無双の解体師

緋緋色兼人

文字の大きさ
上 下
2 / 65
一章

2:宣言

しおりを挟む
「これで終わりだっ!」

 鍛え上げられた肉体に革鎧を纏わせた男が、上段に構えた大きな剣を両手で振り下ろす。
 彼の正面でその攻撃の的となったのは、鬼のような角を額と左右の側頭部から生やした存在。
 二五〇センチはあるだろう身長に、赤黒い肌が特徴的だ。

 それはオーガエンペラーと呼ばれる人類の敵対者であり、魔物やモンスターと呼ばれている。
 オーガエンペラーはオーガ種の中でも上位に位置する強者。
 そんな存在であるにもかかわらず、オーガエンペラーは命の危機を感じ取ったのか、自身の頭部を守ろうと必死になる。
 オーガエンペラーは、右手に持った太い棒状の武器で自身の命を狙う攻撃を防ごうとした。

 しかし――

「おせえええ!!」

 革鎧を着用している男の攻撃がオーガエンペラーの脳天に当たり、そのまま大剣がモンスターの身体を左右に切り裂き、まき散らされる臓腑。

「グギャアアアア――」

 オーガエンペラーの命を奪った精悍な顔立ちをした男の名前は石井俊彦いしいとしひこ

「よし、これでこのダンジョンもクリアしたな。やっぱり俺たちの実力はここでも通じたか」

 大剣を軽く振るって刀身に付着した血を払い落とす。
 そんな彼に近付いていく人影が三つ。

 金属の兜や胸当て、そして大きな盾を左手に持つ男性は土橋良太どばしりょうた
 街を歩いていたら何人もの女性から注目を集める甘いマスクに優しい笑みを浮かべた彼は、俊彦に労いの言葉をかけた。

「おつかれさん」

 それに続くのは、右手に杖を握りしめた軽装の赤根恵子せきねけいこという女性。
 杖を腰に巻き付けたホルダーに戻した彼女は、頭にかぶった三角帽子の位置を調整しつつ、平坦な声を出す。

「……おつかれさま」

 その響きは、声を弾ませていた俊彦とは対極にあるように感じる者も多いだろう。
 表情に変化はあまり見えないものの、恵子の美貌は良太と同じように異性の目を惹きつける魅力に溢れていた。
 そして彼らに続いて声を出したのは、白を基調としたローブに身を包んだ女性。
 彼女の名前は千堂瑞穂せんどうみずほ、若干の垂れ目なのが手伝ってか、おっとりとした雰囲気の中に優しさを感じさせる。

「みんなが無事で良かったです」

 仲間たちから声をかけられ、ひとつ頷いた俊彦が言う。

「さくっとお宝を回収して帰ろうぜ。今日は上級のダンジョンを踏破したお祝いをしなきゃな」

 彼の言葉に同意した三人はそれぞれが足を動かし、オーガエンペラーの命が散った後に出現した奥の扉を目指す。

「あ、言うまでもなくオーガエンペラーの処理は任せたぞ、朔斗」

 顎でオーガエンペラーの死体を指し示した俊彦が、この場に居たもうひとりの人物に指示を出す。

「わかってる」

 部分部分に革製の防具を身につけた黒瀬朔斗くろせさくとが、オーガエンペラーの死体に視線を向けつつ返事をした。
 それぞれジャンルが違うとはいえ、俊彦や良太と同様に顔立ちが整っている朔斗。
 彼らは全員が全員黒髪黒目。

 朔斗に意識を向けられたオーガエンペラーの死体が鈍い光を放つ。
 光が出現してから一秒も経たないうちに、その場には魔石がひとつ、オーガエンペラーの角が三本、大きな肉塊が数個、さらに太くて丈夫そうな骨がいくつかに、色々な使用用途がある目玉が現れた。
 
 それらの素材に足を向け、二十メートルほど歩いた朔斗はオーガエンペラーから取れた素材を回収するべくスキルを使用。
 すると、そこにあった物はすべて彼の目の前から消え去り、残っていたのはまき散らされた血が染みになった跡のみ。

 オーガエンペラーが使用していた武器も当然その場には無くなっている。
 それを確認した朔斗は自身も俊彦たちを追いかけて奥の扉へと足を進めた。

 扉を開いて奥の部屋へたどり着いた彼らの視界に映るのは報酬箱。
 心を躍らせた俊彦、良太、恵子、瑞穂。
 彼らを代表した俊彦が報酬箱を開ける。
 その中身を見た彼はひときわ大きな声を上げた。

「よっしゃあああ!」

 大袈裟に見えるガッツポーズをした俊彦同様、他の三人も箱の中を覗き込む。
 数歩後ろからそんな彼らを見ていた朔斗の声が無意識に漏れる。

「――まさか」

 しかし、その声は彼の前にいる四人の歓声によって誰も聞き取れない。
 そんな朔斗の様子に気づかない俊彦が喜びを隠さずに叫ぶ。

「上級のアイテムボックスゲットだぜ! 俺たち運が良すぎだろ!」

 俊彦が喜ぶのも無理はない。
 アイテムボックスとは大変貴重な物であり、その入手方法はダンジョンをクリアしたときに開かれる部屋に設置された報酬箱からのみとなっており、しかもその確率はとても低い。
 一般的に知られている知識として、報酬箱の中にアイテムボックスが入っている確率は十万分の一以下と言われている。

 アイテムボックスの外観は正方形。
 一辺が二センチしかなく、手のひらに収まるサイズであるにもかかわらず、その中に入れれる物品の量はとても多い。
 アイテムボックスに収納できるスペースは等級ごとに定まっていて、上級のアイテムボックスであればその量は二階建ての建物に匹敵するほどだ。

 人間の目で視認できる大きさの生物を収納することはできないが、アイテムボックスの中では時間が停止しているので、食料や敵を倒して手に入れた生ものや、温度に気をつけなければいけない物を運ぶ際には特に重宝される。

 また、アイテムボックスと同じように多くの荷物を収納できるアイテムケースという物も存在していて、それは縦幅五十センチ、横幅三十センチ、高さ二十センチとやや大きいので携帯に若干不便だ。
 そしてなによりもアイテムケースの中では時間が普通に経過するため、アイテムボックスの劣化版だ。
 とはいえ、利便性は優れていることもあり、アイテムケースを使用している者は多いし、アイテムボックスとアイテムケースの両方を持ち歩き、用途によって使い分けている者もいる。

 現在の地球には世界各地にダンジョンが存在していて、それぞれに等級があるのだが、低確率で報酬箱に入っているアイテムボックスの等級はダンジョンの等級と同一。

 喜びに沸き立つ四人に怪訝な視線を投げる朔斗は内心思う。

(上級のアイテムボックスは確かに超高級品だし、あれを売って手に入った金を四等分したとしても相当な収益が見込める。だけどここは上級ダンジョンだから、仮にアイテムボックスが出なかった場合でもそれ相応の何かが入っていたはず。もちろん当たり外れはあるし、アイテムボックスより高い物はアレくらいしかないだろうけど……それにしても喜びすぎじゃ? そもそも俺がいる以上、このパーティーにアイテムボックスは無くても問題はない)

 この場にいるのは五人であるにもかかわらず、朔斗が内心で四等分と考えていることには訳がある。
 朔斗は彼ら四人とは長い付き合いであるのだが、彼らとパーティーを組んでダンジョンを攻略するに当たって特殊な約束事をしているため、今回出たアイテムボックスの権利を朔斗は有していないのだ。

(俊彦と良太が特に喜んでいて、他の二人はそれなりってところか。うーん、何かが引っ掛かる)

 最近はどんな物よりもアイテムボックスが欲しかった俊彦が振り返り、眉をひそめる朔斗に対して口を開く。

「朔斗、おつかれさん」
「ん? ああ、おつかれ」
「実はな、朔斗に話があるんだ」
「なんだ? ここを出てからじゃダメなのか?」

 そう言った朔斗は視線を一瞬動かす。
 その先にあるのは幾何学模様の魔法陣。
 ダンジョンをクリアしから入場できるようになる報酬箱がある部屋、そこに必ず設置されている魔法陣を使用してダンジョンから脱出できる。
 何か話をするにしても、もう敵が出ないとはいえこんな所で話さないでどこか落ち着く場所で話せばいいと朔斗は思う。

 朔斗は視線をさらに動かす。
 魔法陣から良太、恵子、瑞穂へと移したあと、最後に俊彦に戻す。
 俊彦と良太は含み笑いをしていて、正直なところ朔斗の癇に障る。
 恵子は俊彦が何を言いたいのかわかっていないのか、何も考えていなさそうな表情で首を傾げており、瑞穂は目を見開いていた。

(うーん、俊彦が言いたいことは良太も知っていて、恵子は心当たりがなさそうか? 瑞穂は何か知っていそうで驚いているってところか)

 そんな分析をしていた朔斗に向かって再び口を開く俊彦。

「いや、アイテムボックスを入手した記念に、ここで俺たちの関係も終わらせよう。俺たちのパーティーを抜けてくれ」

 それは朔斗にとって、あまりに理解不能な言葉。
 もしかしたら自分の聞き間違いか? と一瞬考えた朔斗だったが、それはないと思い直す。
 なぜなら今は全員が全員ただ立っているだけのため、現在ここは物音ひとつしていない空間。
 そんな中で耳に入ってきた俊彦からの言葉を聞き間違えるはずもない。
 俊彦が言い放った言葉は、この場を沈黙に支配させるに値するものだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

八百長試合を引き受けていたが、もう必要ないと言われたので圧勝させてもらいます

海夏世もみじ
ファンタジー
 月一に開催されるリーヴェ王国最強決定大会。そこに毎回登場するアッシュという少年は、金をもらう代わりに対戦相手にわざと負けるという、いわゆる「八百長試合」をしていた。  だが次の大会が目前となったある日、もうお前は必要ないと言われてしまう。八百長が必要ないなら本気を出してもいい。  彼は手加減をやめ、“本当の力”を解放する。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います

しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

黄金蒐覇のグリード 〜力と財貨を欲しても、理性と対価は忘れずに〜

黒城白爵
ファンタジー
 とある異世界を救い、元の世界へと帰還した玄鐘理音は、その後の人生を平凡に送った末に病でこの世を去った。  死後、不可思議な空間にいた謎の神性存在から、異世界を救った報酬として全盛期の肉体と変質したかつての力である〈強欲〉を受け取り、以前とは別の異世界にて第二の人生をはじめる。  自由気儘に人を救い、スキルやアイテムを集め、敵を滅する日々は、リオンの空虚だった心を満たしていく。  黄金と力を蒐集し目指すは世界最高ランクの冒険者。  使命も宿命も無き救世の勇者は、今日も欲望と理性を秤にかけて我が道を往く。 ※ 更新予定日は【月曜日】と【金曜日】です。 ※第301話から更新時間を朝5時からに変更します。

処理中です...