美味しい色にはワケがある

くさなぎ秋良

文字の大きさ
上 下
4 / 7

白色の後悔、白米

しおりを挟む
 白い食べ物といえば何を思い浮かべますか? 豆腐やヨーグルト、はんぺん、生クリーム……いいえ、やっぱり白いご飯でしょうか。私にとって白いご飯は、ほんの少し胸の奥をきゅっと締め付けるものです。

 私には二人の息子がいます。長男は言語の発達が遅く、幼稚園のかたわら療育センターでリハビリを受けています。
 三歳になった息子は二語も話せません。大人が言っていることは理解できます。なのに、口から言葉が出てこない。思うことがあってもなかなか上手に伝えられない。いわゆる発達障害のグレーゾーンです。診断できるほどの特性はないけれど、こだわりが強くてコミュニケーションの経験値が乏しいなどの傾向から、三歳という年齢も考慮し、急いでリハビリをすることになった経緯があります。

 幼稚園に迎えに行くと、同い年の子どもたちが集まってきて話しかけてくれます。

「先生、お迎え来たよ」

「ねえ、もう帰っちゃうの?」

 初めて幼稚園でそんなことを喋っているのを見たとき、ああ、この年だとそんなに喋るものなんだと衝撃を受けました。

 そんな長男ですが、離乳食を食べていた頃は、なんでも食べる子で手がかかりませんでした。けれど幼児食が始まったあたりから偏食が始まり、食べたいもの、食べたくないものがとてもはっきりしました。
 彼のこだわりが一番最初に現れたのは白米でした。ふりかけもダメ、混ぜご飯もダメ、鮭フレークもいらない、ただの白い米が大好きなのです。

 最初は「ふぅん、そういう好みなんだね」と受け入れていましたが、ある日、ネットで自閉症の子に偏食が多いという記事を見てぎくりとしました。こだわりが強く、決まったメニューだけ食べる子もいれば、決まった色だけ食べる子もいるというのです。その記事が、白米など白いものばかり食べる子の話だったのでした。
 その頃は療育センターに通い始めてすぐで、自閉症より多動性のほうがみられると話をされたばかりでした。

 そのとき、白い米が好きなんて面白い子だなとのんびり構えていた自分はとてつもなく無知で呑気すぎたのでは、と激しく後悔しました。もしかしたら、今まで子どもの可愛い遊びや行動としか捉えず見逃してきた兆候が幾つもあったんじゃないか。そう、一気に怖くなりました。

 それ以来、息子が白米を食べるとき、きちんと彼から目をそらしていないか問われているような気がします。毎日の遊びの中に、ふとした仕草の向こうに、彼の無言のメッセージが隠れていないか、真剣に向き合えと神様が喝を入れてくれたんじゃないかと思っています。

 療育センターに通い始めてもう少しで半年が経ちますが、今でも彼に診断は出ていません。ただ幼稚園に通い始めて良い変化も出てきて、月に二回のリハビリを続けながら経過をみているところです。言葉は相変わらず二語もなく、イヤイヤ期だけれど「いや」とも言いません。ただ、「ふんふん」と軽く唸って首を横に振るだけです。正直、子どもと普通にお喋りできるお母さんが羨ましいときがあります。あれが欲しい、何がしたい、これは嫌だ。そういうことがわかるだけで全然気持ちが違うのです。

 ご飯の白は私にとって後悔の色。だけど、悲観しているわけではないのです。全てがこれからの息子を思うと、真っさらで純粋な色のような気もします。
 彼の声が「ママ」「ここ」「にゃんにゃん」など言葉を紡ぐとき、何度聞いてもそのたびになんて可愛らしい声だろうと感嘆します。音が言葉になった瞬間、彼の声に色彩が宿ったような気がするのです。初めて聞いたときなど、感動のあまり思いっきり息を吸い込み、涙が滲みました。

「喋れたねぇ、ありがとう、喋ったね」

 何度もそう言うと、彼は照れくさそうにはにかみました。

 真っ白い米に何を合わせてどう楽しむか。選択肢は様々。彼の純白の声に、どんな色が宿るかも同じなのかなと考えています。彼がどんな色を掴み取るのか、楽しみなのでした。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ことわざ人生

くさなぎ秋良
エッセイ・ノンフィクション
山形で生まれ、北海道で育ち、群馬に嫁いだ筆者があれこれ感じた不思議やギャップ、日常をことわざと共に振り返ります。地方色満載です。猫もいっぱいです。 他サイトでは深水千世名義で公開しています。 参考文献/『故事ことわざ辞典』(学研)

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

【画像あり】八重山諸島の犬猫の話

BIRD
エッセイ・ノンフィクション
八重山の島々の動物たちの話。 主に石垣島での出来事を書いています。 各話読み切りです。 2020年に、人生初のミルクボランティアをしました。 扉画像は、筆者が育て上げた乳飲み子です。 石垣島には、年間100頭前後の猫が棄てられ続ける緑地公園がある。 八重山保健所には、首輪がついているのに飼い主が名乗り出ない犬たちが収容される。 筆者が関わった保護猫や地域猫、保健所の犬猫のエピソードを綴ります。 ※第7回ほっこり・じんわり大賞にエントリーしました。

未来への一口

O.K
エッセイ・ノンフィクション
ルーカスは貧困国アストラランドで育ち、人々が栄養不足と肥満に苦しんでいることに気づきました。彼は大学で栄養学と生化学を学び、微細藻類を使って1日1回飲むだけで必要な栄養をすべて摂取できる完全栄養食「バイタル・ブレンド」を開発しました...

嵐大好き☆ALSお母さんの闘病と終活

しんの(C.Clarté)
エッセイ・ノンフィクション
アイドル大好き♡ミーハーお母さんが治療法のない難病ALSに侵された! ファンブログは闘病記になり、母は心残りがあると叫んだ。 「死ぬ前に聖地に行きたい」 モネの生地フランス・ノルマンディー、嵐のロケ地・美瑛町。 車椅子に酸素ボンベをくくりつけて聖地巡礼へ旅立った直後、北海道胆振東部大地震に巻き込まれるアクシデント発生!! 進行する病、近づく死。無茶すぎるALSお母さんの闘病は三年目の冬を迎えていた。 ※NOVELDAYSで重複投稿しています。 https://novel.daysneo.com/works/cf7d818ce5ae218ad362772c4a33c6c6.html

カルバート

角田智史
エッセイ・ノンフィクション
連想させるのは地下を走る水。 あまり得るものはないかもしれません。 こんな人間がいる、こんな経験がある、それを知る事でまたあなた自身を振り返る、これからのあなたを考える、そのお手伝いが少しでもできればいいかなと思っています。 また時折出てくる対人間関係のアドラー、フロム、ニーチェに感化された僕の考え方が今後の皆様の生活の参考になる事があれば、幸いです。 もし最後まで、僕にお付き合いされる方がいらっしゃれば、心より感謝致します。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

処理中です...