19 / 50
死ぬも生きるもしんどい
しおりを挟む
くさなぎにとって、父方の祖母との思い出は苦々しいものだ。
祖母は、初孫のくさなぎをとても可愛がった。くさなぎも祖母に懐いていて、盆や正月に会えるのが楽しみであった。
大学生の頃、年老いた祖母と同居することになった。毒舌で恰幅がよかった祖母は、すっかり皺だらけで縮まっていた。かつて快活に笑っていた彼女は、そのときにはもう普段の話し声すら小さく聞き取りにくいものになっていた。
しかし、その時期にある確執が発覚し、くさなぎは祖母を拒絶してしまった。それは数十年前に端を発していた。彼女にはそれが理解できず、どうしても許せなかった。
話しかけられても尖った物言いをするようになったが、その後で罪悪感に苛まれた。それでも溢れ出る苛立ちに抗えなかった。素直になるには潔癖さが邪魔をしたのだ。
そんな中、祖母が入院することになった。
病院でくさなぎが見たものは、濁った目をしてベッドに横たわる祖母の姿だった。彼女は鼻にチューブを入れられ、もはや話すこともできなくなっていた。
くさなぎが老いの怖さを実感したのはこのときが初めてだった。
張りのある声で明るく笑っていた祖母はもういない。幼い頃よく繋いだ手は指輪が不恰好に見えるほどシミだらけで、肌がくすんでいた。手首など骨と皮だけだ。
くさなぎは祖母の時間が残り少ないと悟り、『あんなに可愛がってくれた祖母に冷たくしなければよかった。数十年も昔の過ちなど許せばよかった』と後悔した。
その数日後、また病院へ行くと、祖母は鼻のチューブを何度も抜いては看護師に叱られていた。
「抜いたらダメだよ」
そう言うと、祖母は両手を合わせて拝む仕草をした。
『お願いだから入れないで』
話せない祖母が、目でそう訴えた。
「それをしないと余計苦しいんだよ? また入れるのも辛いでしょ? お願いだから抜かないで」
そう嘆願すると、祖母は渋々とチューブを入れた。やがて、彼女はそのチューブを鼻に入れたまま死んでいった。
くさなぎは初めて『死ぬも生きるもしんどい』のだと知った。
死なないためのチューブが死ぬよりも辛いと訴えた祖母の濁った目は、あのときだけ、やけにぎらついていた。
祖母を思い出すとき、笑顔が浮かぶときもあれば、冷たくされて悲しげに押し黙る顔も浮かぶ。そんなときは後悔で涙が滲む。
もう少し『許す』のが上手だったら何か違っていただろうか。
あの頃よりはうまく誰かを許せるようになっているのだろうか。
くさなぎは湯気に映った祖母に向かってそう問いかける。しかし、いつも返事はないのだ。
さて、今宵はここらで風呂を出よう。
猫が湯ざめをする前に。
祖母は、初孫のくさなぎをとても可愛がった。くさなぎも祖母に懐いていて、盆や正月に会えるのが楽しみであった。
大学生の頃、年老いた祖母と同居することになった。毒舌で恰幅がよかった祖母は、すっかり皺だらけで縮まっていた。かつて快活に笑っていた彼女は、そのときにはもう普段の話し声すら小さく聞き取りにくいものになっていた。
しかし、その時期にある確執が発覚し、くさなぎは祖母を拒絶してしまった。それは数十年前に端を発していた。彼女にはそれが理解できず、どうしても許せなかった。
話しかけられても尖った物言いをするようになったが、その後で罪悪感に苛まれた。それでも溢れ出る苛立ちに抗えなかった。素直になるには潔癖さが邪魔をしたのだ。
そんな中、祖母が入院することになった。
病院でくさなぎが見たものは、濁った目をしてベッドに横たわる祖母の姿だった。彼女は鼻にチューブを入れられ、もはや話すこともできなくなっていた。
くさなぎが老いの怖さを実感したのはこのときが初めてだった。
張りのある声で明るく笑っていた祖母はもういない。幼い頃よく繋いだ手は指輪が不恰好に見えるほどシミだらけで、肌がくすんでいた。手首など骨と皮だけだ。
くさなぎは祖母の時間が残り少ないと悟り、『あんなに可愛がってくれた祖母に冷たくしなければよかった。数十年も昔の過ちなど許せばよかった』と後悔した。
その数日後、また病院へ行くと、祖母は鼻のチューブを何度も抜いては看護師に叱られていた。
「抜いたらダメだよ」
そう言うと、祖母は両手を合わせて拝む仕草をした。
『お願いだから入れないで』
話せない祖母が、目でそう訴えた。
「それをしないと余計苦しいんだよ? また入れるのも辛いでしょ? お願いだから抜かないで」
そう嘆願すると、祖母は渋々とチューブを入れた。やがて、彼女はそのチューブを鼻に入れたまま死んでいった。
くさなぎは初めて『死ぬも生きるもしんどい』のだと知った。
死なないためのチューブが死ぬよりも辛いと訴えた祖母の濁った目は、あのときだけ、やけにぎらついていた。
祖母を思い出すとき、笑顔が浮かぶときもあれば、冷たくされて悲しげに押し黙る顔も浮かぶ。そんなときは後悔で涙が滲む。
もう少し『許す』のが上手だったら何か違っていただろうか。
あの頃よりはうまく誰かを許せるようになっているのだろうか。
くさなぎは湯気に映った祖母に向かってそう問いかける。しかし、いつも返事はないのだ。
さて、今宵はここらで風呂を出よう。
猫が湯ざめをする前に。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
Web小説のあれやこれ
水無月礼人
エッセイ・ノンフィクション
沢山の小説投稿サイトが存在しますが、作品をバズらせるには自分と相性が良いサイトへ投稿する必要が有ります。
筆者目線ではありますが、いくつかのサイトで活動して感じた良い所・悪い所をまとめてみました。サイト選びの参考になることができたら幸いです。
※【エブリスタ】でも公開しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる