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「ここまで来れば大丈夫だ、ジョアンナ」
安っぽい馬車の中で私の肩を抱いたロレイズ様が、甘く囁く。薄暗い馬車の中でその顔は見えないけど、きっといつものように優しく微笑んでいるに違いない。
「……ありがとう、ロレイズ様」
この人は本当はお義姉様の婚約者だった。
だけど、ただ本妻の子に生まれたってだけで素敵な婚約者に綺麗なドレスと宝石、そんなの一人占めなんてズルいと思う。
実のお父様が生きていた頃は、私がお姫様だった。お母様はいつも私と一緒で、素敵な幸せの話をしてくれた。特に、素敵な旦那様の捕まえ方とか。
お父様はいつも忙しくしておられたけど、私のことは『我が家のお姫様』『大切な宝物』 と可愛がってくれたの。
そのお父様が亡くなったのが、私が10歳になる頃。急な事故で死んだ、といわれてとてもびっくりした。その後生まれ育った家を出るとか言う話になって、お母様は怒っていたけど、伯爵家に来て良かったと思う。
だってずっとお金持ちだもの。毎晩ご馳走が出て甘いおやつも食べられる。可愛いドレスにアクセサリーもある。
ただ、マナーとかお勉強は鬱陶しかった。別にお皿のどれから食べたって同じだし、勉強だって読み書きさえできれば必要な時はまた身につけたらいいと思うし。
口うるさい家庭教師が、お母様でなくお義姉様に告げ口するのもどうかと思ったわ、伯爵家の女主人はお母様なのに。
「ジョアンナ、淑女教育を身につけておいて困ることはなくてよ」
「でも、どうしてもやらなきゃいけないんじゃないでしょ?」
「……それは、そうかもしれないけれど」
お義姉様も、別に意地悪する訳じゃないけど。ちょっとうるさいっていうか、邪魔くさいのよね。マナーがどうの貴族としての心得がどうのと。そんなの、いちいち気にしてもしょうがないと思うの。
それに私は可愛いから、社交界にデビューしたらきっと素敵な王子様が見つけてくれるはず。
そう思ってたのに、お義父様ったら私はデビューしなくていい、ってお母様に言ったんだって!ひどくない!?
お義父様が言うには、マナーが身につかないならデビューはありえないってお義姉様の話と違うじゃない!!
怒ってお義姉様を問い詰めたら、『淑女教育を身につけないなら、貴族に嫁ぐつもりはないと思った』なんて勝手に決めつけてたの。意地悪じゃなくても、人の心に疎い無神経な女なのよね。
そんなお義姉様だから、婚約者のロレイズ様とは全然上手くいってなかった。伯爵に辛く当たられてたロレイズ様は、優しくしてあげたらコロッと私のとりこになったわ。
男は弱ってる時に優しくされるのに弱いのよ。
お義姉様と結婚して伯爵家を継ぐ人なら、別に相手は私でもいいはず。ロレイズ様にもそう言って納得はしてくれたんだけど、お義父様は納得してくれないかもしれないって言われて、なるほどと思ったの。
だったら、ちょっと心配させてみたらどうかしら。私とロレイズ様が駆け落ちしたら、本気だってわかってくれるだろうし、心配させてから戻ればきっとこっちの言い分も聞いてくれるはず。
その説得に素直に頷いてくれる彼は、甘っちょろくてとても素直な人。これなら、結婚したって私の言うことは疑いなく聞いてくれそうで、将来安泰そう。
彼の乳母の家なら置いてくれそうだと言うので、しばらくそこに転がり込んでいようと話してたんだけど。
「ロレイズ様、恐縮ですが、我が家ではお世話はできかねます」
乳母とかいうお婆さんはともかく、その息子が煩くて。働きもしないなら置いとけない、みたいな感じで文句言ってくるのが鬱陶しい。
「い、いやしかし……」
「侯爵閣下にご連絡させていただきませんか、本当にそちらのお嬢さんとの婚姻を望まれるなら、きちんとお父様にご相談なさいませ」
「ち、父上には話したのだが。……到底認められぬ、と」
もごもご言ってるのも情けないけど、お父さんに相談とかしてたんだ。それはちょっといいわね、きっと息子が家出なんて心配してるだろうし、帰ったら許してくれてるかも。
「侯爵閣下のお許しが無ければ、我が家もあなた様を匿っておく訳にはいきません」
「い、いや、しかし、他に当てが……!」
「それに、そちらのお嬢さん。……我が家の使用人は、あなたの使用人ではありません。難癖をつけたりいじめたりされては困ります」
「えっ、私そんなの知らない!」
何よいきなり!?
「うちのメイドとフットマンは、結婚を前提に付き合っております、それは主である私も認めたこと。他人の家のことに口出ししないでください」
えー、だって、あの地味な女がちょっと見栄えするフットマンとイチャイチャお喋りしてたから。そんなだっさいメイド風情より、私の方がずっと可愛いだろうし、ちょっと身の程わきまえさせようと思っただけなのに。
「ひどいわ、私何にもしてません!」
「そうですか。……ロレイズ様、あなたのお父上には私も母もご恩があります。ですがあなた個人の面倒を見るほどではありませんし、増してそちらの方には何の義理もない。これ以上、我が家でお世話することはできません」
なんかムカつくー。ロレイズ様の乳母の子どもなら、乳兄弟とかじゃないの?何でそんな偉そうに文句言ってくるのよ。
結局、追い出されるみたいに出ていくことになって。お金も無くて、持ち出したお母様の宝石を換金しようとしたけど、そこでもとても失礼なことを言われたの。
「……こちらのお品を、現金に換えたいと?」
お店の人はちょっと渋いおじ様なんだけど。何かちょっと、微妙に目付き悪いのよ。貴族相手なのに態度大きいし。
「ええ。……母からもらった、とても珍しい品だとか。……ですが、ロレイズ様のためならば、母も許してくれるでしょう」
真面目に言えばロレイズ様は感激してうるうるしてて、まあかわいらしい人よね。
本当は勝手に持ち出したんだけど、お母様だって私がお金に困るくらいなら許してくれるはず。
「ふむ。……珍しい品かもしれませんが、うちでは引き取りかねますな」
安っぽい馬車の中で私の肩を抱いたロレイズ様が、甘く囁く。薄暗い馬車の中でその顔は見えないけど、きっといつものように優しく微笑んでいるに違いない。
「……ありがとう、ロレイズ様」
この人は本当はお義姉様の婚約者だった。
だけど、ただ本妻の子に生まれたってだけで素敵な婚約者に綺麗なドレスと宝石、そんなの一人占めなんてズルいと思う。
実のお父様が生きていた頃は、私がお姫様だった。お母様はいつも私と一緒で、素敵な幸せの話をしてくれた。特に、素敵な旦那様の捕まえ方とか。
お父様はいつも忙しくしておられたけど、私のことは『我が家のお姫様』『大切な宝物』 と可愛がってくれたの。
そのお父様が亡くなったのが、私が10歳になる頃。急な事故で死んだ、といわれてとてもびっくりした。その後生まれ育った家を出るとか言う話になって、お母様は怒っていたけど、伯爵家に来て良かったと思う。
だってずっとお金持ちだもの。毎晩ご馳走が出て甘いおやつも食べられる。可愛いドレスにアクセサリーもある。
ただ、マナーとかお勉強は鬱陶しかった。別にお皿のどれから食べたって同じだし、勉強だって読み書きさえできれば必要な時はまた身につけたらいいと思うし。
口うるさい家庭教師が、お母様でなくお義姉様に告げ口するのもどうかと思ったわ、伯爵家の女主人はお母様なのに。
「ジョアンナ、淑女教育を身につけておいて困ることはなくてよ」
「でも、どうしてもやらなきゃいけないんじゃないでしょ?」
「……それは、そうかもしれないけれど」
お義姉様も、別に意地悪する訳じゃないけど。ちょっとうるさいっていうか、邪魔くさいのよね。マナーがどうの貴族としての心得がどうのと。そんなの、いちいち気にしてもしょうがないと思うの。
それに私は可愛いから、社交界にデビューしたらきっと素敵な王子様が見つけてくれるはず。
そう思ってたのに、お義父様ったら私はデビューしなくていい、ってお母様に言ったんだって!ひどくない!?
お義父様が言うには、マナーが身につかないならデビューはありえないってお義姉様の話と違うじゃない!!
怒ってお義姉様を問い詰めたら、『淑女教育を身につけないなら、貴族に嫁ぐつもりはないと思った』なんて勝手に決めつけてたの。意地悪じゃなくても、人の心に疎い無神経な女なのよね。
そんなお義姉様だから、婚約者のロレイズ様とは全然上手くいってなかった。伯爵に辛く当たられてたロレイズ様は、優しくしてあげたらコロッと私のとりこになったわ。
男は弱ってる時に優しくされるのに弱いのよ。
お義姉様と結婚して伯爵家を継ぐ人なら、別に相手は私でもいいはず。ロレイズ様にもそう言って納得はしてくれたんだけど、お義父様は納得してくれないかもしれないって言われて、なるほどと思ったの。
だったら、ちょっと心配させてみたらどうかしら。私とロレイズ様が駆け落ちしたら、本気だってわかってくれるだろうし、心配させてから戻ればきっとこっちの言い分も聞いてくれるはず。
その説得に素直に頷いてくれる彼は、甘っちょろくてとても素直な人。これなら、結婚したって私の言うことは疑いなく聞いてくれそうで、将来安泰そう。
彼の乳母の家なら置いてくれそうだと言うので、しばらくそこに転がり込んでいようと話してたんだけど。
「ロレイズ様、恐縮ですが、我が家ではお世話はできかねます」
乳母とかいうお婆さんはともかく、その息子が煩くて。働きもしないなら置いとけない、みたいな感じで文句言ってくるのが鬱陶しい。
「い、いやしかし……」
「侯爵閣下にご連絡させていただきませんか、本当にそちらのお嬢さんとの婚姻を望まれるなら、きちんとお父様にご相談なさいませ」
「ち、父上には話したのだが。……到底認められぬ、と」
もごもご言ってるのも情けないけど、お父さんに相談とかしてたんだ。それはちょっといいわね、きっと息子が家出なんて心配してるだろうし、帰ったら許してくれてるかも。
「侯爵閣下のお許しが無ければ、我が家もあなた様を匿っておく訳にはいきません」
「い、いや、しかし、他に当てが……!」
「それに、そちらのお嬢さん。……我が家の使用人は、あなたの使用人ではありません。難癖をつけたりいじめたりされては困ります」
「えっ、私そんなの知らない!」
何よいきなり!?
「うちのメイドとフットマンは、結婚を前提に付き合っております、それは主である私も認めたこと。他人の家のことに口出ししないでください」
えー、だって、あの地味な女がちょっと見栄えするフットマンとイチャイチャお喋りしてたから。そんなだっさいメイド風情より、私の方がずっと可愛いだろうし、ちょっと身の程わきまえさせようと思っただけなのに。
「ひどいわ、私何にもしてません!」
「そうですか。……ロレイズ様、あなたのお父上には私も母もご恩があります。ですがあなた個人の面倒を見るほどではありませんし、増してそちらの方には何の義理もない。これ以上、我が家でお世話することはできません」
なんかムカつくー。ロレイズ様の乳母の子どもなら、乳兄弟とかじゃないの?何でそんな偉そうに文句言ってくるのよ。
結局、追い出されるみたいに出ていくことになって。お金も無くて、持ち出したお母様の宝石を換金しようとしたけど、そこでもとても失礼なことを言われたの。
「……こちらのお品を、現金に換えたいと?」
お店の人はちょっと渋いおじ様なんだけど。何かちょっと、微妙に目付き悪いのよ。貴族相手なのに態度大きいし。
「ええ。……母からもらった、とても珍しい品だとか。……ですが、ロレイズ様のためならば、母も許してくれるでしょう」
真面目に言えばロレイズ様は感激してうるうるしてて、まあかわいらしい人よね。
本当は勝手に持ち出したんだけど、お母様だって私がお金に困るくらいなら許してくれるはず。
「ふむ。……珍しい品かもしれませんが、うちでは引き取りかねますな」
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