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回禄の災い
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『回禄の災い』とは、火事・火災のこと。『回禄』というのは中国で火を司る神の名前だそうです。
火事とは本当に怖いものです。
幸いなことに、私自身はひやり・ハッとしたことはありません。しかし、前夫がこの『回禄の災い』に見舞われたことはあります。
前夫はバーテンダーでしたから、もちろん仕事は夜から明け方まで。その日も、私はいつものように彼を仕事に送り出して呑気に寝ていたのです。
ところが、布団に入ってすぐ、珍しいことに彼から携帯電話に着信がありました。仕事中に電話をしてくる人ではなかったので、怪訝に思ったものです。
「どうしたの?」と出ると、「もう寝てた? 寝てるよね。ははは……」と力なく笑う彼。おかしい。いつもそんな語り口で電話してこないし、あまりに笑い声に力がない。
「何かあった?」と、問い詰めると「火事起こした」という一言が返ってきました。
人間、あまりに驚くと言葉が出ないもので、私は二の句が継げなくなり、そしてやっと口をついて出たのが「で、怪我はないの? すぐ帰ってらっしゃい」でした。
話を聞いてみると、調理場で揚げ物をしていたのですが、目を離したすきに火が出たらしいんです。
立ちのぼる炎に気づいた彼は、咄嗟に階下の人から消化器を借りて鎮火。消防署に連絡をし、来るのを待っている間に私に電話をかけたらしい。
それを聞いて眠気もふっとんだ私は、消防署とのやりとりを終えた彼が帰ってきたとき、叱り飛ばそうか笑い飛ばそうか迷ったものです。
というのも、その彼は店を改築したばかりで、再オープンから二日くらいしか経っていなかったのです。自営業ですから、店を開けなければ収入がゼロなわけです。やっと長い工事から復帰して、これから稼ごうというときに、火事の修理でまた店が開けられなくなります。
彼が帰ってくるまで「このタイミングで何やってんの!」とやきもきしたのですが、実際に玄関で顔を合わせてみると、ふっと怒りが飛んでしまいました。
だって、そのときの彼は全身が消化器の粉を浴びて真っ白。バーテンダーの黒い衣装も、磨いた革靴も粉まみれ。毎日きちんと整える髪が焦げてチリチリになり、呆然としていました。
そんな姿を見たら「無事で良かったね。店舗には保険があるんだから、心配すんな。とりあえず、風呂入れ」としか言えませんでした。
もっとも、改築からすぐの火事だったので、詐欺じゃないかと疑われて大変な思いをしたらしいですが、無事に故意ではないとわかってもらえたようです。それに、調理場の一部が焦げたり溶けたり煤がついたものの、他はおおむね大丈夫だったようです。一番大変だったのは消化器の白い粉を取り除く作業だったみたいです。あの粉って本当に細かいんですって。
前夫は男気溢れる人でしたけど、そのときばかりは本当に「怖かった」と、しばらく手が震えていましたっけ。消火したときは無我夢中だったけれど、あとから怖くなってきたそうですよ。
彼は交通事故にあったこともあり、死にかけたのは二度目だったのですが、事故は記憶がないのだそうです。なので、このときが初めて死を意識した日だったのかも。
それにしても、前髪どころか眉毛まで焦げていた彼ですが、普段から『濃い』と評判のヒゲだけは何故か無傷だったことは笑いぐさです。
火事とは本当に怖いものです。
幸いなことに、私自身はひやり・ハッとしたことはありません。しかし、前夫がこの『回禄の災い』に見舞われたことはあります。
前夫はバーテンダーでしたから、もちろん仕事は夜から明け方まで。その日も、私はいつものように彼を仕事に送り出して呑気に寝ていたのです。
ところが、布団に入ってすぐ、珍しいことに彼から携帯電話に着信がありました。仕事中に電話をしてくる人ではなかったので、怪訝に思ったものです。
「どうしたの?」と出ると、「もう寝てた? 寝てるよね。ははは……」と力なく笑う彼。おかしい。いつもそんな語り口で電話してこないし、あまりに笑い声に力がない。
「何かあった?」と、問い詰めると「火事起こした」という一言が返ってきました。
人間、あまりに驚くと言葉が出ないもので、私は二の句が継げなくなり、そしてやっと口をついて出たのが「で、怪我はないの? すぐ帰ってらっしゃい」でした。
話を聞いてみると、調理場で揚げ物をしていたのですが、目を離したすきに火が出たらしいんです。
立ちのぼる炎に気づいた彼は、咄嗟に階下の人から消化器を借りて鎮火。消防署に連絡をし、来るのを待っている間に私に電話をかけたらしい。
それを聞いて眠気もふっとんだ私は、消防署とのやりとりを終えた彼が帰ってきたとき、叱り飛ばそうか笑い飛ばそうか迷ったものです。
というのも、その彼は店を改築したばかりで、再オープンから二日くらいしか経っていなかったのです。自営業ですから、店を開けなければ収入がゼロなわけです。やっと長い工事から復帰して、これから稼ごうというときに、火事の修理でまた店が開けられなくなります。
彼が帰ってくるまで「このタイミングで何やってんの!」とやきもきしたのですが、実際に玄関で顔を合わせてみると、ふっと怒りが飛んでしまいました。
だって、そのときの彼は全身が消化器の粉を浴びて真っ白。バーテンダーの黒い衣装も、磨いた革靴も粉まみれ。毎日きちんと整える髪が焦げてチリチリになり、呆然としていました。
そんな姿を見たら「無事で良かったね。店舗には保険があるんだから、心配すんな。とりあえず、風呂入れ」としか言えませんでした。
もっとも、改築からすぐの火事だったので、詐欺じゃないかと疑われて大変な思いをしたらしいですが、無事に故意ではないとわかってもらえたようです。それに、調理場の一部が焦げたり溶けたり煤がついたものの、他はおおむね大丈夫だったようです。一番大変だったのは消化器の白い粉を取り除く作業だったみたいです。あの粉って本当に細かいんですって。
前夫は男気溢れる人でしたけど、そのときばかりは本当に「怖かった」と、しばらく手が震えていましたっけ。消火したときは無我夢中だったけれど、あとから怖くなってきたそうですよ。
彼は交通事故にあったこともあり、死にかけたのは二度目だったのですが、事故は記憶がないのだそうです。なので、このときが初めて死を意識した日だったのかも。
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