【完結】婚約破棄された公爵閣下を幸せにします

七咲陸

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番外編

愛の言葉 side アドルフ ⑤

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  目が覚めると、一か月前の景色が広がっていた。いつの間にか昼のような明るい日差しが窓から入り込んでいて、高級そうなシーツに包まれる心地良さにもう一度眠りたくなっていた。二度寝したら最高だろうな、と思いながら。

「こら。起きたんだろ」

「ん……? ゔぁれり…?」

  二度寝に向けてもう一度目を閉じかけたが声をかけられて目を覚ます。朝は弱くない方だけれど、なんだか身体がだるいし頭もガンガンする。

「いったぁ……なに、なんで…」

「二日酔いだよ。ほら」

「あ、ありがと……」

  頭を抑えながらなんとか起き上がり、ヴァレリから渡される水を受け取ろうとした。けれどサッと取り上げられてしまい、えっ、と思いながらヴァレリを見上げると彼は自分で水を飲み、そのままアドルフに口付けた。

「んっ……! ん、く、んん……」

  口内が水で満たされ、飲み込みきれなかった水はツー…と口端から垂れていく。アドルフが殆どを飲みきった辺りから後頭部を抱えられ、そのままグチュグチュと厚い舌が暴れ回ってくる。
  アドルフの口内の感じるところを掠めるように舐られて頭が痛くてだるい体調の悪さでも勝手に腰が疼いてズクンと重くなる。

「んぁ、ゔぁれ、り…や、ぁ」

「いや?」

「ん、ちが……」

  もっとその熱を分けて欲しい。舌から、手から、寄せてくる身体から伝わる温度が心地よくてもっともっととせがむように背筋を伸ばしてヴァレリの方へもたれ掛かる。シーツの衣擦れとくちゅくちゅという深い口付けの音だけが部屋の中に響き渡る。

  ちゅ、と音を立てて離れると、アドルフは

「ん…ヴァレリ、もっかい……」

「お前な…はぁ。はいはい」

  渋々と言った様子でも、丁寧でやさしいキスをしてくれる。

  もうなんでもいい。
  ヴァレリが自分に飽きて女に走ったとしても、もう構わない。ちょっとだけ振り向いたら居る位の存在になっても良い。きっとヴァレリの事だ、気が向いたら連絡くらいはしてくれるし、シュリに聞いたら元気にしてるかどうかは分かる。

  こんなに辛いのも今だけだ。よくぞここまで続いたものだ。長かったようで短かったけど、今考えればいい思い出ばかりくれたと思う。なんでもない、ただの平民にだ。

  お金を貯めてこのホテルに泊まるのくらいは許してくれるだろうか。いや、奥さんになる人は嫌だよな、元恋人が来たら気分悪いだろうな。出禁にされてしまうだろうか。

「おいこら。なんで泣いてんだ」

「あ……」

  ポロポロと暖かい水滴が止めどなく流れている。泣くつもりなんてなかったのに、思ったよりも自分にダメージがかかってるのかもしれない。

「お前は…本当に泣き虫だな。どっちかってと傷ついてんのは俺の方だと思うけど」

「ひ、っく……う、ぐ、す……ひっ」

「ほら。こっちに来い」

  ベッドに起き上がっていた身体を倒し、二人で横になってヴァレリは一回り小さな恋人を抱きしめる。涙が流れてしゃくり上げるアドルフの背中をゆっくりと優しく擦りながら語りかけるように話し始めた。

「変な勘違いしてんだろ? 俺が一緒に食事してたのは仕事相手。向こうも夫が居る」

「っく、う、ううぅ……」

「不倫とか言う誘いでもない。今回の仕事はこっちに殆ど旨味がないから、少しでも交渉するための食事。……まぁ、今度からお前に一言伝えて行くようにするよ」

  悪かった、と少し困ったように微笑んだ。

  違う、困らせたい訳じゃない。仕事に口を出すつもりもない。そんなつもりない。そう思う気持ちも確かにあるはずなのに、ヴァレリの言葉の一つ一つに誠実な気持ちが伝わってきて喜んでいる自分がいる。

「女に走るわけないだろ。お前と同じ性癖なのに。無理に決まってる」

「……っ、く、ん……ぅ」

「アドルフ、俺はお前以外とキスしたいともセックスしたいとも思わない。俺が離れていくかもって思うだけで泣いちゃう恋人を捨てるなんてありえない」

  流れる涙を指先で触れるように拭ってくれる。

「お前は、俺より若いあの男の方が良かった?」

  頭が痛い中、それでも力強くブンブンと否定する。

  ヴァレリだけだ。アドルフの胸のつかえを言葉巧みに奪い去り、心の奥底で怯える臆病なアドルフを掴んで引っ張りあげてくれる。それは、ヴァレリだけなのだ。

「おれ、お…っれは、っく、ヴァレリじゃなきゃ、やだ……、やだぁ……!」

「じゃあ言うことがあるだろ?」

「ごめんなさ」

  ちゅ、と唇で言い切る前に塞がれた。

「んっ……」

「違うだろ。ほら、お前が言って欲しい言葉は、俺も言って欲しいんだよ」

「あ……」

  『好きだ。最初は、欲しいものは全部手に入れたい一心だったけどな。逃げるお前が面白かったのもある。けど』

  付き合って三年目、アドルフが不信感を抱き続けて逃げ回っていた。それを強引に捕まえて、臆病なアドルフに言葉を与えた。

『お前のそういう、どうしようもないほど寂しがってる所を俺が埋めたいって思った』

  そうだ。それからの四年間、寂しいなんて思う暇はなかった。

『これからはちゃんと言葉にする。だからもう、他の男の所に行こうとするなよ』

   彼もまた、不安だったのかとようやく至る。

  ボロボロと涙が止まらない。でもこれは誰でもない、アドルフ自身が言葉にしなくちゃいけない。

「好き、ヴァレリ、好きだ。お願い、……っ、俺だけを選んで……!」

  本当は二番手なんて嫌だ。気が向いた時に思い出す程度なんて嫌だ。アドルフを、自分だけを思って欲しい。

  そんな我儘な自分を見て、告白のような言葉に彼ははにかむように微笑む。

「馬鹿だなぁ。七年前からお前しか居ないのに」

  そう言ってヴァレリは、大事なものを抱えるように抱きしめてくれた。まだポロポロと涙は零れるけれど、いつだって拭ってくれる人が居る。

  だから、もう平気だ。








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