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第二話
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目に付くもの全てを破壊し憎悪を振りまく異形の存在、ネブラ。黒い霧より誕生し、人類や魔物など全生物における絶対的な敵。
太古の時代より存在してきたネブラだが、その生態や目的、黒い霧の発生条件などほとんどの事が解明されていない。今なお研究が行われているがめぼしい成果などなく、研究者も半ば諦めながら作業に取り組んでいる。
歴史上では多くの書物にその名が残されているが、姿も強さもまちまちで、種としての規則性が見当たらない。そのため、どれだけ読み解いてみてもわかるのは数多の国を滅ぼしたことのみ。
それでも諦めずにネブラの謎を追う人もいる。それが現在ティナの前を歩いている気怠げな青年、アインであった。
無頓着と言えば良いのだろうか、髪は適当に切り揃えているぐらいでボサボサしていて、癖っ毛に見えていたのは手入れ不足からきているもののようだ。服装もぱっとせず、黒いコートを着ている以外は鎧も着ていない為、一般人にしか見えない。そんな中で中性的で整った容姿だけが秀でている。
現在の時刻は午後四時。ゴブリンとの蹂躙や虐殺と表現するのが正しいと思えるような戦闘が行われたのは一時間程前、ティナの目にはアインが消えたと思った瞬間に何十匹もいたゴブリンも同時に消えてしまったようにしか見えなかった。違ったのはアインは再び姿を現したのに対して、ゴブリンは消えたまま戻ってこなかったことぐらいだろう。
実際にはアインが全てのゴブリンを欠片も残さない程に細かく切り刻んだのだが、その際にあまりにも速い斬撃により血すらも蒸発してしまっただけ。と言葉にすれば容易いが一般的にはまず実現不可能なレベルの動きだ。
これが消えて見えたカラクリだが倒すだけであればここまでする必要はない。これは一般人であるティナに刺激の強い光景を見せないように配慮したアインの優しさであった。
「アインさん、村が見えてきましたよ」
「へぇ、あれがティナの村か」
そんなアインの考えなど知る術もないティナは明るく楽しげな声をあげながら満面の笑顔を浮かべている。あどけなさが残るものの、花が咲いたかのようなその笑顔は美しさを感じさせるものであった。
しかし、どこか照れが見え隠れしている。それも仕方のないことだ、気怠そうな雰囲気はあるがアインは絶体絶命のピンチを救ってくれた命の恩人。薬草の採集も手伝ってくれて、更に帰り道の護衛を自ら申し出てくれた好青年。吊り橋効果なのだろうがティナはアインに確かな恋をしていた。
互いに名前を呼びあっていることが照れに拍車をかけている。戦闘後に自己紹介を済ませ、その時は助かったことへの安堵感と興奮で遠慮なく名前を呼べていたが、ある程度落ち着きを取り戻した今のティナには名前を呼ぶことそのものが気恥ずかしかった。
「あの……ところでアインさんは今日はどこに泊まるか決まってるんですか?」
アインは自己紹介の際に旅人だと説明していた。つまり誰か知り合いがいてそこに泊まるような事がない限り、宿泊施設の利用はほぼ間違いのないこと。もうじき日が暮れる時間ということもあり、急ぎの用事でもない限り今から村を発つこともないだろう。
ティナは実家が宿屋である事を感謝し、泊まるあても急ぎの用事もないことを祈りつつアインの返事を待った。
「夜の移動は避けたいし今日はここで世話になるつもりなんだが……俺あんまり金は持ってないんだよな。宿代が高けりゃ近くで野宿でもするかな」
「野宿ですか……でしたらうちに泊まりませんか? 父が宿屋を経営してるんです。助けてもらったことを説明すれば安くできると思います」
「そりゃありがたいけど親父さんに確認とらなくても良いのか?」
「知り合いの人とかは安くしても良いと言われてるので大丈夫です。私としては無料で、と言いたいんですけどさすがにそれは父の判断になってしまうので……命を救っていただいたのに申し訳ありません」
「安くしてもらえるだけでありがたいんだ、何も気にしないでくれ」
「はい……でもそのかわりとは言っては何ですが、最高に美味しいご飯を作りますね!」
「あぁ、楽しみにさせてもらうよ」
お礼と営業と恋愛の三つが盛り込まれたティナの精一杯の行動はほぼほぼ成功したと言えるだろう。緊張から解き放たれ安心したのかティナの表情はほっとしたものへと変わっていた。
そんなコロコロと変わる表情を面白く感じるアインであったが、その一方で今回の魔物の異常な行動について考えていた。
魔物と対峙したことは過去に数え切れないほどにあるが、ほとんどの戦闘は威圧一つで蜘蛛の子を蹴散らすかのごとく魔物が逃げ出していた。生半可な力では戦いにすらならない。それこそ何千もの魔物の大群だろうとアインにとってみれば脅威にはなりえない、それだけの実力を備えていた。
しかし、先程のゴブリンもそうだがここ最近では威圧が通じなかったり、異様な生命力も持つ魔物などと稀に遭遇するようになった。
必要以上に自然を破壊しなければ害の無い植物系の魔物が瘴気を発しながら襲ってきた。
比較的温厚なことで知られている草食系の魔物が激しい気性へと変貌し人里を襲っていた
ただでさえ凶暴な肉食系の魔物がより凶暴性を増し見境なく暴れまわっていた。
これら通常とは違う状態の魔物を学術的には狂化と言われていて、アインは狂化していることが確認できしだい討伐してきた。
世界中で狂化した魔物が出現していることは報告されているが、どの国でも積極的な解決の為の動きはない。脅威と捉えられていないのだ。
全ての魔物が狂化しているわけではなく、むしろその数は少ない。また狂化した魔物が必ず人類に牙を向けるかと言われればそれもまた別であった。なにせ狂化した魔物は人類も魔物も関係なく襲いかかる為、正常な魔物と対立し人目に触れることなくその生を終えることもあったのだ。
確かにこれでは脅威と捉えられないのも無理はない。各国の対応は様々で研究している国もあるが、共通している基本的なスタンスは様子見ということで落ち着いている。
国という大きな組織である以上は迂闊な行動はできないことをアインも知ってはいる。だが、結局のところ最初に被害に合うのは国民であり、最も被害に合うのもまた国民なのだ。それを、我関せずの姿勢を取る国のトップに良い感情は持てなかったのもまた事実。
ネブラの謎を追うアインではあったが、魔物の狂化の原因の調査も片手間にでも行おうかと考えていた矢先に今回のティナ救出だ。ネブラの謎は長年誰も解決できなかったこともあり、より人の生死に直接繋がりそうな魔物の狂化の調査を最優先とする意志が半ば固まりつつあった。
「アインさん? なんだか怖い顔されてますけど大丈夫ですか?」
「ん? ああ、路銀を稼がなきゃなって考えてたんだ。稼げる時に稼いどかないと旅はやっていけないからな」
「なるほど……旅って素敵な響きですけどやっぱり大変なんですね」
アインは嘘は言っていないが本当の事も言わなかった。普段から魔物と相対する職に就いているのなら話題に出すことも問題ないだろうがティナはそういった世界とは無縁の環境で生きてきた。魔物の狂化自体は知っているだろうが、今ここでわざわざ不安にさせる必要もないと判断したのだ。これもまたアインの優しさなのだろう。しかし、路銀を稼がなくてはいけないことは事実なのが悲しいところだ。
そんな平和な会話をしている間に村の門が見えてきた。すると、ティナが門の前まで急ぎ駆けて行き振り向き両手を広げた。
「アインさん、リーナへようこそ!」
ティナの声はゴブリンに襲われ助けを求めた時よりも明らかに大きかった。それだけアインを歓迎したい気持ちが強いのだろうが、村の中にまで響いてしまったため自然と多くの視線が二人に注がれる。そんな注目を集めた状態で村へ入るアインだったが恥しさなど微塵もなく、ティナの屈託のない人間性に微笑ましさを感じるのであった。
太古の時代より存在してきたネブラだが、その生態や目的、黒い霧の発生条件などほとんどの事が解明されていない。今なお研究が行われているがめぼしい成果などなく、研究者も半ば諦めながら作業に取り組んでいる。
歴史上では多くの書物にその名が残されているが、姿も強さもまちまちで、種としての規則性が見当たらない。そのため、どれだけ読み解いてみてもわかるのは数多の国を滅ぼしたことのみ。
それでも諦めずにネブラの謎を追う人もいる。それが現在ティナの前を歩いている気怠げな青年、アインであった。
無頓着と言えば良いのだろうか、髪は適当に切り揃えているぐらいでボサボサしていて、癖っ毛に見えていたのは手入れ不足からきているもののようだ。服装もぱっとせず、黒いコートを着ている以外は鎧も着ていない為、一般人にしか見えない。そんな中で中性的で整った容姿だけが秀でている。
現在の時刻は午後四時。ゴブリンとの蹂躙や虐殺と表現するのが正しいと思えるような戦闘が行われたのは一時間程前、ティナの目にはアインが消えたと思った瞬間に何十匹もいたゴブリンも同時に消えてしまったようにしか見えなかった。違ったのはアインは再び姿を現したのに対して、ゴブリンは消えたまま戻ってこなかったことぐらいだろう。
実際にはアインが全てのゴブリンを欠片も残さない程に細かく切り刻んだのだが、その際にあまりにも速い斬撃により血すらも蒸発してしまっただけ。と言葉にすれば容易いが一般的にはまず実現不可能なレベルの動きだ。
これが消えて見えたカラクリだが倒すだけであればここまでする必要はない。これは一般人であるティナに刺激の強い光景を見せないように配慮したアインの優しさであった。
「アインさん、村が見えてきましたよ」
「へぇ、あれがティナの村か」
そんなアインの考えなど知る術もないティナは明るく楽しげな声をあげながら満面の笑顔を浮かべている。あどけなさが残るものの、花が咲いたかのようなその笑顔は美しさを感じさせるものであった。
しかし、どこか照れが見え隠れしている。それも仕方のないことだ、気怠そうな雰囲気はあるがアインは絶体絶命のピンチを救ってくれた命の恩人。薬草の採集も手伝ってくれて、更に帰り道の護衛を自ら申し出てくれた好青年。吊り橋効果なのだろうがティナはアインに確かな恋をしていた。
互いに名前を呼びあっていることが照れに拍車をかけている。戦闘後に自己紹介を済ませ、その時は助かったことへの安堵感と興奮で遠慮なく名前を呼べていたが、ある程度落ち着きを取り戻した今のティナには名前を呼ぶことそのものが気恥ずかしかった。
「あの……ところでアインさんは今日はどこに泊まるか決まってるんですか?」
アインは自己紹介の際に旅人だと説明していた。つまり誰か知り合いがいてそこに泊まるような事がない限り、宿泊施設の利用はほぼ間違いのないこと。もうじき日が暮れる時間ということもあり、急ぎの用事でもない限り今から村を発つこともないだろう。
ティナは実家が宿屋である事を感謝し、泊まるあても急ぎの用事もないことを祈りつつアインの返事を待った。
「夜の移動は避けたいし今日はここで世話になるつもりなんだが……俺あんまり金は持ってないんだよな。宿代が高けりゃ近くで野宿でもするかな」
「野宿ですか……でしたらうちに泊まりませんか? 父が宿屋を経営してるんです。助けてもらったことを説明すれば安くできると思います」
「そりゃありがたいけど親父さんに確認とらなくても良いのか?」
「知り合いの人とかは安くしても良いと言われてるので大丈夫です。私としては無料で、と言いたいんですけどさすがにそれは父の判断になってしまうので……命を救っていただいたのに申し訳ありません」
「安くしてもらえるだけでありがたいんだ、何も気にしないでくれ」
「はい……でもそのかわりとは言っては何ですが、最高に美味しいご飯を作りますね!」
「あぁ、楽しみにさせてもらうよ」
お礼と営業と恋愛の三つが盛り込まれたティナの精一杯の行動はほぼほぼ成功したと言えるだろう。緊張から解き放たれ安心したのかティナの表情はほっとしたものへと変わっていた。
そんなコロコロと変わる表情を面白く感じるアインであったが、その一方で今回の魔物の異常な行動について考えていた。
魔物と対峙したことは過去に数え切れないほどにあるが、ほとんどの戦闘は威圧一つで蜘蛛の子を蹴散らすかのごとく魔物が逃げ出していた。生半可な力では戦いにすらならない。それこそ何千もの魔物の大群だろうとアインにとってみれば脅威にはなりえない、それだけの実力を備えていた。
しかし、先程のゴブリンもそうだがここ最近では威圧が通じなかったり、異様な生命力も持つ魔物などと稀に遭遇するようになった。
必要以上に自然を破壊しなければ害の無い植物系の魔物が瘴気を発しながら襲ってきた。
比較的温厚なことで知られている草食系の魔物が激しい気性へと変貌し人里を襲っていた
ただでさえ凶暴な肉食系の魔物がより凶暴性を増し見境なく暴れまわっていた。
これら通常とは違う状態の魔物を学術的には狂化と言われていて、アインは狂化していることが確認できしだい討伐してきた。
世界中で狂化した魔物が出現していることは報告されているが、どの国でも積極的な解決の為の動きはない。脅威と捉えられていないのだ。
全ての魔物が狂化しているわけではなく、むしろその数は少ない。また狂化した魔物が必ず人類に牙を向けるかと言われればそれもまた別であった。なにせ狂化した魔物は人類も魔物も関係なく襲いかかる為、正常な魔物と対立し人目に触れることなくその生を終えることもあったのだ。
確かにこれでは脅威と捉えられないのも無理はない。各国の対応は様々で研究している国もあるが、共通している基本的なスタンスは様子見ということで落ち着いている。
国という大きな組織である以上は迂闊な行動はできないことをアインも知ってはいる。だが、結局のところ最初に被害に合うのは国民であり、最も被害に合うのもまた国民なのだ。それを、我関せずの姿勢を取る国のトップに良い感情は持てなかったのもまた事実。
ネブラの謎を追うアインではあったが、魔物の狂化の原因の調査も片手間にでも行おうかと考えていた矢先に今回のティナ救出だ。ネブラの謎は長年誰も解決できなかったこともあり、より人の生死に直接繋がりそうな魔物の狂化の調査を最優先とする意志が半ば固まりつつあった。
「アインさん? なんだか怖い顔されてますけど大丈夫ですか?」
「ん? ああ、路銀を稼がなきゃなって考えてたんだ。稼げる時に稼いどかないと旅はやっていけないからな」
「なるほど……旅って素敵な響きですけどやっぱり大変なんですね」
アインは嘘は言っていないが本当の事も言わなかった。普段から魔物と相対する職に就いているのなら話題に出すことも問題ないだろうがティナはそういった世界とは無縁の環境で生きてきた。魔物の狂化自体は知っているだろうが、今ここでわざわざ不安にさせる必要もないと判断したのだ。これもまたアインの優しさなのだろう。しかし、路銀を稼がなくてはいけないことは事実なのが悲しいところだ。
そんな平和な会話をしている間に村の門が見えてきた。すると、ティナが門の前まで急ぎ駆けて行き振り向き両手を広げた。
「アインさん、リーナへようこそ!」
ティナの声はゴブリンに襲われ助けを求めた時よりも明らかに大きかった。それだけアインを歓迎したい気持ちが強いのだろうが、村の中にまで響いてしまったため自然と多くの視線が二人に注がれる。そんな注目を集めた状態で村へ入るアインだったが恥しさなど微塵もなく、ティナの屈託のない人間性に微笑ましさを感じるのであった。
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