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2章
多言は身を害して災いを呼ぶ
しおりを挟む翌日、レデリート殿下の目的の1つである美術品展示へ向かうこととなった。各ブース毎に展示した作者が説明を行っていく。レデリート殿下は説明を聞いて時折質問をしたりしていた。
そして展示室の1番奥にある広いブースに入ると、何日かぶりに見る婚約者の姿があった。
使節団が来るのを待ちくたびれたのか、入口に立っておらず、1番大きく見事としか言いようのない絵画のような刺繍の前に立っていた。
「ノアさん、案内をお願いします!」
案内係の者がノアを呼ぶ。ノアは気づいたのかゆっくり振り返った。
振り返った先に1番に見たのは、使節団ではなく俺だった。まるで百合の花のようになんの穢れもない清楚な微笑みを見せた。
周りの使節団からも感嘆のため息が聞こえてきた。今すぐここから連れ出して閉じ込めて縛り付けたい執着心と嫉妬心が湧き出てくるのを必死に抑える。
「申し訳ありません、こちらの作品を担当致しましたノア=ローマンドと申します。本日はよろしくお願い致します」
ふわりと花が綻ぶように微笑みながら、真ん中にいる殿下と握手を行う。殿下をちらりと見ると、目を見開いて動きが止まっているようだった。握手をしたまま止まったため、謎の間が現れる。
「……?あの?」
ノアが握手を離されないことで不思議に思い、殿下に声をかける。俺は我慢できずにノアへ助け舟を出すことに決めた。
「レデリート殿下、いかがされましたか」
「あ、ああ。すまない、よろしく頼むよ」
俺の声で正気に戻ったかのように、俺と挨拶した時と同じように殿下は笑顔を見せて握手した手をようやく離した。
ノアもホッとした様子で案内を始めた。ノアの作品をこんなに沢山一気に見るのは実は初めてだった。実家に飾ってある家紋の刺繍をしてくれた作品は素晴らしい出来で、何度も見た。しかし屋敷にはまだ作品は飾られていない。恐らく俺がノアの体力を奪っているのが理由だと思う。またアトリエの方にはあまり顔を出さない為、沢山飾られている作品たちは圧巻だった。
順番に説明をして回る。最後にたどり着いたのは、1番奥の俺の身長程はある大きな作品だった。
「これは……蓮か?」
「はい、蓮をメインにしております」
「水の部分はわざと汚い色を使っているのか」
殿下の言葉に、ノアはパッと明るく、殿下の方を向いて説明を始めた。
「一瞬でそこまで見て頂けるとは……そうです。蓮は泥より出て、それでいて泥に染まらぬ美しさがあります。どんなに汚れていても清白である事を表現致しました」
「……これほどの作品とは…これは買い取れないだろうか」
「え゛」
ノアは突然の買取発言に、殿下の前だが驚いて変な声が出ていた。驚きすぎて、どうすればいいのか一瞬分からなくなっており、俺をチラチラ見てくる。俺はまた助け舟を出すしかなさそうだった。
「殿下、発言をよろしいでしょうか」
「許す」
「ありがとうございます。これらの作品は現在ライオット家で管理をさせて頂いております。そのため、まずはライオット家に交渉して頂くようお願い致します」
「なぜライオット家? 先程ノア殿はローマンド家であると申していたが?」
「…こちらはライオット家と契約している者ですので」
殿下はなるほど、と独りごちる。横に控えていた従者がボソボソと耳打ちをした。殿下はああ、と納得しているようだった。
「グウェン殿の婚約者なのか」
さっきまで焦って顔を青ざめていたノアは、耳まで真っ赤にしていた。婚約関係を結んで、色々吹っ飛ばして、色々やっていても恥ずかしがる所は今でも変わらないな、と思う。
「~~~っ、……はい」
「おお、先程まで美人だと思っていたのだが、そんな可愛らしい顔をするのだな」
「っ!こほん、展示品についてはライオット家を通して下さい」
殿下にからかわれると、咳払いをしながら話を戻そうとしていた。
「分かった。しかし、刺繍でここまで表現するのは凄いな。アーロイ王国では海が近いためガラスが有名でな、ガラスで絵を表現しているんだ」
「ステンドグラスですか?」
「……驚いた、知っているのか」
ノアが殿下に気づかれない程度にビクリと身体を小さく揺らしていた。
「あまりこちらにはまだ流通していないはずだか、物知りだな」
「……ええ、たまたま見かけたことがありまして」
「そうか、しかしガラスだとここまで繊細に表現出来ない。ガラスはガラスで良い所はあるのだがな」
「……あの」
恐る恐る殿下に声をかけるノアに、刺繍を見ていた殿下はノアに視線を戻す。少し言いにくそうにしていたが、決断したのか口を開いた。
「ガラスを作っているということは、屑が沢山有りますでしょうか?」
「屑?ガラスの破片みたいなものか?まあ有るだろうな」
「! それ、全て買い取らせて頂けないでしょうか!」
ノアの勢いに殿下はキョトンとする。詳しくはないが、廃棄予定の物をくれと言っているのは分かった。怪訝な顔をする殿下にノアは詰め寄るように説明をする。
「極小のガラスを集めたいのです、ガラスに糸を通せるほど小さな穴を開けて、刺繍に使う事が出来たりアクセサリーにすることも可能です!とにかくたくさんの色が欲しいです!色ごとに分けて使うことで、きっと糸だけでは表せない煌びやかな世界が出来ます!」
一息に言ったノアの顔はキラキラとしていて、その顔とは正反対に俺は眉間に皺を寄せているのを自覚した。殿下は勢いに押されているようだった。
「それにですよ!ガラスの破片ならば民たちもアクセサリーとして手が届くようになるでしょう!なんせ宝石とは違い、希少性などは気にしなくて良いのですから!」
「宝石の代わりにガラスの破片……?」
「そうです!もう全て買い取ります!ステンドグラスが作成できるほど資源が豊富ならばそれはもう沢山、色んな色があるでしょう!」
ノアの勢いに完全に押された殿下は、しばらく引いていた。暫くすると、戻ってきたかのように笑い始めた。
「ふっ、くくっ、貴殿はとても面白いな」
「へ…し、失礼致しました……!」
「よい、良いだろう。私の方で工房へ交渉してみよう」
「! ありがとう存じます! では今後はライオット家を通して…」
「いや。貴殿を我が王国へ招こう」
次はノアが止まる番だった。王族に客人として招かれるという事が理解出来たのか、一気にザーッと血の気が引いている。かく言う俺も、血が下がっていく感覚がした。
「い、いえ…その、ガラスさえ頂ければ……あとはこちらで……」
「ステンドグラスの流通は先程も言った通りまだあまりしていない。そんなものを屑とは言え、簡単においそれと渡すことは出来ない。それにきちんと実物を見て判断した方が貴殿も良いと思うが?」
「……そ、それは……まぁ…」
「ああ、移動費や滞在費などは何も心配しなくても良い。こちらで全て負担する」
「あの……」
「後はライオット家宛に招待状を出しておく、我が使節団と共にそのまま出発としよう。ウォルマー」
ウォルマーと呼ばれた従者は、かしこまりましたと言って、恐らく招待状などの手筈を整えているようだった。
「では、有意義な時間であった。また会おう」
「あ……」
ノアの顔色が戻ることはしばらくなかった。俺の方をちらりと覗き込んできたが、ひっ、と言っていたので俺は多分おそらく絶対、怒っている表情をしていたのだと自覚した。
そして展示室の1番奥にある広いブースに入ると、何日かぶりに見る婚約者の姿があった。
使節団が来るのを待ちくたびれたのか、入口に立っておらず、1番大きく見事としか言いようのない絵画のような刺繍の前に立っていた。
「ノアさん、案内をお願いします!」
案内係の者がノアを呼ぶ。ノアは気づいたのかゆっくり振り返った。
振り返った先に1番に見たのは、使節団ではなく俺だった。まるで百合の花のようになんの穢れもない清楚な微笑みを見せた。
周りの使節団からも感嘆のため息が聞こえてきた。今すぐここから連れ出して閉じ込めて縛り付けたい執着心と嫉妬心が湧き出てくるのを必死に抑える。
「申し訳ありません、こちらの作品を担当致しましたノア=ローマンドと申します。本日はよろしくお願い致します」
ふわりと花が綻ぶように微笑みながら、真ん中にいる殿下と握手を行う。殿下をちらりと見ると、目を見開いて動きが止まっているようだった。握手をしたまま止まったため、謎の間が現れる。
「……?あの?」
ノアが握手を離されないことで不思議に思い、殿下に声をかける。俺は我慢できずにノアへ助け舟を出すことに決めた。
「レデリート殿下、いかがされましたか」
「あ、ああ。すまない、よろしく頼むよ」
俺の声で正気に戻ったかのように、俺と挨拶した時と同じように殿下は笑顔を見せて握手した手をようやく離した。
ノアもホッとした様子で案内を始めた。ノアの作品をこんなに沢山一気に見るのは実は初めてだった。実家に飾ってある家紋の刺繍をしてくれた作品は素晴らしい出来で、何度も見た。しかし屋敷にはまだ作品は飾られていない。恐らく俺がノアの体力を奪っているのが理由だと思う。またアトリエの方にはあまり顔を出さない為、沢山飾られている作品たちは圧巻だった。
順番に説明をして回る。最後にたどり着いたのは、1番奥の俺の身長程はある大きな作品だった。
「これは……蓮か?」
「はい、蓮をメインにしております」
「水の部分はわざと汚い色を使っているのか」
殿下の言葉に、ノアはパッと明るく、殿下の方を向いて説明を始めた。
「一瞬でそこまで見て頂けるとは……そうです。蓮は泥より出て、それでいて泥に染まらぬ美しさがあります。どんなに汚れていても清白である事を表現致しました」
「……これほどの作品とは…これは買い取れないだろうか」
「え゛」
ノアは突然の買取発言に、殿下の前だが驚いて変な声が出ていた。驚きすぎて、どうすればいいのか一瞬分からなくなっており、俺をチラチラ見てくる。俺はまた助け舟を出すしかなさそうだった。
「殿下、発言をよろしいでしょうか」
「許す」
「ありがとうございます。これらの作品は現在ライオット家で管理をさせて頂いております。そのため、まずはライオット家に交渉して頂くようお願い致します」
「なぜライオット家? 先程ノア殿はローマンド家であると申していたが?」
「…こちらはライオット家と契約している者ですので」
殿下はなるほど、と独りごちる。横に控えていた従者がボソボソと耳打ちをした。殿下はああ、と納得しているようだった。
「グウェン殿の婚約者なのか」
さっきまで焦って顔を青ざめていたノアは、耳まで真っ赤にしていた。婚約関係を結んで、色々吹っ飛ばして、色々やっていても恥ずかしがる所は今でも変わらないな、と思う。
「~~~っ、……はい」
「おお、先程まで美人だと思っていたのだが、そんな可愛らしい顔をするのだな」
「っ!こほん、展示品についてはライオット家を通して下さい」
殿下にからかわれると、咳払いをしながら話を戻そうとしていた。
「分かった。しかし、刺繍でここまで表現するのは凄いな。アーロイ王国では海が近いためガラスが有名でな、ガラスで絵を表現しているんだ」
「ステンドグラスですか?」
「……驚いた、知っているのか」
ノアが殿下に気づかれない程度にビクリと身体を小さく揺らしていた。
「あまりこちらにはまだ流通していないはずだか、物知りだな」
「……ええ、たまたま見かけたことがありまして」
「そうか、しかしガラスだとここまで繊細に表現出来ない。ガラスはガラスで良い所はあるのだがな」
「……あの」
恐る恐る殿下に声をかけるノアに、刺繍を見ていた殿下はノアに視線を戻す。少し言いにくそうにしていたが、決断したのか口を開いた。
「ガラスを作っているということは、屑が沢山有りますでしょうか?」
「屑?ガラスの破片みたいなものか?まあ有るだろうな」
「! それ、全て買い取らせて頂けないでしょうか!」
ノアの勢いに殿下はキョトンとする。詳しくはないが、廃棄予定の物をくれと言っているのは分かった。怪訝な顔をする殿下にノアは詰め寄るように説明をする。
「極小のガラスを集めたいのです、ガラスに糸を通せるほど小さな穴を開けて、刺繍に使う事が出来たりアクセサリーにすることも可能です!とにかくたくさんの色が欲しいです!色ごとに分けて使うことで、きっと糸だけでは表せない煌びやかな世界が出来ます!」
一息に言ったノアの顔はキラキラとしていて、その顔とは正反対に俺は眉間に皺を寄せているのを自覚した。殿下は勢いに押されているようだった。
「それにですよ!ガラスの破片ならば民たちもアクセサリーとして手が届くようになるでしょう!なんせ宝石とは違い、希少性などは気にしなくて良いのですから!」
「宝石の代わりにガラスの破片……?」
「そうです!もう全て買い取ります!ステンドグラスが作成できるほど資源が豊富ならばそれはもう沢山、色んな色があるでしょう!」
ノアの勢いに完全に押された殿下は、しばらく引いていた。暫くすると、戻ってきたかのように笑い始めた。
「ふっ、くくっ、貴殿はとても面白いな」
「へ…し、失礼致しました……!」
「よい、良いだろう。私の方で工房へ交渉してみよう」
「! ありがとう存じます! では今後はライオット家を通して…」
「いや。貴殿を我が王国へ招こう」
次はノアが止まる番だった。王族に客人として招かれるという事が理解出来たのか、一気にザーッと血の気が引いている。かく言う俺も、血が下がっていく感覚がした。
「い、いえ…その、ガラスさえ頂ければ……あとはこちらで……」
「ステンドグラスの流通は先程も言った通りまだあまりしていない。そんなものを屑とは言え、簡単においそれと渡すことは出来ない。それにきちんと実物を見て判断した方が貴殿も良いと思うが?」
「……そ、それは……まぁ…」
「ああ、移動費や滞在費などは何も心配しなくても良い。こちらで全て負担する」
「あの……」
「後はライオット家宛に招待状を出しておく、我が使節団と共にそのまま出発としよう。ウォルマー」
ウォルマーと呼ばれた従者は、かしこまりましたと言って、恐らく招待状などの手筈を整えているようだった。
「では、有意義な時間であった。また会おう」
「あ……」
ノアの顔色が戻ることはしばらくなかった。俺の方をちらりと覗き込んできたが、ひっ、と言っていたので俺は多分おそらく絶対、怒っている表情をしていたのだと自覚した。
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