元Sランク魔法使いのギルド受付嬢(四十路)は獣耳ローブがお好きらしい

猫 楊枝

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1章 ギルド受付嬢(四十路)の再起編

第二話 懐かしの獣耳ローブ

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 冒険者ギルドを辞めて2日目、早速ヤッチは壁にぶつかっていた。そう、暇すぎ問題の壁である。
 元々ギルド嬢時代は過酷な激務だった。世は空前の冒険者ブームの真っただ中で、次から次へと冒険者ギルドに老若男女が訪れた。

 冒険者になる事は実は敷居が低い、犯罪歴がなければ誰でもなれるとゆうスペシャル甘々仕様だ。問題となるのは、それを処理するギルド受付嬢の手腕である。

 次から次に訪れる癖のある冒険者志望の猛者達を、勤務時間内に捌かなければならない。勤務時間内に捌けなければサービス残業、通称サビ残をしなければいけない。

 しかし注意しなければいけない点は、サービス残業に時給は発生しないのである、つまりお給金にプラスされる訳ではないのに残業をしなければいけないという負のスパイラルに陥る訳である。
 ヤッチはこの理不尽に憤慨して上司に直談判をした事がある。しかし、帰ってきた答えは冷たいものだった。

 ――ここはお役所仕事の王国よ。文句があるなら他を当たりなさい。

 安易に転職を促されて、ヤッチは激しく失望した。ギルド受付嬢の後任なんて五万といる、それは頭では解っていても、君じゃなきゃダメなんだ、その言葉が欲しかった。
 しかし、そんな優しい言葉をかけられた事は一度たりともない。

 ヤッチが20年かけて積み上げてきたのは、仕事を早くこなすスキルだ。サービス残業をしない為、自分の身を守る為、最低限の愛想で適格に仕事をこなすスキル。
 しかし、それを発揮する機会も無くなってしまった。ヤッチが抜けた穴を埋めるのは簡単な様で、容易な事ではないだろう。事務仕事といえども手際の良さは大切だ。

 勤続20年をバカにしてはいけない。その歴史で培ってきたノウハウはヤッチ自身にある、後輩に教えていない事も沢山ある。今頃、ヤッチがいなくなった穴を埋める為に四苦八苦しているだろうか。
 若いギルド受付嬢達は皆、サビ残を強要されているかもしれない。そう思うと怒りも心なしか治まってきたように思う。

 ヤッチは好物のハーブティーを一口啜り、丸テーブルに置く。植物の葉をモチーフにしたカップには、色彩豊かな葉っぱが描かれている。ヤッチのお気に入りのカップだ。

(今度は、何の仕事したらいいのかしら。もうギルド受付嬢には戻れないし……。年齢も年齢だし……)

 しばらくは蓄えで凌げる。安定した仕事だったとはいえ、決して高給取りだった訳ではない。地道に貯めてきた貯金にも限度はある。

(早く、職を探さないとね。何より暇だし……)

 あんなに休みを熱望していたのに、いざ無職になった途端にヤッチは暇すぎ問題の壁にぶつかってしまった。人間とは単純なものだと思う。
 単純だからこそ、可愛いとゆう時代もあったな、とヤッチは回想する。
 


 あれはヤッチが冒険者になって、まだ間もない頃のことだ。獣耳フード付きのロリっ娘ローブが空前のブームになっていた。
 子供から、大人、お爺さん、お婆さんに至るまで魔法使いなら誰しもが着用していた。なんなら、魔法使いではない村人Aまで着用していたくらいだ。

 その頃ヤッチは、冒険者としての稼ぎのほとんどを実家に仕送りしていた為、自分の思うように使えるお金がなかった。
 町を歩けば、自分と同じ年ぐらいの女の子や男の子が、獣耳フード付きのローブを着ている。幼い雰囲気を演出するもいいし、あざとい可愛さを演出するのにも打ってつけの代物だった。
 大人が着用すれば、それはそれで可愛いのである。

 ――羨ましいな、私もいつか着てみたい。

 ヤッチは、当時12歳。パーティーでも最年少であった。武器屋や防具屋がひしめき合う大通りで、ヤッチは当時のパーティーの最年長であった、盗人シーフのサリーに訪ねた事がある。

「あとどの位したら、獣耳ローブ買えるかなぁ。ヤッチの家貧乏だから仕送りを辞める訳にはいかないし、サリーお姉さんはどう思う?」

 ヤッチの純粋なキラキラとした眼差しを一蹴する勢いでサリーが答えた。

「あんた、あんなのが欲しいの? ほんと子供ね、私が盗んできてあげる」
「え!」

 驚くヤッチをよそに、物凄い速度で大通りの防具屋へサリーが駆けだす。さすが、盗賊と思える身のこなしにヤッチは感動を覚える。

「いらっしゃい。いい物揃ってるよ」
「いい品ぞろえね」

 愛想よく出迎える防具屋の親父に対して、サリーはニコニコと愛想良く答える。黒いレザーの胸当てに、同じく黒いレザーのショートパンツというセクシーな出で立ちのサリーは男性から注目の的だった。
 道具屋の親父もまんざらではない様子で、サリーのセクシーボディーを舐めまわすように見ている。

「獣耳ローブとかいうのある?」
「勿論ありやすよ。そこの人気商品コーナーの陳列棚に……」

 チラッとブツを確認したサリーは、陳列棚に駆け寄り素早く獣耳ローブを掴むと、踵を返して駆けだしていた。
 あまりの素早い所作に動揺しつつも、商品が盗まれた事を悟った道具屋の親父は叫んでいた。

「泥……泥棒だ! 誰かーその姉ちゃんを捕まえてくれー!!」

 親父が叫んだ頃には、サリーは周りの雑踏に溶け込んでいた。サリーが驚いて固まっているヤッチの所まで戻ってくると耳元で「逃げるよ」と囁きヤッチの手を引いて駆けだす。
 息も絶え絶え、生活の拠点としている宿屋に到着すると、サリーがヤッチに獣耳ローブを手渡す。

「ほら、戦利品だよ」
「ありがとう! サリーお姉ちゃん!」

 それが例え盗品だとしても、ヤッチにとってはキラキラと輝いて見えた。

「良かったなぁヤッチ」
「ふふっ、サリーは本当に面倒見がいいわね」

 同じパーティーの戦士であるアルフと神官のシースルーが微笑ましい表情で見守る。後にヤッチは自分が所属するパーティーが常識のなさでは天下一だという事を知る事になるが、それはまだ先の話である。
 だが、この時のヤッチにしてみれば、サリーは宝物を運んで来てくれた女神様だったのだ。それ以来ヤッチが大通りの防具屋に一切近づかなくなったのはここだけの秘密である。

 後から聞いた話であるが、サリーの祖父は冒険者協会の理事を務めるお偉いさんらしい。手癖が悪いサリーが冒険者になれたのも、冒険者ライセンスを剥奪されないのも、祖父の見えない力が影響しているのだ。



「ふふっ、当時のままね」

 ヤッチは満面の笑みでクローゼットの中から当時大切に着用していた盗品である獣耳ローブを取り出す。

「着ちゃおっかなー。いや、でも、もう40だし……」

 突如襲いかかってくる、年齢の壁にヤッチは戸惑いを隠せない。

――今日から皆さんは冒険者。でも忘れないで下さい。40になっても50、いや100歳になっても冒険者なのです。年齢は関係ないのですよフォッーフォッフォッフォッフォッー。

 ふと、冒険者ギルド生誕100周年パーティーに参加した時の事を思い出す。90歳の現役魔法使いのお婆さんがスピーチでそう言っていた。

(年齢は関係ない……。)

 ヤッチはスッと息を吸い込み鏡の自分を見る。ひっつめ髪に交じる白髪、際立つほうれい線、かすかな存在感を見せつけるデコ皺、やはり年齢は関係あるなと正直に思う。
 しかしためらいは無かった。ヤッチは着ている服を脱ぎ、その場に放り投げる。

 モフモフの獣耳フードがついた真っ白いローブを羽織る。丈は身長が伸びた分、当時引きずるほどの長さだったが、今は太ももが見えそうな位置にローブの裾がありちょっぴりセクシーだ。
 首元のボタンを留める。首元のボタンは可愛い子供のベアウルフがモチーフになっている。ニッコリと目を細めているベアウルフの顔を象ったボタンを指でなぞる。

 ぞくぞくっと、当時の喜びが蘇ってくる。初めて着用した喜び、思ったより肌触りが良くて驚いた事、そして何より可愛かった事。
 そして肝心要の獣耳フード、これがこのローブのキモである。ヤッチはそっとフードを頭に被る。目の前の鏡で恐る恐る自分の姿を確認する。と、ヤッチの表情が固まる。

「……あれ? これちょっ、可愛くない!? 全然ありじゃない?」

 ヤッチはニッと少女の様な笑みを浮かべる。
 そして当時、自身の中で流行っていたポーズを決めたのである。

「やっ・ちっ・た☆」

 自分の頭を拳でコツンと叩き、笑顔で舌を出す、てへぺろポーズ。
 ヤッチは年齢の壁を取り払い、見事、獣耳ロリッ娘魔法使いへと変身を遂げたのである。
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