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番外編
抱きしめて、キスをして
しおりを挟む「最近ね…フレイ兄さま、ぼくと寝てくれないの」
カッツェは飲んでいた紅茶を危うく吹き出しかけていた。
「は、ちょ、え? まだ昼間なのにどんな話を……」
「? 寝てくれないって話だよ?」
真っ赤になるカッツェを見て、ぼくはハッとなって気づいた。そういう意味で聞いたわけではなかった。
「ち、違うよ! そういうんじゃなくて……っ」
「なら、なんです?」
「今まではその、ずっとね、抱きしめて寝てくれたんだ。それがすっごく嬉しかったの」
ぼくのお母さまは物心ついた時から居らず、お父さまもお義母さまも他の兄弟たちとも仲良くなくて、抱きしめてもらった記憶がない。
唯一そうしてくれるのが、カッツェと恋人となったフレイ兄さまだけだ。
カッツェとは友人だし、そんな沢山抱き締めあったりなんてしない。日常的にやったら、多分レーヴェさまは複雑そうな顔をされるだろうなと思う。
そうなると、恋人であるフレイ兄さまだけが毎日触れ合っても何の罪もなく喜べるのだ。ぼくは人の温もりに飢えている。それは昔も今も変わらず、ずっと飢餓状態だ。
「恋人なのですから、抱き締めるのもキスも、それ以上だって同意の上ですよ」
コホン、と恥ずかしそうに咳払いしながら言うカッツェ。
「そういうことしなくても……カッツェとレーヴェさまがしてる様なことをしなくたって全然構わなくて!」
「……い、いつも後片付けあ、ありがとうございます……」
「もー!そういう話じゃなくて!」
穴があったら入りたい、という顔をして顔を逸らして耳を塞ごうとするのでそれを阻止して話を続ける。
「……ぼくは子どもっぽいし、そういう対象じゃないんだと思う。多分、性欲が湧かないんじゃないかなって」
「は……?」
「別にね、良いんだ。抱き締めるのが嫌ならしなくても良いし、キスだってしなくていいと思う!」
「……」
「ただ、その、手くらいは、繋ぎ…たくて」
ぽたぽたと、涙が勝手に流れてくる。
フレイ兄さまがぼくに触れたくないなら仕方ない。ぼくはフレイ兄さまを繋ぎ止めることが出来るほど魅力がある人間ではないし、他の人の方が良いと思うなら本当に仕方の無いことなのだと思う。
でも、それでも。
ぼくはせめて兄弟のように接して欲しい。小さい頃に一緒に寝てくれる人が欲しかったし、手を繋いでくれる人が欲しかった。それだけで本当に良い。
カッツェは無言でぼくの後ろを何故か見ていた。その目がなんだかすっごく冷たい。こんな冷たい目をするカッツェは初めてで、面倒臭い話をしてしまったかなと謝ろうとした時だった。
「……だそうですよ。フレイ。貴方馬鹿なんじゃないですか?」
「え゛っっっ!?!?」
びっくりしすぎて声が裏返る。後ろを思いっきり振り返ると、ズーーーンと落ち込んでいるフレイ兄さまが本当に居た。
「な、なな、なんで、ぇ? フレイ兄さま、レーヴェさまと王国に行ったんじゃ……!」
「セティの元気がないので。僕が。お兄様にフレイの休みを貰ったんですよ。びっくりさせて喜ばせようと思ったのに、なんですかこの体たらく」
ザクザクと何か刺さっているのか、ウッと胸を抑えて蹲るフレイ兄さま。辛そうで駆け寄ろうとしたけれど、カッツェに手を掴まれてフレイ兄さまの元へは行けなかった。
「?カッツェ……?」
「フレイ。触れたくないなら僕がセティを手を繋いで眠ります。良いですよね? ああ、抱き締めても勿論いいですよね?」
「良くないのでセティをこちらに返してください…!」
カッツェにぎゅうっと抱きしめられて、嬉しいのと混乱でよく状況が飲み込めない。今自分はどういう事になっているのだろう。
「ダメです。渡しません。おかしいですねぇ、僕はセティから、『ずっとぼくを守ってくれるって言ってくれたんだ』とそれはそれは嬉しそうに教えてもらったのですが。守る所かとんでもなく傷つけている馬鹿がどこかに居るようですけど?」
「うっっっ!!!」
「フレイ兄さまっ? どこか痛いんですか?」
「ほっといて構いませんよ、セティ。この朴念仁は信じられないくらいアホらしいので」
あの騎士団長にも登り詰められると言われたフレイ兄さまが四つん這いでこれ以上ないほど落ち込んでいた。
駆け寄りたいけど、カッツェが抱き締めてくれたままで無理やり抜け出すことも出来なくてあたふたとするしか出来ない。
「…セティは馬鹿ではないんですよ。本来然るべき教育を受けていたらそこらの貴族共よりよっぽど優秀なのですが。何も分からないと思って居たら大間違いですからね」
「……そ、そんなつもりは」
「いーーーえ。貴方はセティを何も知らない子供だと思って侮ったのです。小さい頃から人の顔色だけを伺って生きてきた人間が、好きな人から避けられたらどういう行動に移るのか、何にも想定してなかった貴方は大馬鹿者です」
何だかカッツェが、侯爵家の貴族だとよく分かるような気がした。あまり権力を振りかざさないカッツェだが、こんな風に人に対して説教をする時はやっぱり偉い人なんだなと他人事のように思った。
いやそれでもぼくはこれ以上落ち込んでいるフレイ兄さまが可哀想でカッツェに声をかけた。
「カッツェ…? ぼく怒ってるんじゃないんだよ? ど、どうしてカッツェがそんなに怒るの?大丈夫だよ、ぼくもう言わないようにするから、ごめんね。フレイ兄さまもお仕事お休みにさせて申し訳ありません」
「うぐっ!」
「……これで良く分かったでしょう。深く深く深く、反省して下さい。今日は絶対にセティを渡しません。どうすればいいのか、脳まで筋肉になった頭でよく考えてから来て下さい。今日は自宅謹慎を言い渡します」
「…………はい……セティをよろしくお願いいたします……」
「貴方に言われるまでもありません!」
綺麗な顔でフンッと鼻を鳴らして怒るカッツェに、実は周りにいた使用人達もみんな驚いたのは言うまでもなかった。
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