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3章
月日変われば気も変わる
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馬車から降りると、久しぶりの我が家が見えた。なんだか、随分昔のことのように思えた。
色んなことがあった家だ。転生して、自分の状況を受け入れて、両親に愛されて育った。双子のレイも互いに思いあえる仲になった。ゴードリックの件があって、辛いこともあったが、俺には両親の思い出はここにしかない。
ゆっくりグウェンの屋敷よりは狭い庭園を懐かしく思って歩いていた。すると、執事が見えてきた。父やゴードリックの時からずっとこの家に尽くしてくれている人だ。
しばらく見ない間に皺や白髪が目立ち、少し老けた気がすると思いながら見ていると、執事がこちらに気づいた。
「申し訳ありません。お出迎えが遅かったようで…」
「ああ、いいんだ。大丈夫」
「……こちらです」
そう言って、勝手知ったる我が家を案内してくれる。しかし、まだ庭園の中にいるにも関わらず、ピタリと足を止めた。
「…?」
「ノア様、私は貴方が幼少の頃から苦手でした。」
背中を向けたまま話す執事の顔は見えない。
「大旦那様や大奥様に愛されていた貴方はまるで、人を見透かしているような目でこちらを見ておりました」
「そんな…」
「年齢にそぐわぬ口調や表情、態度に私は、大変失礼ながらも気味が悪いと思ってしまいました」
前世で17年生きていて、地獄を見て人間不信になっていた自分。両親やレイしか信じていない時期があったのを思い出す。
執事は振り返って顔を合わせる。ああ、やっぱり老けたなぁ、なんて思っていた。
「今更でしょうが、あの時の事を自己満足と分かっていようとも、謝りたいのです。私は、貴方を助けられたのに、それをしなかった」
「……ゴードリックが居た時に案内してくれたこと?」
「それだけではありません。幼少の頃、貴方がゴードリックにされていた事を知っておりました」
「…脅されていたんでしょう。あいつはそういう事を平気でする」
「大旦那様や大奥様には脅されたなどと言えませんでした」
執事の苦渋の表情をしている。後悔をし続けてきたのが分かる。俺は別に責められないと思った。使用人が、主人や上の者に逆らえようか。
「この歳になって、孫ができて、感じたのです。私はなんて事をしてしまったのだと」
庭園に風が吹いた。色とりどりの花は、いつもこの執事が庭師が居ない時は面倒を見てくれていた。
「許して欲しいとは思いません。本当は口にするのも烏滸がましいことです。ですが、これからも貴方がここに来ることをお待ちするのだけは許していただきたいのです」
執事は別に泣いていない。泣いてないのに、まるで泣いている子供のように見えた。
「……うん、また、必ずくるよ」
執務室に入ると、レイは顔を上げてパッと花開くように笑顔で出迎えてくれた。執事はお茶を準備してくれて、2人でテーブルを挟んでソファに座った。
「ええ?昨日の今日で王女が来たの?!」
「身内に犯罪者がいるのに、的なことを言われちゃったんだ。あの王女は人の痛いところを的確に突いてくる」
「なにそれ。加害者家族かもしれないけど、被害を受けたのも家族なんだけど!」
「貴族社会だと、やっぱり痛手だよなぁ……貴族じゃなくたってきっと王女みたいなことを言う人は居るだろうし」
俺はお茶を飲みながら呑気に言う。レイは少しプリプリしながらお菓子を頬張った。
「大体さぁ、僕のことだって別に僕が納得してるんだから良くない? 王女関係ないじゃん。難癖つけてるだけだって気づかないのかな?」
「まぁその難癖で離婚してくれたらラッキーって思ってるんじゃないかな…」
「てかどうやってゴードリックの件でノアにたどり着いたんだろ?」
「え?知らないのが普通なのか?」
レイが頷く。俺は言う噂が流れているのかと思ったが、そもそも噂が流れていたら多分刺繍も売れていないだろうと思い至った。
「だって、ゴードリックの件もアーロイ王国の事も箝口令が敷かれてるよ?第6王女にわざわざ知らされるわけないよ。大体あの感じだし、みんな腫れ物扱いでしょ」
なるほどと妙に納得してしまう。
「……離婚しちゃダメだからね」
「え?」
「え、じゃないよ!王女にあんな言われて分かりました、なんてダメだからね!」
「……しないよ」
「どうだかなー、諦め早いのがノアだからなー」
過去を振り返ると、大体そんな感じだったなと思い何も言い返せなくなった。
「僕もさ」
レイがポツリと、呟いた。
「僕も不安になってルークに聞いたんだ」
ゴードリックの件もあるだろうが、アーロイ王国の件で、レイは純潔を目の前で奪われた。あの時のレイの表情は瞼にこびり付くように残っている。
「子爵家だし、お金ないし、叔父は犯罪者で、処女でもない。魔法が人より使えるだけ、それだってノアのお陰で成り立ってるようなものだよって。本当に僕でいいの?って」
「……」
「でもね、ルークは、全部良いよって言ってくれたんだ。態度も表情も何も変えないで、それでも僕が良いって言ってくれたんだ」
レイは穏やかな声色で、一つ一つ噛み締めるように言う。
「それが今のレイなら、それが俺の好きなレイだ。ってね」
いつも天真爛漫なレイも、想い人を思い浮かべるとこんなにも綺麗になる。
「な、なんてね!自分で言うとすっごく恥ずかしい!」
ははは!と紅潮した顔を隠すようにお茶を飲み始めた。
「うん……ちょっと元気出た」
「そ? なら恥ずかしいこと言った甲斐があるよ」
それからはレイとお昼を食べて、レイは仕事の続きをすると言ったので、解散して屋敷に戻ることにした。
色んなことがあった家だ。転生して、自分の状況を受け入れて、両親に愛されて育った。双子のレイも互いに思いあえる仲になった。ゴードリックの件があって、辛いこともあったが、俺には両親の思い出はここにしかない。
ゆっくりグウェンの屋敷よりは狭い庭園を懐かしく思って歩いていた。すると、執事が見えてきた。父やゴードリックの時からずっとこの家に尽くしてくれている人だ。
しばらく見ない間に皺や白髪が目立ち、少し老けた気がすると思いながら見ていると、執事がこちらに気づいた。
「申し訳ありません。お出迎えが遅かったようで…」
「ああ、いいんだ。大丈夫」
「……こちらです」
そう言って、勝手知ったる我が家を案内してくれる。しかし、まだ庭園の中にいるにも関わらず、ピタリと足を止めた。
「…?」
「ノア様、私は貴方が幼少の頃から苦手でした。」
背中を向けたまま話す執事の顔は見えない。
「大旦那様や大奥様に愛されていた貴方はまるで、人を見透かしているような目でこちらを見ておりました」
「そんな…」
「年齢にそぐわぬ口調や表情、態度に私は、大変失礼ながらも気味が悪いと思ってしまいました」
前世で17年生きていて、地獄を見て人間不信になっていた自分。両親やレイしか信じていない時期があったのを思い出す。
執事は振り返って顔を合わせる。ああ、やっぱり老けたなぁ、なんて思っていた。
「今更でしょうが、あの時の事を自己満足と分かっていようとも、謝りたいのです。私は、貴方を助けられたのに、それをしなかった」
「……ゴードリックが居た時に案内してくれたこと?」
「それだけではありません。幼少の頃、貴方がゴードリックにされていた事を知っておりました」
「…脅されていたんでしょう。あいつはそういう事を平気でする」
「大旦那様や大奥様には脅されたなどと言えませんでした」
執事の苦渋の表情をしている。後悔をし続けてきたのが分かる。俺は別に責められないと思った。使用人が、主人や上の者に逆らえようか。
「この歳になって、孫ができて、感じたのです。私はなんて事をしてしまったのだと」
庭園に風が吹いた。色とりどりの花は、いつもこの執事が庭師が居ない時は面倒を見てくれていた。
「許して欲しいとは思いません。本当は口にするのも烏滸がましいことです。ですが、これからも貴方がここに来ることをお待ちするのだけは許していただきたいのです」
執事は別に泣いていない。泣いてないのに、まるで泣いている子供のように見えた。
「……うん、また、必ずくるよ」
執務室に入ると、レイは顔を上げてパッと花開くように笑顔で出迎えてくれた。執事はお茶を準備してくれて、2人でテーブルを挟んでソファに座った。
「ええ?昨日の今日で王女が来たの?!」
「身内に犯罪者がいるのに、的なことを言われちゃったんだ。あの王女は人の痛いところを的確に突いてくる」
「なにそれ。加害者家族かもしれないけど、被害を受けたのも家族なんだけど!」
「貴族社会だと、やっぱり痛手だよなぁ……貴族じゃなくたってきっと王女みたいなことを言う人は居るだろうし」
俺はお茶を飲みながら呑気に言う。レイは少しプリプリしながらお菓子を頬張った。
「大体さぁ、僕のことだって別に僕が納得してるんだから良くない? 王女関係ないじゃん。難癖つけてるだけだって気づかないのかな?」
「まぁその難癖で離婚してくれたらラッキーって思ってるんじゃないかな…」
「てかどうやってゴードリックの件でノアにたどり着いたんだろ?」
「え?知らないのが普通なのか?」
レイが頷く。俺は言う噂が流れているのかと思ったが、そもそも噂が流れていたら多分刺繍も売れていないだろうと思い至った。
「だって、ゴードリックの件もアーロイ王国の事も箝口令が敷かれてるよ?第6王女にわざわざ知らされるわけないよ。大体あの感じだし、みんな腫れ物扱いでしょ」
なるほどと妙に納得してしまう。
「……離婚しちゃダメだからね」
「え?」
「え、じゃないよ!王女にあんな言われて分かりました、なんてダメだからね!」
「……しないよ」
「どうだかなー、諦め早いのがノアだからなー」
過去を振り返ると、大体そんな感じだったなと思い何も言い返せなくなった。
「僕もさ」
レイがポツリと、呟いた。
「僕も不安になってルークに聞いたんだ」
ゴードリックの件もあるだろうが、アーロイ王国の件で、レイは純潔を目の前で奪われた。あの時のレイの表情は瞼にこびり付くように残っている。
「子爵家だし、お金ないし、叔父は犯罪者で、処女でもない。魔法が人より使えるだけ、それだってノアのお陰で成り立ってるようなものだよって。本当に僕でいいの?って」
「……」
「でもね、ルークは、全部良いよって言ってくれたんだ。態度も表情も何も変えないで、それでも僕が良いって言ってくれたんだ」
レイは穏やかな声色で、一つ一つ噛み締めるように言う。
「それが今のレイなら、それが俺の好きなレイだ。ってね」
いつも天真爛漫なレイも、想い人を思い浮かべるとこんなにも綺麗になる。
「な、なんてね!自分で言うとすっごく恥ずかしい!」
ははは!と紅潮した顔を隠すようにお茶を飲み始めた。
「うん……ちょっと元気出た」
「そ? なら恥ずかしいこと言った甲斐があるよ」
それからはレイとお昼を食べて、レイは仕事の続きをすると言ったので、解散して屋敷に戻ることにした。
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