1 / 9
プロローグ
しおりを挟む
真っ黒なキャンパスを星々が白く彩る深淵の夜空。冷たい風が吹き抜ける草原には、ひと際大きく輝く満月のような星の光だけが照らされている。見渡す限りに続く草木は静かに揺れ動き、子守歌のような優し気な音色が流れている。だが、それを除けば時間が止まってしまったかのような、或いは世界の果てにでも来てしまったかのような印象を受ける。
一定の間隔で生えている木々をよく見てみれば異形な物体が休憩している姿があった。その手にフルートと太鼓を持っていて次の演奏を待っているようにも見える。形容しがたい姿をした彼らだが細い枝に行儀よく座っている光景はどこか愛嬌を感じなくもない。しかし、そこに命を感じることはできない。どこまで行っても異形な物体でしかなく、たとえその手にもつ楽器で演奏をはじめようとも生命体には見えないだろう。
異形の物体は皆共通してただ一点を見つめていた。感情の見当たらない視線を追っていけば一対の男女が見えてきた。
作りこまれたかのような目鼻立ちの整った顔の造形。妖艶さを醸し出す切れ長の瞳。艶を帯びていて清らかな長く真っすぐな黒い髪。そんな性別問わず見惚れてしまうであろう少女が、柔らかな草の上で死んだように眠っている青年に寄り添うように座っている。
青年もまたひどく整った容姿をしているが、その姿を見れば容姿が良い悪いなど感じる暇はないだろう。心臓の位置には真っ黒な穴が開いているのだから。それは奈落まで続いているのではないかと思えるほどに底なしで、ブラックホールのように光すら逃さず吸い込むのではないかと思える程に漆黒な穴であった。
「私の力を貴方に……」
少女はか細い声量でつぶやくと、自らの胸へ手をやり……深く突き刺した。赤い、それこそ紅い血潮が噴き出て眠っている青年を鮮血に染める。少女は目を見開き力を込めると、痛みに耐えながら少しずつ手を抜いていく。そして、自らの心臓を抜き出した。
力強く脈打つ心臓は未だいくつかの管が少女と繋がっている。それを無理やり引きちぎろうとすれば更に激痛が走るのは見て取れるが、それを実行したことで肉がちぎれる生々しい音がした。
自らの心臓を両手で抱える少女。その手は細く白いもので、荒事ができそうなものには見えない。だが、この手が心臓をえぐり取ったのは現実であり、変えることのできない事実だ。
「私の心臓……貴方に上げる」
渦に飲み込まれていく、そう表現するのが適切だろう。真っ黒な穴の上に置かれた少女の心臓は瞬くまに飲み込まれ……やがて男性の心臓としての機能を果たし始めた。穴は消え失せ、しっかりと皮膚もある。しいて言えば、心臓部周辺の皮膚におびただしいほどの血管が浮き出ていることがおかしい事ぐらいか。
「貴方は……生きて。私はそれで……満足」
少女が覆いかぶさるように青年に抱き着くと、互いの心臓部を密着させる。心臓の脈打つ音が大きく響き、それは一つの心臓を分け合っているかのような印象を少女に植え付けていく。心地よい時間なのだろう、穏やかな表情となり瞼が落ちていく。
「……おやすみなさい」
やがて、完全に瞳は閉じられそして寝息が聞こえてきた。二つの寝息を確認すると、異形の物体が勢いよく木々から降りてくる。まるで出番を待ち構えていたような動きで、それを証明するようにっ彼らは一斉にフルートと太鼓の演奏を始めた。しかし、その出来栄えは演奏とは言えないようなそれぞれが好き勝手に楽器を鳴らすものであり、踊り子もいるようだがこれもまた統一されていない。正に不協和音そのものと言えたが、それらは少女をより深い眠りに誘っていく。
一定の間隔で生えている木々をよく見てみれば異形な物体が休憩している姿があった。その手にフルートと太鼓を持っていて次の演奏を待っているようにも見える。形容しがたい姿をした彼らだが細い枝に行儀よく座っている光景はどこか愛嬌を感じなくもない。しかし、そこに命を感じることはできない。どこまで行っても異形な物体でしかなく、たとえその手にもつ楽器で演奏をはじめようとも生命体には見えないだろう。
異形の物体は皆共通してただ一点を見つめていた。感情の見当たらない視線を追っていけば一対の男女が見えてきた。
作りこまれたかのような目鼻立ちの整った顔の造形。妖艶さを醸し出す切れ長の瞳。艶を帯びていて清らかな長く真っすぐな黒い髪。そんな性別問わず見惚れてしまうであろう少女が、柔らかな草の上で死んだように眠っている青年に寄り添うように座っている。
青年もまたひどく整った容姿をしているが、その姿を見れば容姿が良い悪いなど感じる暇はないだろう。心臓の位置には真っ黒な穴が開いているのだから。それは奈落まで続いているのではないかと思えるほどに底なしで、ブラックホールのように光すら逃さず吸い込むのではないかと思える程に漆黒な穴であった。
「私の力を貴方に……」
少女はか細い声量でつぶやくと、自らの胸へ手をやり……深く突き刺した。赤い、それこそ紅い血潮が噴き出て眠っている青年を鮮血に染める。少女は目を見開き力を込めると、痛みに耐えながら少しずつ手を抜いていく。そして、自らの心臓を抜き出した。
力強く脈打つ心臓は未だいくつかの管が少女と繋がっている。それを無理やり引きちぎろうとすれば更に激痛が走るのは見て取れるが、それを実行したことで肉がちぎれる生々しい音がした。
自らの心臓を両手で抱える少女。その手は細く白いもので、荒事ができそうなものには見えない。だが、この手が心臓をえぐり取ったのは現実であり、変えることのできない事実だ。
「私の心臓……貴方に上げる」
渦に飲み込まれていく、そう表現するのが適切だろう。真っ黒な穴の上に置かれた少女の心臓は瞬くまに飲み込まれ……やがて男性の心臓としての機能を果たし始めた。穴は消え失せ、しっかりと皮膚もある。しいて言えば、心臓部周辺の皮膚におびただしいほどの血管が浮き出ていることがおかしい事ぐらいか。
「貴方は……生きて。私はそれで……満足」
少女が覆いかぶさるように青年に抱き着くと、互いの心臓部を密着させる。心臓の脈打つ音が大きく響き、それは一つの心臓を分け合っているかのような印象を少女に植え付けていく。心地よい時間なのだろう、穏やかな表情となり瞼が落ちていく。
「……おやすみなさい」
やがて、完全に瞳は閉じられそして寝息が聞こえてきた。二つの寝息を確認すると、異形の物体が勢いよく木々から降りてくる。まるで出番を待ち構えていたような動きで、それを証明するようにっ彼らは一斉にフルートと太鼓の演奏を始めた。しかし、その出来栄えは演奏とは言えないようなそれぞれが好き勝手に楽器を鳴らすものであり、踊り子もいるようだがこれもまた統一されていない。正に不協和音そのものと言えたが、それらは少女をより深い眠りに誘っていく。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!
七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ?
俺はいったい、どうなっているんだ。
真実の愛を取り戻したいだけなのに。



いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる