上 下
6 / 25

セティの決意

しおりを挟む

  フレイを案内した後は、領主代行の仕事を淡々とこなした。セスに書類の分類をしてもらいながら代行でも可能な決済を行う。
  執務室の扉がノックされたのはそろそろ夕食でも、と思い始めた頃だった。

「……カッツェ」

  執務室の扉がセスによって開かれ、モジモジと顔を出した犯人はセティだった。その横には仏頂面のフレイもいた。

「大丈夫でしたか?ああ、目が真っ赤ですよ…セス、暖かいのと冷たいタオルを準備して下さい」

「あ、う。大丈夫だよ…それより、その…」

  セスに促され執務室のソファに腰掛けるセティは恥ずかしそうにゆっくりと話し出した。フレイはその後ろでセティを優しく促すように肩に手をやっていた。

「ありがとう…フレイ兄様を呼んでくれて……」

「僕はメイドに挽回のチャンスを与えただけですよ。セティに悪い印象を持たれて、この先苦労する彼女は働きにくくなるでしょうから」

「カッツェは変なとこ素直じゃないの…」

  力なくへらりと微笑むセティ。まだまだ痛々しく感じる。

  想い人の母に好かれていないという事実はセティの心を少しずつ蝕む。セティもあの母親の言った通り自分のことを『泥棒猫』だと思っているなら余計にだ。

「あのねカッツェ…ぼく、この家にしばらく来ないようにする」

「何を言ってるんですか。まさか戻る気ですか?イェステ子爵邸に居てセティの心が休まるとでも?」

「ち、ちがうちがう。フレイ兄様のお家に行くよ!」

「ああ…いやですが、あのイェステ子爵夫人の様子からして突撃してくるのは目に見えていますが」

  ちら、とセティの後ろにいるフレイを見上げると小さくため息をついているようだった。
  フレイも今この状況で殆ど帰ることが出来ない自分の家に居続けさせるのは不安なのだろう。

  そもそもセティを遠征先に連れて行った理由もこの母親の問題である。いつかは解決しなくてはならない問題ではあるが、まだなんの活路も見い出せていない事から一応の対策としてフレイの目が届く所に居るかレゲンデーア侯爵邸である我が家に居るかのどちらかだ。

  それでもセティは出て行くと言う。つまり自分はかなりの厄介者だと思っている。

「セティ。僕は貴方を迷惑だなんて思ったこと一度もありません。むしろ貴方の無事が分かることで、フレイは仕事に集中してお兄様の護衛を務めることが出来るのです」

「でも」

「それに今言ったことが無くたって、貴方は僕の大切な友人です。それとも友人が傷つけられてほっとく様な極悪人に見えます?」

  意地の悪い言い方をすると少しセティは怯んだようだった。

  セティの無事は兄の安全に繋がるのは嘘ではない。
  フレイにとってセティは目に入れても痛くない恋人だ。それこそ連絡一本で顔色を変えてすぐさま駆けつけるほどの。セティに傷の一つでもついたら人を殺しそうな勢いで激怒するに違いない。

「……でも」

「フレイ? 全然この子聞き分けが良くないじゃないですか」

「……すみません。私の方でもかなり説得はしたのですが」

「けどフレイ兄様、ぼくはカッツェに迷惑かけたくないんです」

「この一点張りでして」

  はぁ、とまたため息をつくフレイにセティは真っ赤な目に涙を溜めて見上げる。

  これだから天然は。ぐ、とフレイが息を詰めるように押されている。可愛い弟でもあり恋人の望みは叶えてやりたい。しかし安全を考えたらセティの意志を無視することになる。
  フレイは頭を抱えたい状況だろうな、と思った。

「……セティ。とりあえず今日はもう遅いです。その話はまた今度にしましょう」

「うん…ごめん」

「もう。謝ることなんてないんですよ。明日以降どうしたらいいか考えましょう。セティだって私やフレイの話を無視して出て行きたい訳では無いのでしょう?」

  コクコクと頷くと、ポロポロと小さく涙を流し始めた。
  セティだって本当は、この家に居たいのだと伝わる涙だった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

薬師は語る、その・・・

香野ジャスミン
BL
微かに香る薬草の匂い、息が乱れ、体の奥が熱くなる。人は死が近づくとこのようになるのだと、頭のどこかで理解しそのまま、身体の力は抜け、もう、なにもできなくなっていました。 目を閉じ、かすかに聞こえる兄の声、母の声、 そして多くの民の怒号。 最後に映るものが美しいものであったなら、最後に聞こえるものが、心を動かす音ならば・・・ 私の人生は幸せだったのかもしれません。※「ムーンライトノベルズ」で公開中

(…二度と浮気なんてさせない)

らぷた
BL
「もういい、浮気してやる!!」 愛されてる自信がない受けと、秘密を抱えた攻めのお話。 美形クール攻め×天然受け。 隙間時間にどうぞ!

王弟転生

3333(トリささみ)
BL
※主人公および他の男性キャラが、女性キャラに恋愛感情を抱いている描写があります。 性描写はありませんが男性同士がセックスについて語ってる描写があります。 復讐・ざまあの要素は薄めです。 クランドル王国の王太子の弟アズラオはあるとき前世の記憶を思い出す。 それによって今いる世界が乙女ゲームの世界であること、自分がヒロインに攻略される存在であること、今ヒロインが辿っているのが自分と兄を籠絡した兄弟丼エンドであることを知った。 大嫌いな兄と裏切者のヒロインに飼い殺されるくらいなら、破滅した方が遙かにマシだ! そんな結末を迎えるくらいなら、自分からこの国を出て行ってやる! こうしてアズラオは恋愛フラグ撲滅のために立ち上がるのだった。

当たって砕けていたら彼氏ができました

ちとせあき
BL
毎月24日は覚悟の日だ。 学校で少し浮いてる三倉莉緒は王子様のような同級生、寺田紘に恋をしている。 教室で意図せず公開告白をしてしまって以来、欠かさずしている月に1度の告白だが、19回目の告白でやっと心が砕けた。 諦めようとする莉緒に突っかかってくるのはあれ程告白を拒否してきた紘で…。 寺田絋 自分と同じくらいモテる莉緒がムカついたのでちょっかいをかけたら好かれた残念男子 × 三倉莉緒 クールイケメン男子と思われているただの陰キャ そういうシーンはありませんが一応R15にしておきました。 お気に入り登録ありがとうございます。なんだか嬉しいので載せるか迷った紘視点を追加で投稿します。ただ紘は残念な子過ぎるので莉緒視点と印象が変わると思います。ご注意ください。 お気に入り登録100ありがとうございます。お付き合いに浮かれている二人の小話投稿しました。

お兄ちゃん大好きな弟の日常

ミクリ21
BL
僕の朝は早い。 お兄ちゃんを愛するために、早起きは絶対だ。 睡眠時間?ナニソレ美味しいの?

好きな人が、俺が堕ちるか賭けていた

和泉奏
BL
「所詮、俺は先輩の遊び道具でしかなかった。」

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

これって普通じゃないの?~お隣の双子のお兄ちゃんと僕の関係~

syouki
BL
お隣の5歳上のお兄ちゃんたちと兄弟のように育ってきた僕の日常。 えっ?これって普通じゃないの? ※3Pが苦手な方は閉じてください。 ※下書きなしなので、更新に間があきます。なるべくがんばります。。。(土日は無理かも) ※ストックが出来たら予約公開します。目指せ毎日!! ※書きながらかなりエロくなりました…。脳内ヤバいですwww ※エールをしてくれた方、ありがとうございますm(_ _)m 

処理中です...