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セティの決意
しおりを挟むフレイを案内した後は、領主代行の仕事を淡々とこなした。セスに書類の分類をしてもらいながら代行でも可能な決済を行う。
執務室の扉がノックされたのはそろそろ夕食でも、と思い始めた頃だった。
「……カッツェ」
執務室の扉がセスによって開かれ、モジモジと顔を出した犯人はセティだった。その横には仏頂面のフレイもいた。
「大丈夫でしたか?ああ、目が真っ赤ですよ…セス、暖かいのと冷たいタオルを準備して下さい」
「あ、う。大丈夫だよ…それより、その…」
セスに促され執務室のソファに腰掛けるセティは恥ずかしそうにゆっくりと話し出した。フレイはその後ろでセティを優しく促すように肩に手をやっていた。
「ありがとう…フレイ兄様を呼んでくれて……」
「僕はメイドに挽回のチャンスを与えただけですよ。セティに悪い印象を持たれて、この先苦労する彼女は働きにくくなるでしょうから」
「カッツェは変なとこ素直じゃないの…」
力なくへらりと微笑むセティ。まだまだ痛々しく感じる。
想い人の母に好かれていないという事実はセティの心を少しずつ蝕む。セティもあの母親の言った通り自分のことを『泥棒猫』だと思っているなら余計にだ。
「あのねカッツェ…ぼく、この家にしばらく来ないようにする」
「何を言ってるんですか。まさか戻る気ですか?イェステ子爵邸に居てセティの心が休まるとでも?」
「ち、ちがうちがう。フレイ兄様のお家に行くよ!」
「ああ…いやですが、あのイェステ子爵夫人の様子からして突撃してくるのは目に見えていますが」
ちら、とセティの後ろにいるフレイを見上げると小さくため息をついているようだった。
フレイも今この状況で殆ど帰ることが出来ない自分の家に居続けさせるのは不安なのだろう。
そもそもセティを遠征先に連れて行った理由もこの母親の問題である。いつかは解決しなくてはならない問題ではあるが、まだなんの活路も見い出せていない事から一応の対策としてフレイの目が届く所に居るかレゲンデーア侯爵邸である我が家に居るかのどちらかだ。
それでもセティは出て行くと言う。つまり自分はかなりの厄介者だと思っている。
「セティ。僕は貴方を迷惑だなんて思ったこと一度もありません。むしろ貴方の無事が分かることで、フレイは仕事に集中してお兄様の護衛を務めることが出来るのです」
「でも」
「それに今言ったことが無くたって、貴方は僕の大切な友人です。それとも友人が傷つけられてほっとく様な極悪人に見えます?」
意地の悪い言い方をすると少しセティは怯んだようだった。
セティの無事は兄の安全に繋がるのは嘘ではない。
フレイにとってセティは目に入れても痛くない恋人だ。それこそ連絡一本で顔色を変えてすぐさま駆けつけるほどの。セティに傷の一つでもついたら人を殺しそうな勢いで激怒するに違いない。
「……でも」
「フレイ? 全然この子聞き分けが良くないじゃないですか」
「……すみません。私の方でもかなり説得はしたのですが」
「けどフレイ兄様、ぼくはカッツェに迷惑かけたくないんです」
「この一点張りでして」
はぁ、とまたため息をつくフレイにセティは真っ赤な目に涙を溜めて見上げる。
これだから天然は。ぐ、とフレイが息を詰めるように押されている。可愛い弟でもあり恋人の望みは叶えてやりたい。しかし安全を考えたらセティの意志を無視することになる。
フレイは頭を抱えたい状況だろうな、と思った。
「……セティ。とりあえず今日はもう遅いです。その話はまた今度にしましょう」
「うん…ごめん」
「もう。謝ることなんてないんですよ。明日以降どうしたらいいか考えましょう。セティだって私やフレイの話を無視して出て行きたい訳では無いのでしょう?」
コクコクと頷くと、ポロポロと小さく涙を流し始めた。
セティだって本当は、この家に居たいのだと伝わる涙だった。
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