「はぁ……私もこの猫が何するかは気になっちゃったんでご一緒させていただくっすよ」

 ようやく落ち着いたシズクがじっくりとクロトを眺めると、その顔の可愛らしさに警戒が随分と緩んだ事を自覚する。可愛いから安全だとは言えないが、アカネの理屈は充分に納得できるので警戒の必要性をあまり感じなくなったというのも大きい。
 シズクもクロトを撫でてみようかと手を伸ばしたところでそれは起こった。

「これって投影っすか?」

「かもしれないわね……ただしこれは今実際にどこかの景色を映してるわ」

 部屋の壁に楕円形の青い光が照らされたかと思えば、森や平野を上空から見下ろしたような光景が広がる。千里眼、とアカネが呟くとクロトは再度肯定の鳴き声をあげる。
 名前は知っていても実際に目をする機会など一生に一度もないかもしれない程に希少な魔術の披露に驚く二人であったが、クロトはそんな様子を気にもせずに千里眼を操作し視界を移動させる。
 上空から急降下し平野へ、そして森の中を突き進んでいく光景は視覚情報だけであるにも関わらず実際に体感しているかのような感覚に陥っていく。
 クロトの狙いはやはりわからないが、高速で森を縦横無尽に駆け巡っていく疑似体験にも似た光景はそうそう見れるものではない。そう割り切って二人はアトラクション気分でしばし楽しむことにした。ところが、ふとした拍子にアカネの表情が鋭いものへの変わる。

「変ね、魔物が異常に倒れてるわ」

「先輩もそう思うってことは気のせいじゃなかったんすね」

 ある程度森を進んだ辺りからゴブリンやオークを始め、デーモンやワイバーンなど種族も体躯もまちまちな魔物が道標のように転がっていた。そのどれもが気絶しているだけで、さして目立った外傷もない。自然界における生存競争でないのは間違いなかった。

「人の仕業だとして何で仕留めないんすかね?」

「そこまではわからないけど、相当な実力者なのは間違いないわ。後はこの子と何かしらの関係がありそうね」

「あぁ……確かに。逆にこんな状況で全く関係なかったらいよいよ意味がわかんないっす」

 二人の視線が整った黒い毛並みの背中に注がれる。だが肝心のクロトはそれを意に返さずただただ千里眼を操作し魔物の道標を辿っていくのであった。
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