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番外編

恋人の起こし方※

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  アドルフの一日は、大抵ヴァレリの腕の中から始まることが多い。
  付き合って三年になるが、ヴァレリが出張でない限りはそうなることが多い。

  ふあぁ…と欠伸をしながらヴァレリの腕をゆっくり動かして脱出する。ヴァレリは一度寝るとなかなか起きない。朝はどちらかと言うとアドルフの方が強いのだ。
  商人の朝は早いのが普通だと思うのだが。ヴァレリは違うようだ。

  もそもそとその辺に散らばるヴァレリのシャツを着る。大きいのでこれ一枚で部屋の中は事足りる。
  初めて着てるのを見られた時、「は……?何してんだ……?」と常にないヴァレリのマヌケ顔で言われ、着心地もいいし、高いだろうから着ちゃマズかったか、と思って謝りながら脱ごうとしたら「いや、そのまま、そのままで。脱がなくていい。むしろ毎日やってくれ」と脱ごうとした手を必死に止めながら早口で言われた。
  よく分からないが、便利だし着心地もいいし、朝は着替えるまでそうさせてもらっている。

  眠い目をこすりながら、キッチンに立つ。ヴァレリの家のキッチンもだいぶ慣れてきた。
  最初は『こんな高そうなキッチン…使いたくねぇ……』と思っていたのだが、人間時が経てば慣れるものである。

  アドルフの唯一の趣味は、意外だと言われるが料理だ。
  平民で、兄弟も多く、裕福とは言いがたい家庭で育ち、働く両親に代わってキッチンに立つのがアドルフの役割だった。
  姉も居ることには居るが、寝汚い姉は朝が弱く、起こせば殴られ蹴られる。お腹を空かせた弟妹が頼るのは、次点のアドルフとなる訳だ。
  最初は料理なんて食べれればいい、なんて思っていた。しかし弟妹に「……要らない」と言われれば負けず嫌いが発動し、今や「兄ちゃんの料理が恋しい」とまで言われる腕になり、いつしか趣味に変わっていた。

  ヴァレリが出張の日くらいは実家に帰って食事を作る様にしているが、最近は弟妹に「また帰ってきて!明日でも!」と飯をたかられる。兄と言うより飯炊き係だ。そんな弟妹も、そろそろ結婚を意識する年齢だし、もう作りに行くのも数えるくらいだろう。
  姉が行き遅れているのは、ダラしないからだとアドルフは知っている。弟妹には是非とも反面教師になっていただきたい。

  ヴァレリは商人で、貴族を相手に商売している。つまり、舌が肥えまくっているのだ。準備されてる材料からして平民のとは違う。ヴァレリのキッチンにある材料は、いつも高そうで使うのを躊躇ってしまう。
  今日だって取り出した野菜は瑞々しく、溜息をつきたくなるほどウットリしかける。

  以前、ヴァレリが起きてこないので自分の分だけ作って食べたことがある。付き合って最初の頃だ。ヴァレリは食べ終わりかけているアドルフを見て、この世の終わりのような顔をしてベッドから出てこなくなったことがあった。
  弟妹を見ているようで可哀想になり、それ以降はヴァレリの分も準備するようになった。

  舌が肥えまくっているヴァレリの口に合わないのでは、と不安になるが杞憂だった。口にした瞬間、ヴァレリがはにかんで少し幼く見えて、「美味い」と言ってくれたからだ。

  葉物野菜を洗って千切り、卵をかき混ぜて火にかける。そういえば昨日の残りのベーコンがあったことを思い出して卵の隣でほんの少し焦げ目がつくまで焼いた。それらを昨日パン屋で買っておいた少し固めのパンの切れ目に挟めば主食の出来上がりだ。
  スープは予め火にかけておいたので、だいぶ温まっている。

  朝はだいぶ簡単に済ませてしまうが、時間もそんなに無いのでこんなものだ。

  次にすることは、ヴァレリを起こすことだ。これが一番手間がかかる。
  姉よりは寝汚くないが、ヴァレリは朝がめちゃくちゃ弱い。アドルフが諦めてご飯を食べてしまうと、落ち込んで更にめんどくさいので頑張って起こす。

  そろ……とベッドを覗き込むとスヤスヤと眠っている。ほんの少し髭も生えている姿が見れるのは早起きの特権である。


「ヴァレリ、起きろよ」


  ゆさゆさと揺さぶりながら声をかけると、う~ん……と唸るような声が聞こえてくる。瞼の裏が眩しいのか、眉間に皺もよっている。


「ヴァレリ、ってうわ、んっ!」


  ぐい、と腕を掴み引っ張られ、ヴァレリの上に倒れ込む。同時に後頭部を掴まれて唇をとられる。
  叫びながらだったせいで、口は開いており、そこからヴァレリの舌が侵入してくる。


「ん……っ、んん、んっ」


  アドルフの舌は絡めとられ、唾液の音がくちゅ、と耳を擽る。どうにか脱出しようと、ググ、と頭をあげようとしても強い力で後頭部は抑えられたままである。
  ヴァレリの舌は遠慮なくアドルフの口内を蹂躙していく。


「ん、ふ…んん」


  掴まれていた腕は離されたと思ったら今度はヴァレリのシャツの中に手が入り込んでくる。
  する…と、肌に手を這わされ、ゾワゾワと昨日の情交を思い出させるような動きに、カッと頬が熱くなる。
  相変わらず口内はヴァレリに翻弄されっぱなしだ。


「っ! ん、やめ…っん」

「…ん、かわい」


  寝ぼけてる。
  スルスルと手が胸の尖りに向かい、きゅ、と摘まれる。ピリ、と静電気が流れたように声を上げると楽しそうに囁かれた。口付けは離されたものの、後頭部はガッツリ抑えられたままだ。


「ちょ、朝から…っ、ヴァレリ!」

「んー……」


  静止しようと語気を強めても、ヴァレリの手は止まる気配がない。手は自分を支えるので精一杯だしなんの抵抗もできない。
  こうなったヴァレリは殴って止めるしかないのだ。


  「い、いい加減に……!」


  それをさせて貰えないということは、


「あっ、やぁ!ん、ふ…っあん!」

「あー……なんか気持ちいいと思ったら。最高の眺めだな」


  こうなる訳で。

  あの後、完全にアドルフのスイッチも入ってしまい、前戯もそこそこにヴァレリの上に跨って腰を振ることになってしまっていた。
  じゅぷじゅぷとヴァレリの先走りと香油が混じった水音が繋がっている場所から聞こえる。激しい動きにベッドが悲鳴を上げていた。
  ヴァレリは目が覚めたのか下から突き上げて来るようになった。アドルフの中肉を抉るように突き上げられ、アドルフは簡単に追い上げられようとしている。


「や、あ、イク、イッちゃう…あっ」

「俺も、気持ちよすぎてイきそう」

「あ、ああっ、い、っく…!っ!」


  ガンッと最後は腰を掴まれて突き上げられ、中がゴリ、と抉られた瞬間にパチパチと星が散った。びゅーびゅーと中に注がれているのも感じる。昨日も出したというのに、ヴァレリの精子バンクは一体どうなっているのか。イッたばかりの身体はピクピクと勝手に反応し、中も呼応するかのようにヒクヒクとしている。

  まだ息が乱れる中、ヴァレリの胸にぺたん、と倒れ込んだ。


「寝起きサービスしてくれてんの?」


  彼シャツだし、やば。と頭の上からふざけたことを抜かしてくる。ムカついたのでちょうど目の前にあった乳首を抓ってやることにした。


「いだだだだ!おい!やめろ!」

「うるさい! ヴァレリはメシ抜きだ!」

「嘘だろ!襲われたの俺じゃん!」


  確かに、スイッチを入れたのはヴァレリだが、跨ったのはアドルフ自身の意思だ。けれどそれは絶対に言いたくない。

  起き上がって、ふん、と鼻息荒くそっぽを向く。ヴァレリは腹筋を使って起き上がるとアドルフの背に腕を回して肩口に額をグリグリと押し当てて来た。


「アドルフのご飯食べたい…」

「……ならちゃんと起きろよ」

「起きたら恋人が上に乗って腰振ってたぞ」


  無言で背中を思いきり抓ってやった。
  いだぁ!と涙目で叫ぶヴァレリ。


「せっかく作ったのに全部冷めた!」

「あー悪かったって。あっためなおすか?」

「……うん」


  尋ねられながら機嫌取りするように額にキスをされる。それだけで怒りが鎮火していくのを感じて、こく、と素直に頷いた。

  アドルフの機嫌が直ったのを感じて、ヴァレリは顔を綻ばせていた。

  朝は短いが、たまにはこんな日があってもいいかもしれない。
  なんて、ヴァレリに「とりあえずシャワー浴びよ」と抱えられながら思うのだった。


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