【完結】泥中の蓮

七咲陸

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3章

それは埋もれ木に花咲くように

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「ノア!」


グウェンのことは放っておいて、シャンパンを呑んでいると、前から駆け寄ってきたのはレイだった。隣にはルークもいた。


「レイ! 良かった、布間に合ってたんだ」
「うん、ありがとね!ちょっとギリギリだったけどなんとかね!」
「うっ……色々やってる内に作りたくなって…」
「ノアの凝り性がスゴすぎるわ、ありがたかったけどな」


レイとルークにも突発的に刺繍を施した布を送った。前から少しづつ作ってはいたが、なんとか完成して間に合わせたのだ。レイにはルークの瞳の色のアメジスト色の布に金糸の蝶が舞っている蝶の周りにはしなやかな蜘蛛糸のように細い線が所々に描かれていた。

ルークにも黒地のタキシードに金糸の小さな蝶が襟元に刺繍で描かれている。


「もう陛下への挨拶終わったの?」
「終わった終わった。レイへの勧誘が凄かったぜ」
「やだーって言ってるのになぁ」
「勧誘?」


レイはふん、と鼻を鳴らしていた。


「王立魔法師団だよ、ほら、アーロイ王国が来た時に披露したでしょ?あの時陛下もいたからさぁ」
「だからやりすぎだって言ったんだよ…ところで、グウェン様は?」


ルークはキョロキョロとグウェンを探し始める。俺はニッコリ微笑んで答えた。


「あそこで蹲ってるよ」
「え、なに。怪我したの?」
「虫がいたからヒールで潰したんだ」


俺は微笑みながら答えるとルークからひぇ、という情けない声が聞こえてきた。


「え、えげつないな…」
「ふん!しばらくああしてればいいよ」
「またグウェン、ノアのこと怒らせたのー? 」


グウェンはまだ復活できていなかった。ルークはチラチラと心配そうに見ていたが、俺とレイは構わず、テーブルに綺麗に並べられている立食に舌鼓を打った。


「ノア殿」


食べているところ、後ろから名前を呼ばれて振り返ると、宰相閣下が立っていた。レイとルークは少し離れたところで食べ始めた。


「閣下、お久しぶりです」


タキシードに身を包んでいるが、相変わらず顔色は悪かった。なぜこの方はいつも体調が悪そうなのか分からないが、忙しい宰相の仕事を思い浮かべて1人で納得することにした。


「久しぶりだね。元気だったかな」


宰相閣下にも最近は呼ばれていなかった。教育や保険、医療などに関して前世の知識を粗方話し終えたからだ。そもそも前世でも10代までしか生きていなかったので、あまり話せることがなかった。


「ええ、元気ですよ。宰相閣下も相変わらず…お身体に気をつけて生活なさってください」
「ああ、忙しくてね…ありがとう。グウェン殿はどうしたんだい?」
「あそこにいます」


指を指すとまだ爪先を抑えて蹲っている残念なイケメンがいる。宰相閣下は不思議そうに見たが、少しすると見なかったことにしたのかこちらに向き直った。


「今日は息子を紹介したくて連れてきたんだ」
「?宰相閣下のですか?」
「そうだよ。来なさい」


呼ばれて、近くで違う方と話していた男性が宰相閣下の隣に立った。長身の顔は少し中性的な気がする。グウェンは眉目秀麗で表すなら、この男性は色気のある甘いマスクの男性だった。


「長男のステファーノ=ファヴァレットだ」
「どうぞ、ステファノと呼んでください」
「あ、初めまして。ノア=ライオットと言います。グウェンの妻です」


ステファノ様は宰相閣下の子供と言う割には顔色が良いのが特徴的だった。微笑みすら甘い。


「ノア殿は前に話しただろう。【記憶があるお方】だよ」
「ああ、あのお話の方だったのですか」


前世のことだろうか。宰相閣下の息子なら話されても安心できるな、と思っていると、甘いマスクをいっそ後ろに椿の花が見えてくるくらいに微笑みを重ねて言う。


「こんな美しい方だったんですね」
「なっ……!」


こんな直接的に言われたのはグウェン以外では初めてだった。

レデリート殿下もどちらかと言えば可愛いと表現していることが多く、慣れない言われように多少ドキッとしてしまった。


「こらこら。口説くのは止めなさい。後ろでグウェン殿が睨んでいる」


いつの間にか復活していたグウェンが、宰相閣下とステファノ様の後ろに立っていた。


「…なにか御用が?」


グウェンはずももももと音がしそうなくらい圧を出していたが、宰相閣下にはまるで効いておらず、話を続けられた。


「グウェン殿。実はね、息子に少し任せたいことがあってノア殿を紹介したんだ」
「任せたいこと?」


最近宰相閣下とは特になんの話し合いもしていなかったので、思い当たることがなかった。とは言っても、宰相閣下と会話するということは大体前世絡みだったので、今回も前世の知識を使いたいからなのだろうかと思い至る。

宰相閣下は色の悪い顔をしたまま微笑む。


「学園の創立だ」

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