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三章
5:石井邸にて
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喫茶店で恵子や瑞穂と会話をした次の休日。
まだまだ外は暑いが、石井邸の中は冷房が効いている。
そこのリビングルームには二人の男がいた。
ひとりは石井達也――<ブレイバーズ>のリーダーだった石井俊彦の父親。
それに相対しているのは朔斗。
学校の行事などで、過去にも数回面識があるこの二人。
それとは別に、達也はAランクの探索者かつそこそこ有名なDチューバーであることもあって、朔斗からしたらこの男性は大先輩にあたるので、当然見知っているのだ。
恵子を通して連絡を受けた朔斗は、本日達也に呼び出されていた。
朔斗がリビングルームに通され、テーブルにお茶やお菓子を用意した達也が着席したのはついさっき。
「普段は自分で用意をしないから、口に合うかどうかわからないが」
「わざわざありがとうございます」
お茶を達也から勧められた朔斗が湯吞みを手にする。
彼は遠慮せず、ずずずと熱いお茶を口に含む。
湯吞みをテーブルに置き、朔斗がひと言。
「美味しいです」
「それは良かった」
「ところで、今日はなんのために自分を呼んだんですか?」
一応そう言った朔斗だったが、内心相手の用件をうっすらと予測していた。
(当たり前に俊彦絡みだろうな)
しっかりと朔斗と目線を合わせた達也が言う。
「まあ本題に入る前に少し話そうじゃないか。久し振りに会ったのだし。時間がまったくないわけじゃないのだろう?」
「そこは大丈夫です」
「そうか」
「ええ」
「ここ最近、君の活躍をよく耳にするよ」
「ありがとうございます」
「ケースケチャンネルでの動画も見させてもらっている。凄い人気じゃないか」
「そうなんですね」
「今後も出演するのなら、もっともっと朔斗君の知名度が上がっていくと思う」
「自分自体はDチューバーではありませんが、Dチューバーとして長く活動している達也さんにそう言ってもらえると嬉しいです」
少しの間を置いて達也が問う。
「これは聞いていいのかわからないが……またケースケチャンネルに出演するのかい?」
「うーん、そうですね。あちらからリクエストはあるんで。時期は近いうちとだけ。本当は日時までお伝えしたいところなんですが」
「いやいや、大丈夫。契約の関係で言いにくいところもあるだろう? それなのに聞いてすまない」
「はい、すみません」
「まあケースケチャンネルはごく稀に出演予定者の予告を行うが、ほとんどの場合はそれがない。だから聞いたこちらが悪かった」
「いえ、そんなことはないです」
明確な日時を口にしなかった朔斗だが、実は今回の休日が終わり次第行く予定の特級ダンジョンにおいて、ケースケチャンネルへの出演が決まっている。
(それにしても静かだ。達也さんは奥さんが四人いるはずなんだけどな。俊彦の弟や妹はまだ学校に行っていると思うから、家にいないのは当たり前だろうけど。今日は平日だし)
そう考えた朔斗はお茶に手を伸ばしている達也から視線を外し、リビングルームのあちらこちらへ目を移す。
家具などの善し悪しがあまりわからない朔斗からしても、ひと目で高級そうだと判断できる品がそこかしこにある。
(普通なら奥さんのひとりくらいはここに同席しててもいいくらいだが、どうなんだろう……まあいいか、それにしてもやはり石井家は金持ちだな)
そんな感想を抱いている朔斗に向かって、達也が口を開く。
「話は変わるが、そろそろ超級に挑戦はしないのかな?」
少し思案した朔斗が達也の質問に答える。
「もう少ししたら行きたいと考えています」
「そうなのか」
明らかに弾んだ声を出す達也。
それを察知しても、特に表情を変えずに朔斗が言う。
「動画を見る限り、朔斗君なら通用すると思う。君なら早いうちにきっと神級にも行けるんじゃないかな」
「そうなりたいですが、どうでしょうかね……」
「朔斗君の能力は唯一無二ものだ。いずれ君は探索者のトップに立てるだろう」
「高く評価していただいてありがとうございます」
「うちの息子が馬鹿をやらなきゃ、おそらく今も朔斗君と一緒に活動していただろうに……あいつが<ブレイバーズ>から朔斗君を追い出した件は本当に申し訳なかった」
「いえいえ、先ほども謝罪してもらいましたし、なにより……もう気にしていません」
石井邸に朔斗が到着するなり、挨拶後すぐに追放の件で彼に謝罪していた達也。
結果論だが、今となっては<ブレイバーズ>から抜けられて良かったと思っている朔斗からしたら、俊彦の父親に謝られても心苦しいだけ。
「ありがとう」
達也は下げていた頭を上げ、顔を歪めて言う。
「うちの俊彦の様子は聞いただろう?」
「ええ、良太や恵子や瑞穂から」
朔斗の回答に小さく頷いた達也が口を開く。
「まだ入院中なんだ……近日中に義手が完成し、そのあとはリハビリらしい。今のままじゃ探索者への復帰は難しいと言わざるを得ない」
「かつての仲間、友人の立場からしたらなんて言っていいのか……」
現在の技術なら、手足を失っても義肢を装着すれば日常生活に問題はないどころか、軽い運動さえ可能になる――もちろんそこに至るまでは、きちんとリハビリすることが前提条件として挙げられるが。
後衛ならまだしも、動きが激しく腕力やスピードや一瞬の反応が必要とされる前衛において、利き腕が義手なのは致命的。
血の滲むような努力を行い、左腕をかつての利き腕程度まで鍛え上げれば、再び探索者として活動できる可能性は見えてくるが、俊彦の年齢になってからそれを為すには折れない精神が必要不可欠。
「自分はまだ面会していませんが、入院先は東京都立第三病院だとか」
軽く頷き、朔斗の問いに肯定を示す達也。
「親の立場からしたら朔斗君とあいつには仲良くしてほしいが……成人しているとはいえ、精神的にまだまだあいつは未熟だから、それを望めないのはわかってる」
良太や恵子や瑞穂から聞き出したことで、現在の俊彦と朔斗の関係を達也は理解している。
――パーティーから朔斗を追い出したあと、二人に交流はないどころか、俊彦が朔斗を嫌ってるということを。
もちろん朔斗が俊彦に何か嫌がらせをしたり、<ブレイバーズ>を陥れようとしたりなどといったことがないのも達也はわかっている。
首を縦に振った朔斗が言う。
「これは良太から聞いているかもしれませんが、<ブレイバーズ>を脱退後、偶然に一度だけ再会したんですよね。その時も自分に対してあまりいい感情を持っていないようでした」
「ああ、それは軽く聞いてるよ。その件も申し訳ない」
「いえいえ」
「わがままに育ってしまった。それに君を妬んでいるのだろう」
達也の意見に同意をしたいところだが、さすがに彼の親の前でそれをはっきりとは言えない朔斗は曖昧に笑ってごまかす。
表情を引き締めた達也がゆっくりと口を開く。
「さて、本題に入ろう。俊彦が君にはたくさん迷惑をかけただろうし、あいつの力になりたいと朔斗君が考えないのは当然だと思うが……もしもでいいんだ――エリクサーを手に入れたなら、なんとかそれを売ってほしい。もちろん君が伊藤さんのためにエリクサーを使いたい気持ちは知っているから、その次でいいんだ」
(予想どおりか……俊彦の親だから何回かは軽く話したことがあるけど、特に個人で親しいわけじゃないからな。俺と達也さんは)
特に表情の変化が表れない朔斗を見て、達也は感触が良くないと悟る。
しかし、可愛い息子のため、すんなりとこの話を終えるわけにはいかない。
「君の義妹の恵梨香さんは【獲得報酬個数アップ】を持っているそうじゃないか」
「ですね」
「それなら、報酬箱からエリクサーが出た場合、その数は二個になり一個余るだろう?」
「いえ、香奈……伊藤さんの次に使う相手はもう決まっているんです。もしもエリクサーを二個入手できればの話になりますが」
「そ、そうなのか……」
肩を落とす達也に朔斗が言う。
「達也さんのパーティーで取りに行くとか、もしくは購入するのは難しいんですか?」
達也は一流と言っても差し支えないAランク探索者。
それも成りたてではなく、長年活動しているのだ。
少し疑問を覚えた朔斗に答える達也。
「知ってのとおり、うちは『リンカー』がいるから、高難度のダンジョンは厳しい。エリクサーの産出は多くが超級ダンジョン以上。さらに言えば、神級ダンジョンがそのほとんどを占める」
「ええ」
「だから俺たちのパーティーが、ダンジョンからエリクサーを得るのは現実的じゃない。歳も歳だし」
(たしかにAランクじゃ超級ダンジョンは厳しいか……とはいえ、なりふり構わずにするのなら、『リンカー』を外して実力者と入れ替えたり、人脈を駆使して新しいパーティーを作ったりしてもいいと思うんだけどな。達也さんは『剣聖』として名前がある程度売れているだろうし)
当然、朔斗が思ったようなことを考えなかった達也ではない。
しかし、彼はすでに三十六歳。
ジョブや個人の資質にもよるが、多くの者は四十歳前に探索者を引退する。
特に前衛職ほど引退時期が早い。
現状のパーティーでは、『リンカー』を抜いたところで超級以上のダンジョンに挑戦するには、どうしても実力不足なのは否めない。
そうなると今から新しいパーティーを作る必要がある。
しかし、そうするにはある程度時間がかかるし、仮に新しいパーティーが完成しても、達也の実力を今よりも上げたり、パーティーの連携を成熟させたりしなければならない。
そしてなによりも問題なのがエリクサーを入手したときの配分だろう。
あまりに高価なエリクサー。
身内のみのパーティーなら問題は少ないが、そうじゃないのなら達也があっさりと入手できる可能性は低い。
眉間にしわを寄せた達也が言う。
「Dチューバ-として活動をしていても、売れっ子とまでいかないし、今のメインは上級ダンジョンだからどうしても収入がな。一般的な世間から見たら、現状は贅沢な暮らしと言ってもいいだろう。しかし、エリクサーを購入するにはお金が全然足りない」
「たしかにここ数年はエリクサーが市場に出回っていませんから……もし出ても相当な金額になるでしょうね」
「ああ、仮に購入する機会にさえ恵まれるのなら、さまざまな物を処分したり借金をしたりすればお金をなんとか作れるかもしれないが、俺の子どもは俊彦だけじゃないから、下の子たちに苦しい生活をさせるのもな……」
(親心は複雑か。可愛い息子を再び探索者として活躍できるようにさせたいのだろうが、そのために払う犠牲が大きすぎる。石井家にいる子どもはあいつだけじゃないし。こんな相談をされてもな……今の俺にも余裕があるわけじゃない。まあ仮に余裕があっても俊彦のためってのは引っかかるんだけど……)
今は自分の目的や、それに関すること以外に目を向けられない朔斗。
なんとか息子を救いたい達也は下手に出て彼に何度も頼み込むが、それに対して明確な返事を避け、本日の話し合いを終了させる朔斗だった。
まだまだ外は暑いが、石井邸の中は冷房が効いている。
そこのリビングルームには二人の男がいた。
ひとりは石井達也――<ブレイバーズ>のリーダーだった石井俊彦の父親。
それに相対しているのは朔斗。
学校の行事などで、過去にも数回面識があるこの二人。
それとは別に、達也はAランクの探索者かつそこそこ有名なDチューバーであることもあって、朔斗からしたらこの男性は大先輩にあたるので、当然見知っているのだ。
恵子を通して連絡を受けた朔斗は、本日達也に呼び出されていた。
朔斗がリビングルームに通され、テーブルにお茶やお菓子を用意した達也が着席したのはついさっき。
「普段は自分で用意をしないから、口に合うかどうかわからないが」
「わざわざありがとうございます」
お茶を達也から勧められた朔斗が湯吞みを手にする。
彼は遠慮せず、ずずずと熱いお茶を口に含む。
湯吞みをテーブルに置き、朔斗がひと言。
「美味しいです」
「それは良かった」
「ところで、今日はなんのために自分を呼んだんですか?」
一応そう言った朔斗だったが、内心相手の用件をうっすらと予測していた。
(当たり前に俊彦絡みだろうな)
しっかりと朔斗と目線を合わせた達也が言う。
「まあ本題に入る前に少し話そうじゃないか。久し振りに会ったのだし。時間がまったくないわけじゃないのだろう?」
「そこは大丈夫です」
「そうか」
「ええ」
「ここ最近、君の活躍をよく耳にするよ」
「ありがとうございます」
「ケースケチャンネルでの動画も見させてもらっている。凄い人気じゃないか」
「そうなんですね」
「今後も出演するのなら、もっともっと朔斗君の知名度が上がっていくと思う」
「自分自体はDチューバーではありませんが、Dチューバーとして長く活動している達也さんにそう言ってもらえると嬉しいです」
少しの間を置いて達也が問う。
「これは聞いていいのかわからないが……またケースケチャンネルに出演するのかい?」
「うーん、そうですね。あちらからリクエストはあるんで。時期は近いうちとだけ。本当は日時までお伝えしたいところなんですが」
「いやいや、大丈夫。契約の関係で言いにくいところもあるだろう? それなのに聞いてすまない」
「はい、すみません」
「まあケースケチャンネルはごく稀に出演予定者の予告を行うが、ほとんどの場合はそれがない。だから聞いたこちらが悪かった」
「いえ、そんなことはないです」
明確な日時を口にしなかった朔斗だが、実は今回の休日が終わり次第行く予定の特級ダンジョンにおいて、ケースケチャンネルへの出演が決まっている。
(それにしても静かだ。達也さんは奥さんが四人いるはずなんだけどな。俊彦の弟や妹はまだ学校に行っていると思うから、家にいないのは当たり前だろうけど。今日は平日だし)
そう考えた朔斗はお茶に手を伸ばしている達也から視線を外し、リビングルームのあちらこちらへ目を移す。
家具などの善し悪しがあまりわからない朔斗からしても、ひと目で高級そうだと判断できる品がそこかしこにある。
(普通なら奥さんのひとりくらいはここに同席しててもいいくらいだが、どうなんだろう……まあいいか、それにしてもやはり石井家は金持ちだな)
そんな感想を抱いている朔斗に向かって、達也が口を開く。
「話は変わるが、そろそろ超級に挑戦はしないのかな?」
少し思案した朔斗が達也の質問に答える。
「もう少ししたら行きたいと考えています」
「そうなのか」
明らかに弾んだ声を出す達也。
それを察知しても、特に表情を変えずに朔斗が言う。
「動画を見る限り、朔斗君なら通用すると思う。君なら早いうちにきっと神級にも行けるんじゃないかな」
「そうなりたいですが、どうでしょうかね……」
「朔斗君の能力は唯一無二ものだ。いずれ君は探索者のトップに立てるだろう」
「高く評価していただいてありがとうございます」
「うちの息子が馬鹿をやらなきゃ、おそらく今も朔斗君と一緒に活動していただろうに……あいつが<ブレイバーズ>から朔斗君を追い出した件は本当に申し訳なかった」
「いえいえ、先ほども謝罪してもらいましたし、なにより……もう気にしていません」
石井邸に朔斗が到着するなり、挨拶後すぐに追放の件で彼に謝罪していた達也。
結果論だが、今となっては<ブレイバーズ>から抜けられて良かったと思っている朔斗からしたら、俊彦の父親に謝られても心苦しいだけ。
「ありがとう」
達也は下げていた頭を上げ、顔を歪めて言う。
「うちの俊彦の様子は聞いただろう?」
「ええ、良太や恵子や瑞穂から」
朔斗の回答に小さく頷いた達也が口を開く。
「まだ入院中なんだ……近日中に義手が完成し、そのあとはリハビリらしい。今のままじゃ探索者への復帰は難しいと言わざるを得ない」
「かつての仲間、友人の立場からしたらなんて言っていいのか……」
現在の技術なら、手足を失っても義肢を装着すれば日常生活に問題はないどころか、軽い運動さえ可能になる――もちろんそこに至るまでは、きちんとリハビリすることが前提条件として挙げられるが。
後衛ならまだしも、動きが激しく腕力やスピードや一瞬の反応が必要とされる前衛において、利き腕が義手なのは致命的。
血の滲むような努力を行い、左腕をかつての利き腕程度まで鍛え上げれば、再び探索者として活動できる可能性は見えてくるが、俊彦の年齢になってからそれを為すには折れない精神が必要不可欠。
「自分はまだ面会していませんが、入院先は東京都立第三病院だとか」
軽く頷き、朔斗の問いに肯定を示す達也。
「親の立場からしたら朔斗君とあいつには仲良くしてほしいが……成人しているとはいえ、精神的にまだまだあいつは未熟だから、それを望めないのはわかってる」
良太や恵子や瑞穂から聞き出したことで、現在の俊彦と朔斗の関係を達也は理解している。
――パーティーから朔斗を追い出したあと、二人に交流はないどころか、俊彦が朔斗を嫌ってるということを。
もちろん朔斗が俊彦に何か嫌がらせをしたり、<ブレイバーズ>を陥れようとしたりなどといったことがないのも達也はわかっている。
首を縦に振った朔斗が言う。
「これは良太から聞いているかもしれませんが、<ブレイバーズ>を脱退後、偶然に一度だけ再会したんですよね。その時も自分に対してあまりいい感情を持っていないようでした」
「ああ、それは軽く聞いてるよ。その件も申し訳ない」
「いえいえ」
「わがままに育ってしまった。それに君を妬んでいるのだろう」
達也の意見に同意をしたいところだが、さすがに彼の親の前でそれをはっきりとは言えない朔斗は曖昧に笑ってごまかす。
表情を引き締めた達也がゆっくりと口を開く。
「さて、本題に入ろう。俊彦が君にはたくさん迷惑をかけただろうし、あいつの力になりたいと朔斗君が考えないのは当然だと思うが……もしもでいいんだ――エリクサーを手に入れたなら、なんとかそれを売ってほしい。もちろん君が伊藤さんのためにエリクサーを使いたい気持ちは知っているから、その次でいいんだ」
(予想どおりか……俊彦の親だから何回かは軽く話したことがあるけど、特に個人で親しいわけじゃないからな。俺と達也さんは)
特に表情の変化が表れない朔斗を見て、達也は感触が良くないと悟る。
しかし、可愛い息子のため、すんなりとこの話を終えるわけにはいかない。
「君の義妹の恵梨香さんは【獲得報酬個数アップ】を持っているそうじゃないか」
「ですね」
「それなら、報酬箱からエリクサーが出た場合、その数は二個になり一個余るだろう?」
「いえ、香奈……伊藤さんの次に使う相手はもう決まっているんです。もしもエリクサーを二個入手できればの話になりますが」
「そ、そうなのか……」
肩を落とす達也に朔斗が言う。
「達也さんのパーティーで取りに行くとか、もしくは購入するのは難しいんですか?」
達也は一流と言っても差し支えないAランク探索者。
それも成りたてではなく、長年活動しているのだ。
少し疑問を覚えた朔斗に答える達也。
「知ってのとおり、うちは『リンカー』がいるから、高難度のダンジョンは厳しい。エリクサーの産出は多くが超級ダンジョン以上。さらに言えば、神級ダンジョンがそのほとんどを占める」
「ええ」
「だから俺たちのパーティーが、ダンジョンからエリクサーを得るのは現実的じゃない。歳も歳だし」
(たしかにAランクじゃ超級ダンジョンは厳しいか……とはいえ、なりふり構わずにするのなら、『リンカー』を外して実力者と入れ替えたり、人脈を駆使して新しいパーティーを作ったりしてもいいと思うんだけどな。達也さんは『剣聖』として名前がある程度売れているだろうし)
当然、朔斗が思ったようなことを考えなかった達也ではない。
しかし、彼はすでに三十六歳。
ジョブや個人の資質にもよるが、多くの者は四十歳前に探索者を引退する。
特に前衛職ほど引退時期が早い。
現状のパーティーでは、『リンカー』を抜いたところで超級以上のダンジョンに挑戦するには、どうしても実力不足なのは否めない。
そうなると今から新しいパーティーを作る必要がある。
しかし、そうするにはある程度時間がかかるし、仮に新しいパーティーが完成しても、達也の実力を今よりも上げたり、パーティーの連携を成熟させたりしなければならない。
そしてなによりも問題なのがエリクサーを入手したときの配分だろう。
あまりに高価なエリクサー。
身内のみのパーティーなら問題は少ないが、そうじゃないのなら達也があっさりと入手できる可能性は低い。
眉間にしわを寄せた達也が言う。
「Dチューバ-として活動をしていても、売れっ子とまでいかないし、今のメインは上級ダンジョンだからどうしても収入がな。一般的な世間から見たら、現状は贅沢な暮らしと言ってもいいだろう。しかし、エリクサーを購入するにはお金が全然足りない」
「たしかにここ数年はエリクサーが市場に出回っていませんから……もし出ても相当な金額になるでしょうね」
「ああ、仮に購入する機会にさえ恵まれるのなら、さまざまな物を処分したり借金をしたりすればお金をなんとか作れるかもしれないが、俺の子どもは俊彦だけじゃないから、下の子たちに苦しい生活をさせるのもな……」
(親心は複雑か。可愛い息子を再び探索者として活躍できるようにさせたいのだろうが、そのために払う犠牲が大きすぎる。石井家にいる子どもはあいつだけじゃないし。こんな相談をされてもな……今の俺にも余裕があるわけじゃない。まあ仮に余裕があっても俊彦のためってのは引っかかるんだけど……)
今は自分の目的や、それに関すること以外に目を向けられない朔斗。
なんとか息子を救いたい達也は下手に出て彼に何度も頼み込むが、それに対して明確な返事を避け、本日の話し合いを終了させる朔斗だった。
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