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番外編
僕の優しい婚約者 ④
しおりを挟むそんなこんなでお見合いの日になった。
「ううう……」
お見合い会場であるホテルのトイレ前でウロウロと歩き回って、その後にチクチクと胃が痛むので蹲る。
自信がなかった。 あんなに沢山お母様に『紬は霜永家のΩとして素晴らしい』と言ってくれるけれど、僕の生まれは本家ではないし、容姿もお母様や祈里さんのように美しく綺麗ではない。あの洗練された気品、コロコロと鈴のような微笑み、慈しむような優しい手つきで触れてくれる。
自分もああなりたい、そう思える姿だった。けれど理想は理想で、僕がそうなれるとは限らない。
婚約者さんもそんな僕の姿を見てガッカリしないだろうか。
不安が僕を飲み込むように襲いかかってくる。グルグルと悪い方向ばかり考えてしまってどんどん深みにハマっていった。
「どうかされましたか?」
トイレ前で蹲った僕は、掛けられた声に反応して見上げた。
心配そうに僕を見下ろし、よいしょと屈んで同じ目線になる。
「あ…」
その人は、今日のお見合いのお相手だった。
写真で見るより凄くハンサムで驚き、これ以上声が出なかった。俳優さん……名前は思い出せないけど、なんかテレビによく出てきそうな感じの面立ち。それに、何だかすっごくいい匂いがする。なんだろう、この匂い。香水?
「あれ? もしかして霜永紬さん?」
ポーっとしていると名前を呼ばれ、よく分からないけど頷く。気持ち悪かったのはなんか全部吹っ飛んで、胃の痛みも無くなってる。どうしてだろう。
「さっきまで真っ白だったのに、少し赤みが戻ったね。大丈夫?」
コクコクと頷く。まだぼんやりとする。昨日上手く眠れなかったせいなのだろうか。
「そっか。なら良かった。立てる?」
もう一度頷くとお見合いのお相手さんは手を差し出してくれる。差し出された手を掴んで立ち上がると、身長差が浮き彫りになった。 お父様も慧さんも そうだけれど、αってどこもかしこも身体の作りが違うのだと改めて思った。
「トイレ前で蹲ってるから吐きたいのかと思った」
「吐くまでは…吐くより、お腹が痛くて……って、ぁ、ご、ごめんなさい」
「何が? お腹は大丈夫?」
初対面のお見合い相手さんにお腹が痛いとか、失礼だった。大丈夫の意味を込めてコクコクと頷いた。掴んだ手を離そうとするが優しい手つきに何となく離れ難いと感じた。
「緊張でお腹痛いの?」
「……多分、そうです。でも、あの……何かもう治りました」
「そっか、それは良かった」
ふわりと微笑む優しそうな笑顔に吸い込まれそうになる。お見合いのお相手さんから香るいい匂いを深く吸い込みたくなってしまう。けれどそれはとてもはしたない行為なのでなんとか思い止まった。
慌てて俯く。匂いを嗅ぎたいなんて本当にはしたなくて、恥ずかしいと顔を手で覆って叫び出したかった。
「……へぇ、霜永家はお綺麗でつまんねぇって思ってたんだけどなぁ……」
「え?」
「いや?医務室に行く?」
「あ、いえ。もう大丈夫です…、すみません」
力なくニコリとする。お母様が見たらきっともっと優雅に微笑むのですよ、と怒られてしまうかもだけどちょっと色々と訳が分からなくてどういう表情をしたら良いか分からない。
「こっちだね、一緒に行こうか」
「あ、あ、あの…っ、僕が、そのお腹が痛いって言うのは、誰にも言わないで欲しいのですが……!」
お母様とお父様に知られたら本気で心配されてしまうし、下手したら具合が悪いなら帰りましょうと言い出しかねない。二人も忙しい中調整してくれて、今いるお見合いのお相手さんの日付も合致してここにいる。きっとお見合い相手さんのお父様とお母様だって時間を割いてくれているのだから申し訳ない。
ぐるぐると頭の中で考え始めると、何だか無性に泣きたくなってきて涙目になってお見合いのお相手さんの裾を掴む。
「……言わない。それで君を脅したりもしない。平気だから、おいで」
「え…?ひゃ…っ」
お見合いだからと綺麗な着物を着ているのにウロウロしたりしゃがんだりしたせいで若干着崩れていたのをいとも簡単に手直ししてくれた。
「あ…ありがとうございます」
「また崩れないように抱っこして連れていこうか?」
「え、あ、や、だ、抱っこはダメです……!」
「残念。じゃあ行こうか」
ニコリ、と微笑んだお見合いのお相手さんは僕に手を差し出してくれた。おずおずとその差し出された手に僕の手を乗せると優しく掴んでくれる。
やっぱり彼から優しい匂いがふわりと香った。
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