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1章
再会はキスで
しおりを挟むいつもは静かで使用人の足音くらいしかしないこの館が少し騒がしい。招待客は続々と集まっているようだった。グウェンとレイはまだ到着していない。俺とルークは着替えを済ませ、招待客と会話をしていた。俺は主に刺繍を購入してくれた方々で、次の依頼をしたいというありがたい申し出なんかもあった。制作活動が出来てない今は引き受けられないため、再開したら伝えますとだけ言って依頼は断った。ルークは侯爵家と縁のある方々と会話をして楽しんでいるようだった。
「皆さん、本日は我がライオット公爵家に来て頂き感謝申し上げる。本日の主役は我が息子、グウェンの婚約者ノアとその兄レイだ。盛大に誕生日を祝う、最後まで楽しんでいってくれ」
公爵当主の言葉でパーティーが始まる。大きな拍手で会場が包まれた。自分の誕生日をこんなに沢山の人に祝われたのは初めての事だった。気恥ずかしくて顔が熱くなるのが分かった。
「なんと主役のレイが遅刻しているので、挨拶はまた後ほど…」
そこで、後ろに控えていた執事が当主様へ耳打ちする。少しすると当主様は頷き、俺においでと手を差し出した。なんだろうと思ったが、言う通り当主様の近くへ向かった。
「レイが到着した。ノアから挨拶をしなさい」
「は、はい…」
そう言われ、考えていた言葉を発しようとする。しかし前を見たら思ったよりも多い招待客、こちらを一斉に見つめてくる目、自分の言葉を待っている静かなこの時間がプレッシャーを与えてくる。そもそも初めてのパーティーが主役って…どうしよう、どうすれば…
「ノア、落ち着いて」
後ろから、声をかけられる。振り向くと自分と瓜二つの姿が、俺の肩をぽんと手を置いて落ち着かせてくれる。
「この度は、私たち2人のためにこのような素晴らしいパーティーを開いて下さりありがとうございます。主催して下さった公爵家の方々、参加してくださった皆様、準備をして下さった公爵家の使用人の方々のおかげです。今日は皆さんと一緒に素敵な時間を過ごしたいと思っています。是非皆さんも楽しんでいってください」
レイの言葉にまた拍手が起きる。レイの方を見ると、俺にウィンクをした。
「ノア、久しぶり!」
たった今までとてもかっこよかったレイはどこかに行って、いつものように俺に甘えるように抱きしめてきた。
「レイ!会いたかった!」
俺も抱きしめ返すと、涙腺が緩んできた。レイの香りと体温が、俺を包む。あんなにどう接すればいいか分からないとウジウジしていたのに。レイが全てを吹き飛ばしてくれた。
「なんで泣いてるの。化粧してくれたアイリスに怒られちゃうよ?」
「レ゛イ゛~~~」
レイはクスクス笑いながら、感極まった俺の涙を優しく拭いてくれる。ふとレイの姿に違和感を感じる。
「レイ、髪の毛切ったの、聞いてない」
「うん、バッサリ! 」
背中の半分まであった長い髪は、ツヤを保ったままだが肩口まで切りそろえられていた。
「が、がわ゛い゛い゛~~~」
だばーっと出てくる涙が止まらなかった。手紙であんなにやり取りしていたのに、レイの顔を見て本当に安心した。レイが元気で、俺といつものように接してくれて、あの日と同じ、優しい瞳で見てくれている。
「ありがと!ノアも変わらず可愛いよ!」
「おい、なんで泣いてるんだ?」
横から、聞き覚えのある低くて色気のある声がする。聞きたくて、恋しくて仕方なかった。走ってきたのか、息が切れている。髪も少しだけ乱れていた。
「ノアは、僕に会えたから泣いてるの! 可愛いでしょ! グウェンにはあげないよー!」
「可愛いが! いや、返してくれ!」
「やだやだ! ノアは産まれる前から僕のだからね!」
「そろそろ弟離れしてくれ!」
レイとグウェンのやり取りをみて、周りから微笑ましいと言わんばかりに暖かく見守られていることに気がつく。恥ずかしくなって小さく縮こまっていると、腕を強く引っ張られる。レイは咄嗟のことに俺から抱きしめていた腕を離した。引っ張られた方に重心が傾く。
「ノアは返してもらう」
気がつくとグウェンの腕の中にいた。
「…仕方ないなー、今日は譲ってあげる。たまに取り返しに行くからね」
そう言うと、レイは背中を向けて招待客の中に混じって行った。
「ノア」
「グウェン様、あの」
沢山の人がいる、のに。抱きしめられる力が強くなる。そのまま、手を引かれ会場から少し離れたテラスに連れていかれた。テラスは日が落ちて暗幕がかかったような夜の中、少しの月明かりと星がキラキラとしていた。
「会いたかった」
そう言って、グウェンは俺をもう一度抱きしめてきた。暖かくて、いい匂いがする。目をつぶって、グウェンの体温を感じる。
「俺も、会いたかった」
ゆっくり背中に手を回す。当てた手からじんわり体温が伝わってくる。
「いつ到着したのですか?」
「さっきだ、レイの着替えが早くて出遅れた」
「レイと一緒だったのですか?」
「ああ、同じ討伐隊だったからな。そのまま一緒に…どうした」
3ヶ月だ、俺は3ヶ月会えなかったのに。仕事とはいえ、レイとは会っていたなんて。頬が勝手に膨らむ。
「…ずるい」
「え、いや、レイは明日からようやくルーク家の勉強が落ち着くと言っていたから」
「レイとは会ってたなんて、ずるい!」
グウェンの言葉を遮るように叫ぶと、静まり返った。突然叫んだからグウェンが怒っているのかもと思い、上を見上げると、グウェンは口を抑えて顔を逸らしていた。
「ふっ…」
「な!笑わないで下さい!」
「いや、可愛くてな…」
「~~っ、可愛くないです!」
グウェンの胸をポカポカと叩くが、均整の取れた筋肉にはビクともしていないようだった。グウェンはまだ悶えるように笑っていた。
「悪かった、許してくれ」
「…むぅ」
「機嫌を治して欲しい。どうすれば治してくれる?」
グウェンの吸い込むような黒い瞳が俺だけを映す。 自分だけを見てくれているのが分かる。機嫌なんかそれだけで治ってる。
「じゃあ、キスして下さい」
でも少し、もう少し機嫌取りをするグウェンを利用したい。ずっと恋しいと思っていた。ようやく触れられた。
「お易い御用だ」
グウェンはそういうや否や、俺の頬に手を当てて少し屈んでくれる。グウェンの唇が自分の唇に触れる。触れた先から好きという気持ちが溢れてくる。触れただけのキスの後、少しだけ視線がぶつかる。どちらともなくもう一度キスをした。
「ん…」
キスだけなのに、気持ちよくて声が漏れそうになる。
「っん、っふ…ぁ、ん…んん」
グウェンの舌が歯列をなぞる。上顎をなぞられると背中がゾクゾクとして、身体が熱くなってくるのを感じた。くちゅり、と音がする。唾液が俺の口端から垂れる。
「ふっ、ぅ…ん……ぷぁ」
息が続かなくなりそうなところでグウェンは口を離した。2人の口から唾液が糸のように繋がっている。まるでまだキスを続けているようだった。
「……すまない、やり過ぎた。火照りが冷めたら戻ろう」
「ふぁい……」
グウェンは抑えが効かない、とブツブツ言っているようだった。パーティーはまだ始まったばかりだったことを思い出した。
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