inequality 不平等

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inequality フビョウドウ

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 麻子

 麻子は両親と3人家族で、足立区の下町の団地に住んでいる。
 母親は厳しく父親は唯一の逃げ場だった。
 厳しいと言っても正確には、今で言うなら虐待に近かかったと思える。
「本当にお前はバカか!」は口癖の様に毎日何回も言われ。
「何度も同じ事していい加減にろ!」
口答えしよう物なら物が飛んでくる
で、叩かれる。
手ならまだしも物で叩かれれば痛さで「泣く」のは当たり前で、泣きわめくと「煩い黙れ」と怒鳴られる。
 黙る子供などいるわけが無いヒックヒックと泣きシャックリをする、それも母親には癇に障るので余計に「煩いいい加減にしろ」と怒鳴られる。
 玄関から外に出され階段に座って泣くのは慣れていた。
後10分もすればドアが開く。
 麻子は、毎朝起きるのが憂鬱だった。  また朝から怒られる「早く起きろ」「早く食べろ」「着替えろ!」どうして朝からヒステリックになれるのか「正座して食べなさい。」
足が痺れモジモジすれば怒られてる、泣かけば「黙れ泣くな」と、たまったものじゃない。
「親に痛い思いをさせられ歯を食いしばって泣くのを我慢する小学生なんて居るわけない」それに、毎日のように「バカ」と言われて利口な子供など育つ訳が無い。
 叩かれるのは日常で本当に自分は悪いのか出来損ないなのかと本気で子供心に思った。 団地は5階建てで縦に階段が2室置きにあり、家は1階だったので回覧板を回すのに5階に持っていくのは自分の役目だった。

 玄関を開けると直ぐ前に隣の家のドアが有り夏場など玄関を開け放して居ると隣の家の声が聞こえてくる事も、ある覗けば丸見えだ。
 3人家族なのに母親は天ぷらを揚げると店でも出すのかと思う程の量を揚げるそれを5階の家から「お母さんが沢山揚げたから夕飯で食べてくださいって」と言っては天ぷらを持って上がっては降りるを繰り返した事もある。
 今では見られない「お裾分けの昭和の近所付き合い」の風情だった。
 母親は料理が上手だった特に和食が上手だったが私は嫌いだった。幼稚園の弁当は煮物 おひたし 焼き魚  ヘルシーで地味で蓋を開けるが嫌だった。
友達のお弁当のタコさんウインナーや卵焼きが羨ましかった。
 食卓にアジの開きが出ると「魚のミイラじゃん」と言って食べなかった事もある骨が面倒臭い事もあったが残す事が許されないので嫌でも食べさせられた。

 小学2年でも小遣いも貰えなかった。
 家にある来客用の和菓子がストックしてあり、それが有る限り「お菓子は有るから買わなくて良い」と言うのが母の躾のような理念のような小言で小学生の麻子は、茶色いお菓子が嫌で仕方無かった。
 煎餅はまだしも1口羊羹や最中など持って遊ぶのは嫌だった。
 お菓子がない時は煮物をお茶請けに出してる時があり「菓子がない」サインでも有り「駄菓子屋でお菓子を買いたい」とチャンスを得た気分でせびるがその一言も聞き入れてはくれなかた。
「いつもお金持ってないよね」友達にも貧乏人扱いされ子ども心に母親を憎む気持ちが湧いていた。
 たまに貰えたお金で駄菓子屋に行くと 少女漫画の付録を袋に入れた福袋の様なものが売っていて麻子は、それを買いワクワクしながら袋を開けた。 付録の詰め合わせは麻子にとって誕生日、クリスマスの次にワクワクした。
 「友達が読んでいる漫画が欲しい」そう言っても「借りて読めばいいじゃないか」と言われるのがオチだった、マンガを読むより新しい付録が欲しかったのが本心だった。

 今では考えられないが麻子が小学生の頃は、大人のお使いで酒屋に行って酒を買ったりタバコを買いに行かされたりしたものだった。
「電話してあるからお酒を取りに行って来い」麻子は理不尽だと思った。
「電話してるなら配達で頼めば良いじゃないか!」と反抗したが、配達料を節約するために酒を取りに行かさる。

 酒屋は同級生の友達の家が経営していた店だった。店番をしてる同級生に会うのはバツが悪い思いをしたが、店のおつまみを貰えることもあったので悪い事ばかりでは無かった。
 酒飲みの親の為に子供が酒を買いに行き一升瓶を持って家路に急いだ。
 麻子は酒を飲む母親が大嫌いだった。
酒を飲まなくても母親は嫌いで、許したくない人間だった。

 学校から帰ると必ずと言って良いほど近所の人が居た。
 学校であった事や手紙などを渡したくても「大人が話してる時に煩い!」と部屋に戻れと言わんばかりに顎をクイっと上げ睨みつけ麻子は部屋に戻った。
 小学生の頃は母親との会話は殆ど無かったように思える。実際子供に無関心な母親は客が帰った後、直ぐさま夕飯の支度に取り掛かる。
「夕飯の支度してる間にお風呂に入りなさい」「まだ宿題してない」そう言うと「何でやってないんだ」と怒られる。「分からない」と言うと、「友達に電話で聞けば良いだろ!」と言い離しそれ以上の助言はない。
 友達に「宿題分からないから教えて欲しい」口が裂けても聞けない、手紙を親に見せハンコを貰うはずの手紙も未提出、宿題もやらない、学校の机の中には家に持って帰るはずの手紙かギュウギュウに押し込まれている。
 汚い机の中、忘れ物が多い、クラスメイトの前で「何故忘れたのか?何故宿題をやってこないのか」担任に言われても返答の仕様がない。
「持ち帰っても読まない母親に渡す気になりません」
「バガだと育てられてるので宿題もやりたく有りません」などとは言えない。宿題は母親のせいでは無いが、やらなくても誰も困らないと解釈をしていた。

 流行りの歌番組も母親には興味が無い番組だったので21時には寝かされ、クラスで歌番組の話題になると「寝ていたから見てない」と言えずに、「お風呂に入ってた」とか、母親が違う番組を見ていたから見れなかった。
などと平気で嘘を付く癖が付いたのもこの頃からだった。と、同時にイジメの対象にもなり学校に行くことか嫌になり朝になると「お腹痛い頭痛い気持ち悪い」と言っては休んでダラダラと家で過ごしていた。
 
 休むと同じクラスの子が手紙を持ってくる、その子に茶色のお菓子を紙に包んで渡す、「それを止めないから茶色の菓子って笑われるんだ!」と玄関に飛び出して包みを奪いたかったが、母親は「ありがとうね、これ食べて」っと渡す。
「またバカにされる」と言いたかったが、今は麻子もクラスの子に興味など無かったので布団に潜って寝たフリをした。
 悪い事をしてる訳でもないのに  何でこんなつまらない時間を過ごしているのか、「強い自分になれれば、言い返せる自分になれたら」と思ったのはイジメられて仕返しをしてやりたかったのもあるが、気持ちが弱い自分も嫌いで言いたい事は言える自分になりたかった。
 どこかに自分の中の何かをぶつけたい気持ちがあった。大人風に言えば「ストレス発散」それは子供にとっては難しい事だと何となく分かっていたし唯一発散するのは画用紙に殴り書きをして1面塗りつぶす作業が好きだったのを覚えている。
 母親は「勿体ない事をするな!」と叱るがヤメはしなかった。自分は普通の子どもではなく他の子とどこか違っている様に感じていた。

「子供の勉強の遅れは気にならないのだろうか?」勉強がみんなと遅れている事を知っても居なさそうだった。
 教育に無関心な母親は有難くもあった。

利久

 お正月に母親の実家に親戚中が集まるのは毎年の恒例で大人は宴、子供は2階でテレビを見てるか外で遊ぶのがお決まりだったが、中学2年の従兄弟利久としひさが「麻子、ボクシング知ってるか?」と、その場でシャドーボクシングの格好をして「シュシュ」っと言いながら腕を出したり曲げたりとして見せた。
「猪木」と顎を突き出し言うと
「あれはプロレスな」と言われ
「明日のジョーだよ」と自慢げに利久が言うが漫画自体見ないし格闘漫画なんて尚更読まない。
「しらなーい」と言うと「すげーんだぜ強くなって怖いもの無しだぜ」と利久が言うので、「どうやればボクシング出来るの?」と麻子は聞いてみる。
「ボクシングジムってあってさ、そこで習ってるんだ俺プロになるぜ」と言っていたが30歳になると美容師として店を出して結婚してるとはこの時は、思ってもいなかった。
 今まで習い事など無関係で「塾やそろばん習字など、なんの役に立つのか!」「バカはバカなりに出来が悪いままで良い」と思っていたし、勉強以外にも習えるのはピアノぐらいしか知らなかった。
 それは近所の子がピアノを習っていたので、その子の家から聞こえるピアノの音が好きだった。
 母親に「利久が通っているボクシングに私も通ってみたい」と言うと、酔っ払った叔父や叔母達が「おーそれはいいぞ、これからの時代は女の子も強くなるべきだ!」「マッハ文朱だな」「麻子は可愛いから護身術で習わせろよ」と母親に叔父や叔母が勝手に話しを進める。
「その人「マッハ文朱」はプロレスだよ」っと言いたかったが大人が盛り上がってるのでココで水を指すより大人しく聞いて最後は「一生のお願い」を口にしようと考えていたが、叔父と叔母に圧倒され、すんなり母親が許可するとは驚いたぐらいだったが、酔った勢いでの許可でも、「通うことに付いて、最初のうちは利久と一緒に通うこと」が条件で許可されたのだった。
 小3の麻子は困惑しながらもボクシングジムに通うことになった。正月も終わり冬休みも開けようとした頃に「まさか本当にボクシング通うのか」寒い北風が吹く、麻子と母親は自宅近くのバス停から池袋駅行きのバスに乗り「池袋」まで行く事になった。終点の池袋に着くと母親とバスを降り利久を探した。
 迷うことなく利久は直ぐに見つかった。
 首から赤いグローブを下げ赤いジャージを着ていた「猪木じゃん」麻子は思わず口に出しそうになったがウンチクを聞かされるか母親に頭を叩かれるのではないかと思い口にしなかった。
  池袋の西口に向かうと賑やかさが無くなり、お洒落な喫茶店が目に見えた。
 音楽の授業で聞いた名前か図工の時間に先生が説明した画家のような名前の喫茶店は豪華な雰囲気で子供ながらにお洒落をしないと入れない店なのではないかと思わせた。

 「あー君か利久君に聞いてるよ」と話しかけてきたのは無精髭に白髪混じりの弱そうに見えたが貫禄のある体格に麻子は後ずさりした。オヤジの身長は170cmはあるように見えた麻子は顔を上げオヤジを見上げた。「初めましてお世話になります。この子が娘の麻子です」と、挨拶したのは母親だった。
「一応体験入学で、今日は…そうだなぁ縄跳び出来るかな?」と喋る度に腹話術の人形のような口の動きで話すオヤジはジムのオーナーで有名な元ボクサーだったらしい「怒らすと怖いぞ、このクソオヤジ」と利久が言うとオーナーが頭を叩こうと手を出すがそれをシュンと交わす利久を見て「凄い」と思った。
 麻子を見て「身長からするとこの長さの縄跳びで良いかな?」と手渡される少し重たい感じがした。
「お母さんはあちらで手続きの書類と加入する保険や説明があるので」っと言われ無精髭のオヤジの後を着いて無機質なステンレスの机の前に椅子を出され書類の説明を聞いている。

「お前二重跳び出来るか?」と利久が麻子に言う、縄跳びを持ち軽く飛んでシュシュンと腕を回すが上手く飛べない「腕じゃなく手首を使うんだよ、見てろ」と言うと軽く二重跳びをする。
周りを見ると小学生の高学年ぐらいの男の子も居た。「二重跳びも出来ないのかよ!」と鼻で笑ったが、「お前も出来なかったろ!」と利久が男の子に笑って言った。赤面した男の子は「女なんかすぐ辞めるだろ」と言いたげに視線を横に流した。
  3ヶ月程利久と通いその後は、自分から通い始め、ボクシングの練習をする日もあればキックボクシングを習う日もあった。
 足の使い方や動き方の説明で頭が混乱したが「がんばれ元気」と言う漫画を利久から読むように勧められ借りて家で悔いるように読み練習をした。

  才能があったのか麻子は目を見張るようにボクシングとキックボクシングを両立させながらグングンと強くなって行った。
 特にサンドバッグを蹴り上げる練習の時は気分が良かった。
 ただ、この時代の日本は女子、特に幼少のボクサーは認められておらず、麻子は同ジムの四角いリングに上がっては1分30秒ひたすらコーチと練習をするか、コーチが選んだ相手と練習試合を繰り返した。

 どんなに寒くても暑くても学校を休んでいてもボクシングだけは真面目に通った。学校をズル休みしてる日中は腕立て伏せや腹筋、その場でフットワークの練習などをこなした。
 ボクシングジムも全面協力で麻子を指導してくれた。
 体験入学期間中に「ボクシングを習うのは喧嘩に使うためじゃない決して喧嘩でボクシングの技を使ってはいけない」と言われ麻子は愕然としたが、「ボクシング」が麻子に取ってなんとも言えない快感で居場所になり、利久が辞めても1人で中2まで通いリングの上で二重跳びも出来ないのかと苦笑いした男の子を1分も掛からず倒した。
 息切れをしている相手に「もぅ限界?まだ息切れすらしてないけど」と麻子は勝ち誇ったように相手に言葉を投げた。
 男の子と対等にボクシングが出来る事に自信が付きコーチと本気の練習が楽しかった。

 母親が肝硬変になったのは、麻子が中学2年の時だった。
 ボクシングに飽きてた訳では無かったが、5年通ったジムを母親の病気を理由に辞めた。
 体の変化もあった胸が膨らみ生理痛に悩まされ通うのが一気に億劫になったのだ。
「高校になったらもっと強くなるぞ!女の時代が来る!」「ボクシングクラブがあれば高校でも続けろよ、俺が紹介状を書いてやる!」とコーチは励ましに似た言葉で麻子に寄せ書きをしたグローブを手渡し見送ってくれた。
 家に帰ると夕飯は出来ている、毎週ジムから帰るとお風呂に入り夕飯を1人で食べる、母親はため息混じりで酒を飲みタバコにマッチで火をつけた、食卓に苦いマッチの香りが漂う。
 肝硬変のくせに酒飲みかよ。

 父親と言えば母親に関心が無いようで22時をわまる頃に帰宅することが多く、帰宅すると「あんたは、またパチンコをやってたのか!」と夫婦喧嘩は耐えなかった。
 父親は公務員で夢の島、今で言う、お台場近くの夢の島公園の埋め立て責任者として様々な重機の免許を取得して現場で働いていたが、真夏の操縦席は蒸し風呂で1日にして日焼けをし年中色黒だった。
 職場には作業員の風呂場があり仕事終わりに風呂を浴びて帰って来たが汗臭さは酷かったので「臭い汚い」と母親に罵られるのが毎日だった。
 朝早く出て定時には帰れる仕事なのに毎日のように何故、夜遅くまで働いていると思っていた麻子だったが、確かに帰れば小言の多い女房がいる家に軽やかに帰る奴は居ないだろう。
 父親が浮気をしないだけ偉いのでは無いか?
毎日夫婦喧嘩をして何故離婚しないのか麻子  は不思議だった。
「もしかしたら浮気をしていたのかもしれない? 」
 母親は気が強いから気の弱い父親が自分を裏 切ると思っていなかったのではないだろうか?
 小学生の頃、麻子が母親に怒られると庇ってくれた父親は、麻子を可愛がり良く映画など観に2人で出掛けた。
「一生のお願い」を何度も聞いてくれる父親が好きだった。
 買ってくれないなら父親に泣きついて 頼べば買ってもらえると、小学生の子供心に手に入れる知恵は父親を利用すれば良いと思っていたのかもしれない。
 母親も家族で出かけるのは好きな人で父親の運転する車で外食をしたり、その時ばかりは、何故か機嫌の良い母親を演じていたのか家族団欒を本当に楽しんでいたのか分からなかったが、怒る事は無かった。
 帰りにはデパートで好きな「リカちゃん人形」を買ってもらったりケーキを買って貰ったりと我儘が通る日だった。
 買ってもらった人形は新しい物で小学生の時は友達や近所の子を呼んで人形を見せては自慢げに遊んだりもした。
 だがある夜「アンタは逃げてばかりで何で私ばかり麻子の面倒を見なくちゃ行けないの!」と酔っ払った母親の鳴き声にも似た言葉が麻子の胸に刺さった。

コーチ

 中学では反抗期から遊び仲間も変わっていった。
 ボクシングを止めてやることが無く、中学も楽しく無かった。
 そんな麻子を仲間として声を掛けてきたのが優子だ、親の都合で神奈川から越してきた優子は中2にしては大人びて見えた。
 6月の初夏の陽射しが射す廊下に座り
「麻子 お金ないなら万引きすれば良いじゃん!」悪びれる様子もなく普通にその言葉を聞いた時、麻子は悟ったように「あーその手があったか成程」と、欲しいものは盗めば良いと首を縦に軽く頷くように振った。
 そしてその行為は駄菓子を盗むのとは訳が違った。
 盗みを教えてくれたのは優子で化粧品や洋服、下着と言った感じで盗んでいく、見ている方は、たまったもんじゃなかった。
 捕まりやしないか、店員から声を掛けられるのでは無いかと、麻子が挙動不審に見られるので、離れた場所から店員を呼び商品や洋服のサイズを訪ねる役をした。
 同じクラスで可愛いというより美人と言う顔立ちで男子からもチヤホヤとされて目立つ優子の家には4歳年上の姉が居た。
 遊びに行くと散らかった部屋に通された。
 母子家庭で母親は夜にならないと帰らない。
 家はいつ掃除したのか分からない散らかりようだった。「この洋服着てみなよ」と無造作に置かれた洋服の中からタイトスカートを出して貸してくれた。
ブラウスに薄手のカーディガンを着ると大人になったような気がし、買ったものでは無いのが服の素材からして分かった。
 ボクシングで鍛えていたので身体は締まっていた。
 実際家で腕立てや腹筋、外を軽くランニングする習慣は心がけ、なるべく続けていた。
 もっと強くなりたいならジムを辞めずに通っていたかもしれない、トレーニングの様な習慣は麻子のストレス発散でもあった。
 姿見を部屋に置きにファイテングポーズを取り「シュシュ」とシャドーボクシングもやっていた。
 「猪木」たまに頭に浮かぶこの名前に麻子は笑っている自分が可笑しかった。

 「麻子は彫りが深い顔立ちだから化粧すると大人っぽくなるよ」初めて化粧を優子の姉がしてくれた。
化粧をする手つきを食い入るように見た。
「化粧品もさ試供品とかあるじゃん?アレ盗めば良いし口紅も口につける部分をカッターで切れば使えるよ」
麻子は唇をツンと、とがらせ聞いていた。
「はい、出来た。」
姉が口紅をコトンと小さなガラスのテーブルに置いた。
 手鏡で顔を見るとアイランで目力が鋭くなり俗に言う不良の顔になっていた。
 そのまま池袋に遊びに行くことになったが、何故か「親が心配するかな」と不思議に親のことを思い罪悪感に似たような気持ちにもなった。時刻は17時を回っていた。今なら間に会う「断る事もできる」と内心思ったが「親の言いなりになる自分はもう消したい」と思う気持ちが強かった。「今までどこで何してたの!」その言葉が頭によぎる…「お前があたしをこう育てたんだろ!自業自得だろ知るか!」と言葉が浮かんで消えた。
 池袋は久しぶりだった、家族で映画を見に来る場所でもありボクシングで、この前まで通っていた場所でもあった。
 遊んでいても「学校から帰らない私を心配してあるのだろうか?」とまた母親の事を考えている自分が、負けたようで悔しかった。何でアイツ(母親)が頭に何度も出てくるんだ。麻子はギュっと目を瞑り頭の中を空白にした。
 これはボクシングでリングに上がる前に自分を鼓舞する事とゲン担ぎで、麻子には癖の様にもなり身体が覚えていて、不安を感じると勝手に目を閉じると言う習慣にもなっていた。
 麻子は学校よりも友達と遊ぶことに明け暮れた。しかし、中学3年になると殆どの友達が高校進学を選び塾に通うようになり、麻子はまた1人になる。優子も、高校進学を選んだ。
 母親も父親も麻子の育て方は「お前が子育てを間違った」と、なすり合いのように喧嘩が耐えなくなる。
「マジうぜぇ」そう思うと、夜中に化粧をして母親の財布からお金を抜いては繁華街に出歩いた。
 着ている洋服は優子の姉から貰った物や万引きした物だったが、罪悪感もなく着こなしている。
 親も洋服を買うほどお金を渡してないのに増えていくのを不審に思っていただろう。
「俊敏に動け!足を止めるな!相手から目をそらすな!」コーチの声が聞こえた気がした。手癖が悪くなるためにボクシングを習った訳では無いが、補導されることなく盗みを楽しんだ。人混みも、ぶつかる手前で「すーっ」と身体を横に流してはすり抜けた。
 1人は何も恐れる物は無かった、普通女の子なら、こんな時間にフラフラしてれば補導されるし、危ないヤツに声を掛けられる可能性もあるだろう、でも今の私には従う相手も従わされる相手も居ないし、逃げる時も1人なら尚更楽だと思っていた。
 中学が義務教育なら、好きなことを今の内にしとけば良い、勝手に卒業出来るし茶色の髪をなびかせ、行くあてもなく流れに逆らいながら歩いた。
 「君何歳?」と声を掛けてきたのは背広姿の男だった。
「関係ねぇだろ!」と言って歩き出そうとすると、「未成年だよね?」と言い胸ポケットから何かを出そうとした。
 「ヤバい捕まる!」と思い麻子が逃げようと動いた瞬間「何処行ってたんだ!」と麻子の肩が掴まれた!振り返るとボクシングジムのオーナーだった。
 無精髭は無かったが、貫禄の有る体格は変わっていなかった。
「すみません娘が何かご迷惑をおかけしましたか?」と言うと、「お父さんと一緒でしたか、物騒なので女の子の1人歩きに声を掛けて居たんです」と警察手帳を出し説明をした。
 麻子は腕を強く握られて数年前に通っていたジムにたどり着いた。
 「何やってんだ麻子?」オーナーは叱る訳でも無く問いかけた。
「化粧か不細工だな顔みたか?」
「うるせぇ」
「威勢は変わってないな」
「少しやるか?」
麻子は誰が着たのか分からないジャージを投げ渡され更衣室で素直に着替えて手にテーピングを巻いてもらいグローブを付けた。
 リングを見るとオーナーがグローブを付けていた。
「もうろくジジイが相手かよ」と麻子が言うと、顎で上がれ!と言われリングに上がると50過ぎた「クソジジイ」に軽くあしらわれ、パンチの一つも蹴りも当たらない、リングの上を麻子1人で走り回ってる、息が苦しくなった。
 頭の毛穴から汗が流れ出る顎から滴り落ちる。
「これが世の中だ、老いぼれに負けるガキのくせに1人前面しやがって」
息を整える暇もなく麻子は言う
「ハァハァ うるせえ クソジジイ」
「口だけは動くんだな」そう言うと
「ここで頑張ってた麻子を俺は知ってる1度しか顔を見たことの無い麻子の母親も1人で帰る麻子も知っている」
「ハァ…ハァ…  だから ……何だよ」
「不平等なんだよ、でもな不平等ってのは自分で平等に出来るんだ。」
「はぁ?意味わかんねえ」
「更衣室で着替えて来い!次いでに顔も見ろ 不平等だぞ。」そう言われ、更衣室に入り着替えて、鏡を見るとアイラインが落ちマスカラも汗で流れ目の下が真っ黒で酷い顔だった。
「石鹸で顔を洗いスッピンに戻り鏡を見る」不平等から平等
 汚れは自分じゃなければ落とせない誰のせいでもない…「クソジジイ」と麻子は鏡に写った自分の顔を見ながら呟いた。

 麻子は堕落した世界に足を入れながらも、この時間が終わる事も考えてた。
 中学の卒業を控えると、学校の就職案内の様なものを渡され自分で働ける場所を選ばされ、中卒で働きに出たが作業着に流れ作業が面白くなく、半年も経たずに辞めた。ニートの麻子はファミレスで優子がバイトしている事を聞き様子を見がてら行ってみた。
  膝丈スカートのウエイトレスの制服姿の優子を見つけた。
 アイドルのような髪型で中学で遊んでいた優子とは思えない程、真面目にバイトをしている優子が居た。バイトが終わるのを待ち、久しぶりに優子の家に行く、姉の姿は無い妊娠をして駆け落ち同然に家を出たらしい。
「私が叔母になるって信じられる?」笑いながら炭酸飲料の缶を渡され、
「冷た…」と一言声が出た。
「麻子も真面目な所で働かなくてもさぁーどっか適当な所でバイトすれば?風俗だと麻子ぶん殴りそうだから向いてないな」と笑う「この歳で風俗はヤバいだろ」と笑って言い返すが、優子は勝ち組のような雰囲気もあったが本当に心配してくれてるのか、優子の目は優しさがあった。
「バイトか…」



 葛飾で育ったたくみは、叔母が足立区に住んでいるのもあって幼い頃から良く足立に遊びに来ていた。
 大学では心療内科医を志し医師免許を取得した。大学を卒業し叔母が仲介で安い西新井のアパートに住み自家用車で職場まで通っていた。
 アパートの側に、「微笑み」という名のスナックがあり、店内の照明は少し暗く木目調の店内は落ち着きがあった。  仕事の終わりに良く寄っては、酔う前に帰り次の日の朝に備えて早めに寝るのが週間で深酒はしない人間だったが、休みの前は羽目を外し匠は意識が朦朧もうろうとなるまで飲んだ。
 仕事は、子供も障がい施設で管理職として働いていた。休みの日はパソコンを組み立てる事やネットサーフィン、オンラインゲームなどで時間を潰してた。
 匠は34歳、早朝から働いてアパートに帰る前に「微笑み」に寄り帰る、この日に限って何故か店は混んでいて、賑わいカラオケまで始まっていた。匠は賑やかな時間より静かに飲む事が好みだったので、少し早いが「勘定して」っと言おうとした時にドアが開いて同年代位の女2人組が入ってきた。
「うー寒い」と店内の冷房が強いと嘆くように言いながら1人の女が言うと、後ろの女が「雨って嫌い」と笑いながら店の外で傘をビュンっとまるで刀で人を切るような格好で傘についた雫を払い店に入って来る。匠は後から入ってきた女と目が合った様にも見えたが、女は気にすることも無く満席のカウンターを見つめた、その顔は「失敗したかな」と言うような感じで、テーブル席は好きじゃないと顔にハッキリと出ていた、相席になるなら帰ろうかとも読み取れそうな顔だった。
「ハイそこ詰めてー」っとママが言うと丁度と言うか運が良かったと言うか匠の横に2席空いて2人の女が座った。
 匠は久しぶりに女が隣に座ったので、目が合うのを意識し始めた、酔っていたせいもあり女と話がしたくてたまらなかった。今か今かと待ち、目が合うと「俺は常連だよ」と言うような顔で女に「こんばんわ」と声を掛けるが「いらっしゃーい」っと「ママ」がおしぼりを出し匠の声は女には聞こえなかった。「久しぶりじゃん」と話しをしているのに聞き耳をたてた。
 どうも後から入ってきた女とママは幼馴染で先に入ってきた女は同級生らしい「成程、だからカウンターを詰めてまで席を開けたのか」と匠は思い、左隣に女が2人座った運の良さを遅れて感じた。「おばさんが千紘ちひろがこの店のマスターと結婚して働いてるから遊びに行ってよって言われて、千紘がママ?って驚いたけど似合ってるじゃん」とからかうように女が笑った。
「今何してるのよ?」と千紘が聞くと
隣の女が「子供2人いてさぁ旦那がねぇ」と言うと、一緒に来た女と顔を合わせ「あいつ最低だよな」と隣に座った女の隣りの女が頬ずえ着きながら笑い、出された生ビールを片手に持ち「乾杯 おつかれー」と2人の女の持ったグラスからカチンと音が鳴り一仕事を終えたオヤジのように飲み干すと「あー生き返るー」と笑い上唇に付いた泡を親指と人差し指で拭った、その仕草に匠は「ドキ」っとしたと同時に、隣の女の右肘が匠の腕にあたり「あ すみません」と女が匠を見て軽く頭を下げた。
「千紘、私の事覚えてる?」と1人の女が言うと「不良だった優子」と千紘が言う、「そそ不良の優子」と麻子が笑った。奥のキッチンからマスターが出てくると「幼馴染の麻子と同級生の優子」とマスターの旦那に紹介していた。千紘と話をしていると、空のグラスを出し焼酎のお茶割りを受け取る匠が居る「久しぶりに歌おうよ!」と優子がカラオケに曲を選択して先に歌い出す。匠の隣に座った女性は匠と何やら真剣に話していた。歌いながら電モクを麻子に渡し「選べ」とテーブルを指で突つく「まだ酔ってないのに」と渋々曲を選び「中森明菜」の歌を入れた。優子の歌が終わると麻子は「ミ.アモーレ」を歌う、声質が似ているので歌いやすいものあるが、唯一好きな歌手でもあった。
 麻子が歌い終わると隣の匠が「お姉さん歌上手いですね」っと声を掛けて「30過ぎの女ですけど」っと麻子は笑って匠に返事をした。「酔っ払うと何言ってるんだか分からない、レロレロな歌い方になるけどね。」っと横から笑いながら優子が顔を出した。
 匠は「週末にまた飲みませんか?」と麻子に声を掛ける「何コソコソしてるのーダメだよ麻子は結婚してるんだからー」っと千紘が割り込むと、「今はまだ結婚してるけど?だね」と優子が笑った。夏の終わりだった。

雅志

 麻子は、優子の言う「適当にバイトでも探して」の言葉通りに自宅から近い中華料理店で16歳から4年バイトをして、コックとして働いていた4歳年の雅志まさしと知り合い、仕事終わりに居酒屋やファミレスで2人で会う回数が増え、付き合うようになり自然に愛し合うようになった。中華料理店は、日曜が稼ぎ時なので休みはシフトに平日を選ばされる。
 麻子は忌々しい家から早く出たい気持ちもあり「この人なら幸せな家庭を作れるのではないか?」と思った。
 2人の時間が増え、雅志のアパートに泊まるようになり妊娠したのは付き合って半年もしない時で、雅志は「ちゃんと籍を入れて結婚しよう」とプロポーズじみた言葉を言った。
 母親に何て言えば良いか悩んだ、外泊はしていたものの、付き合ってる人がいる事も言ってなかったからだ。台所で料理をする母親の横に立ち「妊娠した」と報告すると、母親は満面の笑みで「本当に?おめでとう 予定日は?」と涙ぐんで喜んだ。
 こんな嫌ってた母親が喜んで泣くとは思ってなかったし、喜んでもらえる自分だったのかと、何か麻子の中の母親に対する気持ちが解け、母が私の妊娠を共に喜べるのかと驚き、心配をかけ自分勝手に生きてきたつもりだったが、母親は私の事を思い考え悩んでいかと思えた。
 母から予定日を聞かれ答えられなかったのは、まだ産婦人科に行ってなかったからだ、電話で優子に妊娠を伝えると「マジ!麻子がママ?スゲー」と喜んだ「優子の姉ちゃん何処で産んだ?」「え?まだ病院行ってないの?」その質問に黙ると優子が「北区の都立病院」と、教えてくれたが「出産費高いんだよね」と付け加えてくれたのには感謝した。
「安月収だから無理だな」
「でも出産費戻って来るようなこと言ってたけど」と呟いたが、大学病院で産むよりも小さい病院のが良いと思っていたので「まぁ適当に探すよ」と言って電話を切った。
 足立区の関原に個人病院の産婦人科がある事を母親が近所の人に聞いて教えてくれたが「近所の人」に聞いたならもう私が妊娠した事は、この団地、否、地域に知れ渡ってると思い、母親の好意を「言いふらかされ会う人会う人に「妊娠したんだって」って言われるじゃん」と怒った。
「おめでたい事なんだから良いじゃない」と母は言った。麻子の思った通り実家に行くと、母のお茶飲み友達が「おめでとう妊娠したんだって」と言って来る。
 帰りに近所のおばさんに会えば「麻子ちゃんお母さんになるんだってね。ウチはまだ嫁にも行かないで遊んでるわよ」と聞きたくもない、お宅の事情を聞かされた。
 当時19歳で子供を産むのは早い訳ではなかったが、母親にしたらまだ、団地で孫を抱いて居る人が少ないので自慢もあったのだろう
 数日して、父親に「会って欲しい人が居るから」と伝えると、会うはずだった当日、父親は何時になっても帰っては来なかった。
「お料理が冷めちゃうから食べましょう」と自慢の手料理と、お赤飯を用意し、初対面の雅志に「まーくんまーくん」と呼んでは、取り皿に料理を取って、お酒を進めたり茶碗に赤飯を持っては「お代わりあるから沢山食べてね」と今まで見たことの無い優しい母親が居た。
 「目からウロコ」とはこの事なのか、こんな優しさに溢れた母親を見るのは、思い出せないくらい遠かった。
 母親が「麻子は子供の頃ね…」と自慢するように話すが「不良だった」とは言わず「体が弱くて良く学校を休んでて」など話し出したので「子供の頃の話しは止めてよ」と釘を刺したが「あら良いじゃない、麻子もお母さんになるんだから」と変な理屈で、嫌がる麻子の気持ちを無視して話続ける「何もしてあげれなかったけど、自分で仕事も探して真面目にバイトして、本当に良かったわ。」と安堵の表情を見せた。
 肝硬変の母は「私はお酒飲めないから私の分も呑んでね」と赤い顔をしてる雅志にお酒を進める。
 結局、父親は私たちが帰宅してから帰ってきたらしい、気が小さいと言うかやはり現実逃避を選んだのだった。
 母親が見つけたと言うか聞いてきた、産婦人科は足立区の関原にあり、年季の入った古い産婦人科で、待合室は緑色のビニールが貼られた長椅子に薄い座布団が置かれてた。
 診察室に入るとベッドに横になり、お腹を出すと「少しヒヤっとしますよ」と言われ、お腹にジェルを垂らされた。タオルケットのような物が腰下から膝辺りに掛けられた。
 超音波で胎児の様子を見れるモニターが頭を横にすると見れた。
「この小さく動いてるのが分かりますか?」それは小さな袋の中に入った小さな虫の様でトクトクトクと動いてる「これが心臓ですよ」
「え!」もう心臓があるのか!とビックリしたと同時に「命」を感じた。
 何か丸いものを動かすと画面の中の小さなカーソルが動き、袋の大きさを計り先生の手元の機械から「ジー 」と音を立てて紙が出てきた。
  お腹を拭いて椅子に座り直すと、プリントされたさっきのお腹の中の袋が写っていた。
「6週目ぐらいですね、おめでとうございます」
「出産予定日は7月22日頃かな」
「え?出産予定日までわかるんですか?」
「だいたいというか、生理最終日から数えて計算するので、必ずこの日とは言いきれませんがね」と苦笑いしながら机の正面に向かい「あとは受付で詳しく聞いてください」と言われた。
 受付で聞いたのは「「母子手帳」が必要なので保健センターか区民事務所、区役所で貰えますから、後は4週間後に母子手帳を持って来るように。」だった。言い慣れた感じの受付の女性は、付け加えるように「安定期に入るまで重たいものや激しい運動は避けてね、ご懐妊おめでとう」と言って来た。
「激しい運動?セックスするなって事?」と思ったが「セックス出来ないんですか?」など聞ける訳もなく実家に帰った。

 雅志の両親と麻子の両親の初顔合わせで、麻子も雅志もお互いの両親に会うは初めてだった。雅志は麻子の母親とは数回会っていたが、父親に会うのは初めてで、麻子の実家に麻子の両親を迎えに来た時に、父親の正面に正座して挨拶を始めた物だから麻子も慌てて雅志の隣に正座して、雅志が頭を下げ「幸せにします。」と言うと、麻子も頭を下げ横目で雅志を見て、なんかドラマ見たいでスゲーと関心していた。
 顔合わせは、個室あるレストランを予約し、麻子はお腹を愛おしく撫でて雅志の両親が来るのを待った。遅れて来た雅志の両親は、埼玉の南栗橋に住んでいて普段着で現れた。
 麻子の母親は着物を着て父親は背広姿で来ていたが、雅志の両親が普段着で現れたのを見て「非常識なっ!」と、麻子の父親の顔から怒りのような感情が滲み出ていたのが分かった。
 まして、雅志の父親はサンダルで来て居たのだから雅志も「初顔合わせでサンダルで来るか!」と愕然として父親を見た。
「こちらが麻子さんの両親で」と言うと「初めまして麻子の父です。」と、
父が挨拶をする。
1呼吸置くか置かないかで「初めまして、娘がお世話になってます」と、母親が口を開いた。
「大切なお嬢さんを頂いて良いのでしょうか?」と、雅志の父親が口にする。
 雅志の父親は「雅志の兄は雅志の2歳年上で、大手の鉄造会社に勤務して、妹は銀行に務めていて、自分は昔、犬のブリーダーとして有名だった。」などと喋りまくり、まるで面接でも受けているかのように話し、その顔は自慢げに満ちていた。
 その様子を見ながら麻子は「この人がお義父さんになり、隣の人がお義母さんになるのか… 。」と不安が過ぎった。
 会食を済ませ雅志が「俺は、両親を駅まで送って行くから」と言って、私は父の運転する車で実家まで戻ることにした。
 帰り道「何なんだあの父親は」と行成り父親が怒り奮闘で言葉を出す。
「貰っていいんですか? だと、妊娠させといてバカにしてるのか!それに、どこで自分の子供が働いていようが関係ないじゃないか、麻子がバイトで何が悪いんだ!」と声のトーンを上げた。
 後部座席でバックミラー越しに父親を見ると「許すものか」と顔に書いてあるかのように怒っているのが、見てわかった。助手席の母親は「まぁこれから長い付き合いになるんだから、今からそんな事で怒っても仕方ないでしょそれに…」と母が話し「相手の方の生活が垣間見れて私は内心、立派なお宅にとつがせるより平凡過ぎる程度の家庭で良かったと思いますよ。」っと母親が言った。
「平凡過ぎる程度」サンダルだったな、しかもヨレヨレの普段着。
 私は窓から外を眺めながら、雅志は両親に何を言っているのか、何を言われているのか想像をしていた。

出産

 悪阻つわりは軽く何でも食べれた、ただ、タバコだけが不味く吸えたもんじゃなかった。
 妊娠あるあるで、何故か無性にポテトフライが食べたくて仕方なく、冷凍庫に2袋は必ず入っていた。インスタントラーメンも無性に食べたくなる時がある、久しぶりに鍋にお湯を沸かして、インスタントラーメンの味噌味を作ったが、食べてる途中でトイレに駆け込んだ!
「ゴホッゴホッ…ゲェー…」ラーメンを吐きながら「マジか悪阻ってコレか、ラーメン食べれないのか!」と悔しく思い、消化もしてない今、胃袋に入った生暖かい麺が、口と鼻からまた出た。
「ゲェー」と吐くと鼻から出た麺を慌てて引っ張り出す、1人トイレで吐いてる麻子は、便器に顔を下ろしたまま笑った。ラーメンで窒息するかと思ったからだ。「ママはラーメン食べれないみたい。あなたも嫌いなのかな?」と大きくなったお腹をさすって肩を落とす。
 麻子は雅志のアパートで暮らして居たが、安定期に入ったのを期に麻子の実家から徒歩10分程の所のにある2DKのアパートに引っ越した。
 7月に入ると臨月になりお腹も破裂しそうなぐらいに大きくなていった。
 お腹の子は女の子で、肌着もベビーベットも全て揃え、陣痛が来たら入院出来るように荷物もまとめ、予定日を数えるのが楽しみになり「慌てなくていいからね、会えるの楽しみに待ってるよ」とお腹に話しかけた。
 咲希さきが産まれたのは、7月の朝方に陣痛が着て、3時間程で2650gで産まれた。元気な産声を上げて、父親となった雅志に抱かれた咲希は、壊れそうな程小さく、鳴き声は生命力に満ちた大きな声で泣いた。麻子の病室は2人部屋で、2日前に出産した初産のお母さんが、先客として慣れない手つきで母乳を赤ん坊の口に含ませて居た。新生児を次の日に母親の横に持ってくるので、産後休む暇なく、泣き叫ぶ赤ん坊の世話が始まる、麻子も、泣く度にオムツを替えて母乳を上げるが、上手く乳首を咥えさせる事が出来ず、ふんぞり返って咲希が泣きわめくので、粉ミルクで咲希のミルクを作り寝かしつけた。同室の母親は「上手く吸ってくれなくて、オッパイがカチカチに張って痛い」と看護師に言うと、張った胸をマッサージしている、「これでもか!」と言うほどの揉み方で「痛い痛い!」と、泣きそうな顔でマッサージをされていた。
 流れ出る母乳を哺乳瓶に入れ、新生児の赤ん坊に飲ませて居た。
「あんな思いしなくても乳首から飲むんじゃないのか?」と思って見ていたが、2日後には麻子も同じように張った胸をグイグイと、マッサージされていた。
 パンパンに張った胸は、熱を持ち乳腺炎手前だったので、胸を冷やされ「とにかく張ったら出すように」と言われ、搾乳器で母乳を絞っては哺乳瓶に入れ飲ませ。
 気を抜いていると、勝手に母乳が出て、パジャマの胸の部分が母乳で濡れ慌て搾乳し、専用の冷凍パックに入れ飲ませる前に人肌に温めて飲ませた。
 乳牛の気持ちってこんなんなのかな?張ったら搾乳して瓶に入れる、想像したら可笑しくなり「ふっ」と麻子は1人笑った。
 入院中に1度、お義母さんが初孫を見たさに見舞いに来た、「あー暑かった外は36℃もあって汗で下着までビショビショだよ!」と言って、ベッド脇に置いてあった団扇で胸元を仰ぎながら椅子に座ると、手提げの紙袋をガサガサっと音を出してタッパーを出すと、容器の中に黒ぽい物が入ってるのが目に付いた。
 蓋を開ける、餡子がタップリと乗っているおはぎだった。「お餅と餡子は母乳の出が良くなるから作ってきた」と、お義母さんは言ったが「出過ぎで困ってます」とも言えず、「ありがとう助かります」と言うと、また袋からガサガサと何やら出す。
「紙皿と割り箸」だった。
タッパーから3個取り、紙皿に盛り割り箸を付けて同室のお母さんに「オッパイ出るからね」と渡す。
チラっと目線が会い、眉間にシワを寄せて「ごめん」と口パクで謝る「ありがとうございます。」と言って、受け取ったおはぎを食べ始めたので、 お義母さんがいる手前、食べないと悪いと思い食べてるのか、お腹が空いていたのか分からなかったが、助かった気持ちがあった。

 麻子は退院する頃には、抱き方も慣れて顔つきも母親になっていた。
 産後、麻子は実家に戻り、1ヶ月程体を休ませるつもりでいたが、雅志まで着いてきたのは想定外で、雅志が仕事に行く前に、雅志の朝食まで母親が作る羽目になってしまった。
 「マジ信じらんない、帰るように言うからさ」と言うと「別に平気よ、最近疲れやすいから、まーくんが高い所や掃除をしてくれるから助かってるし」と弱々しく呟いた。
 肝臓が悪化しているのだろう、隠れて酒を飲んでいるのでは?と脳裏を過ぎった。
 食事の支度を手伝おうと流しの下の観音開きの戸を開くと、奥の方に日本酒があるのが見えた。
「アル中かよ」麻子は、母親を問いただすと「たまに飲みたくなって飲むだけで、量は本当に少しよ」と言い訳じみた事を言った。
「クソか」 かがんだ状態で無意識に母親に言葉が出て「ハッ」とし、横に立つ母親の足を見た。
モジモジと左足首を右足の甲で摩っていた。
「咲希の為にも健康で居てよね」初めて母を心配した。
 母は、咲希を抱きながら「ネンネンよーおコロリよー」っと、その言葉だけの変なリズムの子守唄を歌っては、咲希を眠らせてくれた。咲希も何故かスヤスヤと眠りについた。
 「そう言えばさ、入院中にお義母さんが来て、おはぎ持ってきたんだよね、母乳が出るからとかって言って」
「あら家にも寄ったよ。おはぎ持って」「え?来たの?」
「気さくな人だね、色々話して楽しかったよ」「色々?」と麻子が聞くと
「うちの娘は嫁に行けそうもないとか、麻子は気を使わなくて優しいって」「優しい?猫かぶってるだけだし、こっちはズケズケ来られて参ってるけどね」と麻子が言う。
「まぁ元気で丈夫なお義母さんで良かったじゃない」
「元気過ぎだ」久しぶりに母と娘の会話をした。
 あんなに嫌っていたのに、今は母を尊敬する気持ちが湧いて居た。
 産後の肥立ちも良く、20日を経った頃にアパートに戻ったが夜泣きが酷く、咲希を抱いたまま寝ることもしばしあり、寝たら起きない雅志にストレスで母乳は3ヶ月もすると出なくなった。
 あの不思議な「ネンネンよーおコロリよー」は私では寝なかった。
 咲希の首も座り、雅志の実家に初孫の咲希を連れて行く事になり、麻子の脳裏に顔合わせの時のお義父さんの記憶が蘇る。チャイルドシートに咲希を寝かせるように置き、助手席に麻子が座る。
 
 雅志がエンジンをかけ、ゆっくりと車が発進する。1時間程高速を走り、下道に出ると景色は一変して、田舎の風景になった。見渡す限り畑と平屋の家が、ポツポツとある。
 あぜ道を通る時には、横の田んぼに落ちるのではないかとハラハラした。
目の前に視線を置くと小さな家が見えた、木造の良く言えば古民家で悪く言えば人が住んでいるのか?と思えるような古い家が雅志の実家だった。咲希は寝てしまい、起こさぬように麻子が抱き上げ、雅志が玄関を開けると、待ち構えていたように雅志の母親が出てきた。
 「あーいらっしゃい 、疲れたでしょ」と、言い終わるより先に咲希を奪うように取り上げると奥に連れて行った。「あらー大きくなって重くなったわね」すっかりおばあちゃん気取りで、お義父さんに咲希を見せに近寄る、寡黙で無愛想なお義父さんが、覗き込む様に咲希を見た。
「2度目の再会がコレかよ」と思いながら居間に案内されると、座布団を出し咲希を置くお義母さんが居た、「座布団に初孫置くかねー。」と思った。「ご無沙汰してます。やっと娘を連れて来ることが出来て嬉しいです」と笑顔で言うと「咲希は、お母さんのお腹におチンチン忘れて来たのか?」と「俺は女の子より男の子を望んでましたよ!」と言わんばかりの嫌味を言う「オヤジ、何だよ娘は可愛くて仕方ないし、麻子も頑張って産んだんだからそんな事言うなよ」と雅志が言うと、横目に咲希を見て、ゴツゴツした手の指で咲希の握った拳を突くとファっと開き、お義父さんの指を握り穏やかな優しい顔で「咲希」と、お義父さんが呼んだ。
 これが俺の孫かと、しみじみと見つめていると、咲希が目を開け口をへの字にしたかと思ったら「ふぇっふぇっふんぎゃーふんぎゃー」と泣き出した。
 オムツを替え、台所に行き哺乳瓶に携帯用の粉ミルクを入れ、お湯を入れていると「そんなのより母乳が1番栄養があるのに」と言われたが「今の粉ミルクも母乳に負けないぐらい栄養があるんですよ」と言いながら、ミルクの温度を手首にあてて、人肌な温度を確認し咲希のともに戻ると、お義母さんが咲希を抱き上げ、麻子から哺乳瓶を取ると、咲希の口に哺乳瓶の乳首を咥えさせる。
 「美味しいのかい?」と目を細めながらゴクゴクと飲む咲希を愛おしく見つめていた。

母親

 咲希が産まれて半年経つ12月に、麻子の母親が入院すると言う事態が起こった。
 持病の「肝硬変」が悪化して黄疸が出たのである。
 白目も黄色く、肌も黄色くなった母親が、病室で点滴を受け寝ていた。
 「咲希は?」「病院に連れてこれる訳ないでしょ!」隠れて飲んでいたお酒のせいで肝硬変が悪化したのだ。
「ここ(病院)に来るのに咲希を雅志のお義母さんに寒い中、来てもらって預けてるんだから、いい加減にしてよね」「まーくんのお義母さんは泊まるの?」何を心配してるのか、全く分からないと、麻子は思い投げやりに、「今、病院から帰りました。では、お義母さん帰って下さい。って訳に行かないでしょ!安月収なのに夕飯も作って、お酒も飲むから買わないとならないし」そう麻子が言うと、ベッドの横の棚の引き出しから、財布を出して1万円手渡してきた。「要らない!貰ったら今度はお金足りないから持ってきてってなるでしょ!」そう言って母の手を押すと「お父さんが洗濯物取りに来るから、その時にお金も持ってくるように言う、だから気にしないで持っていきな」と麻子の手に1万円を握らせた。
  このお金があれば助かるのも事実だったので麻子は「貰っとく」と一言言って「ありがと」と言うと「あんたは頼って来ないから心配なんだよ」と母親が呟いた「あまりの貧しさに銀行強盗でもすると思ってた?」と言うと、病室に響き渡る程の大声で「ゲラゲラ」と笑った。雅志の母親も、大の酒好きで日本酒から焼酎、ワインなんでも御座れ!と飲む人だった。麻子も酒は強いが、育児をしているので寝る前に少し飲む程度で、お義母さんが来ると酔って眠るまで相手をしなくてはならないので嫌で仕方なかった。
「あのオヤジ(お義父さん)は本当に腹が立つ、人の作った料理は肉しか食べない、野菜も煮物も全部避ける、そのくせこれしかオカズ無いのか!って。山芋は千切りじゃないと食べないし、本当に作る方の身にもなれって長年思うよ」と、お義父さんの愚痴をもらす。
「でもお義母さんが一生懸命工夫してるから、お義父さんも嫌いなものも食べてるんじゃない?」「嫌いなものは何しても食べないよ。面倒くさいジジイだよ」そう言っては、「咲希は好き嫌いなくて偉いなー」と言いながら、寝転んでいる咲希を抱いたり、あやしたりしている。
 好き嫌いも離乳食が始まり、ドロドロの食事を食べさせるだけだったので、好きなのか嫌いなのかは分からない、ただ酒臭い息で、咲希に触られるのは「ほんとにやめてよ」と言いたかった。
 雅志が帰宅するのは、お義母さんが寝た頃で「自分の母親が来てるんだから早く帰って相手してよね!」と言うと頭をかきながら「ごめん」と言うと、冷蔵庫から缶ビールを2本出し麻子に渡し「お疲れ様でした」と労うように言い。「プシュ」っと缶を開け、麻子の缶と取り替え「プシュ」自分の手に持った缶を開けて「乾杯」と言い、暫く麻子の顔を見て麻子が「今回だけは許してやるか」と言わんばかりの微笑みをすると、雅志は缶に口をつけ、ビールをグビグビと飲んだ。
     
 雅志の母親は、暇を持て余していると「今日そっちに行くから」と電話で言って、いきなり訪問を月に2回程する。
  最初は、困惑しながら「雅志さん仕事で夜まで居ませんけど?」と言うと「お前と咲希が居るから」と言って、電話を切る。
 
マジやだわー。お義母さんと何話せば良いのか。相手するのも気が滅入る。と思ったが、本当に気を使わなくて済む性格なお義母さんだったので、数回訪問されて変な信頼関係が2人の間に芽生えた。
 お義母さんの麻子を呼ぶ「お前」とは、不愉快に聞こえるが、田舎産まれのお義母さんは悪気があって「お前」呼ばわりしていないのを知っているので、麻子は気にしなかった。
そもそも自分の母親にも「お前」呼ばわりされたり、中学の先生や先輩にもボクシングのコーチにも「お前」呼ばわりされていたので気にも止めなかった。
ただ「遊びに行くから」は、2泊を意味する時もあり、接待するのが面倒臭かった。食事も何でも構わないと言いながらも「肉系やパスタ」など洋食を好んだ。その頃、咲希もハイハイを始めていて孫と公園で遊んでくれたり、部屋でもドタバタと咲希の相手をして、お風呂も入れてくれるので楽ではあった。
   優子に言わせると「信じられない!無理無理。旦那のお義母さんが泊まるとか着ていた下着や洋服も洗うわけでしょ?それに酒飲ますとか、孫とお風呂入るとか絶対無理!」と本気で嫌がっていたが、優子は未だに独身で、コピーライターの仕事をしていた。
 コラムの連載を任されていて、締切間近には1日に2箱はタバコを空けていた。
 
 お義母さんが高いびきで寝て、横には咲希が遊び疲れたせいもあり、ぐっすりと眠って居た。 
「雅志はいつになったら帰るんだ」と、お義母さんは雅志の帰りを待っては居たが寝てしまったのだ。
 雅志は、22時を過ぎる頃に帰ってきた。冷蔵庫を開け、手に持った冷えた缶ビールを麻子に渡す。
 麻子は1口飲むと、吐き気がした。
「うっ…」思わず口に手をあて、雅志を見つめトイレに入った。しばらくトイレに籠り、考え、棚に常備してある「妊娠検査薬」を使うと陽性反応が出た。咲希がまだ半年なのに。
 避妊して夫婦生活も気をつけていたのに。
 喜びもあったが、麻子はザックリと出産する月を計算すると「年子」になる事が分かった。
 トイレから出ると「吐いた?」と雅志が聞いてきたので、陽性反応の出たスティックを見せた。
「え?」意味が把握出来てないようだった。麻子が「妊娠してる。」と一言付け加えると。「ほんとか!2人目か!」と喜び、立ち上がると同時に、缶ビールを倒しテーブルにビールが泡立ってこぼれた。
「静かにしてよ、お義母さんが起きるじゃん」しかし、心配はよそに、高いびきで寝て起きる気配は全く無かった。
「安定期にも入ってないし、お義母さんには、まだ言わないで」と念を押す。 
 麻子は、妊娠を喜んでいない訳ではない、ただせめて咲希が、幼稚園か小学校に上がったらと思っていたのだ。
 幼稚園に入ったら、友達と昼のカラオケを楽しんだり自分の時間が欲しかったのだ。
 吐き気はその時だけで、妊娠してると思うことを忘れる程、咲希の育児や家事をこなした。抜き打ちテストの様にたまにやって来るお義母さんには、嫌気もあったが「肝硬変」の母親より動けるお義母さんのが、頼りになったのも事実だった。「常連のお泊まり客」
 突撃訪問のお義母さんが来て、咲希とお風呂に入り、夕飯を咲希に食べさせながら酒を飲む。
「お前も飲みなさいよ、咲希は私が寝かすから」と言われたが、雅志が帰るまで起きていたいので。っと妊娠している事を隠した。お義母さんと咲希が寝ると、見計らったかのように雅志が帰ってきた。「何時だと思ってるの?お義母さん来てるのに」と麻子が言うと「すまん加藤が仕事をやめたいって言うから話しをしてて」と雅志が言った。「加藤さんが店辞めるの?」「あぁ、あの加藤だよ。」それは、麻子がバイトしていた中華料理店の前菜担当の人だった。

 朝、お義母さんが起きると「雅志は昨日何時に帰ってきたんだ!」と小言を始めた。
「俺も忙しいんだよ。」
「何が忙しいんだ。麻子は自分の母親の看病と子育て家事で大変なんだから、少しは真面目になれ」と、まるで今まで不真面目だったかのような言い方で雅志を攻めるので「お義母さん、雅志さん休みの日は咲希の面倒も見てくれるし、家事も手伝ってくれてるんですよ」と麻子は雅志をかばう様に言ったが、本当は家事などやらないし、休みの日は咲希をあやす程度だったが、あやしている間に掃除が出来るので助かっているのは外れでもない。
 麻子の母親は綺麗好きで、ほうきで掃いてから掃除機をかけ、家中を拭き掃除をして塵一つ無い環境にしていたので、麻子もそれが当たり前だと思っていた。
  麻子も、埃の無い室内を心がけていた。
 働いていないから尚更、咲希が寝ている間に、毎日隅々まで掃除していた。
 大掃除はしなくても良い程いつも綺麗に掃除を心がけていた。
 
 雅志の母親は綺麗好きとは、かけ離れ埃も気にしない。「たまには、咲希を連れて遊びに来い。」と言われて、たまに行くと、いつ掃除したのか?と思える程だった。
 雅志の実家のキッチンのシンクには、使いぱなしのまな板と包丁が出て、魚焼きグリルは生臭く「洗うことを知らないのか?」と思える程に焦げが着いていた。
 雅志の実家に遊びに行くと「お義母さん暇だから掃除しても良い?」と聞いて、掃除機を出し家中を掃除した。咲希に埃を吸わせたくないのと、離乳食を作るのに、あのシンクを使うのが嫌だったからで。「暇だから」と言って、旦那の家を好き好んで掃除などする嫁も居ないだろう。
 お義母さんも、呑気なのか気にもしない。
 掃除をしていれば、お義母さんの相手も無口なお義父さんの相手もしなくても済むのも一理ある。
 買い物も頼まれ近くのスーパーに買い出しに行き、夕飯を作り終えると雅志の妹が帰って来た。
 部屋の様子を見て「麻子さんが来ると家の中が綺麗になって良いねー」と褒め言葉の様に言うけれど「お前が仕事休みの時にやれば済むことだろ」と麻子は思った。
雅志の妹と言っても、麻子より2つ年上なので掃除の出来ない妹が不思議だったが、人には苦手もある事は分かっていた。優子も同じで多少汚れていても気にしない子だったので慣れていた。
  雅志の実家では、麻子は家政婦の様だったが、やはり、座って雅志の親の相手をするより、動いて居る方が気楽だった。

年子

 7月、咲希の1歳の誕生日は家族3人で正しくは、4人で祝った。雅志は、クローゼットに隠していたプレゼントを出した。咲希の身長程のクマのプーさんだった。
 プーさんの首にはピンクの大きなリボンが付いていて「シュルシュルー」と解くと、リボンを自分の首に巻き「可愛い?」と聞いてきた。これが1家団欒なのかと麻子は思った。
「年子を産むなら双子が良い」と、誰かに聞いたことを思い出す。確かにそうだ。双子は、育てるのは大変だが、オムツやミルクは同時に育つから脱オムツ、脱ミルクも数ヶ月の差があっても、楽になるのも早い。年子は上の子がオムツからパンツになっても、新生児のオムツを買う。
新生児の粉ミルクも買う事になると気長な子育てになる。
 安定期に入り両家の親に妊娠を報告した。
 麻子の実家には、咲希を連れて遊びに行って「2人目が出来た」と報告したら「もぅ!」と驚いていた。
 確かに咲希が1歳になった途端に「妊娠の報告」をされるのだから、驚くはずだ。
 
 酒を止めても肝硬変は悪化していて会う度に痩せていくのが分かっていたので「長寿」は無関係な人だと麻子は覚悟していた。
 早めに2人目を見せれるのは内心嬉しかった。
 雅志の実家には電話で報告をしたら、次の日に、雅志の母親がワインを持って、いきなり訪問してきた。麻子が不在だったら、どうするのだろう?と、麻子は思った事もあったが。実家に、いきなり訪問するだろう。と解釈もしていた。麻子の家から帰る途中に、麻子の実家に寄り、お茶を飲んで帰っているのを母親から「いきなり着た。」と聞いていたからだ。咲希は「おばーちゃーん」と駆け寄り抱っこをせがむと「咲希は可愛いねー」とお義母さんが抱っこをした。
  
 今回も悪阻は軽い方で、タバコが吸えないだけで他は平気だった。他人の煙も平気だったので、旦那もお義母さんも実家の両親も、麻子の前で遠慮なく吸っていた。
 
 夕飯は、それなりに手の込んだ料理を作った。雅志の母親はワインのコルクを無理矢理引っ張り、コルクが割れてしまった事に腹を立てていた。麻子が瓶の中に入らないように、コルクをワインオープナーで、上手く引き抜きグラスに注いだ、グラスを持つと「2人目おめでとう」と言って、グビグビと飲み干した。
 2杯3杯と飲むにつれ、顔が赤くなって目が虚ろになっていくのが分かった。「お義母さんお布団用意しから咲希と寝てください」と言うと。
「咲希ばーちゃんと寝るか」と言って、咲希と同じ布団に入ると、直ぐに高イビキで眠った。「おばーちゃんお酒臭い」と言って咲希が布団から出てきた。
テーブルのグラスや夕飯の食器を片付けてると、雅志が帰ってきた。「パパー」と、雅志に抱っこをせがむ。「ただいまー」と咲希の頬に自分の頬を付けると「パパ  ジョリジョリしていたいよー」と髭を嫌がった。「お義母さんが居て、咲希お風呂まだ入って無いから一緒に入れてね」と言うと「わーい、 パパとオフロオフロー」と咲希がピョンピョンと跳ねて喜んだ。  

 産婦人科も咲希を産んだ病院で臨月まで真面目に通った。
 真面目に通ったのには訳もあった。
 お腹の子供が成長するのが遅かったのだ。「予定日よりも遅れるとよいんだが」と先生は言った。
 12月の下旬に臨月に入り予定日は1月の中旬だった。
 次の子も女の子だったことが分かっていたので、肌着もほぼ買わずに厚手の肌着を数枚と、冬に産まれるので、新生児の服だけは暖かそうなのを買った。
 肝硬変の母親は「掃除するのも辛いぐらいに疲れて、ダルくて仕方ない」と言うのを聞いていたので、負担を考えると、産後は実家に戻らず、入院中は雅志の母親に咲希をお願いすることにした。
 優子に言ったら「はぁ?入院中に自宅に1週間も泊めるの?彼氏ですら冷蔵庫とか勝手に開けられたり無理なんですけどぉ。私が預かれればなー、咲希可愛いし何でも買っちゃうよー」
確かに、家にあるオモチャや絵本は、優子が遊びに来る度に買って待ってくるので、私たち夫婦が買うのは誕生日とクリスマスぐらいで充分だった。
 本に関しては出版社に務めてる事もあり「良くこんな面白い内容の絵本を探してくるなー」と関心する程だった。

 1月に入り、予定日より15日早く陣痛が来た。
 病院に行くと、2週間早いけど産む選択肢しかない事を知らされ、胎児は未熟児で産まれる事も伝えられた。
「小さく産んで大きく育つ!」ただ無事に産まれて来てくれる事を願いながら、分娩台にあがりいきんだ。
 出産の痛みは、最初は我慢できるが「もぅ私を殺してー」と、叫びたくなる様な、段階を経て拷問が酷くなる痛みを繰り返し耐え、最後にトドメを刺されるような下腹部を鷲掴みに締め付けられる痛みを感じ。息みたいのを極限まで我慢し「さぁ息んで出しましょう」の言葉が早く欲しくなる。
 ボクシングで初めて、脇腹に重いパンチを食らい、悶え吐いたのとは全く比べ物にならない。「陣痛は生命の痛みだ。」と題目を唱えるかのように、息む度に頭の中で今回も麻子は思った。その痛みがある事に寄って息む事が出来る。  産まれると、今まで痛かったのが嘘のように引いて無くなる。「オギャーオギャー」と産声を聞くと、安堵する。小さな頭に小さな手足、羊水に入っていた肌が、産まれる時に産道を通ってきたので赤くなっている、産声は赤ん坊の初めての言葉で「痛い」と叫んでるのか「怖さ」で泣いてるのか分からないが「頑張ったね、ありがとう」と産まれた陽菜ひなに声を掛けた。
 2580gの陽菜は私の声を聞くと大人しくなり、眠りについた。
 
 咲希を産んだ産婦人科だったので、次の日に陽菜は泣いたまま私のベッドに連れて来られ「オムツは替えてあるから、お腹空いてるからオッパイあげてね」と言って私の腕の中に陽菜を抱かされた。
 雅志が病室に来ると陽菜を見て「咲希より小さいな」と呟いた。
 その日の夜に陽菜に、黄疸が出て新生児室に戻された。
 保育器に入れられ「黄疸が引くまで、保育器から出せないので母乳は絞って哺乳瓶に入れてくれれば、陽菜ちゃんに飲ませますから。」と看護師が言う、同室のお母さんが我が子を抱きながら母乳を上げているのを見るのが辛かった。挙句、陽菜の体重が2400gを下回ってしまったため、2500gになるまで保育器から出せないと告げられた。
 4日経ち、寝ているだけだった私は体調も良くなり、絞った母乳を冷凍して先に退院する事にした。と言うのも、2500g以上に戻るまで陽菜は退院出来ない事と咲希の事が心配だったからだ。
  やはり、優子の言う通り、勝手にあちこちと開けられてると思うと、不安でたまらなかった。
 退院して、お義母さんに「咲希が面倒かけなかったか?」など聞くと「私は、お金はないけど、体力だけは自信あるから平気よ」と笑って言った。だかやはり、7日も居るとお義母さんも「娘が居るけど、自分の家も心配で長居は出来ない」と言って「陽菜も居ないしな」と、帰って行った。
 退院から10日が経ち、陽菜の退院も決まり、雅志の運転する車で咲希と陽菜を迎えに行った。10日間、搾乳器で母乳を縛っていたが、赤ん坊に吸われないと母乳の出が悪くなり、不安だったけれど、陽菜が力強く吸と母乳が出るようになり、夜泣きも無く、陽菜は母乳で育ったが、母乳を哺乳瓶に入れると何故か哺乳瓶の乳首を嫌がり、陽菜を預ける事が、寝てある間か飲んだ直後に限られた。バギーで買い物に行く方が多かった。
 バギーに陽菜を乗せると咲希も乗りたがり、そこに1週間の食材を足元のカゴに入れると、バギーが壊れるのではないかと思った。
 「咲希、今度からママがお使い行く時におばーちゃんちで遊んでなよ」「やだー」だよな… 。
 家に帰り、冷蔵庫に食材を詰め込み、陽菜のオムツを変えると泣き出した。
「ハイハイお腹すいたねー」と抱き上げると「咲希もお腹空いた!ママのオッパイ飲みたい」と、言われたのには驚いたが、上の子が赤ちゃん返りすると聞いていたので「えー飲むの?」と笑いながら言うと、恥ずかしそうに私のトレーナーの下から頭を入れて乳首を吸ってくる、サッと顔を出し「甘くない」と呟くと、哺乳瓶を持ってきて「牛乳ちょうだい」と言ってきたので、哺乳瓶に牛乳を入れ乳首をセットして渡すと「チュパチュパ」と音をさせて飲み始めたが「おいしくない」と、牛乳がゴムっぽい味かする事を必死に説明してくれた。

咲希

 咲希が幼稚園に入ったのは、3歳の年少組からだった。陽菜は手のかからない子で、明るい性格で咲希を慕い、仲良く遊ぶ姉妹に育ったので、離れるのは可哀想に思えたが、咲希にも同じ歳の友達を作ってあげたいとの思いと、やはり2人育てるのは大変だっため、幼稚園に通わせる事にした。幼稚園バスが来ると、泣いて乗りたがる陽菜は、入園前から先生に名前を覚えられ「春になったらバスに乗れるからね」と良く言っていたが「勧誘かよ」と内心思った。
陽菜は、咲希と違って散らかし放題で、次から次へとオモチャを出しては、放置して。お絵描きをしたかと思えば絵本を出す。やりたい放題だったので、家に居させるよりも公園で走り回って遊ばせる事が多かった。実家でお昼を食べて、陽菜が昼寝している間に母に陽菜を預け。夕飯の買い物を済ませ、部屋を掃除して、陽菜を迎えにいく日々が多かった。昼寝から起きて「おばーちゃん遊ぼ」と言うと、私が昔遊んでいた「リカちゃん人形」を出してきて遊び始めた。良くあんな人形取ってあったと、咲希が遊んでる時から関心した。小学校高学年になると人形遊びもしなくなり、ぬいぐるみにも興味をもたなくなり「一生のお願い」で買ってもらったオモチャも、麻子が捨てたのか、どうしたのかお覚えてもいなかった。捨てずに押し入れの奥に仕舞ってあったのが不思議に思えた。ろくに会話もしなかった幼少期を思い出す。人形もオモチャも麻子には何の思入れもないのに何故、母は何故取っておいたのだろう?もう15年以上も経っている麻子のオモチャだ。
 まさか孫が産まれたら遊ばせるために長い年月保管してた訳では無いと思っていたが「お前の小さい頃を思い出すねー」と陽菜を見る母を見て、何故か「保管」では無く「保存」と言う気持ちに心が揺れいだ。
「陽菜お片付けして咲希ちゃんのお迎え行こうか?」と言うと「はーい」と元気よく返事をして玄関に走る「陽菜!お片付けしてからでしょ」と言うと「良いわよ私が片付けするから、お迎えに行きなさい」と母が言った。
「おばーちゃんがするって」と陽菜が言うので「ありがとうでしょ」と言うと「おばーちゃん ありがとう」とゆっくり言って靴を履き私の手を取ると、「バイバイ」と母に手を振った。
咲希のお迎えは、アパートから出た所にある神社の前で「おじじょーさんこわい」と陽菜が、お地蔵を指さし抱っこをせがんむので抱き上げると「おじじょーさんご飯たべんの?」と、お供え物に指を指すので「夜になるとムシャムシャって食べるよー」と陽菜の首を噛むふりをし、陽菜はくすぐったさにキャッキャと声を出して笑った。暫くすると送迎バスが見え「さきたーん」と陽菜が大きな声で呼んだが、バスの中の咲希に聞こるはずもなかった。バスから先生が降り、その後に咲希がピョンピョンと段差を飛んで降りてきて、先生に姿勢を向けると「せんせい、さようなら」と言って「ながせさん、さようなら」とバスの引率の年配の女性にも挨拶をし、ドアが閉まると「バイバイー」と咲希が叫んぶと「あのね、ドアがしまるまえに、さようならっていうんだよ」と咲希が陽菜に説明をして自分は先生なんだからね!と偉そうにすると「おやつー」っと言って走り出したので、抱かれていた陽菜が藻掻くように降りて咲希の後を追いかけ「おやつー」と駆け出した。
 夕飯を作って居ると「ガラガラガラー」っと音がした、その音は麻子には日常になって「ブロック」の入ったケースをひっくり返したのだ、と直ぐに分かった。「みてみて宝石ね」と遊び始めた
2人に「ちゃんと片してよ」と声をかけるが、返事はいつも陽菜がする。
 お片付けも「2人でしなさい」と言っても、咲希は「わかんなーい」と言葉で逃げるので「ブロックは、このケース」と説明すると「ブロックは、このなか」とオウム返しに言いながら、ブロックを片付し始める。
 咲希は読んでいた絵本を本棚に戻して陽菜の遊んでいた人形とクマのプーさんをクローゼットに仕舞った。
 「姉妹で…1つしか違わないのに何で陽菜は出来ない事が多いのだろう、遊びに関しては咲希の真似をして何でもできるのに」っと成長の差に不安が出てきたのはこの頃からだった。
 夜寝る時は必ず、咲希は親指をしゃぶる。しっかりやさんだけど、まだ子どもだなぁど麻子は思った。
 咲希と私と陽菜の順で寝ていると、夜中にガチャっと鍵が開きドアが開くと、雅志が帰ってきた。麻子が起きると布団が濡れていた。陽菜だ。
「はぁーまた、お寝ショした」
「陽菜が?」
「前にも言ったじゃん。陽菜はおねしょで、咲希は指しゃぶりって」
「そのうち治るだろ」
「そのうちって布団足りないじゃん」
 陽菜の濡らした布団を隣の部屋に持っていき、シーツを剥がし布団乾燥機を出し、お義母さん用の掛布団を上に乗せスイッチを押しタイマーをセットすると「フォーーン」と音がしたので部屋を出て、洗濯機にシーツと洗濯物を入れ雅志に向かって「洗濯するから洋服脱いで先にお風呂入って」と言うと重い腰を上げて「ビールも飲めないのかよ!」「風呂上がりのが美味しいでしょ!」と言うが「はぁ」とため息混じりに服を脱ぎ麻子に手渡す。
「俺、転職するよ」唐突に雅志が言う。「は?何も聞いてないけど、何でいきなり?」麻子は相談もなしに決めた転職を不快に思った。「客足も悪くてね。給料も上がりそうもないから、知り合いの先輩に相談したら丁度、先輩の店が募集してて」と説明してきた。「どこなの?」と聞くと「小岩にあるサウナの中の中華料理の部門で給料も上がるから」と言い風呂に入った。

義兄

 大手の鉄鋼会社に務めている義兄の結婚が決まったのは義兄が31歳になってだったので、お義母さんも「やっと長男も結婚出来て安心した。」と電話口で漏らした。
「お前達には式も何もやって上げれなかったけど、長男だから式も上げて挨拶回りもさせないと」と言う。
「挨拶回りですか?」と麻子が言うと「埼玉って言っても田舎だからね。仕来りって言うか、昔から長男の嫁を連れて近所中を挨拶回りするんだよ」と聞かされ自分が長男の嫁で無かった事に感謝した。式は派手ではないが、親戚一同が集まり「雅志の嫁の麻子だ」とお義母さんに紹介され「初めまして嫁の麻子です」と挨拶をする。
 雅志が「これが長女の咲希でこっちが陽菜」と紹介をすると「咲希です」と咲希が元気に言うと、続けて「幼稚園の陽菜です」と自己紹介をして笑いをウケた。
 笑われてるのを褒められてるかのように自慢げに麻子にピースサインをした。そんな陽菜に微笑み返した。
 控え室にお義母さんと向かうと、ウエディングドレスを着た小顔で美人な女性が居た。この人が私の姉になるのかと義姉の「義」言葉を付け加えずに「姉」と言う言葉が頭に出たのは、優子の姉を思い出したからでもあった。
 優子の姉も小顔で綺麗な人だった。
 お義母さんが「弟の雅志の嫁の麻子」と私の背中を押す。
「雅志さんの嫁の麻子です」と頭を下げた。この度は姑とのご縁、おめでとうございます。と嫌味っぽく教えてやりたかった。
 「知佳ちかです。宜しくね」と柔らかそうな頬を口角が持ち上げるとエクボが出た。
 年の瀬になると「お歳暮」売り場で悩む麻子に「コレでいいんじゃねぇ?」と適当に油セットを持ち上げて雅志が言う。「是非料理に使って下さいってまんまじゃん!お義母さん料理苦手でしょ?」「深読みし過ぎだよ、お袋料理上手いぞ?」「だったら…お義父さんお肉好きだからハムセットにする」「どうせ正月行った時に麻子が食うんだろ」と言うので「雅志だって食べるじゃん」と笑った
「後は義兄さんのとこ… 」
「兄貴は別に送らなくていいんじゃね?」「こう言うのはね最初が肝心なの、親戚なんですよーって。私は義理の妹ですってね」「じゃー送り主は義理の妹よりって書くか?」と、雅志がからかうので「うるさい」と言い眉間にシワを寄せて雅志を睨んだ。結局義兄の家には「ヨックモックのクッキーの詰め合わせ」を贈ることにした。
 次いでに同じクッキーを自宅用に買い帰宅をした。
 雅志の休みは平日しか取れなかった。
 平日のデパートのお歳暮売り場は空いていた。麻子は昔と違って人混みが苦手になっていた。
  数日すると義姉から電話が来た。
 お歳暮が届いたのだ。
「麻子ちゃん?お歳暮ありがとう。気を遣わせちゃってごめんね」
「いえいえ義兄さんと食べて頂ければと思って」
「うち社宅でしょ、だから、たまに来客っていうか同じ会社の奥さんとかが来るのよね。麻子ちゃんがくれたクッキー缶ごと出すと、みんな「あらヨックモックじゃない!」って喜んで食べてるわよ」とお世辞ながらにも役に立つ物を貰えたと言っているようだ。
「そう言って貰えると嬉しいです」と麻子は本心から喜んだ。
「麻子ちゃん?」「はい?」
「 お義母さんの事なんだけど少し話しても平気かな?」来たーこの話し、数日前にお義母さんから電話があって「知佳の所に行ったら、知佳がね… 「どうしたんですか?お義母さん?」って目を丸くして驚いた顔して、新居だし社宅だから不憫は無いかと思ってね。コレ、そこで買ってきたケーキだよって」渡したんだけど」と言いかけた時に「驚かれたんでしょうね。お義母さんが訪問されて」と麻子が言うと「露骨に嫌な顔されて、リビングに通されたんだけどモデルルームって言うのかねー。台所の壁は緑で流し台には鍋の一つも出てなくて、居間(リビング)は白で統一されて長いソファーが有って、テーブルにはリモコンが綺麗に並べてあるんだよ。」
「知佳さんお洒落なんですね」
「あんな家じゃ息が詰まるよ」
お義母さんの家は息が出来ませんけどねっと思った。
「しかも、帰るまで買ってきたケーキも出さないんだよ。挙句、夕飯の買い物に行くので駅まで車で送りますね。ってコートを着出すと来たもんだ」
これにはさすがに笑いが止まらなかった。「やるなーお主」と賞賛したくなった。
 知佳が電話口で「麻子ちゃん?」と麻 子を呼ぶ声が聞こえ現実に呼び戻された。
「あ…はい。お義母さんですよね?」と言うと、やはりアポ無しで来た事や、なかなか帰らない事をこぼした。
「麻子ちゃんの家にも来るの?」と聞くので。
「いきなり来て2泊しますよ」と言うと沈黙が流れた。
 
お正月、雅志の実家に行くと、義兄夫婦が来たが。出されたお茶を飲み、1時間もしないで「知佳の実家にも挨拶に行くから」と腰を上げた。「長居はしたくない」と知佳さんに言われたのだろう。義兄夫婦は、さっさと帰った。義兄夫婦が帰ると嫁の愚痴を聞かされた。「全くなんで長男の実家に来てるのにお茶だけ飲んで帰るんだ!」と剣幕を立てていた。
「麻子達は泊まるだろ?」と聞かれ躊躇ためらったが「お泊まりするー」と咲希と陽菜がはしゃぐので麻子は正月から台所で洗い物をする羽目になった。

陽菜

 咲希が小学校に入学すると陽菜もランドセルを欲しがった。
「陽菜はそつえんしたらだから、じゅんばん」と咲希が陽菜に言う。
 朝の登校時間になると、同じアパートの6年生の女の子が迎えに来て学校まで一緒に登校すると言う「高学年は1年生のお世話をする事」が決まっていた。
 ピンポーンとドアベルが鳴ると、陽菜はドアを開ける「誰だか分からないから、もしもし誰ですか?って聞かないと開けちゃダメでしょ?」と麻子が説明してると「早く学校に行きたいんだけど」と言いたそうに、家の中を覗き込まれ「咲希ーお姉ちゃんお迎え来たから早くしてー」と言うとランドセルを背負って玄関に走ってきた。
まるでランドセルが走ってるようだった。
 陽菜も幼稚園に行く支度をするのに髪の毛を編み込み園服のブラウスを渡す。麻子も軽く髪を束ね、陽菜を見るとブラウスのボタンが掛け違っていた。
「もぉーボタンはパッチンでハマるんだから上からパッチンしてって教えたでしょ?」陽菜は何度教えても真ん中からボタンをパチンとはめる。
 もう着慣れた園服なのに。
 陽菜も年少から通園してるので3年近くボタンが上手く嵌めれない。
 まだおねしょも治らない、それに関しては、咲希も寝る時は必ず指しゃぶりをする。
 園での様子を個人面談で担任に聞くと、やはりやりっ放しが多いと言われ運動着に着替えると、園服は丸めるように自分の名前の書いてある棚に押し込むと言われた。「咲希は年長の時には出来ていたんですけどねー」っと担任に言うと、それぞれ得意不得意が子供にもあるから大丈夫ですよ!と励まされたが「なんか違うんだよな…」とモヤモヤした気持ちは晴れなかった。
 平日休みの雅志は「子ども達連れてディズニーランドでも行くか?」と行成言い出した。
 今までテーマパークなど興味が無かったのに。「そうね」と言ったが咲希が小学校を休む事が嫌だった。
 麻子の許可も無く雅志は「今度、パパのお休みの日にお出かけしよう」と子ども達に言ってしまったので、次の雅志の休みの日、咲希を休ませディズニーランドに連れて行くことになった。
 「パパーみてみてミッキーさん」と咲希は喜ぶが、ミッキーの大きさに「陽菜こわい」と手を振るミッキーを怖がった。
 1日をディズニーランドで過ごした咲希と陽菜は、帰りの車の中で熟睡してしまった。車内にはプーさんとミニーの風船が揺れていた。
 学校に入学して半年ほど過ぎると咲希は1人で学校に行きたいと言い出した。
「お迎えのお姉ちゃんに嫌な事されたの?」と聞くと、首を左右に振るので「何かあったの?」と聞くと「1人で行きたい」とだけ言ってきた。
「今日はお姉ちゃんと行って。先生に1人でも良いですか?って聞いてあげるから」そう言うと悲しそうな顔をして「行きたくないな」と呟いた。
 休ませるべきなのか悩んだがチャイムが鳴り咲希がドアを開けた。
「おねえちゃん おはよう」そう言って「咲希ちゃーん、おーむーかーえー」と大きな声で咲希を陽菜が呼んだ。
「行ってきます」と下を向いたまま上級生の後ろを歩いていくのを見送った。ガラガラガラー!「はっ」として振り返ると陽菜がブロックを出していた。陽菜の所に走りより「何で今出すの!幼稚園行く時間でしょ!」その声はキツく陽菜の両腕を強く握り陽菜を睨んでいた。
 麻子は、1呼吸して「ごめん、ママが後でお片付けするから。髪の毛可愛くしてお着替えしようね」そう言うと陽菜がベェーっと舌を出し「最初はお着替えです」と言ってタンスの引き出しからブラウスを出した。
 2人が居なくなり雅志が起きてきた。
 9時に家を出れば間に合うのでいつも2人が出てから起きてくる 。
「あーすげぇな何だこのブロックは 」「陽菜ひっくり返したの!」
「あーそれでヒステリーだったのか」
「起きてるなら少しは朝の時間手伝ってよ!」と雅志に八つ当たりのように言うと「ママの声で起きたんだよ」といかにも私が悪かった様に言うので、「あのさ、明日から朝ごはんの時間に起きて来なかったら飯捨てるからね!」雅志は焼かれていた食パンにバターを塗りながら「ママ、ホットコーヒー飲みたいから作って」と言うのでマグカップをテーブルにバンと起き、インスタントコーヒーの瓶をガンと置いてシンクの前に両手を起き、次第に涙か出てきた。「そんな泣く程の事じゃないだろ、 たかがブロックだし」
「私はお前のママじゃねぇ!」そう言いながら飛び蹴り食らわせてやろうかコノヤロウ!と、言葉が浮かぶと同時に「ガタン!ドシン!」と音がして振り返ると「痛ててててー」っと言って雅志が倒れていた。
 カップにコーヒーの粉を入れ、座ったままポットに手を伸ばし、お湯を入れようとして体勢を崩し、椅子ごと倒れたのだった。これには泣いてた麻子も大笑いした、コーヒーの粉まみれの旦那が横たわっているのだから。
「笑うなよ!スゲー痛かったんだぞ」
その時コーチの言葉が蘇った。
「不平等だね」
「何だよソレ」雅志は笑ってる麻子が言う不平等がなんなのか分からないがつられて笑いだした。

雅志

携帯電話が流行りだし雅志も携帯電話、今で言うガラケーを購入した。「メール使えるし、何かあったら店に電話するより便利だろ?麻子も買えよ」確かに優子も持っているし、学校からの急な連絡も携帯があると便利だと思い、同じ機種を購入した。2人の子供は小学校の6年生と5年生になっていた。

 雅志が転勤した温泉スパに1度行った事があった。様々なお風呂がありサウナも当然あったし、舞台もあり小劇場や演歌歌手なども来ていた。
 宴会の出来る大部屋や個室、リクライニングチェアもあり閉店まで仮眠する客などが利用していた。
 個室で料理を堪能していると、雅志の上司が挨拶に来た。
「いつも主人がお世話になってます」当たり障りのない挨拶を交わす。ホテルではないので、宿泊は出来ないが雅志は仕事が終わるとサウナに入り、同僚と酒を飲み店に泊まる事が増えた。
 「悪い。今日飲みすぎたから運転出来ない泊まる(т т)」のような絵文字の着いたメールを寄こす。
 ガソリン代も馬鹿にならないから電車で行けば良いのに「朝ゆっくり出れるから」を理由に、車で出勤する雅志に「ゆっくり起きても役に立たないんだからさっさと出勤しろよ」と麻子は、思っていた。
 メールを読み「パパ帰ってこないって」と言うと。
「パパと寝たかったなー」と咲希と陽菜が寂しそうに言った。
 次の日、0時過ぎに雅志が帰ると手には可愛らしい袋を持っていた。良く見るとミッキーやドナルドのキャラクターの印刷された袋だった。
「店のバイトの子がディズニー行ってコレお子さんにって貰ったんだけど」
と麻子に手渡し、麻子が中を見ると缶が見え、クッキーが入っていた。
「今どき店の人間に態々お土産?」と聞くと「付き合ってる彼氏と同棲するか悩んでて、この前相談に乗ったんだよ」「この前?」
「あぁ…飲みすぎて帰れなかった日、同僚とその子と飲んでて彼氏いるのか?ってからかわれてたら、付き合ってる彼氏が… って話しになって 何か仕事が長続きしないヤツらしくて。直ぐに辞めるからヒモ状態らしくて」
「そんな男捨てちゃえば良いのに、まだその子若いんでしょ?」
「26歳って言ってたかな?」 
「ふぅーん私の3つ下か」
そう話してると陽菜が起きてきた。
「どうしたの?おトイレ?」とパジャマを見ると既に濡れている。
「おねしょしちゃったのね」
脱衣場で着替えさせ布団を隣の部屋に持っていく恒例の作業、布団乾燥機を出し部屋を出る「ママ抱っこー」
「ハイハイ ママのお布団で寝ようね」
そう言って麻子は朝まで2人の娘と川の字で眠りについた。
 朝のコーヒー事件から雅志も子どたちと朝食を食べるようになったが、片手に携帯を持ち、「 ながら」食事をするので「子供と会話をし「ながら」食べて」と雅志の携帯を取り上げた。
 2月、バレンタインが近づく頃に優子がやってきた。
「やっほー」「ゆこちゃんだー!」咲希と陽菜が駆け寄り、手荷物の中身を早く出してと言わんばかりに覗き込む「こら仕事の大切なのが入ってるんだからやめなさい!」と麻子が言うと「ジャジャーン!」と言って雑誌を出した、それを見て咲希達はガッカリして部屋に戻り、オモチャで遊びの続きを始めた。
 「連載コラム?」と麻子が聞くと左手薬指の指輪を見せた!
「え!それって」「結婚しまーす」
「おめでとう!で相手は?」と言うと、持ってきた雑誌を開き「この人」と指を指す。
 グランドキャニオンを背景にポーズをした男性が写っていた。
「写真家で世界の自然を撮ってる人なの」
「え?じゃー結婚したら退職して世界をついて行くの?」と前のめりになる
「仕事は辞めないよ、彼の写真を欲しがる出版社はアメリカにもあるから彼のサポートしながら向こうで働くつもり」知らぬ土地でサポート?
「優子ってそんなに自立心あったっけ?」
「んー出版社で働いて、コラム書いて男に負けてたまるか!みたいな感じでバリバリ働いていたから。この人に会って、私がやりたい仕事って世界を見て回る!コレだ!って分かった感じがしたんだよね。でも有名な男性アーティストとかの取材が出来なくなるのは悔しいけどね」優子はまた話しを続けた。
 「麻子が昔し、ボクシング習ってたっ頃。麻子が楽しそうだったのと、充実した時間と経験だったって言ってたのを思い出してさ、あー私の充実した仕事ってコレだ!って、思った訳よ小さい島国より大きな世界が見たいてっね」と言うと「麻子が、こんな真面目な主婦になると思ってもみなかったよ。不良でボクサーで口が悪い少女Aでさ、雅志さんは麻子がグレてたのまだ、気がついてないの?」と言うので「子どもも知らないし、マジ内緒にしてて」と言うとニヤケながら、紙袋から四角いA4サイズの包を2個だし「咲希ー陽菜ー」と呼んだ、2人が駆け寄って優子の傍にくると包みを渡した。
「ありがとー なんだろね?」と、言いつつも絵本なのは分かっていたが、包紙を破り本を見ると。
 咲希は「やったー本だー!」と喜び、 陽菜は絵本を開き文字のない「スノーマン」と言う絵本をしみじみ見ていた。「これ「じ」が、かいてないよ?」と優子に本を見せた。
「この本はね、陽菜の気持ちで読む本なんだよ、雪だるまとお兄ちゃんの気持ちを考えながら陽菜がお話を作るの」と説明をするが、首を傾げて陽菜が悩んで居ると、咲希が来て「読んであげる」と言って絵本の絵を見ながら話しを作り「雪だるまは暑いのは「いやだよー」と言いました。」と子供ならではの想像力で、仲良く1冊の絵本を食い入るように見ながら話しを作って笑っていた。
 咲希の絵本は「押し入れの冒険」と言う本で、言うことを効かない保育園児が冒険する本で「押し入れにネズミババア」が出てくる絵本だった。「本当は居ないよね?」と良く2人に聞かれた。お片付けをしない時などに「ガタガタ」っとテーブルを揺らし「ネズミババア?」と言うと急いで、2人ともお片付けをした。小学高学年でも、幼さが残っていて愛おしかった。
 雅志は相変わらず帰りが遅く、店に泊まることが増えた。
「いい加減にしてよ!まるで母子家庭見たいじゃん」遅く帰る雅志に麻子は毎回激怒した。
「仕事なんだし、今の職場は小岩だから帰るより泊まる方が寝れるんだ」と家庭は落ち着かないかのように言った。
「飲まなきゃ良いじゃん!」
「飲むのも付き合いだから」とまるで幼少期の息子と親のような喧嘩が耐えなくなった。
 携帯も持ってても意味がない。
 メールしても返事は「分かった」だけたし、電話をかけても出ない事のが多かった。
  聞いてもいないのに「店のヤツが彼女とディズニーランドに行ったからって貰った」と言って、咲希と陽菜にお土産を渡す。
「あなたの店はディズニーランドに行く人しか居ないの?」と嫌味を言う、中身はお決まりのクッキー缶が入っていた。
 2人はテープを剥がし「うわー美味しそう」と言って私を見た。
「食べたら歯磨きしなさい」そう言うと2つ選んで、食べ終えると歯磨きをして布団に入った。
 麻子も寝かしつけるのに一緒に布団に入り横になったがしばらくすると、話し声が聞こえて着たので、起きて声の元に静かに近寄ってみた。
 雅志が風呂に入りながら少し高いトーンの声で「はいよー。うん分かったー、じゃーまた明日ねー」と浴室から声が聞こえ、ドアが開き携帯電話が足踏みマットの上に置かれた。
 とっさに隠れ、携帯に手を伸ばし着信履歴を見ると女の名前だった。
 メールの受信と送信を見ると「今日はディズニーランド楽しかったね」や
「早く会いたいよ」などのやり取りがあった。麻子は、着信履歴から今掛けたと思われる電話番号を控えた。
 不仲はただの倦怠期だと思ってたのに。

オーナー

 麻子は子ども2人を学校に、雅志を仕事に出すと池袋のジムの前に居た。ガラス越しにボクシングをしている若者を見ていのだ。「なんか用か?」と背中から声が掛かり、振り向くとオーナーだった。「まぁだ 生きてのか!」と笑いながらオーナーに返事をする。
「酒もタバコもやめたから健康だ!」
「タバコも酒も、辞めるヤツは意志が弱い。吸い続ける飲み続けるヤツは意志が強い!じゃなかったの?」と麻子は笑った。
「麻子も何でここに立ってるんだ?」
何となくとも言いにくく「三越に買い物ついでに来てみた」と誤魔化した。
「麻子奥様は、三越って柄じゃねえな」とオーナーは笑った。
 確かに、奥様って服装でもなければ、ただの疲れた主婦にしか見えなかった。
「少し汗かきたい」と言うと、黙ってジムに麻子を通した。
「着替え…」とオーナーが言うと麻子は、肩に掛けたバックからスエット上下を出した。
 「何だこのババァ」と言わんばかりにジムの生徒が見た。
 「準備満タンだな」とオーナーが言う。「先ずは、腹筋と腕立てと縄跳び」麻子は体型を維持するのに、家事の合間に腕立てや腹筋、食材の入った買い物袋を腕を曲げて持ち、自宅まで早歩き、などしていたので筋力はそれなりに有った。サイン入りのグローブも、たまに腕に通してポーズを取り鏡に映る自分を見て懐かしんで居た。
「意外と衰えてないな」と腹筋をしている麻子を見てオーナーが言う。
 縄跳びだけは息が切れた。
 軽やかにステップを踏みながら飛ぶコツを忘れていたが、暫くすると感が戻り早くは無いが、ステップを踏みながら縄跳びも飛べた。
 いつから来ているのか、コーチも知らないヤツだった。コーチは、30代後半位に見えた。
 「この前、上野で誰にあったか分かるか?」麻子は縄跳びを飛ぶ手を止めずに考えた。
「昔のコーチ 」「あはは!アイツは他のジムでやってるよ」「ハァハァ…じゃー会ったのは不平等なヤツ」と麻子が言うと、オーナーが思い出したかのように「あぁよく覚えてたな、今は平等か?」「ハァハァ…た 多分 不平等」オーナーが言う「もがいて、平等になれ!」麻子は縄跳びを止め「誰に会ったんだよ」と言うと「お前、母親なのに口は相変わらず悪いな」と、はぐらかす。「普段は良き母で口は悪くないよ」段々と麻子はイラつき「クソジジイも変わってない」と言うと「利久だよ」と言った。懐かしい名前だった。中学に上がると母親の実家の正月には行かなくなっていたからだ。
「利久、美容師になっててな。俺の髪切ってくれたんだ」「切るほど無いじゃん」と麻子が言うと、麻子を怪訝けげんそううに見ていたジムの生徒が数人笑った。「黙って集中しろ!」コーチが叫ぶ。
 「利久、もう35になっててなー。俺も老けるわけだよな、麻子も口の悪いババァだしな」「マダ29ですけど」「四捨五入したら三十路だろ」と笑った。
「あの頃も女子ボクシングは認めてられなかったが、あと数年もすれば女子も認められて試合にも出れるだろうな」確かに、3年後の1999年に日本女子ボクシング協会が結成される。
 麻子は週に2回訪れては、コーチとリングに立ち、重たいパンチをぶつける程に成長した。
昔の感覚と動体視力と洞察力が身についてきた。

父親

麻子は実家で母親と話していた。
「車の免許取りたいから独身の時に貯めてた貯金を崩して欲しい」と相談していた。バブル時のバイトのお金は洋服、呑み代以外は貯金していた。還暦を過ぎた母親は「マー君が車乗れるじゃない」と反対したが、父親が「良いじゃないか麻子が免許有れば病院にも送って貰えるし」と言葉を掛けた。
 父親も免許を持っているが、足が不自由になりクラッチ操作が不便になっていたので、麻子は「オートマ」に乗り換えるように言ったが「俺は、あんなのは車じゃない!」と言い、買い換えるのはいつもギアー、ブレーキ、クラッチがあり、車体の先にサイドミラーが着いてる物だった。
  家事の合間を見て教習所に通い、麻子が免許を取ると「一生のお願い」をした訳ではないのに、子供達も乗れて両親も乗れるワゴンタイプの車を購入しようと父親が言い出した。販売店の営業マンを呼びパンフレットを出し説明を始めた。「お父様の様なサイドミラーは今は製造されてなくドアミラーになるんですよ」と聞かされ「教習所はオートマでドアミラーでしたから」と言うと「6人乗りになりますと…… 」とワゴンタイプを広げ「車の納税も」っと麻子が言うと「俺が払う」と父親が言い出し「年金暮らしなのにバカ言わないでよ」と母親が怒鳴る。
 その後、父親と何社か周り「デリカ、スターワゴン」を父親の愛車を下取りにだし、購入を決めた。もちろん麻子の貯金では足りず「パート」で分割をする事に決めた。パート先はボクシングジムで掃除、子どもジムの指導などで空き時間には自分のトレーニングに当てていた。
 パートを良く思ってなかった母親が「咲希達が可哀想と」言うので「居ない間のスキマ時間だから平気だよ」と言っても「主婦は家に居るべき」の考えの母親が、残った返済金を払ったのには驚いた。
「老後ってもんがあるでしょ!別にパートして誰かが困ってる訳でもないし」と言うと「なんのためにお前が小さい時から節約して貯めてたと思ってるんだ、あのお金を出して私が困るとでも思ったか?」と母親が言う。
「おとうさん知ってるの?」
「まさか!あの人に言ったら悠々自適に暮らし始めちゃうわよ」と笑った。「悠々自適」車のお金を払っても悠々自適に暮らせるって事か、「葬式代もお前に迷惑かからないように貯めてあるから、私に何か有ったらこの通帳と判子を持って、定期預金はコレで生命保険は…」と次から次えと出して
が「あの人(父親)に渡ったらお前に残したお金も一銭も渡さないだろうから、お前が管理してくれ」と母親が言った。そして私名義の通帳と判子を手渡された。その金額は、今の麻子には到底貯めれるような額では無かった。
 「グォーー!」っと怪獣のようなイビキでコタツに入って寝ている父親は、まさかこんな話を母娘でしているとも知らずに寝ている。「私が死んだらあの人はボケるよ」と母親が呟く、「ん…んーん」と父親が起き、慌てて通帳と判子をバックに仕舞う。
「あんた!台布巾洗ってきて」そう言うと父親にコタツの上にあった台布巾を投げるように渡す。渋々と台所に行きシンクで洗っていると「その汚い手(日焼けをして色黒の手)も次いでに綺麗に洗ってきな!」と言うと「汚ぇ汚ぇ言うな」と台所から怒鳴り声が聞こえた。ずり足で戻ると、「正月にでも旅行に行くか?」と父親が言った。
 雅志は相変わらず遅くに帰り、正月も休みが取れないので。
 咲希と陽菜と両親で私が運転する車で箱根で正月を迎えた。だか陽菜は落ち着きがなく、部屋を出ては旅館の中をアチコチと歩いて迷子になり、泣いている所を部屋まで旅館の中居さんに連れてこられた。
「本当に落ち着きが無いんだから、ウロウロしない!」と麻子が言うと「正月から怒らなくても」と母が陽菜を庇った。

 公務員で埋立地で働いていた父親は、幼い私と母親と毎年旅行に連れて行ってくれていた。先着優遇のようなシステムでホテルのパンフレットを渡され、行きたいホテルを会社に申し込むと格安で泊まれるシステムだったので毎年旅行先のパンフレットを見るのが楽しみだったし、旅行先の外で食べる食事にお金を惜しまない母親は「麻子が食べたい!」「このお店入りたい」など言うと暖簾を潜り店内に入る。
 そこはカウンターのお寿司屋だったり座敷の割烹料理屋だったりもした。普段から「行儀よく食べなさい」と躾されていたので、どの店に入っても麻子は落ち着いたお嬢さんで通った。
 ただハズレだったのは、民宿に泊まった事だった。
 優先に落選したのだ。
 窓を開けると目の前が海だったが、ベッドが無かった。自宅が布団だったのでベッドに憧れがあり民宿は、安宿に思えた。
 朝は、民宿に泊まってる子供たちと地引き網を引いたのは、楽しかった。捕った魚は刺身で出たが「タイの湯引き」が付いていて麻子は箸が進まなかった。魚には鱗が有るのが当たり前で、避ければ済むことだったが、父親がふな釣りをしていて鯉を釣ると持って帰って湯船に入れていたのを見てから「鱗」は気持ち悪いイメージしかなく箸が止まってしまった。
 「あら、お嬢ちゃんお刺身嫌い?」と女将が言ったが「鱗は嫌い」とも言えずに居ると、奥から「焼いたアジの干物が出てきた」家で見るのと全く違い、大きく肉厚で脂が乗っていて、ホクホクとして箸が進む、小柄な麻子はアジだけでお腹が膨れた。
 水着に着替えて海に行くと、同じ民宿に泊まっていた家族も居た。母親達は砂浜にシートを敷き、私と民宿に泊まっていた男の子と父親達でゴムボートを借りて私達をボートに乗せ、しばらく深場まで行くと一緒に乗っていた男の子が悪ふざけでボートを揺らし私は海に落ちた。


「ゲボっ……うわーーーーん!」
気がつくと、砂浜で横になり父親が傍にいて母親も心配そうに私を見ていた。
 同乗していた男の子は余程怒られたのか、泣き叫けび何度も何度も「ごめんなさーーーい」と泣いてた。
それ以来、麻子は海が嫌いになった。

雅志

 バレンタインの夜遅くに紙袋を持って、雅志が帰宅してきた。
中身は見なくても分かっていた「女からのチョコ」雅志は「貰っんだけど甘いの好きじゃないし、咲希達食うだろ 」と言って袋をテーブルに置いた。
 中を見ると、買ったようなチョコと、いかにも手作りのようなチョコがあったので、そのチョコをつまみ出し「何これ?」と言うと「あー手作りしたからって店の奴らに義理チョコ渡してたな」と言った。「義理チョコねー」
と麻子が言い冷蔵庫に袋ごとしまったが。
雅志に「せっかく手作りなんだから自分が食べれば良いのに、愛情が入ってるかもよ?」と言うと「ただの義理チョコだよ」と貫いた。携帯電話と言う「パンドラの箱」を開けて中を見た麻子には、雅志に魅力を感じることも無くなり、子供たちに触られるのも、体を求められるのも身の毛がよだった。 毎回「生理」を利用したり、2人の子供にピッタリと着いて寝たフリをしていた。
 他にも何か有るのでは?と思い、雅志のバックから横長の財布を開くとディズニーランドのチケットの半券が出てきた。「楽しかった思い出は大切に保管かよ」財布を戻した。
 小6の咲希は自分の部屋が欲しいと最近は言うようになり、2Dkのアパートが狭くなってきた。
 陽菜の散らかし様が日に日に酷くなる、今まで人形で遊んでいたかと思うとお絵描きを始め、気がつくとテレビを見ている。
 大人しいと思ったら、テレビをつけたままアパートの外で友達と遊んでいる。宿題も連絡帳に書いてこない事が多く、宿題をやらない子として担任に印象が着いてしまった。洗濯物も畳んで仕舞うように言っても脱いだ洋服と一緒にしてしまうので陽菜の洋服は麻子が箪笥に閉まっていた。
勉強道具も机の上に放りぱなしで、塗り絵や色鉛筆、文房具などで散らかり。手紙の山も机の引き出しから、はみ出してる。クローゼットには詰め込んだおもちゃが1つの箱に山積みになっている、これを咲希と陽菜のおもちゃに分けて仕舞い直す。
片付けると「どこにしまった!」と陽菜は癇癪かんしゃくを起こす。
やはり少しでも広い所に越したいと思った。でも広ければその分、散らかす範囲が広くなると思うと気が滅入る。 「なんで陽菜は、だらしがないのか」以前も「本は本棚にしまって」と言うと「分からない」と答えるので「もう小5なんだから頭使いなさい」と言うと、頭に本を付けたのには呆れた。
 咲希は陽菜と正反対で整理整頓はする、洗濯物も自分のは自分で仕舞う、宿題もする、1つ遊ぶと閉まってから違う遊びをする。ただ咲希は1人が好きな子で、学校の休み時間も読書をするのが好きで教室に1人で居ることを担任が心配して「友達と遊ぶように」促すが「1人が良い」と言い張り「イジメられているのか?」尋ねられた事もあった。
「人の言葉に左右されたり、遊びたくない遊びに付き合うなら1人が良いと」小6とは思えない言葉が口癖だった。
 集団行動が嫌いで遠足、運動会、2泊の移動教室など練習はしても、ドタキャンをする事は6年のうちに何度もあった。
 陽菜は友達作りが上手だが、長続きしない。嘘癖があり友達が離れていくのだ、他に気が合う子が居ると今まで仲良かった子をスパっと切って新しい子と遊び出す。そして、この頃から陽菜が万引きをするようになり、何度お店に頭を下げに行ったか分からないほどだった。「陽菜が手癖悪くて今日も万引きして…」と雅志に言うと「お前が、そう育てたんだろ」と笑って「面倒臭い子育ての話しは聞きたくない」と顔に出ていた。
パートのジムは唯一救われる場所だった。
 
毎日のパートではなく、ジムに小学生の子どもが来て基本を教え指導するだけだったので、週に3回程のパートだったがトレーニングしたい時は、昔からの付き合いで無料でジムを使わせてくれた。
 その日もジム向かった。
 池袋の東口は昼間は賑やかだ、ジムには行かないで映画でも観て帰ろうか?と、映画館に向かうと見覚えのある男と若い女性が腕をからませて映画館から出てきたのを見て麻子は、咄嗟とっさに隠れた。
 雅志だった、隣の女性に見覚えがあった。
 誰だっけ?どこで?
 「いらっしゃいませ」その言葉の声の音が記憶を戻した。1度行った、雅志が働いているスパの受付に居た子だ。「居た子」の言葉が過ぎったのは麻子より年下だったのが分かったからで年上なら「居た人」もしくは「居た女性」となるだろう。
麻子は何もせず、ただ池袋から自宅に戻り、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを出しラッパ飲みすると、結婚指輪を外し生ゴミの入ったゴミ箱に捨てた。
 自宅に帰ってきた雅志は麻子の手に指輪が無いことにも気が付かない。
「ママーこのお菓子食べても良い?」咲希と陽菜が浮気のミッキー缶を開けて持ってきた。「掃除したからやめて」とぶっきらぼうに言うと「こぼさない様に、ゴミ箱に顔近づけて食べるからお願い」と2人が祈るような顔で言った。麻子は2人を見つめると、今まで自分が良かれとしていた掃除は子供に気を使わせていたと悟った。
「お前がこぼすからって口うるさく言うから、こんな性格になったんだろ」と、雅志が言う「お前の浮気との思い出のお土産を食べさせたくないんだよ!」と怒鳴りたかったが「そうね私1人で育ててるからね」と麻子が嫌味を込めて言った。
次の日、麻子が1人でくつろいでいると家の電話が鳴った。
「はぁ…学校で陽菜何かやらかしたのかな」と子機を取ると「雅志さん居ますか?」と男の子声が聞こえた。
 次に麻子は浮気相手の旦那?若しくは彼氏?でも家の電話分かるわけないし等と、しばらく無言で居ると「すみません。店の者なんですが、今日宴会が入っていてコースの料理変更があって何にすれば良いのか聞きたくて、携帯も繋がらなくて連絡したんです」と受話器越しに話しを聞いた。「雅志は今朝、仕事だと言って家を出てるけど、行ってないなら受付の人と一緒に居るから携帯にかけて」っとバラしてやろうかと思ったが「さっきタバコを買いに行ってまだ帰らないから、パチンコかもしれませんね」というと「パチンコですかぁー」とため息混じりに相手が話して「分かりました。すみません」そう言うと電話が切れた。「仕事じゃねぇのかよ」その日、雅志は子供が寝静まる頃に帰ってきた。
「職場から聞きたい事が有るって家に電話きたよ」と言い「職場に浮気がバレたんじゃないの?」と麻子が言った。
「何言ってるんだよ、少し遅れて仕事場に行ってるから」と雅志は言ったが麻子には、どうでも良い事だった。子供の誕生日も仕事と言って遅く帰る。最悪な父親としか思えなくなって来た。違う日には「店で飲んだから泊まる」とメールが有れば。
 無断で朝帰りを幾度どなくするので、午前2時を回ったら、鍵とチェーンをして眠る。そんな事を何度もこの先繰り返すのか…深い溜め息が出る。
 そんな日々が繰り返されたある日、家の固定電話が鳴った。
 出ると「矢野様のお宅でしょうか?」と女性が言った一瞬躊躇ったが「なんの用でしょう?」と聞くと「矢野様のご利用金額の返済期限を過ぎてもご入金の確認が取れないので…」と言われた。借金返済催促だった。
「すみません幾ら借入してるんですか?」と聞くとすんなりと「100万の上限までお貸ししてます。」と教えてくれた。
「分かりました本人が帰宅したら伝えます」とは言ったが、麻子はあえて言わなかった。使い道はだいたい検討が着いていたからだ。借金してまで浮気するほどいい女なのかよ…と麻子は雅志にウンザリした。



帰国していた優子と携帯で話していると、雅志が帰って来た。普通に帰ると、邪魔な存在に感じる。2人の時間を過ごしたくなく、優子を飲みに誘った。
 優子はアメリカに在住しているので、帰国すると旦那の実家か優子の姉の家に帰っていた。
 
その日の夜は、小雨が降っていてタクシーで西新井に行き、東口のロータリーで待ち合わせする、優子は変わってなく美人で優しい目をしてた。お互い、再会を喜び歩きながら麻子は雅志の事を順を追って話した。
「浮気かぁ…麻子相手に良くできるよな。相手は知ってるの?」と水溜まりを避けながら優子が聞いてきた。
「何を?」「何をって所帯持ちって事」「あー1度職場に行って会ってる
」と言うと「会ってるの!」とびっくりして聞き返す「その時は、浮気してたのか知らないけど」と麻子が付け加えた時に店に着いた。「あ!この店」と麻子が言うと優子がドアを開け「うー寒い」と優子が行って先に入り「雨って嫌い」と麻子が入る。
 店内は賑やかで満席に近かったが「ハイそこ詰めてー」と見覚えのある女性が手を左右に振ると、カウンターに2席空きを作った。
 千紘だった。
 千紘には子供が二人居て、次男が障がいを持っていると話しをしてきた。優子は久しぶりの日本の飲み屋に浮かれ気味で、カラオケをしようと誘ってきた。麻子の隣の匠に千紘は子どもの障がいの相談をしていると言ったので、優子が歌っている間に、陽菜と咲希の話しをすると「発達障害かもしれない」と言われ「発達障害?」と初めて聞く病名に戸惑った。
麻子が中森明菜の「ミ・アモーレ」を歌い終わると、匠が「週末にまた飲みませんか?」と誘った。それは麻子が発達障害に戸惑い悩んでいるのを感じ相談に乗ろうと匠の優しさでもあったが、千紘に「コソコソ話ししない!」と釘を刺された。匠が帰り際に名刺を麻子に渡し店を出た。
 優子が「ナンパされた?」と聞いてきたので名刺を見せると「児童障がいディサービス 「この指とまれ」主任 緑川匠」と書かれていた。
 千紘が「あー匠先生の名刺か、相談すると良いかもね」と言うと「アメリカは子どものカウセリングが早期からあるからね。学校にもカウンセラー居るし。日本は遅れてるよ」と続けた。
 店を出ると雨は上がって蒸し暑さがあり、どこかでセミが鳴いていた。
 家に帰り名刺を見ては咲希と陽菜を交互に見た。「寝顔は普通なのに…」
発達障害ってなんなんだろうと考えるだけで「障がい」の言葉だけが、麻子をネガティブにさせた。
 パソコンも高価な物だったので今のように調べる事は出来なかったが、ジムに行けばパソコンが有るので調べることが出来ると思い、翌朝ジムに行き「発達障害」を調べていると、内容の殆どが陽菜と咲希の事を書いてあるとしか、思えない程に当たっていた。
 背中から「発達障害?」と声がして、振り向くとオーナーだった。
 オーナーに子どもの事を話し、匠の名刺を見せると「今は難しい世の中なんだな、で麻子の子供も、この発達障害ってのに当てはまるのか?」麻子は全てが当てはまるので、今にも泣きたくなったが「うん」と頷くので精一杯だった。
 この日はトレーニングもせず帰宅をして咲希と陽菜の帰りを待った。
 元気に「ただいまー」と帰ってくる2人 、病人には見えない、緑川さんの言うことは間違っていて検索した内容もこの2人には当てはまらないのでは?と思ったが。
 話しをしている時の落ち着きがない陽菜と読書を好み友達の誘いを断る咲希、直ぐに癇癪を起こす咲希、色々と当てはまる。
 ピロロン 麻子の携帯にメールの着信音が鳴った。慌てて携帯を見ると雅志からで「今日遅くなる」とメールが来た「咲希と陽菜の事で相談がある」と送ると「明日仕事から帰ったら聞く」と返信が着た。
「今日遅くなる」じゃなくて「今日は帰らない明日帰る」って事か…溜息が出る。
 「緑川さん お忙しいところすみません。「微笑み」で千紘の同級生で以前、隣に座った麻子と呼ばれていた矢野です。あれから自分で、発達障害について調べました。やはり娘達は発達障害だと謎めいていた不安が紐解けました。次のステップやアドバイスが有れば教えて下さい」とメールの文章を打ち終わると送信ボタンをためらった。
 これを送れば何かが変わる代わりに何かを失いそうな怖さがあった。
 発達障害を受け入れる事の難しさが麻子には出来ていなかった。
 次の日の夜遅くに雅志が帰ると、麻子が「咲希と陽菜の事なんだけど」と話し出すと「風呂入ってから聞く」といって洗面所に行くので、着替えと下着を持って洗面所に行くと雅志が麻子に背中を向けシャツを脱いで手渡した。  
 麻子は愕然とした。
雅志の背中にキスマークが2個着いていたのだ… 。
 麻子は、咲希と陽菜の布団に潜り匠にメールを送信した。

千紘

 麻子は「微笑み」で匠が来るのを待っていた。千紘の次男は国指定の難病障がいで「この指とまれ」に小学校が終わると放課後ディサービスで利用している事を話してくれた。
 その施設は発達障害の子どもや、親が育児放棄している子供を預かり養育していると聞いた。
 ガラガラっとドアが開き、匠が入ってきた。「すみませんお疲れのところ」と麻子が言うと「大丈夫ですよ」と優しい笑顔で答えてくれた。
「自分なりに調べたと有りましたけど」っと言われ「パート先がパソコン有るので検索して」と答えると「あー成程、発達障害は3歳頃には症状が見え隠れするので、早期に見つかればケアも色々とありましたが。矢野さんの場合は、お子さんが幼少期の時はまだ、発達障害と言う言葉…病名が無かったから不安でしたでしょう」と言われ「あの時…幼稚園の頃に分かっていれば少しは変わっていたのでしょうか?」と尋ねると「そうですね。少なくとも1つ1つ出来ないが出来るに繋がり、失敗経験を繰り返す事より成功経験を積め褒める事で本人も自信が着いて矢野さんも失敗を攻めるより、子どもの出来た事を褒めるように繋がったかも知れませんね」と匠が話す。
「小6と小5では治療は無理なのでしょうか?」と尋ねると「本人の出来ない辛いを出来るに変えるのには、親御さんの見守りや努力にもよります。」匠は親身に話しを聞いてくれアドバイスもしてくれた。「良かったら放課後ディサービス通わせませんか?」そう聞かれ「娘達になんて言えば良いのか…」と言葉を濁し「何故、発達障害は知名度がないんですか?」と続けた。
「日本においては、子どもの心療内科の遅れや、理解力、専門知識を持つ医師が少ないんですよ。僕もハッキリ言ってアメリカで学んで日本に帰ったら知られているのは主に、自閉症や知的障害等で発達障害に関する日本の論文は少なくて手探り状態が今の現状ですね」
黙って聞いている麻子に、千紘が「見学だけでもさせてみたら?」と言ってきたが「私だけ見学して家で、その養育?をする事は可能ですか?」と聞くと「構いませんよ?」と言われホッとした。
 次の日ジムに向かいトレーニングをしていると子ども達がやってきた。
 その中の1人の子供に目が止まった。
癇癪を起こし暴れ泣いている、その子の傍により様子を見ていると、好きな色のグローブを違う子が使っている事に癇癪をしていたのだ。麻子はその子に「黄色のグローブが使いたかったんだね、今日は黄色がないから黄色の縄跳びしようか?」と声をかけると、黙ったまま下を向きしばらく沈黙が続き「うん」と頷いた。
  この子も発達障害なのか?
 練習が終わり親が迎えに来た時に、家での様子を伺うと陽菜と同じだった。
 自分だけではなかったと思い緑川の施設の見学を申し込んだ。
 見学をして愕然とした2歳児から小6まで通っている施設で「騒ぎ出す子ども」「教室に入らない子ども」が多かった。施設は給食は無く、親の作ったお弁当を持参するが、弁当箱にアンパンが2つ入ってるだけの子もいた。
 麻子が立ち止まり見ていると「センセイ?」と聞かれ「違うよ、みんながどんな事をしているのか見に来たの」と言うと「折り紙出来る?」と手渡され、陽菜によく作ったキャラクターの顔になる折り紙を折り、持っていたペンで似顔絵を書いてあげた。「見て見てー」と他の子に折り紙を見せると、他の児童も折り紙を持ってくるので保育士の先生が呼び戻し「折り紙作り」を始めた。「矢野さん、子育てからの経験で児童と向き合ったパートしませんか?」と緑川が唐突に聞いてきた。「え?何の資格もないですよ」と笑って答えると「ここで学んだ事を家庭で育児に役立てることが出来ますよ、それに2人のお子さんを育ててる経験も強みですよ。通いながら資格援助もさせて貰います。」
 麻子は悩んだが資格が有れば…と思い
ジムと掛け持ちで、緑川の働く施設で働くことを選んだ。
施設は、足立区梅田にあり、車での通勤も可能だと説明され。
 週に3日働き咲希と陽菜が学校を終えると車で迎えに行き施設で待たせた。
陽菜は施設に通っている小学生と仲良くなり「通いたい」と言い出したが、咲希はうるさいのが嫌でパーテーションを付けた場所で読者や宿題をやって過ごし、私が仕事を終えるのを待った。「稀に僕が、面談して通園の許可をこちらから取れるようにさせてもらうケースも有るので、咲希ちゃんと陽菜ちゃんもこちらから手続きしますよ?」と話しを持ちかけられた。
 帰り道、車の中で施設の話しを2人に聞くと「陽菜は通う!」と良い、咲希は無理かと思ったが、本が沢山あるのとパーテーションが気に入ったようで、少し間を置いてから「通ってみたい」と言ってきた。ただ問題なのは親子で同じ施設に働き登園出来ない事だった。
「今日はママ居たけど、通うならママとは一緒じゃないんだよ?」と説明すると、少し悩んだ様子で沈黙になり「大丈夫」と2人は言った。
緑川と相談し、陽菜と咲希は梅島の支援学級に通うことになった。
 麻子は「池袋でジムの仕事をしている」と伝えていたので、池袋にある未就学児を預かる施設に、週に3回通うことになったが、面接に行くと「事務の経験があるんですよね?パソコンの入力など出来ますか?」と聞かれ「すみません、事務じゃなくてボクシングジムなんです」と言うと「あージムね」と、苦笑いされ「今はパソコンができる人も少ないから、少しづつ覚えくれたら助かるのでお願いします」と言われ池袋の施設で働く事にした。

志穂

 雅志は麻子がパートしてる事も気がついていない、と言うより夫婦としてお互い終わっていると麻子は思っていた。「パパ、陽菜ね新しい教室でお友達出来たよ」と言うと携帯を片手に「新しい友達は大切にしないとな」っと言った。「咲希は本が沢山あるから教室が楽しい」と言うと「図書室か?」とトンチンカンな会話を始めた。
「以前言ったでしよ発達障害の話し、放課後に預かってもらってるの、私は池袋の施設で働いてる」と話した。「はぁ?何で?相談もなしに!」雅志が強い口調で言い出した。

翌朝「陽菜、咲希、学校の支度して。一緒に登校してね」と言って、2人を玄関先まで見り朝食のあと片付けを始め家事をしながら、雅志に「あなたは家には興味無いでしょ!子育ても」と言うと「俺は咲希達の父親だぞ!障がいだのって、詳しくも聞いてないし」「大事な話があるって言ったの覚えてないよね?外泊したり、後で後での後回しじゃない」と麻子が言うと「仕事の付き合いなんだから」と言った所で「志穂」と麻子が言った。雅志は何で知ってるのか?と目を泳がせ口をモゴモゴとさせた。
「いつから付き合ってるの?」麻子は吐き気に似た気分になりながら聞いた。「最初は、彼氏の相談からだった…」麻子は黙った。記憶を辿るとヒモ男と付き合ってる子の相談に乗っていた事を思い出し、あの辺からディズニーランドの手土産が増えていた。
「相談に乗ってたのも嘘だったの?」
雅志は、何も言わなかった。
私は、ただのバカだ。麻子は心底思った。
夫の不審な朝帰りも手土産も1つに繋がった。

雅志の手から携帯を取り上げ麻子は履歴から「志穂」に電話をした。
 雅志は取り返そうと慌ててると「はーい、おはようー」と女の声が聞こえた。
「おはようございます」と言うと「誰?」と言いたそうな沈黙があり「矢野がお世話になってます。矢野の家内です」と言い「あなた主人が、家庭の有る人で、子どもも居る事も分かってて付き合ってたの?」と聞いた。「はい…家庭がある事もお子さんが居ることも聞いてます。」麻子は賭けに出た「それで1泊の旅行やディズニーランドに行ったりしてた訳?」と聞くと「はい」と答えた。雅志は、下を向いたままだった。
仕事に行くふりをして無断外泊してたのは1泊の旅行だと分かった。
「一人暮らし?」と聞くと「はい」と答えた「じゃーそちらに、泊まってた訳ね」「はい」麻子は自分が冷静に「浮気相手」と話しているのを自分でも驚いたが、携帯を持つ手は震えていた。「主人、もう我が家では用済みなので、あなたに上げますから。同棲でもなんでもして下さい」そう言って携帯を雅志に渡した。
 「ごめん」と雅志が携帯に向かって志保に謝り、携帯を持ったままリビングから移動した。それは、志穂に終わりを告げる「ごめん」なのか、バレた事に迷惑かけて「ごめん」なのか分からないが志穂にしてみれば、いつかは終わる恋愛で、それが今なのか、バレても隠れてスリルを味わう恋愛を続けるのか、どちらにしても麻子は興味が無い事だった。「男と女の恋愛関係」は結婚すか別れるかのどちらかで、別れても「友達でいようね」ってのは、互いに「都合の良い関係」であると麻子は思っていた。
 次の日、志穂は職場を休み雅志にメールを送っていた。
「奥さんにバレてたんだね、昨日は大丈夫だった?私仕事辞めるよ。雅志さんは養う立場だから辞めれないでしょ。ごめんの意味は聞かないでおく、楽しかったし本当に愛してた。さようなら」雅志は同時に何かを失った事には気がついてない。
 志穂は、「今月で退職します。」と職場の仲間に伝えた。「何で?どうしたの急に」と言われたが「浮気してました」とは言えず「友達がカフェをやるので一緒に働いて欲しいって前から誘われてて」と嘘をつくしか無かった。しかし、二人の関係は続いて、雅志の朝帰りと無断外泊もしばらく続き「志穂の当てつけ」を耐える事にも限界になり、離婚届を取りに行き麻子の欄に全て記入し、メモに書いてあった志穂の携帯に電話を掛け「矢野です。主人と変わって下さい」と告げると「雅志さんの奥さん」と声が聞こえ、雅志が「もしもし」と出た時に現実だった事に再確認させられた。「離婚届書いたから帰ったらサインしてね、破いても貰えるだけ貰ってきてサインしてあるから無駄よ。今日は帰ってこないで。」と言って携帯を切ると叩きつける様に置いた。
 「奥さん何て?」と志穂が興味本位で聞くと「俺たち今日で最後にしよう 。」そう言うと「やっぱ…家庭が1番大切だよね。お揃いで揃えたのが沢山あり過ぎ」と笑って、大粒の涙を流した。雅志は抱き寄せようと志穂の肩を引き寄せようとする。
 その手を志穂は払い涙を拭いて「帰って」と一言言って終止符を打った。
 雅志が玄関に行き靴を履いていると「ガチャン」と何かが割れる音がした。雅志が部屋に戻ると割ったグラスの欠片を片手に、持ち今にも手首を切ろうとしている志穂が居る「何やってるんだ!やめろ!」とガラスの破片を奪うと、泣きじゃくる志穂は「別れたくない別れたくない」と雅志にしがみつき、雅志は志穂を落ち着かせる為に「ここに居るから」と言う。
 雅志の手は志穂から奪ったガラスの破片で手のひらを切っていた。
 志穂は雅志の手の傷を手当しながら「この手が大好きだった…大きな手が」と言い、二人は何かを話すでもなく朝まで寄り添いながらソファーに座り、朝日が登り朝焼けを見て「2人で見る最後の朝焼けになるのね」と志穂が言い「これからは、もっと私だけを愛して大切にして1番にしてくれる人と幸せになる」そう志保が言って、軽く口付けをし「もぅ大丈夫だから帰って」と言い、雅志は志穂のアパートを後にした。
 雅志は、志保が心配になり、そのまま志保のアパートの駐車場に置いた車の中で仮眠をして職場に行くと、何も無かったかのように受付に志保ともう1人の受付担当のパートの女性が立っていた。「矢野さんおはようございます。」「おはよう」普段の挨拶だが、もうそこには、2人だけのアイコンタクトは無かった。
 
志保は、仕事を辞める前に北海道の実家に衣類の殆どを送っていた。母親に「いきなりこっちに戻って住むって、なしてさ?」と親に言われたが「雪が懐かしくて…」と言い「何が雪だぁ、雪嫌だって東京に出たの志穂だろ」と言われたが、何かあったんだろうと察した親は黙って理由も聞かずに「こっちで働け」と言った。

お義母さん

 雅志に「やり直す気は絶対にない」
「何年経とうと2度と、あなたを愛することもないし、子供たちの父親でいて欲しくない、離婚届にハンコ押さないなら子供たち連れてアメリカの優子の所に行く」と雅志に言う。
「学校はどうするんだよ!」雅志が言う「あなた本当に呆れた男ね、子どもの学校の心配より自分の心配したら?育児に興味無いくせに。借金は返済してないでしょ?」
「何で借金の話しになるんだよ」
 麻子が借金の事を知ってるのに驚いたが、立て続けに麻子に「返済終わってないんでしょ?」と聞かれ。
「終わってないけど…。」と言い
「その手の傷も自殺しようとした彼女と揉み合いになって切れたんでしょ?」何故それを?と驚いた顔をしていたので麻子が続けて言った。
 「私の失敗よ、自分の携帯で非通知にしないでかけたから、相手に番号がばれたの。今朝、早い時間に電話が着て「昨夜、私が自殺しようとしたら必死に止めに入って怪我をさせてしまいました」って態々教えてくれたわよ。」
 「別れても子供たちには会えるんだろ?」雅志は低めの声で聞いてきた。「子ども達が会いたがればね」麻子は目も合わさなかった。

雅志は、深い溜息を吐き、覚悟を決め離婚届にハンコを着いた。
 麻子は子ども二人と暮らすために3LDKのマンションを探した。新築では無いが、リホームされキッチンも広く南向きのバルコニーで陽菜と咲希の部屋も分け与えられるので内心では、ここで住む事を決めていたが、自分の両親に特に母親に言っていなかったので内見の後に実家に寄った。そこで初めて雅志が浮気していた事と役所に提出すれば離婚が成立する事を告げると「あんなバカに惚れるのはお前ぐらいだと思ってたけど、他にも居たんだな」と軽く笑った。「私もね、お父さんとは2度目の結婚なんだよ」と初めて聞いた。「お父さん知ってるの?」「さぁね結婚する時に離婚歴有るって言ってないし」なんなんだこの両親はと、麻子は思った。
 雅志の引越し先が決まるまで、別居夫婦のような生活が続いた。
 咲希と陽菜も何となく両親が不仲なのに気がついていた。
 「ママ、パパと別れるの?」それは4月、中学になった咲希の言葉だった。
 夕飯時で、咲希と陽菜と3人で食事をしている時だった「陽菜は、ママが笑顔でいるならパパと別れてもママと住むよ」と言った。
「ママ笑顔じゃなかった?」と聞くと「いつも何か考えて難しい顔だねって陽菜と話してた」と咲希が言った。その言葉を聞き「パパと離婚する事になったの、今は一緒に住んでるけど…ママね3人で住むのに新しいお部屋探したの、学校も通える場所でおばあちゃん家にも自転車で行ける距離ぐらいの所に」と言うと「お部屋は有るの?」と陽菜が聞いてきた「咲希と陽菜の二人とも1つづつ部屋が有るよ」っと言うと、パパと別れる寂しさよりも部屋を持てる方に喜んだ。
 麻子はボクシングジムで、子ども以外にも、若者にコーチとして教えて行った。ジムでトレーニングをすればする程、昔の麻子に戻って行った。ジムのコーチを上回るほどのボクシングスキルが身につき「もう少し若ければ、デビューできたのにな」と言うのがオーナーの口癖になった。「主婦相手にダイエットボクシングを宣伝して、やりましょうよ? 昼間から池袋に来る主婦なんて暇してるんだから」と提案したのは麻子だった。ジムに居るイケメンを数人集めビラ配りをさせ、数日もするとジムの電話が鳴り始め「ダイエットコース」が始まったが、麻子が指導に入ると「あら…あの子じゃないの?」と言わんばかりの顔で男の子を見た。
 「彼らはボクサーなので筋肉ムチムチな身体にダイエットさせられますよ」と麻子が笑って言うと、赤面した主婦が「身体は引き締めたいけどムチムチは嫌だわ」と笑った。


 若者の育成が麻子の担当になり、口の上手いコーチが主婦のダイエットコースに着いた。
 オーナーが言うには「女性に習うより少しでも厳しいコーチにお願いしたい」と奥様のお願いが有ったと言う、「お前のが厳しいのにな、やっぱり男に教わりたいんだな」とオーナーは笑って言った。


 日曜に雅志のお義母さんが尋ねてきた。何の用で来たのかは分かってる、雅志が離婚した事を伝えたのだ。
 久しぶりに遊びに来た祖母に、陽菜と咲希は喜んだ。中学の咲希は「何で来たのか?」と言わんばかりに幼少期と違って祖母が、うっとうしく感じ「咲希咲希」と呼ぶ祖母の声に視線だけ向けたが、陽菜は中学になっても祖母に甘え背中に寄りかかったり、あやとりをしたりして遊んでいた。夕飯も家で食べさせても、雰囲気が暗く悪くなるのが嫌で、家の近くのファミレスに行き食事を済ませ、店を出るとそのままお義母さんとバス停まで4人で歩き、見送った。
家に着いてしばらくすると携帯に電話が鳴ったので、画面を見ると「お義母さん」と出ていた。お義母さんが来てから離婚の話しにならないようにしたり、食事していたが、やはり電話が来たか…。
「はい、麻子です」と言うと「お前なんて事してくれたんだ!」と今にも泣きそうな声でお義母さんが話してきた。
「雅志がなにかしたのか?」続け様に聞いてきたので「もう、何年も前から1人の女性と半同棲のような形で無断外泊、旅行、金融に借金までして付き合ってるんですよ」と言うと「考え直してはくれないのかい?」と聞かれた。
「お義母さんは子供たちにとって、おばあちゃんに変わりはないので、この先も咲希と陽菜に会ったり、お義母さんの家に夏休みなど泊まりに行かせたいと思ってます。」と言うと、安心したかのように「分かった」と言ってる声の裏で「4番線に電車が参ります。白線まで…」と聞こえ駅のホームから電話してきたのが分かった。
 どんな思いでホームに居たのだろう、ベンチに座っていたのか、立って居たのか背中を丸めて携帯に手を添えて話していたであろうと思うと、お義母さんに罪は無いのに悪い事をした様な気になり、せめて家で夕飯を食べれば良かったと後悔をした。

陽菜

 咲希が中学3年になり、施設にも通わなくなったのをきっかけに陽菜も施設の登園を嫌がり2人とも「鍵っ子」になった。咲希は相変わらず1人が好きで塾にも通わず高校受験の勉強をしている。    陽菜はイジメから不登校になり登校を嫌がったが「陽菜が悪い事をしてないなら堂々と学校に通えば良い、何か合ったらママが先生と話しをする」と背中を押して登校させていたが、池袋の施設に「矢野さん電話よ」っと言われ出ると陽菜の学校からで「陽菜の上履きと体育着が無くなった」と連絡があった。職場を早退して車を走らせ学校に着くと校長室に通された。
そこには担任、生活指導の先生、副校長、陽菜が居た。「どう言うことですか?」と麻子が聞くと「家庭科の授業の後に体育だったのですが、体育着が無く、体育館履きの靴に履き替え見学して、下駄箱に戻ると上履きが無くなっていました。」と説明を受けた。
「それで学校の対処は?」と麻子が聞くと、生活指導の先生が「警察に盗難届を出して…」と言うので「はぁ?警察に通報ですか?」と言い「クラスから犯人を割り出してどうするんですか?全校生徒の指紋取るんですか?それがこの学校の指導方針ですか?おかしくない?馬鹿げてます。陽菜は被害者かも知れませんが、相手は容疑者じゃありませんよ!」麻子は、今まで我慢してた何かが切れた様に口調が強くなった。「それに…」一瞬下に視線を落とし先生達を睨み「警察に委ねるってアタマおかしくねぇ?生徒と向き合えない学校だから、イジメもエスカレートするんだろ!」と思わず言ってしまい、失態したと思っが「とりあえず連れて帰ります」と言って陽菜を連れて自宅に戻る前に、ドラックストアに寄りヘアカラーを買い自宅に着くと陽菜の髪の毛を金髪に染めた。「明日から陽菜この髪の毛で行け」そう言うと陽菜はゲラゲラと笑い、学校から帰った咲希は「陽菜は不良になったのか!」と驚いた。次の日、登校時間を態とずらし登校させると1時間もしないで学校から電話が来た。この日はジムなのでオーナーに「陽菜の学校から呼び出されたから遅れる」と言い学校に向かった。
 2度目の校長室、生活指導の先生と担任と金髪の陽菜、陽菜と私は、笑いを堪えるのが必死だ。「今度はなんでしょうか?」と麻子が言うと「お母さん金髪は規則違反でして…」と言うので「イジメは規則違反じゃないんですか?」と言い返す、「昔はこんな髪の色の毛、わんさか居ましたよ。いちいち親何か呼び出さなかったし。1対1で生徒と向き合って、話しを聞いたり、共感したりして、生徒と信頼関係を得ようとしてましたけど、まぁ「先生に何がわかるんだ!」って反抗的な態度で変わらないヤツもいましたけど。根は優しい子達で最後まで先生も諦めなかったけど、この学校は向き合わず警察沙汰にする。先生は生徒に何を求めて何を教えたいんですか?」麻子は続けた。
「イジメた相手に尋問して、解決するとでも?それをするから、イジメられてる子はチクったっと言われ、もっとイジメが陰湿になるんですよ。馬鹿でも分かる。この金髪も「学校に不良が居ます。助けて下さい!」って警察に通報されたらどうですか?」静まり返った校長室で麻子の演説のような先生への偏見と惰性の指導を指摘した。「とりあえず今日も連れて帰ります。これは、規則違反なので」と言い車に陽菜を乗せジムに戻った。
 初めて麻子はジムに子どもを連れてきた。オーナーはゲラゲラ笑いながら「麻子の子供かー」と陽菜を見て笑った。「どうしたんだ、その頭」
「ママが染めた」
「昔の麻子にソックリだな」  
「え?ママが?」陽菜が横目で麻子を見る。
「何だ麻子、何も言ってないのか?」
「陽菜、オーナーは耄碌もうろくしてるから本気にしないでね」
「おやおや話し方も優しいんだな」
「陽菜、縄跳びしてみな」
 オーナーが誰が着たか分からないジャージを陽菜に渡す。
「勘弁してよ!」と、麻子が言うが陽菜は黙って着替え縄跳びをした。
「この縄跳び重い」「アハハハ同じ事言うな、やっぱ親子だな」とオーナーが笑う。  
 陽菜は縄跳びを片手に持ちジムを一回り歩いてある写真の前で立ち止まった。
 それは、麻子が10代の頃と思える顔つきで、オーナーと昔のコーチと3人で撮った写真で、隣の写真には麻子がサンドバッグに蹴りを入れてる写真があった。
 写真を見て、麻子を見て、また写真を見る。オーナーが「昔のママだぞ、凄く強かったんだ。約束も守ったしな」と言うと陽菜が「約束?」と聞いてきた。
「ボクシングは喧嘩に使うものじゃない、だから喧嘩しても相手を殴るな」って約束だ。
そう言うと「だからパパを殴らなかったの?」と聞き返し「パパ殴ったら確実に前歯が無くなるな!」とオーナーが言うと、陽菜はゲラゲラと笑いだした。「ママ強いのに何で隠してたの?施設以外の仕事ってココだったの?」と純粋に聞いてきたので「強さを隠すことは悪い事?」と聞くと、陽菜が首を左右に振った「私は強いんだぞ!って見せるより、普通に生きる大切さを学んだの、陽菜も普通が難しい様にママも普通が難しかったけど、練習すると普通が出来るようになる」陽菜は理解に困ったような顔をしたが「咲希に言ったらビックリするね」と笑った。
 普通に生きる。
それはどんな人も難し事だと麻子は思った。

麻子

咲希は都立の高校に合格し、翌年の春には、どうにか陽菜も都立の高校に入学したが、学校に行くふりをしては、欠席を週に何度も繰り返していた。
 朝は、学校まで車で送ることもあり、お嬢様気分で「サンキュー」と出ていった。
 家に帰ると3LDKが広く感じた。
 手が離れるってこんな事なのかと麻子は思った。
 咲希の部屋は相変わらず整っていて掃除がはかどったが、陽菜の部屋は、どうすればこんなに散らかるのか相変わらずだった。発達障害ADHDが原因なのは分かっていたので、綺麗に整頓すると、「無くなった」と騒ぐのを知っていたので、机の上に見えるものは分かるように置き、引き出しの中を開けるとスナック菓子の食べかけの袋や「学校に忘れた」と言っていた弁当箱が出てきた。弁当箱を出すと何かが落ちた、足元を見るとライターだった。まさかと思い引き出しを探すとタバコも出てきた。本人に聞けば「勝手に人の机触るな!」と怒るだろう、思春期だし親が掃除に入るのも嫌がる子供もいるし。
 麻子は悩んだまま施設に向かった。
 児童発達支援管理責として施設で働いていた麻子には、自分の子供すら療育出来ていない歯がゆさがあったが、「十人十色」個性も性格もそれぞれ違う陽菜は大丈夫だ!と自分に言い聞かせた。放任主義と言えば、その言葉で片付いてしまう、咲希が就職活動を始め陽菜は高校2年にどうにかなれた。
 仕事から帰ると、咲希が夕飯の支度をしている最中だった。「ごめん、今日新しい子が入所して…」と言うと、「もう高校生だし頼ってよ、女の子だし料理ぐらい出来ないとね」っとじゃがいもの皮をピーラーで剥きながら言った。「ありがとう」と言うとバタンとドアが閉まる音がして陽菜が部屋から出てきた。「女の子の料理って、じゃがいもピーラーで剥いてるだけじゃん、あーさては、カレーか!」とキッチンに入ってきた陽菜からタバコの匂いがした。
 「陽菜こっち来て」とリビングに呼びソファーに座らせ「陽菜タバコ臭いけど」と言うと、後ろを振り返り咲希を睨んだ。咲希は小刻みに首を左右に振っていた。
 「咲希も知っていたのだ」と一瞬で分かった。「2人ともタバコ吸ってるの?正直に言ってね」と言うと「私だけだよ、友達に勧められて」と陽菜が言った。
「その友達って誰なの!もう付き合うのやめなさい!」と言うのが、普通の親かもしれないが、麻子は「自分の体を大切にしなさい。吸うなら部屋で吸わないで、部屋をタバコ臭くなる為に陽菜に部屋を分けた訳じゃない!ママも換気扇の下で吸ってるんだから陽菜もそうして」未成年の喫煙を薦めてる訳でもないが吸うなら家だけで喫煙を許す事を約束した。
 陽菜の行動は日増しに素行が悪くなり夜中に帰宅したり髪の毛も茶髪に変え退学になり、家にいる時間を持て余してダラダラと時間だけが過ぎて行った。
 「学校辞めたんだからお小遣いは自分でバイトして稼ぎなさい!」
 麻子が言うと、黙って家を出て帰ってこなかった。家出したのだ。
自分もそれなりに悪さはしたが母親になって、子どもを心配する親の辛さが胸を締め付けた。「陽菜なら大丈夫だよ。友達の所で遊び呆けてるだけで悪いことはしてないよ」と咲希が言う。
 麻子は仕事の帰り毎日、車で陽菜を探した。
 若者が居そうな繁華街を探し歩いた。池袋、渋谷、上野、銀座、新宿の繁華街に行くと車を停め陽菜を探した。ここはマジやばい、変なのにナンパされたらタダで済まない、と麻子は必死に隈なく探した。

人通りの少ない道に入ると、「やめて!」脇道を通り過ぎた時に陽菜の声が聞こえた。
 「なんだよ今更、やらせろよ」
 「イヤやめて!」と陽菜が叫んだ、麻子はフードを深く被るとと同 時に、素早く近寄り陽菜に言い寄っていた20代近い男に「オイ」と背後から声を掛け振り返りざまに、男がすっ飛んだ。麻子のパンチが顔面に当たって「イッテェ…」と鼻を押さえた。鼻血を拭い体勢を整えている。
もう1人の男が「何だクソババァ」と拳を振りかざして掛かって来たが麻子に足払いをされ倒れ込む、直ぐさま立ち上がり腕を上げ拳を振りかざし掛かって来たが、麻子が頭を押さえ腹に数回蹴りを入れた。その場でうずくまり「ゲホゲホ」と咳をしている。顔を上げた瞬間に顔面に衝撃が走り痛みを感じる前に気を失った。
「ざけんじゃねークソババァ」と鼻血を出した男が刃物を出した、カッターだ!片手に持って掛かってきた。「ママーっ」と陽菜が叫ぶと「何だよママちゃんなのかよ」っと言い唾を吐いた。麻子は目を閉じ見開き男を睨んだ、男は怯み動きを止めたが、カッターを左右の手にヒョイヒョイとカッターを渡しもてあそびながら麻子に近寄ってきた。「邪魔しなければママは怪我しなくて済んだのにねー」と視線を陽菜に向けた、次の瞬間自分の手にカッターが無いことに気がつく「危ないな、工作でもするつもりだったの?」と麻子は言いながら、左肩を掴み男の腕を後ろに回し背後に立ち壁に押し付けた。「人通り少ねぇな、相方は肋折れてるから動けないぞ、伸びてるしな」と麻子は自分よりも20cmは背が高い男の背中越しに言った。「このカッターはお前の左右の指紋が着いてる」麻子が言うと「だから何だよ!」と、どうにか腕を抜けないかグイグイと暴れる男の膝を蹴り両足を開かせ、こう言った「私が持ったカッターで喉から動脈まで切ったらどうなるでしょうか?」「ガキの見てる前で殺す気かよ」「娘なら逃げてるよ、ここに居るのは、伸びてるヤツとお前だけだ」
「どうする気だよ!」
「耳の裏から首まで切ると凄い勢いで血が飛ぶ、20秒」とまで言うと「20秒がなんだよ」と聞いてきた「20秒で生きていくのに必要な血液が体内から吹き出て死ぬ」「殺人かよ」「馬鹿だな私の指紋も着いてるけどお前の両手の指紋も着いてるし、私には前科が無いから調べても名前が上がらない。お前が親指を下に持った状態のカッターを持ってる、つまり握った状態で首を掻っ切る、死んでも自殺の可能性にもなる、相方も気を失ってるから現場は見てない、幸い防犯カメラも無い場所選んでココに入ったのお前らだろ?返り血を浴びるほどのろまじゃねぇよ(実際は浴びるだろう)誰にも見られずに殺れる」麻子のハッタリが通用してるのか不安だったが相手も「俺の血は浴びるだろ」と言ったが、クソババァの俊敏な動きと気が付かないうちに奪われたカッターを思い出しコイツなら浴びないかもと思った。麻子を突き返すように1歩下がって見るが、カチカチカチとカッターの刃が出る音と同時に首にカッターの刃が当たる「やめろ!」男が叫ぶ、麻子は「今回は、犯そうとした相手が悪かったね」とカッターの刃を首に当てたまま横に引いた「ギャーーー!」と叫んだが何も感じない、パニックのまま男は恐る恐る首を右手で触る、切れてはいなかった、刃の背を付けられていたのだ。足元には、刃を引っ込めたカッターが、落ちていた。
 振り向くと相方は本当に気絶していた。
 相方の顔を見ると殴られた痕が有り大きく腫れ上がっていた、  気を失ったのだろうと分かった。なんだったんだ……2人の姿を見に大通りに出るが居ない。

 麻子はダッシュで走り車に乗り込んだ後部座席にはガタガタと震える陽菜が居た。

陽菜を見つけた時に、車の鍵を渡し「隙を見て逃げろ、後部座席で隠れてろ!」と言って逃がしていたのだ。陽菜はロックボタンを押しながら走りピピっと鳴った車を見つけ乗り込んだ。

 車内では終始無言で帰宅して、陽菜と口は聞かなかった。
 リビングでスコッチをロックで飲んでいると陽菜が隣に座り泣き出した。
 麻子は、陽菜の頭を撫で「陽菜」と言うと「ごめんなさい」と言うと、
「明日昼間のバイト探す。それから…」と躊躇い「妊娠してる」と言ってきた。麻子は、さっきまでの出来事を一瞬で忘れ、まだ高校2年なのに!子どもなのに!え?吃る様な口調で「あ…相手は?」と聞くと「高校の友達のお兄さんで25歳、保育園の保育士をしてる。1年ぐらい前から付き合ってた。」と言った。
「相手は知ってるの?」と聞くと頷いたので「1度連れて来なさい。その時に籍を入れるつもりで真剣に付き合ってるなら給料明細を持ってくるように。責任取れないなら土下座しにこさせろ!逃げたら住所と働き先を教えなさい」と言い、陽菜に部屋に戻るように言った。

 新宿で麻子にボコボコにされた2人は、警察に被害届も出せず病院の待合室に居た。「マジで顔面が痛えよ。あのババア何者何だ」と、顔が腫れ上がりアザがある男が言うと、脇腹を抑えながら前歯を無くした男が「知らねぇよ ヤバい仕事の女じゃねえの?あんな殺気持った目初めて見た。殴られて気を失うとか俺初めてだぞ。やべぇよ」と小声で言った。「お前映画の観すぎだろ」顔面が腫れた男が下を向いて言った。

殺されると思った男は、ジャンパーのポケットに手を入れると何かが入ってるのに気がついた。出してみると名刺だった。そこには麻子の名前の書いてある池袋のボクシングジムの名刺だった。意味が分からないまま、またポケットにしまった。


 2週間後、麻子の家に陽菜の彼氏が来た。正確には挨拶に来たのだ。
頭を下げ「陽菜さんを幸せにします。早い結婚になりますがどうか陽菜さんと結婚を許してください」と言い給料明細をテーブルに置いた。
 麻子は無言で明細を見ると、子供が産まれても暫くは陽菜も働かなくて済むぐらいの給料だった。
 「共稼ぎを反対する気はないけど、この子は」と言うと「ADHDの事は聞いています、助け合いながら絆を深めて陽菜さんの家庭のような暖かい家庭にしたいと思ってます」と言ってきた。
 暖かい家庭に麻子は、吹き出しそうに  なったが。
陽菜は得意げに舌を出した。

 麻子がおばあちゃんか、とオーナーがしみじみ言う、「俺も歳とったな」
 リングの上の麻子は汗を流しながら「曾祖父さんだ」と笑った。
ガラス越しに見覚えのある男が外に立っている、麻子は足を止めて外にいる男にグローブを着けたまま中に入れとクイクイっと手招きをした。
 それを見ていたオーナーが外に出て男を中に入れた。
 男の顔にはアザが薄ら残っていた。
 「なんだそのアザ、麻子にやられたのか?」と冗談めいて言うと「あーはい」と返事をした。
 「麻子てめえ!」とオーナーが麻子の胸ぐらを掴み平手打ちをした。
 「てめぇ素人殴りやがったのか!」
すると、男が慌てて「ぼ…僕がおばさんの娘さんをナンパして…それでその「ここでヤッちゃえって」感じになって…そこに、いきなりおばさんが現れて…気がついたら誰もいなくてポケットに名刺があって」と名刺を片手に言うと。
オーナーが名刺を取り「ヤッちゃえ!てのは犯すってことか?」と聞くと素直に頷く「どこまでバカなのだ」と麻子が思った。胸ぐらを捕まれオーナーと顔面がぶつかりそうな距離まで引かれ「こいつの娘はなぁ、俺の大切な娘でもあるんだ…」そう言うと、突き放され、オーナーは得意げに誰が着たのか分からないジャージを渡し縄跳びを男に渡し、「あそこに更衣室がある着替えろ。謝りに来ただけなら、このまま帰れ!」と言った。オーナーも麻子も着替えるだろうと思ってた。男は、自分が謝りに来たのか何故来たのかも分からない状態で着替えて戻ってきた。「俺が止めろって言うまで飛べ」と言って、男は何故縄跳をさせられるのか不思議に思ったが、何度が足が止まりながらも、30分は飛んだだろうか?息をする事すら苦しそうな男に「名前」とオーナーから聞かれ飛びながら「光輝こうき」と言った。暫くして「歳は?」と聞かれると「じゅう…きゅう…」と、もう何も聞かないでくれ!と汗だくで息苦しそうな顔で答えた。様子を見て「どうだ飛んでみて」と、オーナーが言う。「ハァハァ…つ…辛い……たの…しい…す…る」
オーナーが半笑いで「麻子こいつ見込みあるか?何か言うことあるか?」と、オーナーが麻子に言った。


「お前は不平等だ」と麻子は笑った。



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