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8、シュリ=セレットの悪癖

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  シュリは神々しく光を背負って第二皇子の部屋に現れた婚約者、メアを心中拝み倒した。


「…シュリ、大丈夫か?」


  二人には目もくれず、一直線にシュリのところまでメアはやってきて肩を抱いて寄せる。
  シュリは別の意味で倒れてしまいそうだった。

  少し眉間に皺を寄せて心配そうにする綺麗な碧眼も、サラサラで艶のあるゴールドの髪も、端正な顔立ちも、シトラスにクローブの香りが混じり、爽やかな中に色気のある香りも。

  今婚約者であるシュリのものだと考えたら頭が震えてどうにかなってしまいそうだった。


「シュリ?」


  シュリが何も言わず、ぽやっとメアを見ていると、返事がないことが不思議だったのかもう一度名前を呼ばれてようやくシュリは気を取り直した。


「すみません…カッコ良くてびっくりしてました…」


  そんな場合ではないのに、シュリは酔っているのか本音でしか話せなくなっていた。

  メアは少し困ったように苦笑した。


「そういうことは後で二人の時に言ってほしい」

「うっ…」


  耳元で囁かれ、あまりの神々しさにシュリの胸が鋼鉄の矢で射抜かれて抜けなくなった。
  思わず胸を押さえていると、そんなやりとりを見ていた第二皇子がこちらを睨みつけて叫び始めた。


「何をしている!お前ら揃いも揃ってこちらを無視とは!」

「クリステン殿下。私たちはお二人のお邪魔のようですのでこれで帰らせていただいてもよろしいでしょうか?」

「ふざけるな!そのお前が肩を抱いている男に用があって呼んだのに返すわけがないだろう!」

「一体どのような御用でしょうか?シュリは私の婚約者なので一緒に伺いますが?」


  メアはこの間のパーティーの時は落ち着いた雰囲気だけだったが、今日は落ち着いている中にもなんとなく怒っているようにシュリは見えた。

  ちょっと怒気を孕んだ声もカッコ良いなんて思って見ていると、シュリの腕を急に引っ張られた。


「うわ!」

「あんた如きが何メア様とくっついてるのよ!私にあんな事しておいてメア様の婚約者?!ふざけないで!」


  リリー子爵令嬢はボーッとメアに見惚れていたシュリの腕を強く引いてメアから引き離した。
  いつもの可憐な姿からは想像もつかない醜悪な顔を間近で見てしまい、シュリの背筋がゾワッとしたのを感じた。


「り、リリー?」

「私が婚約者だったのよ!これからもそう!私と婚約破棄なんて嘘ですよね?!私にはメア様だけなんです!」

「…君は今更何を言っているんだ。もうそちらのクリステン第二皇子との婚約が成立したと伺ってるが」


  クリステンはリリーの言動に訳がわからなくなっているようだった。
  シュリはまた掴まれた手首に力がこもり始めていることに怯えた。リリーは華奢な割に馬鹿力なのだ。


「私は婚約破棄なんかしたくなかったのよ!あの場でメア様が謝ってくれればそれでよかったのに!この皇子のせいで…!」

「…リリー子爵令嬢。皇子の御前でやめるんだ。たとえそうだったとしても、私はもう君に心変わりすることはない」

「な、なんでですか!そんな男より、私の方が…!」


  掴まれている手首にまた徐々に力が入り始める。ミシ…ッとなんとなく骨の軋む音がするようだった。
  シュリが痛みに顔を歪めた。


「リリー子爵令嬢。私の婚約者の腕を離してくれ。それ以上は君の手を切り落とす」

「!そ、そんな…!そんなこと、メア様が言うわけ…!」


  逆に火に油を注いだようでシュリの手首に益々力がこもる。
  第二皇子はリリーの言葉に傷ついているのか顔を真っ青にしていた。

  そして、痛みが限界を越え始めた所で、シュリの頭の中でプチッと音がしたのだ。


「おい。手ェ離せよ。ブス」


  リリーは声がした方を見てビクッとしている。シュリの顔はおそらく俯いて暗く、良く見えないだろう。
  しかし、声のトーンでわかる。あのパーティー会場でのトーンと全く一緒だったからだ。

  手首の力が緩んだが、もうシュリは止められそうもなかった。


「ぶ、ブスって…まさかこの私のこと?」



「あーそうだよ!髪型も顔も髪飾りもセンスがねぇし、ドレスなんかケバくて見てらんねーよ!一回人生やり直してこいよ!大体あの公衆の面前で婚約者だったメア様を辱めようなんて魂胆がそもそもブスの極みだっつーの!今だって婚約者になってくださったクリステン殿下をこんな下々の前で辱めやがって頭おかしいんじゃねぇのか?!」



  メアの瞳がなんとなく輝いているのが目端に映るが、シュリはやっぱり止まらなかった。



「メアは僕の婚約者だ!分かったら引っ込んでろブス!」



  目の前の呆然としている女に、しっかり見えるようにビッと親指を下に力強く向けてやった。

  またしてもシュリの悪癖が顔を出してしまったのだった。
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