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一章
27:ブレイバーズ 4
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WEO東京第三支部内でも名前がそこそこ売れていて、将来有望だと期待されている男。
彼の名前は石井俊彦。
俊彦の父親のジョブは彼と同じく『剣聖』で、その名を石井達也という。
達也には四人の妻がいる。
全員が昔からの仲であり、<タナルセア>というパーティーに属していた。
そのうちのひとりが俊彦の母親だ。
彼女は『リンカー』のジョブを持っていて、そこそこ人気のDチューバーの一員。
俊彦には兄弟が数人いて、全員彼の年下だ。
長男である彼を弟や妹は慕っている。
逆に両親に反発している子は多いと言えるだろう。
その理由のひとつとして挙げられるのが、達也たちはAランク探索者であるにもかかわらず、Dチューバーとして無難に活動していること。
Aランクといえば限られた探索者でありエリートなのだ。
約一億人と言われている探索者の中にあって、Aランク探索者の人数はおよそ十万人。
極まれに上級ダンジョンへと足を踏み入れることはあっても、基本的に達也たちの活動の場は中級ダンジョン。
上級ダンジョンの普通のボスであれば、戦闘の役に立ちにくい『リンカー』がいても問題なく倒せる<タナルセア>だったが、ボス部屋にはひとつの可能性がある。
それは約一〇〇分の一の確率でレアボスが出現するというもの。
レアボスは一ランク上のダンジョンに出るボスとほぼ同等の強さと考えられているので、上級ダンジョンでレアボスを引いてしまえば、その強さは特級ダンジョンのボスに匹敵してしまう。
達也たちの実力を持ってして言えば、特級ダンジョン並のボスに勝てる可能性は十分にある。
しかし、それは絶対的なものではなく、下手をしたら死者が出るかもしれないのだ。
それでなくとも、すでに十分にお金を稼いできており、彼らが住んでいる家は豪邸と言って差し支えないほど。
そのため、達也は自分や愛する妻たちが多くの被害を受けるかもしれない冒険はしたくないのだ。
レアボスが出現しない特級ダンジョンは、熟練のAランク探索者であれば問題なくクリアできるが、それはあくまでも五人全員が戦闘に役立つスキルを所持していることが前提に挙げられる。
もちろん、特に優れた能力を持っている人物がパーティー内にいる場合はその限りではない。
世の中にはさまざまジョブがあり、その中でも『剣聖』は優れたジョブ。
そんな選ばれた人物であるにもかかわらず、自分の目から見て冒険もしないで腑抜けに見える父親を、俊彦は尊敬することができないでいたし、それを兄弟にも伝えていた。
朝食を食べたあと、俊彦と話がしたいからという理由で、妻たちや他の子どもらを遠ざけてもらっていた達也が息子に話しかける。
「最近苦労しているみたいじゃないか」
「なんでそんな風に思う?」
「はは、それくらい俊の表情を見ていれば気づくさ。お前の父親を何年やっていると思っているんだ?」
父親の言い分を聞いた俊彦は鼻を鳴らす。
不機嫌な息子を見て、穏やかな表情をした達也が言う。
「そういえば、あの子は元気か?」
「あの子?」
「名前はなんだったかな……そうだ、お前の友達の黒瀬朔斗君だ」
「ちっ」
「おいおい、舌打ちすることはないだろう?」
怒りは湧かないが達也は思う。
(俊彦が反抗的になってきたのは、中学校に入ってしばらくしてからか……昔は俺や母親に甘えてきてたんだが。随分と長い反抗期だ)
そんな風に息子のことを考えている中、先ほどの質問に俊彦が答える。
「あいつは俺たちの役に立たないと判断して、パーティーから外した」
達也は驚きに目を見開く。
彼の記憶が確かならば、黒瀬朔斗は学校の中でも相当な優等生だったはず。
戦闘系のジョブを持たないにもかかわらず、戦闘学では常に上位の成績を維持していたと耳にしていた。
(そういえば……こいつの反抗期と同時期くらいから、黒瀬君の話を聞かなくなったか。いくら戦闘に特化したジョブを持っていたとしても、小さい頃はサポート系ジョブとの差が見えにくいし、なによりも例え<剣聖>のジョブ持ちであろうと、無条件に技量が上がるわけでもない。大事なのは才能を育てるための努力)
ジョブとはいわゆる才能であるため、どうしても存在してしまうジョブ至上主義者。
それはジョブこそ至上と言い切る人たちだ。
当然ながら自分が所持しているジョブに関連した技量は上がりやすいし、ジョブ次第で非常に有用なスキルを使用できるので、彼らの言い分にも一定の理解を示す人は多い。
しかし、結局は努力をしなければ才能は開花しないのだ。
いくら優れたジョブとして<剣聖>を身に宿していても、その下位互換と呼ばれる<剣士>に負ける可能性は捨てきれない。
例えばの話、<剣聖>と<剣士>と剣系のジョブを持っていない者の剣を扱う才能の上限が、それぞれ一〇〇と六十と四十としたとき、限界ギリギリまで鍛錬を積まなければ技量が上限までいかないし、それを十全に発揮するために必要な身体能力は、ダンジョンをクリアした際のモノリスや日頃のトレーニングによってもたらされる。
剣系のジョブを所持していない者の中でも、剣の扱いにおいて向き不向きがあるし、やる気の問題も重要なのだが。
(黒瀬君は唯一無二のジョブだったはず。『解体師』の【ディメンションボックス】の価値は計り知れない。無制限に収納できるから、あのスキルだけでもダンジョンでの収入が上がり、それによってポーション類を多めに購入可能だ。そしてそれが結果的に安全性の向上に繋がる)
そこまで考えた達也はついつい口にしてしまう。
それが息子の逆鱗に触れるとも気づかず。
「黒瀬君を外したのは失敗だったな。彼は優れた探索者になるだろうに」
今はそこまで尊敬していないとはいえ、自分の親であることには変わりはない男の口から出た言葉。
それを耳にした俊彦の頭に血が上る。
「うっせーんだよ! あんな奴は邪魔だ!」
あまりの剣幕に、達也は息を吞む。
俊彦は父親に向かって、そのまま抑えきれない感情を吐き出す。
「あいつは所詮サポート系のジョブだ!! 俺のほうがあいつより優秀なんだよ! 現に探索者の世界だと、<剣聖>は大成している奴が多いだろう!」
そこまで言い切った彼は荒い息を何度も吐く。
(これは……俊は黒瀬君に何かコンプレックスを抱いていたのか? もしかしたら、それは中学校の途中からなのかもしれないな。コンプレックスが反抗期に繋がった可能性もあるか)
俊彦はすでに成人していて結婚ができる年齢。
そうであるにもかかわらず、精神年齢が低いと達也は判断した。
(それだけじゃない。俊は優れたジョブを持っていることも相まって、傲慢に育っていたか……これは俺の失態でもある)
現在の地球は、女性に比べて男性が圧倒的に少ないのは周知の事実。
思春期以降の女性たちは恋人や夫を得るため、男性の下手に出ることが多い。
そういった背景もあり、容姿やジョブに優れた男性が女性は自分より下の立場だと認識する者が一定数存在している。
さらにその対象を、自分よりジョブが劣っていると判断した男性にまで、範囲を広げる者も少なくない。
石井家のヒエラルキーは頂点を達也としているが、彼の妻たちは全員がおしとやかで長男を甘やかして育てていたため、俊彦は自分が石井のナンバー2だと認識している。
このまま成長しても決して息子は幸せになれないと判断した達也は、俊彦に向かって低い声を出す。
「お前はすでに成人していて、大人と言っていい。物事をもっと論理的に考える必要があるぞ。感情に振り回されている限り幸せにはなれない。謙虚になり、自分に足りない箇所を克服したり、友人に補ってもらったりしろ」
今までまともに怒ったことがなく、息子を睨みつける経験が初めての達也。
そんな父親に相対していた俊彦は、歯を食いしばって鬼の様な形相だ。
目の前にいる息子を見て達也は思う――この状態はマズいかもしれないな。
なんとかして息子との仲を修繕し、彼がこれから歩む人生をより良きものになるようにと祈る達也。
果たして彼が長男を思いやる気持ちは息子に届くのかどうか――それを知る者は存在していないのだった。
彼の名前は石井俊彦。
俊彦の父親のジョブは彼と同じく『剣聖』で、その名を石井達也という。
達也には四人の妻がいる。
全員が昔からの仲であり、<タナルセア>というパーティーに属していた。
そのうちのひとりが俊彦の母親だ。
彼女は『リンカー』のジョブを持っていて、そこそこ人気のDチューバーの一員。
俊彦には兄弟が数人いて、全員彼の年下だ。
長男である彼を弟や妹は慕っている。
逆に両親に反発している子は多いと言えるだろう。
その理由のひとつとして挙げられるのが、達也たちはAランク探索者であるにもかかわらず、Dチューバーとして無難に活動していること。
Aランクといえば限られた探索者でありエリートなのだ。
約一億人と言われている探索者の中にあって、Aランク探索者の人数はおよそ十万人。
極まれに上級ダンジョンへと足を踏み入れることはあっても、基本的に達也たちの活動の場は中級ダンジョン。
上級ダンジョンの普通のボスであれば、戦闘の役に立ちにくい『リンカー』がいても問題なく倒せる<タナルセア>だったが、ボス部屋にはひとつの可能性がある。
それは約一〇〇分の一の確率でレアボスが出現するというもの。
レアボスは一ランク上のダンジョンに出るボスとほぼ同等の強さと考えられているので、上級ダンジョンでレアボスを引いてしまえば、その強さは特級ダンジョンのボスに匹敵してしまう。
達也たちの実力を持ってして言えば、特級ダンジョン並のボスに勝てる可能性は十分にある。
しかし、それは絶対的なものではなく、下手をしたら死者が出るかもしれないのだ。
それでなくとも、すでに十分にお金を稼いできており、彼らが住んでいる家は豪邸と言って差し支えないほど。
そのため、達也は自分や愛する妻たちが多くの被害を受けるかもしれない冒険はしたくないのだ。
レアボスが出現しない特級ダンジョンは、熟練のAランク探索者であれば問題なくクリアできるが、それはあくまでも五人全員が戦闘に役立つスキルを所持していることが前提に挙げられる。
もちろん、特に優れた能力を持っている人物がパーティー内にいる場合はその限りではない。
世の中にはさまざまジョブがあり、その中でも『剣聖』は優れたジョブ。
そんな選ばれた人物であるにもかかわらず、自分の目から見て冒険もしないで腑抜けに見える父親を、俊彦は尊敬することができないでいたし、それを兄弟にも伝えていた。
朝食を食べたあと、俊彦と話がしたいからという理由で、妻たちや他の子どもらを遠ざけてもらっていた達也が息子に話しかける。
「最近苦労しているみたいじゃないか」
「なんでそんな風に思う?」
「はは、それくらい俊の表情を見ていれば気づくさ。お前の父親を何年やっていると思っているんだ?」
父親の言い分を聞いた俊彦は鼻を鳴らす。
不機嫌な息子を見て、穏やかな表情をした達也が言う。
「そういえば、あの子は元気か?」
「あの子?」
「名前はなんだったかな……そうだ、お前の友達の黒瀬朔斗君だ」
「ちっ」
「おいおい、舌打ちすることはないだろう?」
怒りは湧かないが達也は思う。
(俊彦が反抗的になってきたのは、中学校に入ってしばらくしてからか……昔は俺や母親に甘えてきてたんだが。随分と長い反抗期だ)
そんな風に息子のことを考えている中、先ほどの質問に俊彦が答える。
「あいつは俺たちの役に立たないと判断して、パーティーから外した」
達也は驚きに目を見開く。
彼の記憶が確かならば、黒瀬朔斗は学校の中でも相当な優等生だったはず。
戦闘系のジョブを持たないにもかかわらず、戦闘学では常に上位の成績を維持していたと耳にしていた。
(そういえば……こいつの反抗期と同時期くらいから、黒瀬君の話を聞かなくなったか。いくら戦闘に特化したジョブを持っていたとしても、小さい頃はサポート系ジョブとの差が見えにくいし、なによりも例え<剣聖>のジョブ持ちであろうと、無条件に技量が上がるわけでもない。大事なのは才能を育てるための努力)
ジョブとはいわゆる才能であるため、どうしても存在してしまうジョブ至上主義者。
それはジョブこそ至上と言い切る人たちだ。
当然ながら自分が所持しているジョブに関連した技量は上がりやすいし、ジョブ次第で非常に有用なスキルを使用できるので、彼らの言い分にも一定の理解を示す人は多い。
しかし、結局は努力をしなければ才能は開花しないのだ。
いくら優れたジョブとして<剣聖>を身に宿していても、その下位互換と呼ばれる<剣士>に負ける可能性は捨てきれない。
例えばの話、<剣聖>と<剣士>と剣系のジョブを持っていない者の剣を扱う才能の上限が、それぞれ一〇〇と六十と四十としたとき、限界ギリギリまで鍛錬を積まなければ技量が上限までいかないし、それを十全に発揮するために必要な身体能力は、ダンジョンをクリアした際のモノリスや日頃のトレーニングによってもたらされる。
剣系のジョブを所持していない者の中でも、剣の扱いにおいて向き不向きがあるし、やる気の問題も重要なのだが。
(黒瀬君は唯一無二のジョブだったはず。『解体師』の【ディメンションボックス】の価値は計り知れない。無制限に収納できるから、あのスキルだけでもダンジョンでの収入が上がり、それによってポーション類を多めに購入可能だ。そしてそれが結果的に安全性の向上に繋がる)
そこまで考えた達也はついつい口にしてしまう。
それが息子の逆鱗に触れるとも気づかず。
「黒瀬君を外したのは失敗だったな。彼は優れた探索者になるだろうに」
今はそこまで尊敬していないとはいえ、自分の親であることには変わりはない男の口から出た言葉。
それを耳にした俊彦の頭に血が上る。
「うっせーんだよ! あんな奴は邪魔だ!」
あまりの剣幕に、達也は息を吞む。
俊彦は父親に向かって、そのまま抑えきれない感情を吐き出す。
「あいつは所詮サポート系のジョブだ!! 俺のほうがあいつより優秀なんだよ! 現に探索者の世界だと、<剣聖>は大成している奴が多いだろう!」
そこまで言い切った彼は荒い息を何度も吐く。
(これは……俊は黒瀬君に何かコンプレックスを抱いていたのか? もしかしたら、それは中学校の途中からなのかもしれないな。コンプレックスが反抗期に繋がった可能性もあるか)
俊彦はすでに成人していて結婚ができる年齢。
そうであるにもかかわらず、精神年齢が低いと達也は判断した。
(それだけじゃない。俊は優れたジョブを持っていることも相まって、傲慢に育っていたか……これは俺の失態でもある)
現在の地球は、女性に比べて男性が圧倒的に少ないのは周知の事実。
思春期以降の女性たちは恋人や夫を得るため、男性の下手に出ることが多い。
そういった背景もあり、容姿やジョブに優れた男性が女性は自分より下の立場だと認識する者が一定数存在している。
さらにその対象を、自分よりジョブが劣っていると判断した男性にまで、範囲を広げる者も少なくない。
石井家のヒエラルキーは頂点を達也としているが、彼の妻たちは全員がおしとやかで長男を甘やかして育てていたため、俊彦は自分が石井のナンバー2だと認識している。
このまま成長しても決して息子は幸せになれないと判断した達也は、俊彦に向かって低い声を出す。
「お前はすでに成人していて、大人と言っていい。物事をもっと論理的に考える必要があるぞ。感情に振り回されている限り幸せにはなれない。謙虚になり、自分に足りない箇所を克服したり、友人に補ってもらったりしろ」
今までまともに怒ったことがなく、息子を睨みつける経験が初めての達也。
そんな父親に相対していた俊彦は、歯を食いしばって鬼の様な形相だ。
目の前にいる息子を見て達也は思う――この状態はマズいかもしれないな。
なんとかして息子との仲を修繕し、彼がこれから歩む人生をより良きものになるようにと祈る達也。
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