上 下
5 / 28

5

しおりを挟む
そして、早速と言わんばかりに喫茶店を出て、ベルンハルトが止めた馬車に乗せられた。

馬車の中では一言も会話がなかった。俺は何を話していいか分からず、窓の外を見ているばかりだった。

これで良かったのだろうか。ベルンハルトは、後悔していないだろうか。あの返事で間違っていなかっただろうか。合わなかったら、この微妙な関係はどうなってしまうのか。

すると馬車は到着したのか、動きが止まった。


「降りよう」


そう言って、ベルンハルトは男の俺をエスコートするように降ろしてくれた。少しだけ恥ずかしい気もしたが、彼はそんなとこも恥ずかしげもなくする所が、らしいな、と思った。


「ここは?」
「入ろう」


質問には答えてもらえなかった。目の前にはいかにも高級感が出ている白い建物が建っていた。周りに植えられている木は丁寧に剪定されていそうだった。

重厚感のあるよく磨かれたドアをベルンハルトが開ける。すると、広いエントランスが広がった。ドアボーイなんか初めて見た。天井にはいくらするのか分からないシャンデリア、高級そうなソファはいくつも並べられていている。正面のカウンターには3人ほどの男性が並んでいた。

ベルンハルトはキョロキョロしてしまう俺を置いて、慣れた様子でカウンターへ向かう。なにかやり取りをして鍵を受け取っていた。


「あの」
「こっちだよ」


手を引かれる。ベルンハルトの足取りは喫茶店に向かう時と同じだった。

魔石で動くエレベーターに乗って、1番上の階を押していた。47階建てのようだった。やっぱり金持ちだったんだなぁ、と今更思いながら引かれた手が離れていなかったのを見ていた。

ドアが開くと、先程よりは小さなカウンターがまたあって、男性が立っていた。コンシェルジュがついている部屋のようだった。コンシェルジュはベルンハルトから鍵を受け取ると、扉を開けて、こちらですと案内してくれた。

扉を開けると圧巻だった。言葉を無くすということはこういうことだった。1面窓ガラス張りになっていた。天井も高く、下のエントランスよりは小さいが、豪奢なシャンデリアがある。壁には見たことないような額縁に収まった絵が並んでいて、いくらするのか分からない壺も飾られている。ソファは明らかにエントランスよりも高級感のあるものだった。


「すご……」


やっと出てきた言葉は語彙力が失われていた。ベルンハルトは気にもとめず、繋いだままの手を引く。コンシェルジュはいつの間にか扉を閉めていなくなっていた。

少し歩くとまた扉があった。ホテルに2部屋なんてあるのか、と思っていたが扉を開けられて固まった。

その部屋は、一体何人横になれるのかと思うベッドが鎮座していた。天蓋付きで、ベッドには薔薇の花びらが撒かれている。そんないかにもなベッドを目の前にして、俺は今更状況を理解した。


「え、え、い、今?」
 

まさか今日これからセフレとしての生活が始まるとは思っていなかった。次回からかと思っていたのだ。馬車に載せられた時点で気づくべきだった。むしろ何故理解出来ていなかったのか、自分のアホさ加減を呪った。


「合わなかったら、止めなくてはならないんだろう?」


ベルンハルトは今日合わなければ、この関係は終わりだと言っている。単純で、分かりやすい言葉に俺はこの状況に躊躇しながらも頷いた。


「そっちの部屋がシャワー室だ。先に入って準備して欲しい。準備の仕方は分かる?」


俺はなにも経験がないから、首を振った。ベルンハルトは慣れた様子でシャワーの説明をしてくれた。俺は少し恥ずかしかったが、これからのことを考えて真剣に聞くことにした。

聞き終えて、シャワー室に自分一人になった。


「……あああぁぁ……」


シャワー室で響かないように嘆きながら顔に手を当てて座り込んだ。すごいスピード感に、心がついていっていない。

そもそも今日は、ただ単に居酒屋で助けてくれたお礼を渡しただけだったのだ。それがどうしてこうなった。ここが異世界だから、こんなことになっているのか?

まさかここまで自分が流されやすい性格だとは思っていなかった。どちらかと言うと慎重な方で、新しいことには食いつきが悪い自分なのに。だいたいパンを買って渡すことも普通だったらしないだろう。どうしてベルンハルトが関わるとこうなるのか。

そして、俺はなんの確認もされず準備する側を指定されていた。いや、自分がベルンハルトを抱けるのかと聞かれれば、無理と答えるだろう。自分よりも体格が良くて身長の大きな男を組み敷いている姿は想像できない。

俺は小さくため息をついて、ベルンハルトに言われた通りに準備をすることにした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[完結]堕とされた亡国の皇子は剣を抱く

小葉石
BL
 今は亡きガザインバーグの名を継ぐ最後の亡国の皇子スロウルは実の父に幼き頃より冷遇されて育つ。  10歳を過ぎた辺りからは荒くれた男達が集まる討伐部隊に強引に入れられてしまう。  妖精姫との名高い母親の美貌を受け継ぎ、幼い頃は美少女と言われても遜色ないスロウルに容赦ない手が伸びて行く…  アクサードと出会い、思いが通じるまでを書いていきます。  ※亡国の皇子は華と剣を愛でる、 のサイドストーリーになりますが、この話だけでも楽しめるようにしますので良かったらお読みください。  際どいシーンは*をつけてます。

ヒヨコの刷り込みなんて言わないで。魅了の俺と不器用なおっさん【完結】

tamura-k
BL
気づいたら知らない森の中に居た緑川颯太(みどりかわそうた)は、通りかかった30代前半のイケオジ冒険者のダグラスに運よく拾ってもらった。 何もわからない颯太に、ダグラスは一緒に町に行くことを提案した。 小遣い稼ぎに薬草を摘みながら町を目指して歩いていたが、どうやら颯太にはとんでもないスキルがあるらしいと判明。 ええ?魅了??なにそれ、俺、どうしたらいいんだよ? 一回りも違う気の良いイケオジ・ダグラスと年下・ツンデレなりそこない系のソウタ。 それはヒヨコの刷り込みと同じってバカにすんな! 俺の幸せは俺が決めるもんだろう? 年の差がお好きな方へ。 ※はRぽい描写あり ************ 本編完結し、番外編も一応完結。 ソウタとダグラスの物語にお付き合いいただきありがとうございました。 好きな話なのでまた何か思いついたら書くかもwww

[完]クリティカルヒットを喰らいたくないので脱出したいのに騎士団長からは懐かしい香りがして離れ難いのです

小葉石
BL
大国ソアジャールでは大昔からエルフの身体は万病に効く妙薬と言われていた。 その為に古代大勢のエルフが狩られ数を減らしてしまった。 エルフ達は人間から離れて、深い太古の森へと移り住み、今や数百年とも数千年とも言われている。その太古の森で最後のエルフの生き残りでキールの身内であったキールの祖母も息を引き取る。 「キー…覚悟しておいてね?クリティカルヒット………これを喰らったら逃げる事も、避ける事もできないから…」 そう言い残してほぼ永遠とも言われていた長寿を誇るエルフの祖母は他界して行く… そんな過去があるキールは幼い頃から人間が嫌いというより徹底して避けてきた。深い森の中だけで生活をして、人間を知ろうともしなかったキール。 ある日目が覚めると、そこは人間の城の中で…… 人間の中にいる事でパニックを起こすキールだが、世話係を任せられた騎士団長の匂いにキールは徐々に懐柔されていく。 R18表現には*をつけます。 R18まで少し長めになりますが、ゆっくりお付き合いくださると嬉しいです。

異世界に転移したら運命の人の膝の上でした!

鳴海
BL
ある日、異世界に転移した天音(あまね)は、そこでハインツという名のカイネルシア帝国の皇帝に出会った。 この世界では異世界転移者は”界渡り人”と呼ばれる神からの預かり子で、界渡り人の幸せがこの国の繁栄に大きく関与すると言われている。 界渡り人に幸せになってもらいたいハインツのおかげで離宮に住むことになった天音は、日本にいた頃の何倍も贅沢な暮らしをさせてもらえることになった。 そんな天音がやっと異世界での生活に慣れた頃、なぜか危険な目に遭い始めて……。

BLゲームのお助けキャラに転生し壁を満喫していましたが、今回は俺も狙われています。

mana.
BL
目が覚めたらやり込んでいたゲームの世界だった。 …と、いうのが流行っているのは知っていた。 うんうん、俺もハマっていたからね。 でもまさか自分もそうなるとは思わなかったよ。 リーマン腐男子がBLゲームの異世界に転生し、何度も人生をやり直しながら主人公の幼馴染兼お助けキャラとして腐男子の壁生活を漫喫していたが、前回のバッドエンドをきっかけで今回の人生に異変が起きる。 ***************** 一気に書き上げた作品なのでツッコミどころ満載ですが、目を瞑ってやって下さいませ。 今回もR18シーンは☆を入れております。 写真は前に撮った写真です。

激レア能力の所持がバレたら監禁なので、バレないように生きたいと思います

森野いつき
BL
■BL大賞に応募中。よかったら投票お願いします。 突然異世界へ転移した20代社畜の鈴木晶馬(すずき しょうま)は、転移先でダンジョンの攻略を余儀なくされる。 戸惑いながらも、鈴木は無理ゲーダンジョンを運良く攻略し、報酬として能力をいくつか手に入れる。 しかし手に入れた能力のひとつは、世界が求めているとんでもない能力のひとつだった。 ・総愛され気味 ・誰endになるか言及できません。 ・どんでん返し系かも ・甘いえろはない(後半)

悪役令嬢の兄、閨の講義をする。

猫宮乾
BL
 ある日前世の記憶がよみがえり、自分が悪役令嬢の兄だと気づいた僕(フェルナ)。断罪してくる王太子にはなるべく近づかないで過ごすと決め、万が一に備えて語学の勉強に励んでいたら、ある日閨の講義を頼まれる。

正婿ルートはお断りいたしますっ!

深凪雪花
BL
 ユーラント国王ジェイラスの四番目の側婿として後宮入りし、一年後には正婿の座を掴むヒロイン♂『ノア・アルバーン』に転生した俺こと柚原晴輝。  男に抱かれるなんて冗談じゃない! というわけで、溺愛フラグを叩き折っていき、他の側婿に正婿の座を押し付けようとするが、何故か溺愛され、正婿ルートに突入してしまう。  なんとしても正婿ルートを外れるぞ、と日々奮闘する俺だけど……? ※★は性描写ありです。

処理中です...