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姉妹止めました
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「まあロレイズ様、ジョアンナ」
お二人が戻ってきたのは、出て行ってから一月ほど経った頃でした。
居どころは侯爵家から連絡があってわかっていたのですが、頭を冷やして帰ってくるまで待とうという話になっていました。
「……め、迷惑をかけた」
「お義姉様ぁ」
いつもぱりっと流行の衣服を着こなしていたロレイズ様も、さすがにくたびれた格好です。ジョアンナも、髪もお肌も艶がなく……ずいぶんみすぼらしくなりましたわね。
私の方も、今回のことで自分が如何に思い込みで動いていたか、情報共有がどれだけ大事か思い知ったところです。正直、何故気づかなかったのかと忸怩たる思いでした。
「……ジョアンナさん、アンナ夫人は離れで謹慎なさってますの。あなたの荷物も移してありますので、そちらへどうぞ」
「……お義姉様!?」
いえね、アンナ夫人……お義母様、と呼んでいた方がいらっしゃった時から疑問ではあったの。あの仕事の虫で、娘にさえ幼い頃から領地運営や家内の采配を教えて戦力にしようとなさるお父様が。あの方のように、何一つ自分で動こうとしない人を何故娶ったのか、と。
アンナ夫人自身は、自分が愛されているからだと信じてらしたようですけど。実のところ、お父様としては姻戚の未亡人なら、家政を任せる人材にできないかと思われたそうで。
また折り悪く、夫人たちがいらした時期に前後してお仕事が急にたいへん忙しくなったのです。
お父様は、王宮で宰相補佐官として国のために働いておられます。そちらで緊急かつ重大な案件が立て続けに起き、しばらく家のことが疎かになっていました。その間に夫人が子連れで我が家に住み込み、女主人然と振る舞っていた、ということらしいです。
取り急ぎ対外的にそんな振る舞いができないよう、家令にだけは話を通してらしたそうですが。うちの家令も、なかなかの強者ですから……。
一度引き取った者を追い出すには、何か瑕疵が無ければ、と目を光らせていたようです。
正直、アンナ夫人が女主人ならばお茶会も開催しないし招待もされないのでおかしいとは思っていました。お母様の遺品が仕舞われた金庫を開けることも出来ず、自分やジョアンナのドレスを仕立てることも家令に制限されていて。夜会にお父様のパートナーとして出ることもありませんでした。
私が社交デビューしてからは、お父様のパートナーを務めていたんですもの。お義母様でなくてよろしいので、と聞けば「あれには無理だ」と仰るきり。まあ夜会と言っても、お父様は大概お仕事関係者と話し込んでばかりではありましたが。
もちろん生活には不自由などさせていません。二人とも、食事は私と一緒にとることが多かったですし、部屋の掃除も侍女任せ。
……後妻と連れ子、だと思っていたのでさほど不自然に感じませんでしたが、貴族としての義務を果たさず権利ばかり享受していたようです。
出入りの仕立屋にも家令から指示があったようで、彼女たちが幾ら頼んでも直接の買い物は断っていました。他の小間物や装身具を扱う商人も同様だったようです。支払いは家令の裁量ですからね、納品して代金が支払われなかったら彼らも大変ですもの。
それに思うところがあったのか……アンナ夫人は、勝手に素性の知れない行商人を屋敷に入れるようになっていました。それも、私や家令・メイド長の目を盗んで。
ただ、家令はその辺りもきっちり把握していたようです。
曰く、彼女が購入したのは小さく価値の高い宝石類。こっそり貯め込んでいたお金を注ぎ込んで、持ち歩ける財産にしようとした、とか。
ただし店舗を持たず、鞄一つであちこちから仕入れたものをまたよそで売りさばく類いの商人は信用がおけない者が多く。アンナ夫人も、おそらく紛い物を掴まされたのではないか、と言う話でした。
そしてアンナ夫人本人に言わせると、ジョアンナが出奔する時にその宝石を持ち逃げしたのだとか。
大した金にはなりませんでしょうに、と溜め息吐く家令と彼に信じられないような目を向けるアンナ夫人は、何だか芝居めいていましたわ。
その辺りを簡単に説明しましたら、ロレイズ様もジョアンナさんも呆然となさって。
へたりこんだロレイズ様とは対照的に、飛び付かんばかりに詰め寄ってくる辺り、本当に元気な子ですこと。
「そんな、そんなことある訳ないじゃない!お母様は、お義父様に望まれて後妻になったのよ!!」
「いえ、私もそう思っていたのですけれど。正式な籍は入ってないの、もちろんあなたもね?」
これも今回初めて聞いたのですが、お父様としては彼女を後妻にする気は最初から無かったのですから。そのことも説明はしてあったはずだけども、アンナ夫人は家政を切り盛りするどころか前のメイド長が挨拶しただけで具合が悪いと寝込み、さっさと引き継ぎして隠居したい彼女をずいぶんやきもきさせたのですって。
結局いつまで経ってものらくらと、働くつもりのないアンナ夫人を見限り、メイドの人数を増やし前から勤めた中でも見込みのある者を鍛えて、何とかメイド長の代替わりも済ませたのですが。
そうなるとアンナ夫人とジョアンナの母子は単なる居候です。かと言って一度引き取った者を理由もなく追い出す訳にもいきません。
ジョアンナの方はどこか縁があれば、嫁入りの後見くらいはしてやるおつもりだったそうです。ただあの子も母親似で、向上心のない怠け者だから貴族はもちろんちゃんとした商家でも無理だな、とおっしゃってました。
更に言えば、ロレイズ様と駆け落ちしたのですもの。こういう言い方は嫌いですが、言わば『傷物』ですわ。真っ当な嫁入り先など、望めるはずもありません。
「だ、だったら!ロレイズと結婚するわ、それでいいじゃない!」
真っ赤な顔ではしたなく大声あげていると、可愛らしい顔も台無しね。まあ、感情表現が豊かな子だとは思っていましたが。怒る時も素直というか何というか。
「本人同士が納得なさっているなら、別に私は構いませんわよ。……まあ、ロレイズ様もご両親とお話しなさるのでしょうし、ご相談なさってみればよろしいのではなくて?」
お二人が戻ってきたのは、出て行ってから一月ほど経った頃でした。
居どころは侯爵家から連絡があってわかっていたのですが、頭を冷やして帰ってくるまで待とうという話になっていました。
「……め、迷惑をかけた」
「お義姉様ぁ」
いつもぱりっと流行の衣服を着こなしていたロレイズ様も、さすがにくたびれた格好です。ジョアンナも、髪もお肌も艶がなく……ずいぶんみすぼらしくなりましたわね。
私の方も、今回のことで自分が如何に思い込みで動いていたか、情報共有がどれだけ大事か思い知ったところです。正直、何故気づかなかったのかと忸怩たる思いでした。
「……ジョアンナさん、アンナ夫人は離れで謹慎なさってますの。あなたの荷物も移してありますので、そちらへどうぞ」
「……お義姉様!?」
いえね、アンナ夫人……お義母様、と呼んでいた方がいらっしゃった時から疑問ではあったの。あの仕事の虫で、娘にさえ幼い頃から領地運営や家内の采配を教えて戦力にしようとなさるお父様が。あの方のように、何一つ自分で動こうとしない人を何故娶ったのか、と。
アンナ夫人自身は、自分が愛されているからだと信じてらしたようですけど。実のところ、お父様としては姻戚の未亡人なら、家政を任せる人材にできないかと思われたそうで。
また折り悪く、夫人たちがいらした時期に前後してお仕事が急にたいへん忙しくなったのです。
お父様は、王宮で宰相補佐官として国のために働いておられます。そちらで緊急かつ重大な案件が立て続けに起き、しばらく家のことが疎かになっていました。その間に夫人が子連れで我が家に住み込み、女主人然と振る舞っていた、ということらしいです。
取り急ぎ対外的にそんな振る舞いができないよう、家令にだけは話を通してらしたそうですが。うちの家令も、なかなかの強者ですから……。
一度引き取った者を追い出すには、何か瑕疵が無ければ、と目を光らせていたようです。
正直、アンナ夫人が女主人ならばお茶会も開催しないし招待もされないのでおかしいとは思っていました。お母様の遺品が仕舞われた金庫を開けることも出来ず、自分やジョアンナのドレスを仕立てることも家令に制限されていて。夜会にお父様のパートナーとして出ることもありませんでした。
私が社交デビューしてからは、お父様のパートナーを務めていたんですもの。お義母様でなくてよろしいので、と聞けば「あれには無理だ」と仰るきり。まあ夜会と言っても、お父様は大概お仕事関係者と話し込んでばかりではありましたが。
もちろん生活には不自由などさせていません。二人とも、食事は私と一緒にとることが多かったですし、部屋の掃除も侍女任せ。
……後妻と連れ子、だと思っていたのでさほど不自然に感じませんでしたが、貴族としての義務を果たさず権利ばかり享受していたようです。
出入りの仕立屋にも家令から指示があったようで、彼女たちが幾ら頼んでも直接の買い物は断っていました。他の小間物や装身具を扱う商人も同様だったようです。支払いは家令の裁量ですからね、納品して代金が支払われなかったら彼らも大変ですもの。
それに思うところがあったのか……アンナ夫人は、勝手に素性の知れない行商人を屋敷に入れるようになっていました。それも、私や家令・メイド長の目を盗んで。
ただ、家令はその辺りもきっちり把握していたようです。
曰く、彼女が購入したのは小さく価値の高い宝石類。こっそり貯め込んでいたお金を注ぎ込んで、持ち歩ける財産にしようとした、とか。
ただし店舗を持たず、鞄一つであちこちから仕入れたものをまたよそで売りさばく類いの商人は信用がおけない者が多く。アンナ夫人も、おそらく紛い物を掴まされたのではないか、と言う話でした。
そしてアンナ夫人本人に言わせると、ジョアンナが出奔する時にその宝石を持ち逃げしたのだとか。
大した金にはなりませんでしょうに、と溜め息吐く家令と彼に信じられないような目を向けるアンナ夫人は、何だか芝居めいていましたわ。
その辺りを簡単に説明しましたら、ロレイズ様もジョアンナさんも呆然となさって。
へたりこんだロレイズ様とは対照的に、飛び付かんばかりに詰め寄ってくる辺り、本当に元気な子ですこと。
「そんな、そんなことある訳ないじゃない!お母様は、お義父様に望まれて後妻になったのよ!!」
「いえ、私もそう思っていたのですけれど。正式な籍は入ってないの、もちろんあなたもね?」
これも今回初めて聞いたのですが、お父様としては彼女を後妻にする気は最初から無かったのですから。そのことも説明はしてあったはずだけども、アンナ夫人は家政を切り盛りするどころか前のメイド長が挨拶しただけで具合が悪いと寝込み、さっさと引き継ぎして隠居したい彼女をずいぶんやきもきさせたのですって。
結局いつまで経ってものらくらと、働くつもりのないアンナ夫人を見限り、メイドの人数を増やし前から勤めた中でも見込みのある者を鍛えて、何とかメイド長の代替わりも済ませたのですが。
そうなるとアンナ夫人とジョアンナの母子は単なる居候です。かと言って一度引き取った者を理由もなく追い出す訳にもいきません。
ジョアンナの方はどこか縁があれば、嫁入りの後見くらいはしてやるおつもりだったそうです。ただあの子も母親似で、向上心のない怠け者だから貴族はもちろんちゃんとした商家でも無理だな、とおっしゃってました。
更に言えば、ロレイズ様と駆け落ちしたのですもの。こういう言い方は嫌いですが、言わば『傷物』ですわ。真っ当な嫁入り先など、望めるはずもありません。
「だ、だったら!ロレイズと結婚するわ、それでいいじゃない!」
真っ赤な顔ではしたなく大声あげていると、可愛らしい顔も台無しね。まあ、感情表現が豊かな子だとは思っていましたが。怒る時も素直というか何というか。
「本人同士が納得なさっているなら、別に私は構いませんわよ。……まあ、ロレイズ様もご両親とお話しなさるのでしょうし、ご相談なさってみればよろしいのではなくて?」
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