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1章
3度目の地獄
しおりを挟むあれから数ヶ月が経った。レイは学校が忙しくない時は必ずアトリエに顔を出していた。グウェンは約束を守ってくれているようだった。父と母は健在で、手紙のやり取りをしていた。あの日、グウェンとのやり取りがあった後、父と母に見送られた。父と母は既に目が赤くなり腫れている俺を見て、大きく慌てふためいていた。出て行きたくないと思っていると勘違いした2人は、無理に出ていかなくていい!とものすごい勢いで引き留めようとしてきた。優しい2人を振り切って家出のように馬車に乗り込んだのはいい思い出だ。そんな事があったからか、領地経営が忙しい自分たちの代わりにレイにこまめに様子を見に行くようにと伝えていたらしい。
「でね、聖魔法師団と王国魔法師団のどっちかで悩んでるんだ。ノアはどっちが僕に向いてると思う?」
「魔法を一切使えないやつに聞くことじゃないと思う…」
「ええー、でも聞いたことくらいあるでしょ?いまや民の声に1番近いのはノアだと思うんだよね」
「…いや、ほとんどここに篭ってるからルークくらいしか会わないんだけど…」
「やだ!その名前出さないで!」
ノアは頻繁にここアトリエに出入りするようになったが、隣に住むルークという侯爵家の8男が気に食わないようだった。ルークは騎士団に所属しており、自分で言っていたので定かではないが腕も良いらしい。同じく騎士団に所属するグウェンが認めていたとレイが渋々口にしているのも聞いた。グウェンとはまた違った方向でイケメンの彼は2枚目俳優の顔をしている。そんなルークの趣味がレイには苦いものだった。
「あんなやつの隣なんてどうかしてる! ノア、今すぐにでも帰ってきてよ!」
「レイの事が気に入ってるだけだよ、俺には害がないからなぁ」
「そうだぞ、ノアには手を出さない!むしろノアがいる限りレイが来るのは分かっているからな!」
げ、という嫌がっている声を出しながらレイは刺繍を休憩してお茶を飲んでいた俺の後ろに隠れた。入口の方を見ると、刈り上げられスッキリしているマッシュで茶色の髪が良く似合う騎士が立っていた。
「ルーク。一応レイは売約済みだからその辺は気をつけてね」
「婚約者が居なければ口説いていたかもしれないが、そうじゃないから仕方ない。可愛がるしかない!」
よーしよしよしとレイの身体を押さえつけ、頭を無理やり撫でている。レイも暴れて応戦しようとするが、魔術師の細い体では抗うことは不可能だった。
「ほんとやめてよ!僕ペットじゃないんだから!」
「おー可愛いなぁ…癒されるなぁ」
家ではレイがこんなに翻弄されていることは有り得ないので、レイが泣く寸前まで助け舟は出さない。最初こそ怯えてすぐ泣いていたレイは、ルークの遠慮ない態度に少しづつ慣れていっているようにも見えたからだ。
「ううう…! 絶対許さないいい」
「はいはい、ルーク今日はここまでにしてあげて。レイもキャンキャン吠えるから構いたくなるんだっていつも言ってるのに」
「キャ、キャンキャンって!犬じゃないか!ひどい!」
「犬かーいいなー、そうだなぁ首輪とかプレゼントするか」
むきー!っとレイが本当に怒り出したので、ルークからレイを引き剥がして抱き締め、背中をポンポンと軽く叩いた。
「はいはい、分かったから。ちょっと落ち着いて。ルークにはちゃんと言っておくから」
「う、嘘だ。いつもそう言ってルークは僕をいじめるのに…!」
「それはルークに学習能力がないだけだよ。あとやっぱりレイのその態度が楽しくて仕方ないんじゃない?」
「はっはっは、その通りだ」
レイが持ってきた茶菓子のマカロンをルークは頬張る。レイはそれを見て、ノアの為に買ってきたやつなのに!とまたルークに噛み付いた。
「レイ、分かったから。そろそろ俺も仕事するから、食べたら遅くなる前に帰るんだよ」
「なんで!今日は約束したでしょ!」
「あ?なんかノアこの後約束してたのか?」
「…それはこの間断ったでしょ。父上と母上との食事会ならまぁ行くけれど、どうしてレイの婚約者と食事するの…」
ルークの疑問に対し、説明するように答える。レイは先程のやり取りがあって、涙目のまま貴族らしからぬむくれ方をしていた。
「父上と母上も一緒の食事なの!今日は絶対来てって言ったでしょ!」
「俺はもう家を出た身なんだから、俺が居なくても構わないだろ…ただの食事会なんでしょ?」
「まぁ、確かに。ただの食事会なら出ていった奴は無理に行かなくてもいいな」
「ううう…こ、今回は違うの!ただの食事会じゃないの!」
はてなマークを飛ばしながら首を傾げて考えた。レイは何故か隠したがっているが、理由は食事会だけじゃない。グウェンも来る。両親も一緒。そして家族の俺にも同席を望む…
「あ、結婚するの?」
俺はあっさりと口にした。レイは顔をこの世のリンゴ以上に真っ赤にしながら俺を涙目のまま見上げていた。
「なんで今言うのーーー!」
「いや、そうならそうだって言ってよ…」
「言ったら来てくれたの?!」
「……」
「目を逸らさないでよ!」
「お祝いの席だから来て欲しいって事か、なんだ。ノア、それは参加する必要があるぞ」
ルークに諭され、ノアはため息をついた。
「早めに言ってくれないと困るよ…服とか準備してない」
「僕が準備してある!」
「え、なんでレイが…」
「じゃないとそれも言い訳にして来なそうだから!」
これまでの散々な言い訳パレードが、レイに学習能力を持たせてしまっていたようだった。ノアは再度ため息をつきながら諦めの姿勢になった。
「分かった、行くよ。何時から?」
「んーとね、18時」
え、と思い、壁にかかった時計を見上げる。時計の読み方や食べ物は世界が変われど一緒だった。しかし、この世界は移動は馬車。自動車などという文明の利器は魔法という便利のようで不便なものの所為であるわけがなかった。時刻は短針が5にさしかかろうとしている。
「いやいやいや!間に合わない!え!俺だけなら良いけど、主役のレイが間に合わない!」
「おー、珍しくノアが大きい声で慌てとる…」
「ノアー、これ着替えね。場所はグウェンの家だよ」
「ちょ、今すぐ着替えて、祝いの品を準備していたら絶対に18時には間に合わない!レイ!もうレイは先に行って!向こうで着替えとかあるでしょ!早く帰れ!!!」
「えー…ここで着替えて一緒に行こうと思ったのにぃ」
いいから早く帰れ!とレイを追い出すように部屋から出した。ぜーはーと息を切らしながら部屋に戻り、慌てて少しづつ準備していた祝いの品を取り出した。祝いの品は、ウェディングヴェールだ。男だが、ヴェールを被る習慣があるというのを教えてもらい準備していた。レイが結婚する時に渡そうと、時間をかけて丁寧にチュールに刺繍を施した。
「それ、渡すのかよ。お前ほんと凄いな。神かよ、それとも聖人か?」
「神でも聖人でもないよ。双子の弟として渡すんだ」
「自分が好きなやつと結婚するのに祝うなんて、地獄だな」
ルークは最後のマカロンを頬張り、椅子の背中に肘を置いて行儀の悪い格好で続ける。
「…地獄はもう2回味わってる、それが3回になるだけだ」
1度目は、前世の暴行。2度目は失恋、3度目は失恋相手の結婚だ。ヴェールを箱に包みながら笑えないのに自虐の笑みが零れてきた。
「なぁ、俺のタイプはレイだけど、顔同じだしお前ならイケそうだな。俺と付き合うか?」
「代替品として付き合うとか、それこそ地獄なんだけど」
「だよなー、俺もそう思うわ。ま、考えといてよ」
「考えた。無理」
ヒデェ、と言いながら椅子から立ち上がり、ルークは部屋を後にした。すぐさまレイが置いていった服に着替えて、祝いの品を持って馬車を掴まえ、ライオット公爵家に向かった。
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