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1章
告白
しおりを挟むガゼボに着くと、2人は既に到着していた。2人が談笑している姿は絵画の一部のように切り取れそうな景色だった。これからお茶会が始まるのか、まだ一滴もカップに注がれていなかった。メイドが準備している茶器は2つだった。
「ノア! 本当に来てくれたの!」
「…お久しぶりです、グウェン様。兄が迷惑をかけておりませんか」
荷物を奪った犯人の言葉は無視し、まずはグウェンに目も合わさず当たり障りのない挨拶をした。
「ああ、久しぶり、ノア。来るという話は聞いていなかったので少し驚いた」
「ふふ、久しぶりに会いたくなったので」
「え! ちょ、え?!」
もう少し憂さ晴らしをしたくなったのでレイを弄った。レイは慌てた様子を見せて、グウェンの腕を掴んだ。
「と言うのはまぁ置いといて。レイ、本当に鞄を返して欲しい。仕事にならない。レイだって魔法を使う時に杖がなくなったら困るだろう」
「レイ、何をしたんだ?」
「うっ…ちょ、ちょっと困らせただけだよ…でも!ちゃんと返すから!一緒に座って話そうよ」
あまり騒ぎ立ててもな、と思い小さく溜息をつきながらレイの隣に座ることにした。レイの我儘にいつも翻弄されてしまう。グウェンはこの先大変だろうな、と自分の過去を振り返りながら思った。
「ハイネ、ノアの分も準備して」
「かしこまりました」
レイ付きのメイドに指示を出すと、ハイネと呼ばれたメイドはもう1つの茶器を取りだし3人分準備を始めた。レイにはメイドが付いているが、俺には付かない。俺にお金を掛ける余裕は父と母にない。領地運営と魔法学校の進学、今後の嫁入り道具諸々、教養を深めるレッスン費などほとんどがレイに充てるお金だ。俺に好きなことをやっていいと言ってくれた父だったが、本当に苦労したと思う。だから俺がお茶会などやっても優雅に飲むことは出来ない。レイの見よう見まねでやるしかない。
「ノアは僕に本当にそっくりでしょ」
「姿形は本当によく似ている、がノアの方が落ち着きがあるな」
「む、僕だって出来るよ」
「ふっ、どうだか」
お茶を飲みながら見た2人のやり取りがとても自然だった。婚約から7年経って、緊張なく、穏やかな空気が流れている。ああ、だから来たくなかったのに。グウェンの方が見れない。
「ノア聞いた?グウェンってばたまに意地悪してくるんだよ!」
「…好きな子には意地悪したくなるものだよ」
「え! …ノア、そういうこと言うんだ。なんかそっちにびっくりした」
「俺は大人になったんだよ、レイと違ってね」
本当ならば30代になっている。だけど意地悪を言うことくらいは許して欲しい。初恋が叶わなかったのだから。少しむくれたノアを見て、小さく笑みが零れるのを自分でも感じた。
「ノアの笑った顔、久しぶりに見た…」
「そう? …グウェン様、無作法ですが、これで失礼します。ほら、荷物返して」
「やだ、もうちょっと話そうよ!気軽に会えなくなっちゃうんだか…」
「もう少しいたらどうだ」
それは、思ってもない所からの提案だった。咄嗟に、見ないようにしていた人物を見てしまった。
「そうだよ! グウェンもこう言ってるんだ、無作法と思うならもうちょっと居て!」
この男は、初めて会った時も精悍な顔立ちだったが、更に深みが増して俳優顔負けの美丈夫となっていた。自分とは程遠い逞しい体格に羨ましさすら感じた。初恋が、風邪のようにぶり返しそうだった。
「レイは拗ねると可愛いが、面倒臭くなるのと紙一重だ。私はまだノアが居てくれると助かるのだが」
「…それは、命令ですか」
「っ、ノア?!」
「君がここから居なくなろうとしているなら、命令にする」
本日何度目かの溜息をつきながら再度着席した。なんとなく視線を感じてメイドの方を見ると、レイを困らせたからだろうか、俺を睨んでいるようだった。益々居づらさを感じながら、もう一度お茶を口に含んだ。お茶が苦く感じた。
「ご歓談中失礼します。レイ様、会議のお時間です」
「あ…ああ!領地魔法防御再建の会議?今日だった?!」
「左様でございます」
「ええー…でもあの会議ってすぐ終わるはず! グウェン、ノアを引き止めててね!」
絶対だよ!すぐ戻る!とおよそ貴族とは思えぬ優雅さに欠けた急ぎようでレイは駆けていった。メイドも失礼しますと一礼し、レイの後を追った。メイドが睨んだのは、会議中グウェンと俺が2人きりになることが分かっていたからだったと気づいた。レイが座っていた椅子の背もたれに荷物があるのを確認できた。しかし、グウェンに命令された手前、逃げ出すことは不可能だった。
「本当に大きくなったな、まぁ今も抱きかかえられそうなくらい細そうだが」
「…あの時はまだ子供です」
「しかしまだ17歳だろう」
「そうですね、あの頃のグウェン様より歳を取りました」
「それは、私を年寄り扱いしているのか?」
「いえ、滅相もありません。大きくなったという事を表す比較対象です」
少しギスギス感があるが、普通に話せていることに軽い感動を覚えつつも、グウェンのカップが空になっていることに気づいた。しかし周囲にはメイドがいない。仕方なしに立ち上がってお湯が入ったポットを持ち上げて、ティーポットにお湯を注いだ。ティーコゼーを被せ蒸らす。
「…驚いた。お茶の準備が出来るのか」
「まぁ、俺にはメイドが付いてないので基本的に自分で全部やらなくてはならないですからね」
「メイドが付かない?」
「知っているでしょう?ローマンド子爵家の財政難を」
「しかし、メイドくらいは付けられるだろう」
グウェンの言葉にチクリとするものを感じた。そう、お金が足りないというのも事実だ。しかし父と母は、自分たちが居なくなって叔父から追い出されるかもしれない未来を考えて1人でも生きていけるようにしてくれているのだ。充分に蒸らした後、ティーコゼーを外し、グウェンのカップにお茶を注いだ。
「ここには、父と母しか助けてくれる人は居ません。魔法が使えない俺は、いずれ出ていくことになっていました」
「その事はなんとなく気づいてはいたが…ちょっとまて。味方は両親だけとはどういう意味だ」
「その言葉通りですよ。レイはいずれ公爵家に嫁ぎます。俺はレイの傍にいることは出来ません」
「いや、兄弟なら公爵家に招くことも出来る」
なんと残酷なことをこの人は口にしたのか。俺の想いを知らないからそんなことが言える。イケメンは険しい顔でも絵になる。
「……お茶が冷めます」
「レイだって君が出ていくことを望んでいないだろう。私が許可すれば、レイはきっと君を招きたいと言うはずだ」
「もうアトリエは完成したのです。手に職もつきました。保護はもう要りません」
「頑なだな。何故そんなにレイから離れたいんだ」
レイから逃げ出したいんじゃない。机の下で手を痛いほど握りながら身体が熱くなるのを感じていた。
「ふふ、レイから?俺がどうして自分の半身から離れたいと思うんですか?」
「? どういうことだ」
その先は口にしてはいけない。ああ、どうしてレイはグウェンと会わせたのか。メイドも私とグウェンを2人きりにしたのか。どうして、あの日花壇で俺を見つけたのがレイじゃなかったのか。自分の所為じゃない。誰の所為でも、ない。
「貴方の事がずっと好きなんです」
その後は止まらない歯車のようにペラペラと口が回った。ざぁ、と風が吹いて色とりどりの花びらが舞う。
「初恋です。小さい頃、花壇で会った時から、貴方のことをお慕いしておりました。けれどレイの婚約者であると言われ、その日のうちに終わったのです。その後は、想像できますよね?貴方に会わないようにずっとしてきました。レイから俺が貴方と会わない理由を言われてきたのではないのですか?そうです、あんなの適当などうでもいい言い訳です」
頬に暖かいものが流れている。笑っているはずなのに、グウェンがぼやけて良く見えない。
「…レイには、絶対に、言わないで、下さい。変な事を口走り、大変失礼しました」
「いや…俺も、失礼だった…」
「レイに怪しまれます。俺は退席させて頂きます。レイには上手く言っていただければ助かります」
そう言って、レイの席にあるカバンを掴み反対の手で涙を拭いながら席を立った。
「失礼します。公爵家には近づかないように致します。…先程の言葉は忘れてください」
背中を向け、歩き出す。伝えてしまった後悔と、未練も一緒に。
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