上 下
2 / 5

駆け落ちしました

しおりを挟む
「ここまで来れば大丈夫だ、ジョアンナ」
安っぽい馬車の中で私の肩を抱いたロレイズ様が、甘く囁く。薄暗い馬車の中でその顔は見えないけど、きっといつものように優しく微笑んでいるに違いない。
「……ありがとう、ロレイズ様」
この人は本当はお義姉様の婚約者だった。
だけど、ただ本妻の子に生まれたってだけで素敵な婚約者に綺麗なドレスと宝石、そんなの一人占めなんてズルいと思う。

実のお父様が生きていた頃は、私がお姫様だった。お母様はいつも私と一緒で、素敵な幸せの話をしてくれた。特に、素敵な旦那様の捕まえ方とか。
お父様はいつも忙しくしておられたけど、私のことは『我が家のお姫様』『大切な宝物』 と可愛がってくれたの。
そのお父様が亡くなったのが、私が10歳になる頃。急な事故で死んだ、といわれてとてもびっくりした。その後生まれ育った家を出るとか言う話になって、お母様は怒っていたけど、伯爵家に来て良かったと思う。
だってずっとお金持ちだもの。毎晩ご馳走が出て甘いおやつも食べられる。可愛いドレスにアクセサリーもある。

ただ、マナーとかお勉強は鬱陶しかった。別にお皿のどれから食べたって同じだし、勉強だって読み書きさえできれば必要な時はまた身につけたらいいと思うし。
口うるさい家庭教師が、お母様でなくお義姉様に告げ口するのもどうかと思ったわ、伯爵家の女主人はお母様なのに。
「ジョアンナ、淑女教育を身につけておいて困ることはなくてよ」
「でも、どうしてもやらなきゃいけないんじゃないでしょ?」
「……それは、そうかもしれないけれど」
お義姉様も、別に意地悪する訳じゃないけど。ちょっとうるさいっていうか、邪魔くさいのよね。マナーがどうの貴族としての心得がどうのと。そんなの、いちいち気にしてもしょうがないと思うの。
それに私は可愛いから、社交界にデビューしたらきっと素敵な王子様が見つけてくれるはず。
そう思ってたのに、お義父様ったら私はデビューしなくていい、ってお母様に言ったんだって!ひどくない!? 
お義父様が言うには、マナーが身につかないならデビューはありえないってお義姉様の話と違うじゃない!!
怒ってお義姉様を問い詰めたら、『淑女教育を身につけないなら、貴族に嫁ぐつもりはないと思った』なんて勝手に決めつけてたの。意地悪じゃなくても、人の心に疎い無神経な女なのよね。
そんなお義姉様だから、婚約者のロレイズ様とは全然上手くいってなかった。伯爵に辛く当たられてたロレイズ様は、優しくしてあげたらコロッと私のとりこになったわ。
男は弱ってる時に優しくされるのに弱いのよ。
お義姉様と結婚して伯爵家を継ぐ人なら、別に相手は私でもいいはず。ロレイズ様にもそう言って納得はしてくれたんだけど、お義父様は納得してくれないかもしれないって言われて、なるほどと思ったの。

だったら、ちょっと心配させてみたらどうかしら。私とロレイズ様が駆け落ちしたら、本気だってわかってくれるだろうし、心配させてから戻ればきっとこっちの言い分も聞いてくれるはず。
その説得に素直に頷いてくれる彼は、甘っちょろくてとても素直な人。これなら、結婚したって私の言うことは疑いなく聞いてくれそうで、将来安泰そう。
彼の乳母の家なら置いてくれそうだと言うので、しばらくそこに転がり込んでいようと話してたんだけど。
「ロレイズ様、恐縮ですが、我が家ではお世話はできかねます」
乳母とかいうお婆さんはともかく、その息子が煩くて。働きもしないなら置いとけない、みたいな感じで文句言ってくるのが鬱陶しい。
「い、いやしかし……」
「侯爵閣下にご連絡させていただきませんか、本当にそちらのお嬢さんとの婚姻を望まれるなら、きちんとお父様にご相談なさいませ」
「ち、父上には話したのだが。……到底認められぬ、と」
もごもご言ってるのも情けないけど、お父さんに相談とかしてたんだ。それはちょっといいわね、きっと息子が家出なんて心配してるだろうし、帰ったら許してくれてるかも。
「侯爵閣下のお許しが無ければ、我が家もあなた様を匿っておく訳にはいきません」
「い、いや、しかし、他に当てが……!」
「それに、そちらのお嬢さん。……我が家の使用人は、あなたの使用人ではありません。難癖をつけたりいじめたりされては困ります」
「えっ、私そんなの知らない!」
何よいきなり!?
「うちのメイドとフットマンは、結婚を前提に付き合っております、それは主である私も認めたこと。他人の家のことに口出ししないでください」
えー、だって、あの地味な女がちょっと見栄えするフットマンとイチャイチャお喋りしてたから。そんなだっさいメイド風情より、私の方がずっと可愛いだろうし、ちょっと身の程わきまえさせようと思っただけなのに。
「ひどいわ、私何にもしてません!」
「そうですか。……ロレイズ様、あなたのお父上には私も母もご恩があります。ですがあなた個人の面倒を見るほどではありませんし、増してそちらの方には何の義理もない。これ以上、我が家でお世話することはできません」
なんかムカつくー。ロレイズ様の乳母の子どもなら、乳兄弟とかじゃないの?何でそんな偉そうに文句言ってくるのよ。

結局、追い出されるみたいに出ていくことになって。お金も無くて、持ち出したお母様の宝石を換金しようとしたけど、そこでもとても失礼なことを言われたの。
「……こちらのお品を、現金に換えたいと?」
お店の人はちょっと渋いおじ様なんだけど。何かちょっと、微妙に目付き悪いのよ。貴族相手なのに態度大きいし。
「ええ。……母からもらった、とても珍しい品だとか。……ですが、ロレイズ様のためならば、母も許してくれるでしょう」
真面目に言えばロレイズ様は感激してうるうるしてて、まあかわいらしい人よね。
本当は勝手に持ち出したんだけど、お母様だって私がお金に困るくらいなら許してくれるはず。
「ふむ。……珍しい品かもしれませんが、うちでは引き取りかねますな」
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

幼馴染が夫を奪った後に時間が戻ったので、婚約を破棄します

天宮有
恋愛
バハムス王子の婚約者になった私ルーミエは、様々な問題を魔法で解決していた。 結婚式で起きた問題を解決した際に、私は全ての魔力を失ってしまう。 中断していた結婚式が再開すると「魔力のない者とは関わりたくない」とバハムスが言い出す。 そしてバハムスは、幼馴染のメリタを妻にしていた。 これはメリタの計画で、私からバハムスを奪うことに成功する。 私は城から追い出されると、今まで力になってくれた魔法使いのジトアがやって来る。 ずっと好きだったと告白されて、私のために時間を戻す魔法を編み出したようだ。 ジトアの魔法により時間を戻すことに成功して、私がバハムスの妻になってない時だった。 幼馴染と婚約者の本心を知ったから、私は婚約を破棄します。

婚約破棄でも構いませんが国が滅びますよ?

亜綺羅もも
恋愛
シルビア・マックイーナは神によって選ばれた聖女であった。 ソルディッチという国は、代々国王が聖女を娶ることによって存続を約束された国だ。 だがシェイク・ソルディッチはシルビアという婚約者を捨て、ヒメラルダという美女と結婚すると言い出した。 シルビアは別段気にするような素振りも見せず、シェイクの婚約破棄を受け入れる。 それはソルディッチの終わりの始まりであった。 それを知っているシルビアはソルディッチを離れ、アールモンドという国に流れ着く。 そこで出会った、アレン・アールモンドと恋に落ちる。 ※完結保証

穀潰しの無能は家から出ていけ?いや、この家の収入は全て私が稼いでいるんですけど?

水垣するめ
恋愛
私の名前はサラ・ウィルキンソン。伯爵令嬢だ。 私には両親と二人の兄がいる。 家族四人の仲はとても良かった。 しかし四人とも、私のことを嫌っていた。 ある日のこと。 私はいつも通り部屋で用事をこなしていた。 すると突然、部屋の扉が開かれた。 そして家族四人がゾロゾロと部屋へ入ってくる。 「サラ、無能なお前を家から追放する」 「……は?」 私は何を言われたのか分からなかった。 何故私が追放されなければならないのだろう。 「お前のような穀潰しは家に置くだけでも気分が悪くなるからな。害虫駆除だ、さっさと出ていけ」 「……本当にいいんですね?」  私はため息を吐きながら確認した。 「もちろん。お前なんかいても邪魔なだけだからな」  ジェームズがその太った腹をさすりながら答える。 私はそこで、完全にこの家族を見捨てることにした。 「そうですか。それでは私は失礼します」 私は椅子から立ち上がり、颯爽と部屋から出ていった。 四人はあっさりとしたその様子に唖然としていた。 もしかして私が醜く「追い出さないで!」と懇願すると思ったのだろうか。 まさか。 そんなことをする訳がない。 なぜなら。 私はこの家の財産。 当主の座。 土地。 商会。 その全てを所有しているからだ。 「私を追い出すなら、覚悟しておいてくださいね?」

捨てられた者同士でくっ付いたら最高のパートナーになりました。捨てた奴らは今更よりを戻そうなんて言ってきますが絶対にごめんです。

亜綺羅もも
恋愛
アニエル・コールドマン様にはニコライド・ドルトムルという婚約者がいた。 だがある日のこと、ニコライドはレイチェル・ヴァーマイズという女性を連れて、アニエルに婚約破棄を言いわたす。 婚約破棄をされたアニエル。 だが婚約破棄をされたのはアニエルだけではなかった。 ニコライドが連れて来たレイチェルもまた、婚約破棄をしていたのだ。 その相手とはレオニードヴァイオルード。 好青年で素敵な男性だ。 婚約破棄された同士のアニエルとレオニードは仲を深めていき、そしてお互いが最高のパートナーだということに気づいていく。 一方、ニコライドとレイチェルはお互いに気が強く、衝突ばかりする毎日。 元の婚約者の方が自分たちに合っていると思い、よりを戻そうと考えるが……

婚約者を妹に奪われました。気分が悪いので二人を見なくて良い場所へ行って生きようと思います。

四季
恋愛
婚約者を妹に奪われました。気分が悪いので二人を見なくて良い場所へ行って生きようと思います。

婚約破棄された私は、世間体が悪くなるからと家を追い出されました。そんな私を救ってくれたのは、隣国の王子様で、しかも初対面ではないようです。

冬吹せいら
恋愛
キャロ・ブリジットは、婚約者のライアン・オーゼフに、突如婚約を破棄された。 本来キャロの味方となって抗議するはずの父、カーセルは、婚約破棄をされた傷物令嬢に価値はないと冷たく言い放ち、キャロを家から追い出してしまう。 ありえないほど酷い仕打ちに、心を痛めていたキャロ。 隣国を訪れたところ、ひょんなことから、王子と顔を合わせることに。 「あの時のお礼を、今するべきだと。そう考えています」 どうやらキャロは、過去に王子を助けたことがあるらしく……?

【完結】両親が亡くなったら、婚約破棄されて追放されました。他国に亡命します。

西東友一
恋愛
両親が亡くなった途端、私の家の資産を奪った挙句、婚約破棄をしたエドワード王子。 路頭に迷う中、以前から懇意にしていた隣国のリチャード王子に拾われた私。 実はリチャード王子は私のことが好きだったらしく――― ※※ 皆様に助けられ、応援され、読んでいただき、令和3年7月17日に完結することができました。 本当にありがとうございました。

せっかく家の借金を返したのに、妹に婚約者を奪われて追放されました。でも、気にしなくていいみたいです。私には頼れる公爵様がいらっしゃいますから

甘海そら
恋愛
ヤルス伯爵家の長女、セリアには商才があった。 であれば、ヤルス家の借金を見事に返済し、いよいよ婚礼を間近にする。 だが、 「セリア。君には悪いと思っているが、私は運命の人を見つけたのだよ」  婚約者であるはずのクワイフからそう告げられる。  そのクワイフの隣には、妹であるヨカが目を細めて笑っていた。    気がつけば、セリアは全てを失っていた。  今までの功績は何故か妹のものになり、婚約者もまた妹のものとなった。  さらには、あらぬ悪名を着せられ、屋敷から追放される憂き目にも会う。  失意のどん底に陥ることになる。  ただ、そんな時だった。  セリアの目の前に、かつての親友が現れた。    大国シュリナの雄。  ユーガルド公爵家が当主、ケネス・トルゴー。  彼が仏頂面で手を差し伸べてくれば、彼女の運命は大きく変化していく。

処理中です...