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「私と、恋人になって欲しい」


目の前の男が何を言っているのかよく理解できなくて、磔にされたまま固まった。思考が上手く回らない。


「来て」


掴まれていた腕を引っ張られ、路地から出される。そのまま停車していた馬車に無理矢理押し込まれた。
俺は未だに目の前の男が何を言ったのか理解できなくて放心していた。

恋人?なぜ?
情人、セフレではなかったのか?
彼の気が変わった?ベルンハルトは自分のどこを見て恋人にしたいと言っているのか。

頭の中でグルグルと思考しても上手く回らない頭では余計に混乱した。
そもそも、俺は別にベルンハルトと恋人になりたいなどと思ったことは1度もない。

ただ、あの時。
カフェで彼が緊張している姿など初めて見て、目が奪われた。
それだけで決めたことだったのに。

馬車が止まると、ベルンハルトはまた俺の腕を掴んでいつものホテルに入っていった。

何度も来た部屋は、何度見ても見慣れない調度品に囲まれていて居心地が良いとは言いきれない。
しかし、今はそれ以上に彼とこの空間に2人きりなのが居心地悪い。


「シオン、返事を。ここまで来たってことは良いってこと?」


良くはない。良くないし、意味もわからない。とりあえず少し黙って欲しい。考える時間が欲しい。


「シオン」
「ああもう! 黙って聞いてれば!」


俺はもう我慢できずに大声を出した。ベルンハルトは驚いて目を剥いていた。


「あんた一体なんなんですか! セフレになれだの恋人になれだのうるさいんですよ!」
「し、シオン?」
「なんなんだよ!セフレだって、あんたが勝手に始めて、勝手に終わらせておいて、その上今度は恋人?バカにするのも大概にしろよ!」


急に出した大声で、息が切れる。全く頭に酸素が回っていない気がする。上手く立っていられてることが不思議だった。


「そんな勝手で俺が恋人になると思ってんのかよ!ふざけんなよ!言っとくけど俺はあんたの事、恋人にしたいなんて思った事1度もない!」


肩で息をしながら一息で言い放った。
ベルンハルトは俺が俺が突然怒り出したことに驚き、そして言った意味を理解したのか傷ついていた。


「人の話は聞かないし! 自分だけズカズカ俺の中を土足で踏み荒らしてくるし!」


叫び出したら止まらなかった。怒りで手が震えてくる。


「ちゃんと説明しろよ!なんで俺なのか!俺じゃなきゃダメなのか!それが分かんなきゃ納得できない!」
「シオン…」


ベルンハルトがボソリと俺の名前を呼ぶ。しかし彼は逡巡をして、口を開いたと思ったら、すぐに口を閉じて顔を逸らした。


「話したくないんですか。俺ばっかりが振り回されるんですか」
「……シオンが気に入った、だけでは納得」
「出来るわけない!バカにしてんですか!」


彼はまた口を一文字にして、頑なだった。

俺はバカバカしくなった。
勝手に女神に異世界に来させられて。
こんな勝手な男に振り回されて。
何を真面目に生きていたのか。


「こんなことなら、あの時死んでれば良かった!」


目が滲んで上手く前が見えなかった。床にぽたぽたと落ちる雨が、自分が泣いてることを教えてくれる。

こんな世界なら、要らなかった。
桃に二度と会えないのに。まだ、仲直りもしてなかったのに。
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