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5、メア=エルネストの再婚約契約

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  シュリは、強制的に頭を下げさせられていた。


「大変申し訳ありませんでした!この愚息がしでかした責任は必ず取らせますので!いかようにも命じてください!」


  父は低頭平身、シュリの頭を床につかせながら自らの頭も床につけていた。
  母も隣で頭を下げている。

  兄はなんとなく気配で笑いを堪えていそうだった。悔しい。


「す、すみませんでした…」


  シュリは、ソファに座っている謝罪相手からは見えないだろうが顔を真っ青にして心からの謝罪を口にした。

  リリー子爵令嬢が元々はやらかした事件とはいえ、シュリはさらにやり返してしまった。
  リリー子爵令嬢には謝る義理はない。手首を痛むほど掴んできたのはリリーだし、家格もリリーの方が下である。
  けれども、やらかした場所が悪かった。

  公爵家で中指を立てるといった暴挙が許されるはずがない。


「…顔を上げてもらえないだろうか」

「情けをありがとうございます!ですが愚息に上げる頭などありません!」

「いや…ちゃんと話したいので上げてほしいんだが」

「既にこの愚息からも事情は伺っております!あろうことかエルネスト公爵家で暴言を吐いて、な、な、中指を立てるなど…!」


  ニコラスは我慢できなかったのか、吹き出した。シュリは泣きそうだった。


「私どもの不始末であります。メア様や公爵様、公爵夫人に大変なご迷惑をお掛けいたしますことを本当に申し訳なく思っております…」


  母は静かに、はっきりと言う。
  チラと見た兄は肩を震わせていた。悔しくて涙が出てきた。


「いや、本当にまずは頭を上げてくれ。謝罪の言葉が聞きたくてここまできたわけじゃない」

「は…それは…どういうことでしょうか」


  父はゆっくり頭を上げた。シュリはまだ頭を押さえつけられているので上げられなかった。
  ちょっと首が痛みそうである。


「そこにいる彼が、あの場ではっきりとリリー子爵令嬢に言ってくれてスッキリしたんだ」

「は、はぁ…」

「いやまさか私も彼が中指を立てるとは思わなかったが」

「すすすすみません…!」


  シュリは父に何か言われる前に謝罪をもう一度口にした。

  そして、シュリは横を盗み見ると、父と母と兄はなぜか三人ともポカンとしていた。

  どうしてだろう、と思って、腕の力が緩み、押さえつけられていた頭を上げるとシュリもポカンとすることになった。



「なので、そこの彼と婚約をさせてほしい。どうだろうか?」



  極上の笑顔でシュリに向かって微笑んでいたからだ。

  驚いた。まるで神が舞い降りたのかと思うほど神々しい姿であった。
  シュリだけでなく、この場にいた全員が返事を忘れるほど見惚れていた。

  ようやく口を開いたのは、母であった。


「こ、この子とでしょうか?け、けれどそちらでは印象は良くないかと…」

「父と母に伝えたら、そんな豪胆な彼に会ってみたいとはしゃいでいた」

「はしゃぐ…?」


  父は公爵閣下と公爵夫人を知っているようで、はしゃぐ姿を思い浮かべでいるようだった。
  ニコラスも、まさかこんな展開だったとは思わなかったようで先程までのニヤニヤとした余裕はとうに消えていた。

  そしてシュリは一番話についていけてなかった。


「話そうと思ったらすぐに帰ってしまったので、こちらから伺うことにしたんだ。急に来て申し訳なかった」

「は、はぁ…、いや、こちらも何も言わず…帰ってすみませんでした…」


  良く分からなかったので、主催者に挨拶もせず帰宅したことを謝罪した。
  しかし、メアは笑顔を崩さずに言う。


「それで、返事をもらいたいのだが。あの場にいたから了承してくれるとは思っているけれど」

「え、え、え?」

「いやー!そうです!シュリちゃんはメア様が超がつくほどタイプでして!是非婚約者にして頂きたいです!」


  戸惑うシュリの代わりに返事をしたのは、調子のいい兄だった。


「シュリというのか」

「は、はぁ…」


気の抜けた声で返事をするシュリに不機嫌になることもなく、笑顔で手を差し出してくる。
シュリは戸惑いながらも、無骨だけど大きく、優しくてあたたかいその手を掴んで握手をした。


「それでは、これからよろしく。シュリ」


  シュリの人生は穏やかなものから、かけ離れていくのだった。
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