混沌のコルディス

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第五話

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   久しぶりにベッドでゆっくりと休んだアインは、食堂で朝食をとっていた。クラブハウスサンドと野菜サラダ、コンソメスープにフライドポテトも付いている。
   ティナの命を救ったお礼なのはわかるが、無料で泊めてもらった上にしっかりとした食事まで提供してもらうことを申し訳なく感じるアイン。それでも出されたものは残さない。そもそもこのクラブハウスサンドが非常に美味しいので残そうという気が起きない。
   味の評価が気になるのか厨房からチラチラ何度も視線が向けられる。文句なしに美味い、そう意味を込めてティナにサムズアップすると満足気にガッツポーズをとっていた。
   クラブハウスサンドの最後の一口を食べ終え、コーヒーで一息つく頃にはお腹が程よく脹れていた。

「アインさん、おはようございます。ティナの料理はどうでした?」

「おはようございます。美味しかったですよ。昨日のフィーネさんの料理も美味しかったですけど、ティナさんも負けてませんね」

「それはよかった」

   部屋に戻ろうとしていたら爽やかな笑顔を振りまきながらマイトが話しかけてきた。昨日の暑苦しさはどこへ行ったのか……だが暴走さえしていなければ良識があるのは間違いない。これならばアインも問題なく接することができる。

「ところで本日は何か予定はありますか?」

「午前中はギルドで多少稼いでこようと思ってます。しばらくアクアを拠点にさせていただこうと思うので宿代の確保をしておかなきゃならないので」

「それはありがたい!」

   リーナは観光名所があるわけでも、名産品があるわけでもないどこにでもある田舎の村だ。だからか連泊する客は滅多にいない。アインの発言に純粋に喜ぶマイトであった。

「ん?   失礼ですがアインさんはハンターだったんですか?」

「いえ、ギルドに加入はしてないのでハンターもどきですね。加入すると規則とかに縛られて自由に旅が出来ませんから」

「なるほど。旅とは大変なものですな」

「目的があるからやっていけてる感じですね。それでもたまに休みが欲しくなるもんです」

「では、アクアはアインさんのお休みの場所として選んでいただけたと?」

「ええ、ご飯が美味しいのが決め手ですね」

「はっはっは、うちの女性陣の料理は凄いですなぁ」

   美味しい食事がとれる。旅の間、文明を感じさせる食事をとっていなかったアインにとってその価値は大きい。魔物の狂化を調査する際のモチベーションにも直接繋がるだろう。

「そういえば俺の予定のこと話してましたよね。今の所それぐらいしか予定はないですけどどうかしました?」

「いえいえ、それだけわかれば大丈夫です。午後からお時間があるのなら後は自分で動くでしょう」

「なんの話ですか?」

「親心というものです」

   疑問しか浮かばないアインであったが、当のマイトは仕事が残っているからとその場を後にした。
   親心というワードにティナの様子を見てみると慌ただしく働いている姿があった。客が少ないとはいえ家族三人で宿屋を回しているのだから一人辺りの仕事量は多いのだろう。
   話し相手もいなくなったので今度こそ部屋に戻るアイン。部屋で歯を磨きコートを羽織ると、昨日破損してしまって剣を手に取る。持っていても使えない為無駄でしかないが、帰りに武器屋か鍛冶屋で処分してもらう為に腰に下げておく。
   今日の目標は剣の購入代金と一ヶ月分の宿代の確保だ。美味しい食事でいつもよりやる気に満ちているアインは、それなりに張り切っていた。
 


   アクアを出たアインはティナがゴブリンに襲われた森の奥深く、人が普段寄り付かないような場所にやって来ていた。魔力濃度が濃く魔物にとっては絶好の住居なのだろう。既に何度も襲われている。
   逃げられては元も子もないので威圧せず直接仕留め、ギルドで換金する為その死体はストレージデバイスに回収済みだ。ストレージデバイス、大きさ・重さを無視して決められた容量分を収納できるプレート型の魔道具だ。
   さすがに生きているものには無効だが、その性質上非常に高価で持っている者は少ない。アインが持っているのは過去に譲り受けたものであり、本来ならば手が出ない代物だ。
   そんなアインは四体のオークと対峙していた。贅肉に包まれた巨体を揺らしながら彷徨う豚顔の魔物。猪を思わせる牙の一撃は硬い石を砕き、腕を振り回せば木々をなぎ倒す。その巨体に合わせた大きな棍棒は彼らが個体ごとに気に入った形に加工している。木刀にしか見えないものもあればハンマーのように打撃に特化したものなど様々だ。
   これらのことから、少なくとも自分に合わせて武器を作るだけの知能と知性を持っていることは間違いない。それは手強さにも繋がり、ハンターの間ではプロと名乗る為の登竜門として知られている。
   アインを獲物として見ているのだろう、オーク達は前後左右を囲み逃げられないよう警戒している。人間は大半の魔物にとって極上の味らしく、絶対に逃さないという強い気持ちが伝わってくる。
   もっともその心配は杞憂でしかない。アインの目的は狩りで稼ぐこと。オークがアインを狙っているようにアインもオークを狙っているのだ。逃げるわけがない。

「フゴッ!   フゴッ!   フゴォォォォ!」

   一体のオークが咆哮する。これが開戦の合図となり、双方が動き出した。

「うるさい」

   聞くに堪えない咆哮に顔をしかめつつ向かってくるオークを迎え撃つアイン。まずは先ほど咆哮していた個体だ。
   それは正に猪突猛進。そう言わんばかりの体全体を使った突進を放ってきた。並みの人間なら体が粉々になってしまうであろうがアインは片手で受け止めた。そのまま突きを連想させる掌打で正面から返り討ちにする。拳技、突牙掌ついがしょう。その威力たるや巨体なオークが簡単に吹き飛んで行くほどであった。
   敵はまだ三体いる。吹き飛ばされたオークを尻目に別個体が木刀を大きく振り下ろしてくる。それを柳のように受け流すと、相手の体勢を崩し真後ろに回り込む。先ほどの動きは剛であったが今の動きは柔、優雅に舞っているようにも見える。
   体格差があるため回り込んだアインの視界に広がるのは弛んだ背中、そこに軽い掌打を放った。肉体破壊の拳技、浸透掌しんとうしょう。一見威力は期待できそうにない一撃に見えるが、実際には幾重もの衝撃を内臓へ伝え破壊し尽くす殺傷能力の高い拳技だ。分厚い贅肉を持つオークであってもそれは変わらず、生命維持に必要な器官は機能を停止し外傷もないのに倒れ伏した。
   残るは二体。続けざまにやられた仲間を見て、自分と比べて小さくか細いアインへ恐怖心を抱いていた。それは生存本能による自然な感情だが、狂化し精神に異常をきたしていた方が楽だったかもしれない。

「さて……お前達で最後だ」

   正に死刑宣告。アインの鋭い視線に二体のオークは同時に逃げ出した。死にたくない、その一心で背を向け走り出すがそれを逃すアインではない。歩法、縮地法しゅくちほう。特殊な足運びによる高速移動で瞬きの間に回り込む。
   そのまま頭を掴み地面へと叩きつけた。技術も何もないただの力技だ。大地が揺れ小鳥達が慌てて逃げ出していく。オークはと言えば頭が土に埋まり全く動く様子がない。なんとも呆気ない幕切れだ。
   ストレージデバイスを片手にオークの死体へ触れると吸い込まれるように回収されていく。どれだけ収納してもストレージデバイス自体の重さは変わらない。狩りの効率を考えればこれほど優れた道具はないだろう。全てのオークを収納したアインは次なる獲物も求めて更に森の奥へと進んで行くのであった。
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