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一時のテンション身を任すとよくわかんないことするってあるよね

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 時間は勇が死ぬ10分ほど前に遡る。
「はあー、やってらんねぇ……」
 彼は誰もいない公園のベンチでひとしきりぼやくと、口に火をつけたタバコを咥えて勢いよく吸い込む。気落ちした身体にニコチンが染み渡るような感覚も、彼の気落ちした心を癒すには至らない。勇はそのままため息と共に紫煙を吐き出すと、脇に置いていたカバンから冊子を取り出す。冊子の表紙には「取り扱い商品カタログ」という文字と共に、ウォーターサーバーの写真があしらわれている。
(こんなもんの営業なんてもんにどうしてなっちまったかな……)
 そういって今日飛び込み営業をした先の対応を思い返す。どこの企業の対応も「こんなものは必要ない」「迷惑だ、帰ってくれ」とつめたいものであった。どこにも冷たくあしらわれていると、10年ほど前の就職活動を思い出してしまう。当時の勇は人生の確たる指針もなく、惰性で学生生活を送ったことへの報いと言わんばかりにどこの企業からもお祈りメールをもらっていた。なんとか苦労して内定をもらえたのはブラック企業の飛び込み営業くらいのものだった。
 タバコを咥えたままカタログをペラペラとめくる。どの商品を眺めても、営業をしている自身でも必要なものとは思えなかった。そんな商品をどうやって売ればよいのであろうか。こんなものを売る仕事にしかつけなかった自分がとにかく情けなく感じられた。
「……」
 冊子をカバンに戻すと、タバコを口から離して煙を吐き出す。どこからともなく吹く風が、その煙を散り流していく。
 その時、子供達の明るい話声が近くから聞こえてきた。
「ねーねーっ!何して遊ぶ?」
 どうやら小学校低学年の子供達の二人組が放課後に遊びに来たらしい。勇は懐から取り出した携帯灰皿に煙草をしまう。直後、話をしていた子供達が公園へと入ってくる。
「これで遊ぼうよ!」
 子供の一人がなにやら剣のおもちゃを取り出す。おもちゃには様々なボタンがついており、彼が指でそのボタンを取り出すたびに内蔵されたLEDが発行し、なにやら音声が再生されている。
(あれって巨大特撮ヒーローシリーズの玩具か。本当にここ数年のはギミックがすげえな)
 勇は感心しながら玩具を眺める。学生時代の頃は追っていた特撮やアニメも、この仕事についてからはすっかり見なくなっている。どうやら直近の作品の変身アイテムは剣らしい。
(俺も昔はなりたかったもんだよなあ、ヒーロー)
 それが何で今や自身ですら魅力を感じない商品の飛び込み営業なぞやっているのだろうか、そう考えるとますます勇の気分は落ちていく。
(あー……だめだ、こんなこと考えるなんて本格的に疲れてるな)
 勇は頭を左右に振る。
「……転職すっかなー。それかいっそ死んだら異世界転生とかでチートハッピー人生でもおくれないもんかね……」
 そんなことをぼやきつつ、携帯灰皿にたばこの吸い殻を入れる。転職するにせよ、なんにせよ今日の勤務時間は残っている。決して素晴らしい人生ではないが、転生の保証もないまま死ぬ気にもなれない。そして、死なないためには金を稼いで飯を食っていかなければならない。金を稼ぐため、次の営業先に行くべく、勇はベンチから腰を上げる。
 その直後――すさまじい轟音があたりに鳴り響き、地面が揺れる。
(地震!?)
 突然の事態に驚いた勇は現状を確認しようと立ち上がる。直後、背後の方からこの世のものとは思えないようなおぞましい咆哮が聞こえてきた。全身の肌が粟立つような感覚に、勇は思わず振り返る。
「……!?」
 そこで目にした光景に勇は思わず息を飲んだ。勇の視線の数㎞程先、そこには昔みた特撮作品から出てきたような巨大な怪獣が佇む姿だった。怪獣は、巨大な触手の生えたカタツムリのような姿をしており、見ているだけで嫌悪感や恐怖が湧き上がるような醜悪さがあった。
「なんだよ……あれ……」
 正直な感想が勇の口から漏れると同時、怪獣は再び咆哮を上げると、目と思われる部位から光線を放ち、街を破壊し始める。
(やべぇ!)
 ビルが爆発し、あちこちで火の手が上がるのを見て勇は正気に戻る。今はとにかくこの場から離れなければ……そう思った直後、はるか遠くから戦闘機のように高速で何かが飛来するような音が聞こえてきた。
(……今度はなんだ!?)
 勇が一瞬戸惑った瞬間、音の発生源ともいうべき存在が姿を現す。それはまるで子供の頃に見た特撮ヒーローのような巨人だった。巨人ははるか遠くから怪獣へとめがけて高速で空を飛び、そして次に姿勢を変えると飛行の勢いそのままに怪獣に跳び蹴りを叩き込む。怪獣はその衝撃に地面へと倒れ込み、巨人は反動で空中に飛びあがる。そして空中で縦回転を数回決め、そのまま着地をするとファイティングポーズをとり、声を上げる。
「デアァァァァッ!」
 その光景を見て、勇はさらに困惑する。
(おいおいおいおい……本当に特撮ヒーロー番組みたいなことになってるじゃねえか……。世の中どうなってるんだ……)
 勇が困惑している間に怪獣は起き上がり、巨人へと襲い掛かる。巨人は怪獣の体当たりや触手による攻撃をかわし、いなし、そして反撃の拳や蹴りを叩き込んでいく。その度に大地が揺らぎ、轟音があたりに鳴り響く。その戦いの壮大さと美しさに、勇も公園にいた子供たちも戦いに思わず魅入ってしまう。しかし、悠長に二体の戦いを見ていられる状況は不意に終焉を告げる。怪獣の攻撃を避けた巨人が大きく飛び退る。彼が着地したのは、勇たちの目と鼻の先だった。
(……っ!?)
 直後、距離が離れた巨人めがけて怪獣が目から光線を放つ。それに応じるように、巨人も構えた腕から光線を放つ。すさまじいエネルギーを持った光線同士がぶつかり合い、光と轟音が発せられる。
「うわ――――――っ!?」
 その衝撃に晒され、勇は思わず悲鳴を上げる。
「オオオオオォォォォ……デアァァァァッ!」
 巨人が雄たけびを上げる。直後、巨人の手から放たれる光線がその勢いを増し始める。さらに、それだけでは終わらずに巨人の光線は怪獣の光線をかき消し、その勢いのままに怪獣の身体に突き刺さる。直後、怪獣はこの世のものと思えぬような悲鳴を上げ、爆発四散した。
(……巨人が勝ったのか……?)
 遠方の爆発を眺め、勇はぼんやりと考える。それから少し間をおいて、轟音が耳に突き刺さる。直後、はるか上空からトラックが地面にたたきつけられるのを勇の視界が捉える。どうやら先程の爆発で吹き飛んできたらしい。さらにトラックは、その勢いのまま地面を回転しながら滑っている。トラックはこのままいくと、公園の中に突っ込んできて勇に直撃しそうな気配がある。
(やべぇ、逃げねぇと……!)
 勇がその場を離れるべく体勢を整えようとしたその時、子供たちが突然の出来事に呆然と立ち尽くしていることに気づく。そしてその瞬間、幾重もの思考が勇の脳を駆け巡る。(助けるか)とか(見捨てるか)という選択肢や(そもそも助かるのか)という不安と疑問、(なぜ助けなきゃいけないのか)といった理由付け。そういったものがぐるぐると脳内で周り、出口のない迷宮を作り出す。しかし、そんな思考すべて投げ捨てるように、気が付けば身体が勝手に動いていた。後でなぜこんなことをしようと思ったのかと聞かれたら、勇自身もきっと答えることは出来ないだろう。勇は子供達の方へと駆け寄り、二人を抱きあげて走り出す。子供は勇の方を驚いた顔をしながら見るが、そんなことにかまわず勇は駆ける。
「がっ……!」
 直後、勇はトラックにまるでボールをバットで打つかのように撥ねられ、勢いよく宙に吹き飛ぶ。その衝撃で両手に抱えた子供たちはすっぽ抜けていき、そのまま公園の植え込みに放り込まれていくのを勇の視界がとらえる。直後、自身の身体が地面に強かに打ち付けられる。
(あーあ、だっせぇ。なにやってんだ俺……)
 体に走る衝撃と痛みが、どこか人ごとのように感じられる。
(……大丈夫かな。あの子供達……)
 そんなことをぼんやりと考えていると、勇の方に何かが飛んでくるのが見えた。勇は何か惹かれるものを感じて、最後の力を振り絞り、その何かに自然と手を伸ばし、掴む。勇の手に収まったのは、先ほどの子供が持っていたと思われるヒーローモノの玩具の剣だった。
(……そっか……さっき吹っ飛んだ時に手放しちまったのか……。これ……返さないと……)
 その時、先ほど怪獣がいた方角の上空に、突如として黒い穴のようなものが現れる。
(……んだよ……。まだ何かあるのかよ……。ガキンチョ共……生きてたら……無事に逃げてくれよ……)
 そこまで考えたところで、勇は自身の意識が急に遠のいていくのを感じた。
(……俺は……ここ……まで……か……)
 その時、誰かが自身を見つめているような気がした。しかし、それが誰かを確認する余地もなく勇の意識は闇に飲まれていった。

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