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番外編
嘆きのアドルフ
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「ええええ!!アドルフに恋人ぉ?!」
「し、シー!シュリ!静かに!!」
シュリとアドルフは久しぶりにいつものバーで呑んでいた。
アドルフの爆弾投下にシュリは叫んでしまった口を自分の手で塞いだ。キョロキョロ辺りを見回すと、皆こちらに一瞬注目したが、すぐに視線が外れてホッとする。
「で、相手は誰なのさ」
「……シュリも知ってる」
声を抑えて尋ねると、アドルフはさらに小声になってモジモジと答える。
シュリはそんな姿のアドルフを見るのは初めてのことで、それにすら驚く。
「ええ? 職場? アドルフは職場の人間には絶対手を出したくないって言ってたじゃないか……」
シュリは公爵夫人となる前、事務仕事をしており、アドルフとは同僚仲間だった。
アドルフとシュリは同じ同性愛者であり、同じネコ同士だったことから友人になった。
そのためこうやってたまにバーでのみにいくことがある。
「職場の人間に手を出すわけないだろ?シュリだってさすがに職場の男には手を出さなかっただろ?」
「そうだけど……僕たちの共通点ってそこしか。ええ?誰?」
言いたくなさそうにモゴモゴとしている。アドルフはいつもは口悪く調子のいい男なのだが、こんな姿は珍しい。
アドルフが違う誰かと付き合ってた時もこんな風ではなかった。
「……ヴァレリだよ」
「…………え? まさか。メアの友達の……?」
アドルフは紅く頬を染めながらゆっくりと頷いた。
またしても驚いてしまう。アドルフはシュリと同じ可愛いと言われる側だが、それは女性のような可愛いでは無く、少年のような可愛さである。
そしてヴァレリは、メアと同じくノーマルだと思っていたのだ。
「ヴァレリさんて、え、ゲイだったの?」
「この店のオーナーだったって話だろ……俺もビックリしたんだよ!!」
今度は顔を真っ赤にしたアドルフが叫ぶ番だった。
この店はシュリもアドルフもよく利用するが、男が出会いを求める場である。確かに、前にここでヴァレリと会ったことがあったのをシュリは思い出した。
「……い、いつから?」
「シュリが結婚して…すぐくらいか? シュリを誘えなかった時期あっただろ?」
メアに拉致監禁されていた時期だ。
「その時にここで一人で呑んでたら……まぁ、声かけられて……」
「……まさか」
「あー!シュリの想像してる通りだよ!その日に食われたよ!めっちゃ飲ませ上手だったんだよ!ベロベロに酔っ払いました!!」
たかが事務員ごときが、商会トップの営業の口車に勝てるわけが無い。
きっとアドルフは文字通り食われたのだ。
「……ベロベロに酔ったって……アドルフ勃たな」
「向こうは全然酔ってなかった!」
「……うーわ……アドルフがそんなミスするってよっぽど向こうが上手だった訳だ」
アドルフはシュリと違い、好みの男がいれば直ぐに手を出す。しかもどちらかと言えば童貞かそれに近い経験の少ない男が好みだ。
人見知りの割に、直ぐに手を出してしまう所はチグハグな気がするが、アドルフは自分より緊張している人間が居ると落ち着くらしい。そういう緊張しているのはだいたい童貞だ。
「アドルフの好みじゃないじゃん。どう考えても」
「……そうなんだよ。俺のタイプじゃない! なのに! もう! 外堀をガンガンに埋めてくるやつで!気づいたら逃げられなかったんだよ!」
「……なるほど。メアの友達って感じする」
メアも、シュリの親兄弟に根回しして結婚に至った。そんなメアの友人が、狡猾でない訳が無い。
アドルフはきっと、シュリとここで呑んだ時に既に目をつけられていたのだ。その場では手を出さず、後日偶然を装って出会ったのだと推測した。
外堀をガンガンに埋めてきたというのは、アドルフがもう男漁りを出来ないようにこの店の店長やら常連にお手付きがあると吹聴されているのだ。
商会トップが一店舗しか繋がりがないわけがないので、恐らく複数店舗でそういうことをされていて、アドルフは逃げ場を失ったのだ。
「シュリ!もう俺にはシュリしか助けてくれる友人は居ないんだよ!」
「え?なに、助けてってどういうこと?」
「俺は童貞が食いたい!」
「アドルフ落ち着いてよ、言ってること最低だよ?しかも僕にどうしろって言うのさ、別に僕も童貞の知り合いがいる訳でもないのに」
この三年、アドルフは我慢していたのだ。
自分のタイプでないヴァレリに抱かれ、そろそろ羽目を外したいのかもしれない。
しかし、アドルフの話では既にヴァレリと恋人関係になっているという。さすがのシュリも友人に不貞を勧めたくはない。
「というか、ヴァレリさんが外堀を埋めたのってアドルフのそういう所が原因じゃ」
「その通りだ、シュリ」
シュリは「あ」と思った時には、アドルフはもう顔を真っ青にして固まっていた。ぶっちゃけ泣きそうまである。
アドルフの後ろには、その件の恋人、ヴァレリが立っていた。
「アドルフ? シュリと呑みに行くって言うから俺は安心して行かせたんだが?」
「な、ななな、なんでじゃあ……!」
「なんで来たかって? お前の悪い癖が出てないか心配してやったんだよ。良い恋人だろ?」
「ひぇ……」
シュリは目の前で繰り広げられる友人の怯え方を見て既視感を感じていた。
逃げ場なく追い詰められる時、人は言葉を失うのだ。
「分かる、分かるよ……アドルフ……」と少しアドルフに同情しつつも、不貞を働こうとしたアドルフが全体的に悪いので、シュリは何も言わずニコニコと見守ることに決めた。
「シュリ、悪いな。アドルフは連れて帰る」
小柄なアドルフは一瞬で荷物のように背負われてしまった。
「どうぞどうぞ。アドルフ、もう悪いことは考えちゃダメだよ?」
「シュリいいいぃい!! お前友人を売るのか!?」
ジタバタと抵抗しても、ヴァレリの腕にガッツリ掴まれているアドルフは逃げられそうもない。
南無三。
ヴァレリはきっと、アドルフの捕まえても逃げる厄介なところが好きなのかもしれない。
「売るんじゃないよ。返してあげるんだよ。バイバイ、アドルフ。元気になったらまた会おうね!お幸せに……!」
「覚えてろよおおぉおぉお!」
ドップラー効果をさせながら、アドルフは夜の街から姿を消した。
そうしてシュリは一人になったので、愛するメアの下へ帰ろうと、鼻歌を歌いながら帰路に向かったのだった。
「し、シー!シュリ!静かに!!」
シュリとアドルフは久しぶりにいつものバーで呑んでいた。
アドルフの爆弾投下にシュリは叫んでしまった口を自分の手で塞いだ。キョロキョロ辺りを見回すと、皆こちらに一瞬注目したが、すぐに視線が外れてホッとする。
「で、相手は誰なのさ」
「……シュリも知ってる」
声を抑えて尋ねると、アドルフはさらに小声になってモジモジと答える。
シュリはそんな姿のアドルフを見るのは初めてのことで、それにすら驚く。
「ええ? 職場? アドルフは職場の人間には絶対手を出したくないって言ってたじゃないか……」
シュリは公爵夫人となる前、事務仕事をしており、アドルフとは同僚仲間だった。
アドルフとシュリは同じ同性愛者であり、同じネコ同士だったことから友人になった。
そのためこうやってたまにバーでのみにいくことがある。
「職場の人間に手を出すわけないだろ?シュリだってさすがに職場の男には手を出さなかっただろ?」
「そうだけど……僕たちの共通点ってそこしか。ええ?誰?」
言いたくなさそうにモゴモゴとしている。アドルフはいつもは口悪く調子のいい男なのだが、こんな姿は珍しい。
アドルフが違う誰かと付き合ってた時もこんな風ではなかった。
「……ヴァレリだよ」
「…………え? まさか。メアの友達の……?」
アドルフは紅く頬を染めながらゆっくりと頷いた。
またしても驚いてしまう。アドルフはシュリと同じ可愛いと言われる側だが、それは女性のような可愛いでは無く、少年のような可愛さである。
そしてヴァレリは、メアと同じくノーマルだと思っていたのだ。
「ヴァレリさんて、え、ゲイだったの?」
「この店のオーナーだったって話だろ……俺もビックリしたんだよ!!」
今度は顔を真っ赤にしたアドルフが叫ぶ番だった。
この店はシュリもアドルフもよく利用するが、男が出会いを求める場である。確かに、前にここでヴァレリと会ったことがあったのをシュリは思い出した。
「……い、いつから?」
「シュリが結婚して…すぐくらいか? シュリを誘えなかった時期あっただろ?」
メアに拉致監禁されていた時期だ。
「その時にここで一人で呑んでたら……まぁ、声かけられて……」
「……まさか」
「あー!シュリの想像してる通りだよ!その日に食われたよ!めっちゃ飲ませ上手だったんだよ!ベロベロに酔っ払いました!!」
たかが事務員ごときが、商会トップの営業の口車に勝てるわけが無い。
きっとアドルフは文字通り食われたのだ。
「……ベロベロに酔ったって……アドルフ勃たな」
「向こうは全然酔ってなかった!」
「……うーわ……アドルフがそんなミスするってよっぽど向こうが上手だった訳だ」
アドルフはシュリと違い、好みの男がいれば直ぐに手を出す。しかもどちらかと言えば童貞かそれに近い経験の少ない男が好みだ。
人見知りの割に、直ぐに手を出してしまう所はチグハグな気がするが、アドルフは自分より緊張している人間が居ると落ち着くらしい。そういう緊張しているのはだいたい童貞だ。
「アドルフの好みじゃないじゃん。どう考えても」
「……そうなんだよ。俺のタイプじゃない! なのに! もう! 外堀をガンガンに埋めてくるやつで!気づいたら逃げられなかったんだよ!」
「……なるほど。メアの友達って感じする」
メアも、シュリの親兄弟に根回しして結婚に至った。そんなメアの友人が、狡猾でない訳が無い。
アドルフはきっと、シュリとここで呑んだ時に既に目をつけられていたのだ。その場では手を出さず、後日偶然を装って出会ったのだと推測した。
外堀をガンガンに埋めてきたというのは、アドルフがもう男漁りを出来ないようにこの店の店長やら常連にお手付きがあると吹聴されているのだ。
商会トップが一店舗しか繋がりがないわけがないので、恐らく複数店舗でそういうことをされていて、アドルフは逃げ場を失ったのだ。
「シュリ!もう俺にはシュリしか助けてくれる友人は居ないんだよ!」
「え?なに、助けてってどういうこと?」
「俺は童貞が食いたい!」
「アドルフ落ち着いてよ、言ってること最低だよ?しかも僕にどうしろって言うのさ、別に僕も童貞の知り合いがいる訳でもないのに」
この三年、アドルフは我慢していたのだ。
自分のタイプでないヴァレリに抱かれ、そろそろ羽目を外したいのかもしれない。
しかし、アドルフの話では既にヴァレリと恋人関係になっているという。さすがのシュリも友人に不貞を勧めたくはない。
「というか、ヴァレリさんが外堀を埋めたのってアドルフのそういう所が原因じゃ」
「その通りだ、シュリ」
シュリは「あ」と思った時には、アドルフはもう顔を真っ青にして固まっていた。ぶっちゃけ泣きそうまである。
アドルフの後ろには、その件の恋人、ヴァレリが立っていた。
「アドルフ? シュリと呑みに行くって言うから俺は安心して行かせたんだが?」
「な、ななな、なんでじゃあ……!」
「なんで来たかって? お前の悪い癖が出てないか心配してやったんだよ。良い恋人だろ?」
「ひぇ……」
シュリは目の前で繰り広げられる友人の怯え方を見て既視感を感じていた。
逃げ場なく追い詰められる時、人は言葉を失うのだ。
「分かる、分かるよ……アドルフ……」と少しアドルフに同情しつつも、不貞を働こうとしたアドルフが全体的に悪いので、シュリは何も言わずニコニコと見守ることに決めた。
「シュリ、悪いな。アドルフは連れて帰る」
小柄なアドルフは一瞬で荷物のように背負われてしまった。
「どうぞどうぞ。アドルフ、もう悪いことは考えちゃダメだよ?」
「シュリいいいぃい!! お前友人を売るのか!?」
ジタバタと抵抗しても、ヴァレリの腕にガッツリ掴まれているアドルフは逃げられそうもない。
南無三。
ヴァレリはきっと、アドルフの捕まえても逃げる厄介なところが好きなのかもしれない。
「売るんじゃないよ。返してあげるんだよ。バイバイ、アドルフ。元気になったらまた会おうね!お幸せに……!」
「覚えてろよおおぉおぉお!」
ドップラー効果をさせながら、アドルフは夜の街から姿を消した。
そうしてシュリは一人になったので、愛するメアの下へ帰ろうと、鼻歌を歌いながら帰路に向かったのだった。
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