【完結】泥中の蓮

七咲陸

文字の大きさ
上 下
36 / 92
2章

蝶の思いも天に届く

しおりを挟む
翌朝、寝室から出された。レイは朝のご飯に薬が混ぜられており、眠らされていた。

部屋には魔法士がズラリと並び、これから始まることは前例がなく困難を極めるだろうことが想像できた。

レイが死ななければ、俺は何でも構わない。死んだら俺も死ねばいい。グウェンの事が頭を過ぎる。でも、俺にはもうこの方法しか思いつかなかった。


「始めろ」


先頭に立つ殿下が魔法士に向かって言った。俺はレイが眠っている横で手を繋いだ。

床に書かれている魔法陣が妖しく光り出す。青く発光した玉が、レイから出てくる。玉の中には白と黄色の液体が混ざり合わずに入っていた。白の方が量が多い。俺は理解する。白い方が本来の俺の魔力だ。


「レイ……もう、大丈夫。大丈夫だよ」


自分の頬から暖かいものが流れる。

二度と逢えなくたって、構わない。見えなくたって、月を見れば繋がっている。

しかし、眠っているはずのレイの手が、ピクリと動いた。レイが目を覚ます。いや、元々覚ましていたのか。


「……なにが大丈夫なんだよ、ノア。大丈夫なんかじゃない、大丈夫なんて簡単に言わないで」
「…レイ?!」
「いい?僕は天才なんだ!出来ないことなんてない!」
「おい、止めろ!!」


レイの気迫と行動に殿下は詠唱の中止を求めるが、遅かった。

レイと俺の繋ぐ手が離れる。レイは成功させたのだ。


「……ぁ、れ、レイ……!」


一瞬の浮遊感。

黒い服を着た何かに包まれていた。それの正体に気づく。いつだって俺を優しく抱きしめてくれる、それは。


「……っグウェン!」
「ノア!」


グウェンを抱きしめながら、流れてくる涙は止まらなかった。ああ、逢えなくたって構わないと思っていたのは一体なんだったのか。逢ってしまえば、もう離れたくないと感じてしまう。


「ノア、一体どうやって!…っレイの転移か!」
「お、おいノア!レイはどうした!」


涙を流しながらもルークの焦っている顔を見た。助け出すはずのレイに、助けられてしまった。ルークに申し訳なくて、自分が悔しくて、言葉が上手く出せない。

2人は俺が落ち着くまで待ってくれた。


「ぅ……、レイは、俺だけ転移させた。早くレイを助け出さないと!殿下は絶対に俺と交換の交渉をしてくる!」
「……なぜ交渉になるのかは分からないが、それは絶対だな?」


グウェンの言葉に俺は強く頷く。

ルークは今にも飛び出していきそうだったが、グウェンの言葉を待っていた。


「ならば、手酷く扱われることはないだろう。交渉するならば、五体満足ではあるはずだ」
「……ど、どうすれば……」
「ノア、落ち着け。とりあえずフィライト王国へ戻って交渉の手筈を整える。レイはお前を今すぐにでも呼び出せるが、呼び出さないという事はまだ猶予はある」
「グウェン様!? ここまで来て!」


ルークは納得いっていないようだった。しかしグウェンは首を横に振る。相手が王子の時点で、普通の交渉では済まないとグウェンは思っているようだった。


「急いで戻る。先触れは既に父上に出してある。行くぞ」










2日掛けた道程も、馬に魔法を使いながら帰ることで半日でたどり着くことが出来た。

急ぎ王宮へ行くと、グウェンの父上、公爵様と夫人、宰相閣下が待ち構えていた。


「ノア!大丈夫?!」


夫人は俺の顔色を見て、俺よりもさらに顔色が悪くなる。

グウェンに支えられながらなんとか立っていたが、ソファに座らせてもらう。夫人が俺の身体を優しく摩ってくれる。


「一体、どうしてこんなことに……」
「そもそも、使節団が来ると決めてからが早すぎた。こちらの準備不足を狙うかのようにだ。そしてそれはゴードリックの死刑が決まった時点だった」


公爵当主の疑問に宰相閣下が考えを口にする。ゴードリックの死刑が確定していたことにも驚いたが、俺はレイのことで頭がいっぱいだった。


「という事は、元々ノア殿は連れて行く予定だったんだろう。レイ殿はおそらく演習で目をつけられた」
「……俺が、レイを頼ったから……!」


俺が招待状を貰ってたことを厭ったあの日、レイに甘えなければこんなことにならずに済んだはずだ。


「とりあえず交渉の余地はあると先触れで言っていたね?その交渉のカードを把握しなければこちらも交渉のしようがない。教えてくれるかい?」
「……それは、」


宰相閣下に言われ、俺の身体が震える。殿下の前では、あれしかないと思ってペラペラ喋った。

しかしここで話せば、グウェンから離されてしまうのでは、と思った。もう二度と、離れたくない。怖い。


「ノア。俺が必ず何とかする。大丈夫だ」


グウェンが俺の震える手を握って言う。俺はきっと、酷い顔をしている。けれど、グウェンは真っ直ぐ俺の瞳を見つめて言った。


「君の何かが、これからを変えようと。俺は君を愛している」


俺は静かに流れてくる暖かいものを感じた。グウェンはそれを掬ってくれる。


「必ず、君の隣にいる」


グウェンが微笑む。いつだって俺の欲しい言葉を言ってくれる。ああ、グウェンを好きになって本当に良かった。心からそう思った。

前を向き直し、目の前の宰相閣下へ説明する事を決意した。この18年間、隠し通した事実を。


「俺は、こことは違う、もっと発達した文明の記憶があります」


全員が息を飲んだ気配を感じる。


「俺は魔法なんかない、科学の発達した世界で17年間生きていました。そこでは馬車や馬ではなく、機械と言った科学の力で作り出した車や飛行機と言う物で自由に、とても速く移動したり、はるか遠くの人と人がやり取り出来る電話といったものなど……そんなモノがありふれた世界で生きてました」
「……聞いたことがない。それは、本当なのか」
「戦争は魔法や剣ではなく、銃や大砲、地雷、原爆と言った火器などを使用します。それは魔法なんかよりも簡単で…非道です」
「……一つ一つは理解できない。しかし、本当ならばそれは……」
「殿下は俺のこの知識を大変お気に召しました。いや、宰相閣下、貴方もですよね」


公爵さまと宰相閣下の顔つきが変わったのを見て、俺はこの騒動が終わった後、一体どうなるのか想像したくなかった。

しかしそれよりも、レイの身を案じる。


「こんな所で、そんな知識を出せば混乱に陥ります。だから今まで話しませんでした。あとは、俺はその世界ではまだ子供でした。知識はあっても作り出せる物は少なかったからです」
「いや……驚いた。君が言う通り、それを話せば……国がひっくり返るだろう」
「王国制の否定も出来ます。俺がいた国は民主主義と言われるもので、国王は廃止し、民衆からリーダーを排出させ、世の中を民衆が一緒に考えていくと言ったものでした」
「いやいやいや、やめてくれ。本当に国が転覆する。君が言いたいことは分かった」


宰相閣下の焦った顔で俺は話をやめる。ため息をつきながら、宰相閣下は胃を摩っていた。


「君が公爵家と婚約したのは僥倖だった。でなくては今すぐにでも王宮に軟禁だ」
「閣下!」
「落ち着いてくれ、グウェン殿。君が婚姻関係を結んでいる限りは問題ないと言っているんだ」


グウェンの握る手が強くなる。夫人も庇うように俺の前に手を出してくれていた。


「はぁ、とにかく。カードは分かった。だが簡単に応じることはもう出来ない、明らかにレイ殿よりもノア殿の持っている知識の方が有益だ」
「そんな!」
「だが、レイ殿は私たちの王国の民であることも事実だ。必ず救い出す」


宰相閣下が交渉を承諾してくれた事で、俺は安堵した。









「クソッ!!!」


殿下は悔しそうに顔を歪ませて悪態をついた。転移は絶対に成功してる。確信できる。


「おい!呼び戻せ!ノアをここへ呼べ!」
「……それは出来かねますよ。殿下」
「出来るだろう!呼び戻すくらいお前にはかんた……まさか……」


殿下は気づいたようだった。僕の中にある魔力が、僕のモノだけになっていることに。


「お前……!昨日の話、聞いていたな?!」
「ええ、聞いてました。ノアが齎すこれからの恩恵を考えたら、僕よりもノアは喉から手が出るほど欲しいですよね」
「この……!」
「ああ、殴るのはやめた方がいいです。殿下、もっと不利になりますよ?」


殿下が振り下ろそうとする拳は震えていた。怒りを必死に抑えていた。これから交渉のカードに使われるならば、これ以上のキズは自らの首を締めるだけだろう。殿下もそれは分かっているようだった。


「早く国王陛下へご報告した方がよろしいのでは?戦争になったら、確実に負けるでしょうね。ノアが火器と言ったものを駆使して来るでしょう」
「……っ!減らず口が……!」
「どう言おうと構いません。ノアを傷つけたこと、絶対に許さない」


僕はノアの話を聞いて必死に出来ることを考えた。そして僕から魔力量を奪う瞬間は魔法が使えると踏んだ。これは賭けだったが、上手く成功させることが出来た。


「ウォルター!こいつを監禁しておけ!」


従者はどこからともなく現れ、僕を羽交い締めにした。殿下は爪を噛みながら、恐らくだが国王陛下の下へ向かっていった。






僕は監禁されながら、これから出来ることを考える。

まぁとりあえず交渉の場には連れてかれるだろう。向こうの切り札はノアであり、ノアを出すならば僕が居なければ交渉は成り立たない。

けれど会えるとも限らない。魔法は使えないようにされるだろうし、声も出せないようにしてくるだろう。来た時同様、廃人のようにされるとも限らない。ましてや今は魔力量もほとんど無い。出来ることは自ずと限られてくる。


「まぁ、内側に記憶封鎖と毒耐性をかけとくくらいしか出来なそうかな」


魔法は万能であるが、今の自分には万能と言えるほどの魔力量は保有してない。全てノアに返してしまったのだ。

ノアの魔力は定着しているだろうか。気になるところだが、ノアがいない今、確認する術などない。


「天才はね、貪欲じゃなきゃやってられないんだよ。全部欲しがらなきゃダメなんだ」


けれども、突然ぽっかりと減った魔力量に身体がついていけてない。少しでも体力を戻すためには睡眠が1番だ。そう決めて、お情け程度の置かれた寝台のシーツに身を収めた。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

生徒会長の弟の恋愛感情

BL / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:51

ヒガンバナの箱庭

BL / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:49

元王子は帝国の王弟殿下の奴隷となる

BL / 完結 24h.ポイント:2,847pt お気に入り:239

愛したいと獣がなくとき。

BL / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:1,011

目を開けてこっちを向いて

BL / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:196

Double date ~大事な恋の壊し方~

BL / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:415

悪役令息の花図鑑

BL / 連載中 24h.ポイント:4,772pt お気に入り:1,351

【本編完結】断罪必至の悪役令息に転生したので断罪されます

BL / 完結 24h.ポイント:7,518pt お気に入り:2,637

処理中です...