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番外編2

レイリーとラヴェルについて

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レイリー=スターム
  クズな父親から抜け出す際にイヴを置いていったことが心残りで、ずっとイヴとは連絡を取り続けていた。また、イヴの患者は、実家にいた時からずっとレイリーが選定していた。
  恋愛ごとに興味がほとんど無く、仕事に人生を捧げている。文官と言うよりは魔法使い寄り。

ラヴェル=アンデルべリ
  生まれつき病弱だったが、レイリーのおかげで助かる。もちろん恩を感じても居るが仕事に対する姿勢や穏やかな物腰、控えめな微笑が惚れた要因。
  ちなみに可愛い年下のように見せているのはレイリーの前でだけ。



□■□



「ええ?! 兄様、今日これから診察なんですか?!」

  治療院の一室で資料整理をしていた弟のイヴが驚いて振り返った。
  先程ようやっと今日の予定分の手術が終わり、一息つくために治療院にある自室のイスで天を見上げてため息をついた所だった。時は既に日も沈みかけ。代理のスタッフに診察を任せていたが、どうしてもレイリーが良いという患者には待ってもらっていたのだ。

「ああ……」
「で、でも今日は」
「遅くなるってラヴェルに伝えてもらってもいいかい? いつもすまない」
「それは……構いませんけど…!」

  何か言い淀む様子のイヴに首を傾げる。

「どうかした?」
「あ、あー…私が言って良いのか…」

  ハッキリしない言い方にますます不思議に思いながらイヴは、あー……んー…とやっぱり言いにくそうだ。
  それでも何か決心したように口を開く。

「兄様!今日はラヴェル様の誕生日ですよ……!」



□■□



  仕事が終わったのはとっぷりと夜も更けて、ディナーの時間には遅すぎるころだった。最後の患者が異様に厄介で、自分の話ばかりで進まない診察にやきもきしたのは久しぶりのことだった。いつもならもっと余裕もって会話ができるのに、どうにも焦って空回りしてしまった。
  屋敷について、使用人たちに「おかえりなさいませ…大丈夫ですか?!」と苦笑したり心配そうに声をかけられる。今やレイリーは患者より顔色が悪いだろう。

「ラヴェル!」
「あ、レイリーさん。おかえりなさい」

  騎士服はとっくの昔に着替えていたのだろう、いつもの屋敷で着ているラフな服装をした若い夫が窓を見ていた視線をレイリーに向けた。
  可愛らしかったラヴェルは精悍な顔立ちになり、どんなご令嬢もラヴェルが望めば結婚を受け入れるだろう。
  そんなラヴェルとは年の離れた夫婦で、ラヴェルは7年もレイリーを思い続けてくれた。そんな奇跡に胡座をかいてしまい、誕生日を忘れるという失態をレイリーは犯したのだ。

「申し訳ない…、待たせてしまった」

  テーブルには完璧に準備されたディナー用の皿が置かれていた。レイリーが到着したことにより、使用人達は食事を取れるように準備を始める。

「レイリーさん」
「ごめん、えっと…そうだ。プレゼント、は……えっと。少し待って欲しい。本当にすまない……」
「レイリーさん、落ち着いてください」

  ワタワタと慌て言ったり、失敗したとばかりに顔を手で覆ったり、部屋の中をウロウロしたりするレイリーにラヴェルは微笑みながら声をかけてくる。
  前回結婚記念日すらレイリーは忘れていた。ラヴェルが全てを準備して夜中に帰宅してきたレイリーに怒りもせずに「結婚してくれてありがとうございます。これからもよろしくお願いします」と微笑んでくれたのは記憶に新しい。
  せめて誕生日は。誕生日だけでもちゃんとしようと心に誓ったはずなのに。どうして仕事のスケジュールは忘れないのにプライベートはこんなにポンコツなのか。

「レイリーさん、思い出して慌てて帰ってきてくれたんですか?」
「……あ、あー……いや、その」
「イヴさんが教えてくれた?」
「…………はい」

  なんとも情けない。ラヴェルには全てお見通しだ。仕方ないなぁと言わんばかりに微笑んでいる。

「レイリーさん、お腹空いたでしょ。食べながら話しましょう」

  今日二十歳になったばかりのラヴェルに誘導されて抜け殻のようになったレイリーは着席した。椅子を引いてくれて、やはり紳士である。使用人達は静かにテキパキとディナーを順番に置いてくれて、レイリーの好きな銘柄のワインを注いでくれた。

「レイリーさん、お祝いしてくれますか?」
「! ああ!もちろんっ」

  ラヴェルの言葉に浮かれるように気合を入れる。

「ラヴェル、誕生日おめでとう。君のこれからの前途を祝して」

  乾杯、とワインの入ったグラスを重ねる。二人ともワインを嗜み食事を始めた。ずっと待ってくれていたラヴェルに申し訳なさを感じつつも、こうやって一緒に食事が取れることが嬉しい。
  ラヴェルもレイリーの失態にイライラしている様子も全くない。本当に出来た夫だとレイリーはやっぱり申し訳なく感じた。

「誕生日プレゼントなんですけど」
「それは!ちょっと待ってほしくて……!すまない……!」

  するとラヴェルはニッコリと、今日1番に微笑んだ。ラヴェルにしては珍しく行儀悪くテーブルに両肘をついて手に顎を乗せてる姿すら絵になる。

「レイリーさん。結婚記念日も忘れましたよね?」
「う…はい」
「その時はレイリーさんも忙しいし、仕方ないかなぁって思ったんですけど…今回は流石に」
「なんの申し開きもできません…」

  30代が10歳以上年の離れた夫に叱られる図は、弟のイヴには絶対に見られたくない。けれどそんな些細なプライドも、ラヴェルならば簡単に掌をくるっと変えてしまえる程容易くなる。
  誕生日を忘れていたのだ。誕生日プレゼントなんぞ準備できているはずもない。

「レイリーさん」
「はいっ」

  ニッコリと手に顎を乗せて優雅に微笑むラヴェルは、大人になっても天使のようで女神のようだ。

「僕の言ったこと何でもひとつ聞いてくれませんか?」
「それはもちろん!」

  そんなことで許してくれるのならば。そんな軽い気持ちで首が取れそうになるほど頷いた。

  そして翌日、それは大いに後悔する言葉だったのだと思い知った。



□■□



「それで腰が痛いんですね」
「ううう……」

  翌日、情けなくもプライドなんかガラガラと打ち砕かれるほどの腰痛に見舞われ、天使の手を持つ弟のイヴに助けを乞うた。

「ダメですよ、兄様……男の何でもは許しちゃいけません」
「肝に銘じました…」

  恋愛経験富んだイヴに窘められ、更に兄のなけなしのプライドにトドメを刺される。
  次の自分の誕生日の時に同じように年下の可愛い『何でも言う事を聞く』ことをお願いされるのはあと何ヶ月後のこと。
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