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20、この気持ちに名前をつけて

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  3日目となると、腰のだるさにも軽減が見られ、腹痛もだいぶ良くなった。
  ラスティム殿下が回復をかけてくれたおかげももちろんあると思う。

  モニカには、「だいたい2日目が重い方が多いのですよ。重くない方もおりますが、何となく初日の様子でお休みに致しました」と言われ、有能な侍女だと尊敬した。

  調子も戻ったため、いつも通り妃教育を受けることにした。






□■□






  「王妃に選ばれるのは、隣国の王女や皇女様が殆どとなります。平和を齎す象徴として、嫁ぎにこられます」


  教壇に立つユージム様の少し掠れた声で説明される。 
  今日は妃教育の座学だった。本来なら姿勢矯正のレッスンもあったが、モニカが取り成してくれて座学のみとなった。


「また側妃には公爵家や侯爵家などの縁の方々が嫁ぎにこられたりもされます。どちらにせよ、陛下となるべきお方を支えるため、日々勉強をなさっておいでです」

「あの…それだと、僕は」

「……まぁ、例外もございましょう」


  ユージム様は嫌味もなく微笑んで僕に言った。 
  モニカもユージム様も、僕に対して庶民だからと蔑むような目をせずに接してくれている。
  ありがたい反面、なんとなく申し訳ない気持ちになってしまう。


「あの、もし……もし僕が、ただのなんでもない庶民だとバレた場合ってどうなってしまうのですか……?」


  バレない為にと名前まで変えて、ネッツェル侯爵家の力を借りてでしか両親に会うことは許されない。
  しかし、それが万が一、どこからか情報が漏れてバレた時に一体どうなるのか想像もつかなかった。


「大衆は大喜びでしょう。夢物語のようですからね。庶民と王族の結婚なんて小説の中でしか有り得ません」

「で、では偉い人達は」

「……貴族共からしてみれば、これ幸いと醜聞のように殿下を叩くことでしょうな……王族としての威厳、根幹に関わる事態になり、それこそ悪意ある者たちが群がるでしょう」


  今更、僕は恐怖した。
  父や母は気づいていた。ちゃんと分かっていた。僕が身分違いなことを分かっていた。僕も、分かっているつもりだった。
  けれど、この恐怖は感じていなかった。

  こんな当たり前のことに、何故だか僕は今更怯えたのだ。


  この恐怖も、怯えも、全て今更だ。

  僕は、本当にここに居て良いのだろうか。





□■□





「フロウ?どうしたの、具合悪い?」


  夜、いつもと同じように2人でベットの端に腰掛けて話をしていた時だった。

  もう月のものはすっかり落ち着いて、初日から2週間が経った頃だろうか。

  ラスティム殿下は僕の顔を覗き込んだ。ボーッとしていたのだろうか。


「い、いえ! だ、大丈夫で、す…」
「? 顔が赤いよ? 熱でもある?」


  慌てて返事をするが、ラスティム殿下に覗き込まれて、顔が近づいた事で頬が逆上せてきた。
  更に顔を近づけて、僕の額とラスティム殿下の額を合わせてくるものだから、余計に頭が熱くなって来ている。


「…熱は無さそうだね。なにかあった?」
「い、いえ……なにも」


  おかしい。
  キスだって何度もした。自分から首に手を回して浅ましくも強請ったことだってある。
  なのに、ラスティム殿下の顔が近づいて、綺麗な瞳に覗き込まれて、心配されるだけでこんなに胸が苦しい。

  キスもしてないのに、苦しくてつらい。


「そう? あ、今日はね。良い話があるんだよ」

「良い話ですか?」

「うん。フロウのご両親の事だけどねぇ、治安のいい場所に引越しして、アーサーも来れなくなったから安心してね」

「ひ、っこし? え、それは…もう、大丈夫ということですか…?」

「アーサーの方はまぁ、どうにも出来ないけれどね」


  頭が上手く働かなくて、ラスティム殿下の言った言葉を噛み砕くような返事をしてしまった。

  アーサーが父と母の家に行って、お金をせびっていた。

  僕は、アーサーだけが悪いとはどうしても思えなかった。
  僕も別れようとしたアーサーを引き止めることをしなかった。
  もっと、泣いて縋っていれば父と母を苦しめることは無かったかもしれない。

  本当に好きだった。彼の笑顔も優しさも全部が好きだった。

  そんな好きだった人が、父と母に迷惑をかける原因になっていることがつらくて、悲しかった。



  けれど、過去の自分が見たら驚くほど、アーサーのことなどどうでもいいとすら感じてしまっている。



「引越し先の近所の人たちは、平民の中でもそこそこ裕福な人達の集まりだから、もう大丈夫。あ、家賃は気にしないでね? 周りの目があるから払わなくていい訳じゃないけど、比較的安価にはしてる…っわ!」


  僕は我慢できなかった。
  この優しい人が欲しいと思った。
  飛びつくように抱きついた。 
  ラスティム殿下は驚いて、一瞬体勢を崩しかけていたが、ベッドに手をついて耐えていた。

  こんな、なんの取り柄もない僕のために、一つ一つ丁寧に、接してくれている。

  苦しくて、苦しくて、仕方なかった。
  胸が痛い。締め付けられる。

  僕は無理矢理、ラスティム殿下の唇を奪った。
  驚いている気配がする。
  頬に涙が伝っている。角度を変えて貪るから、口の中に涙が入って、いつもは甘く感じるキスがしょっぱく感じる。
  殿下の舌が僕の中に入ってくる。それに歓喜して、殿下の舌に絡みつくようにすれば、くちゅ、と水音が響いて耳を犯す。
  深く、何度も口付けて、切れ切れの鳴き声が漏れていく。


「ん……んぅ、ん……」


  気持ちよくて、息も絶え絶えなのに、何度も何度も殿下を求めた。口内の中を触れてないところはないんじゃないかと思うほどに、舌を絡ませ合った。
  口端から飲み込みきれなかった、どちらのものか分からない唾液が流れていった。
  やがて、ゆっくり口を離して、殿下の目と目が合う。

  殿下の瞳には、欲の籠った獣が宿っていた。


「っぁ…は、ラス、ティさま……」

「フロウ、私はもうそういうことだと思って受け取るけど、良いの?」

「……はい、僕を、ラスティ様のものにして下さい。おねが…っ!」


  言い終わる前に、僕の肩を押してベッドに押し倒される。
  ベッドは優しく僕を受け止めて、ラスティム殿下が僕の上にのしかかって来た。
  殿下のギラつく瞳に、ぞくり、と腰が疼く。


「フロウ、好きだよ。フロウは?」


  殿下の口から紡がれる言葉に、胸がまた苦しくなる。
  ギュウと締め付けられた胸の痛みを振り払うように、僕も伝える。


「好きです、ラスティ様…」


  刹那だけでも構わない。

  この振り払いきれない胸の苦しみも、痛みも、全て抱えながら、目の前のこの男を心から欲してしまった。
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