無双の解体師

緋緋色兼人

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一章

19:兄妹による初めてのダンジョン踏破

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 コボルト・最下級ダンジョンのボスの間で、コボルトジェネラルをはじめとしたコボルト系のモンスターの団体を、大きな怪我をすることもなく朔斗と恵梨香は討伐した。
 地面に散らばっている素材を【ディメンションボックス】に収納し、朔斗と恵梨香が奥の部屋へと足を運ぶ。

「わー、報酬箱! 開けるの楽しみ!」

 恵梨香の弾んだ声に対し、朔斗は平淡な声色で言う。

「お前のテンションを下げたいわけじゃないけど、最下級ダンジョンの報酬箱だから中身はしょぼいぞ?」
「えぇー、私の【獲得報酬品質特大アップ】があっても?」
「ああ、それがあったか。【獲得報酬品質小アップ】や【獲得報酬品質中アップ】の話なら聞いたことがあるけど、そういえば特大はなかったな。まあいずれにせよ、ここは最下級ダンジョンだ。期待しないで開けよう」
「むぅ」

 腕を組み口を尖らす恵梨香。
 それを見た朔斗は苦笑いをしつつも、視線を報酬箱に移してそのまま箱を開けた。

「おー?」
「ん? 中身はなんだったの?」
「これだ」

 そう言った朔斗は箱の中から取り出した物を右手で掲げた。
 それは青白いインゴット。

「それミスリル!?」
「ああ、ミスリルインゴットだな。それが二個。正直言って、報酬箱の中身がここまで高品質になっているとは思わなかった。嬉しい誤算だな」

 思わず口元が緩む朔斗の様子を見て、恵梨香は疑問を述べる。

「それってどれくらいの価値?」
「うーん……てか、恵梨香は学校で製造科を選択してただろう? そこで習わなかったのか?」
「価格とかは授業で出なかったよ。そういうのは経済科とかそっち方面だね。友達がそういう話をしてたのをなんとなく覚えてるかな」
「あー、そっか。たしかにそうだ」
「それで結局さく兄はミスリルインゴットの価格がわかるの?」

 義妹に問われた彼は目線をミスリルインゴットに落として口を開く。

「これは二キロのインゴットだから……そうだな、このまま売れば二四〇万円ってところか」
「すっごい!」

 目をキラキラさせている恵梨香を見た朔斗が、義妹に苦言を呈する。

「お前のスキルのお陰もあって、たしかに凄い。しかも【獲得報酬個数アップ】の恩恵もあって二個だし。とはいえ、恵梨香も知っているように、収入が増えれば増えるほど後々支払う税金が高くなるからな」
「あぁ、そうだね……」

 義兄の言葉を聞いた恵梨香は肩を落とす。
 朔斗は【ディメンションボックス】に、ミスリルインゴットを二個収納する。
 その様子を見ていた恵梨香が問う。

「それ売るの?」
「うーん、どうするかな……まだ初回だから、次もこんなにいい物が報酬箱に入っているかは今の段階で判断できないが、このペースで稼いでいけば税率はとんでもなくなるからなぁ」
「40%くらい?」
「おそらく……それくらいにはなるかもしれない。この前オーガエンペラーの魔石が四二〇万円で売れたし、あれくらいなら余裕で倒せるからな。まあ、上級ダンジョンだと最速でクリアしても、四日から五日程度はかかると思うが」
「上級ダンジョンだと、クリアするのに一週間くらいかかるって学校で習ったけど?」
「ああ、そりゃあ道中戦闘を何回も行い、収入を増やすために次の階層への入口を見つけてもすぐには進まず、モンスターをなるべく倒すんだから一週間程度はかかるさ。俺が言った最速ってのは、ボス部屋へ向かうのを優先した場合だな。それに戦闘での時間や体力の消費も【解体EX】があれば最小限で済むし、その分を移動に使える」
「ああ、だよね」
「話が逸れたな。とりあえずこれは売らないで、恵梨香に使わせようと思う」
「私?」
「ああ」

 首を傾げる恵梨香。
 朔斗はにやりと笑い、彼女に説明を行う。

「恵梨香は『大道具師』だ。【上級製造】のスキル上げになるし、それによって後々良い物が作れるようになるかもしれないだろう? だから先行投資だ。それに税金の問題もある」
「うーん、税金はかかるけど、少しでも貯めたほうがいいんじゃないの? エリクサーを買う機会があるかもしれないし」
「それはそうなんだけどな。でもよく考えてもみろよ。エリクサーがオークションに出たって、ここ数十年は二十億円を下回ったことがないんだから、このミスリルインゴットやオーガエンペラークラスの魔石なんて、売ったって焼け石に水さ」

 それもそうだと内心納得する恵梨香。

「学校でミスリルを使った製造はしたことないだろう?」
「うん、さすがにそんなに高級な金属は使わせてくれないからね」
「良い素材のほうがスキルの伸びがいいって研究結果が出ているし、それならさまざまな観点から考えて、恵梨香に何かを作ってもらったり、スキルランクを上げてもらったりしたほうがいいかなと」
「例えばどんなのを作るの?」
「うーん、武器を作る場合は剣で三本分くらいにはなるか……といっても、今は武器を必要としないし……ちょっとすぐには思いつかないな。この件は家に帰ってからでも考えよう」
「うん!」

 恵梨香は『大道具師』であることを嫌がっていない。
 もちろん昔はそうじゃなかった。
 なぜ自分は戦闘系のジョブになれなかったのかと、意味のない自問自答を繰り返す日々を送っていたこともある。
 その理由は――朔斗がサポート系のジョブだったため、彼と一緒に探索者として活動するには、戦闘系のジョブでなければならないと思ったからだ。

 最下級ダンジョンの報酬箱から、ミスリルインゴット二キロが産出されるのはとても凄いことなのだが、これくらいは中級ダンジョンの報酬箱の中にも入っている。
 もちろんミスリルは希少な金属なため、それが産出される可能性はそこまで高くない。
 しかし、上位のダンジョンのほうが効率よくジョブの経験を稼げるし、道中に出現する魔物を解体して採れる素材も高価になっていく。
 そうなると、わざわざサポート系のジョブを二名入れて、戦力を落とすのは効率が悪くなってしまうのだ。

 報酬箱の奥にあったモノリスに、兄妹それぞれが手を当てる。
 今回はオーガ・上級ダンジョンのときのように、淡い光を発さない。
 あれは誰かのジョブランクが上昇した際にのみ発生する現象なのだ。
 ちなみに探索者カードをモノリスに触れさせなくても、自身の身体の一部をモノリスに当てただけでカードの内容が更新される。

(ここを一回クリアしただけで、恵梨香のジョブランクが上がるはずもないよな)

 ちらっと義妹に視線を送った朔斗がそう思う。
 自分が見られていることに気がつかない恵梨香は、人生初となるダンジョン踏破に心を躍らせている。
 今回の探索を終えた彼女は内心思う。

(今の私は足手まといでしかないよね……もっともっと努力をしてさく兄に必要とされたいし、役に立てるようになっていかなきゃ!)

 向上心に溢れている恵梨香はきちんと努力をしていた。
 このダンジョンの道中では、朔斗が間引いて一匹になったコボルトを相手に、戦闘を行い実戦という形で訓練をしていたし、それによってモンスターに相対した際、多少は落ち着いて対処できるようなった。

 多くの新人探索者はWEOで探索者登録をしたときに、探索者初心者講習を受けるのだが、それを受講したら座学と実地訓練で十日間も消費されてしまう。
 早く朔斗と一緒に活動したかった恵梨香はそれを嫌い、講習の申し込みをしなかったのだ。

 ダンジョンは危険に満ちている。
 それを良く知っている朔斗は、講習を受けなかった恵梨香の意思を尊重しつつも、モンスターに慣れてもらったり、探索者として活動するために必要な知識だったりを彼女に詰め込んでいたのだ。

 基本的に探索者初心者講習を受講しなければダンジョンに入場することはできないが、Cランク以上の探索者が引率する場合に限って講習が免除される制度があるので、恵梨香はそれを利用したことになる。

 こうして朔斗と恵梨香は何事もなく、コボルト・最下級ダンジョンを二日で踏破したのだった。
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