【完結】泥中の蓮

七咲陸

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1章

襲い来る過去

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『目を覚ましたの?ノア』
『レイも目を覚ましてるぞ、お寝坊さんだ。パパとママだぞー、分かるかなー』

ほっぺたをつんつんしながら、父と母が俺の顔を覗き込む。前世で死なせた、悲しませた両親と同じようなことをしないようにしてきた。前世では母を自殺に追い詰め、父は泣いていた。二度とあんなことにはならないように、魔法がなくても挫けずに、レイを優しく労り、2人が悲しまなければいいと自分の全てをかけてきた。なのに。

「これが罰というやつだ」

俺が、俺の後ろから罪の重さを耳元で囁く。どこから間違ったのか。レイの婚約者と知ってからも気持ちを抑えられなかった。彼に告白なんてしなければ、彼は食事会の時に追いかけて来なかった。そうすれば、骨折なんかしなくて、彼とこんな爛れた関係にもならなかった、なんで。どうして。

「お前が同情させた。告白して、責任を押し付け、過去を話して。お前が唆したんだ」

今度こそ、両親を悲しませない。そう決めていた。彼の近くにいて、キスをして、忘れてしまっていた。この罪が、俺に罰を与えたんだ。

葬式は雨の中執り行われた。いつもは走り回って元気なレイが、落ち着いて喪主をしている。レイの横にはグウェンも居た。レイは落ち着いているように見えて、手と肩が震えていた。それを支えるかのように彼は手を差し伸べている。鬱鬱たる雰囲気の中だが、確かに優しい空間があった。神父が両親に安らかな眠りを祈る。俺も同じように祈るしかなかった。

「これから、ローランド家はどうするのかしら」
「レイさんはもう時期公爵家に嫁ぐのよ」
「え、ノアさんはどうするの?」
「それが、魔法の才能は全くないから出ていかなくちゃいけないのよ。代わりにほら、あそこにいるゴードリック様が当主になられるのよ」

参列者の密談が耳に入る。両親は、領地の確認のために馬車で出かけていた際に、魔物に襲われたそうだ。父と母も魔法で応戦したが、数が多かったそうだ。美しかった父と母の姿は見るも無惨に食いちぎられていた。

「え、ゴードリック様は前当主様に追い出されたのに?」
「跡継ぎが居ないもの、国に返上しては今度はレイ様に家格が無くなってしまうのもまずいからよ」

ざああと降り続ける雨が神父の祈りの言葉をかき消す。代わりに聞こえる噂話。何ら間違いはなく、笑えそうにもなってきた。

「ノア」

肩が震えた。声でわかる。嫌だ。二度と関わりたくないと思っていた男の声だ。

「大きくなったじゃないか。ジェラナ様にそっくりなままだ」
「っ!」
「昔からお前たち双子は美人だったな。オドリアス兄さんに似なくて良かったよ」

葬式の場なのに、ニタニタと嫌悪する表情でこちらを見てくる。昔と変わらない、欲情した目だった。

「アーロイ王国でもお前の作品はたまにオークションに出ていたのを知っているか?ノアにそんな才能があったとは驚いたよ。俺は当主になったらお抱えの職人として迎えようと思うんだが」
「……結構です」
「後ろ盾は必要だろう?職人1人を生かすも殺すも簡単だぞ?」
「…いえ、暮らすには申し分ないくらいで構わないと思っていますので」
「お前は昔から我慢強かったなぁ?今もそうなのか?」

眼光を鋭くさせて耳打ちしてくる。足の感覚がない。俺はちゃんと立っているのか?あの時の恐怖と不快が身体の全身を駆け巡る。レイとグウェンは遠く、こちらに気づいていない。レイを見て罪と罰が俺を襲う。この矛先が、1度でもレイに向かうことが許せなかった。

「今夜、屋敷に来い」

力なく頷くしか出来なかった。4度目の地獄が、近づいてくる。

葬式が終わり、一人一人に参列のお礼を伝える。全員にお礼を言い終えたところで、レイとグウェンが揃って俺のところに来た。

「ノア、公爵様が今日からもうそのまま僕もライオット家に入っていいってだから行こう」
「2人とも、帰ろう」

レイに手を掴まれる。右手の痛みはもうほとんどない。ゴードリックとの約束を破ればどうなるか分からない。2人だけでどうにか帰ってもらわなければ。

「俺はもうほとんど治ってる。このままアトリエに帰るよ」
「なんで!絶対にアトリエに行かせないよ!」
「レイ落ち着いて。公爵様に治療が終えたら作品を作ることを約束してる。道具を取りに帰るだけだ」
「それでも!今日は絶対に行かせない!」
「レイ…」

どうしようかと思案する。これ以上の言い訳は今思いつかなかった。どうにか説得するしかないと思っていたがグウェンから提案される。

「道具はうちの者達に全て運ばせる」
「な、やめてください!」
「丁寧に運ばせる。文句は無いはずだ」
「ノア、行くよ!」

グウェンの強引な言い様をされて頭に血が登りかけたが、レイに手を引かれる。優しいが強い力で振り解けそうもなかった。

「どこにも行かせないから」

レイを後ろからしか見えなかったが、雨とは違う、透明で綺麗な水滴が頬を伝って輝いているのがわかった。



ゴードリックは2人に連れていかれるノアを屋敷の中から見ていた。レイもノア同様美しく育ったが、家格が上の公爵家に喧嘩を売るようなことは出来ない。しかし、あの魔法の才能なんか欠片も無い役立たずのノアの方なら簡単に手に入る。しかもあいつには俺との過去の噂を知ってる奴らがいる。どこにも嫁げやしない。

「本当にジェラナそっくりだ…、ノアは必ず手に入れる」








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