1 / 43
1、始まりの婚約破棄
しおりを挟むシュリ=セレットはこんなことが現実に起こっていいのかと頭を悩ませた。
「メア=エルネスト!貴殿はリリー=ニードリク令嬢に暴言と暴力を繰り返したらしいな!」
王城で開かれたパーティーの真っ最中、轟く声に誰もが声が聞こえる中心に目を向けた。
叫ぶように声を張り上げたのはクリステン=ヴァルカーレ第二皇子であった。
皇子であるだけあって、キラキラとした輝きに満ちた姿は目立つ。
隣で肩を抱かれているリリー子爵令嬢は可憐な姿だったが、ドレスは彼女に似合わず煌びやかでセクシー過ぎる。
もう少し年相応の可愛らしいドレスの方が似合うのに、とシュリは全く関係ないことを考えていた。
「なんのことでしょうか。身に覚えがありません」
静かに言い放つのはメア=エルネスト。エルネスト公爵家の令息で、次期当主と言われている人物だ。
メア=エルネストは遠目から見ても、皇子より目立つ。
クリステンも王族らしく金髪碧眼であるのだが、メアの方は金髪碧眼だけでなく容姿端麗で体格も成人男性より大きかった。同じ年齢であるクリステンが細く子供らしく見えるほどなのだ。
メア=エルネストは性格も良いという噂がある。
勤勉で真面目、剣技の腕にも覚えがあり、体格を生かした戦い方は誰もが魅了される。
女性にも優しく男性にも丁寧に接する。領民にも厳しい税は引かず、領地運営の手腕も既に現当主から認められるほどである。
そんな非の打ち所ない人物が、今何故か糾弾されている。
しかし、シュリは特に動くことはなかった。
自分はどうあっても伯爵家三男のモブであるし、メアを助ける義理もない。
そもそも、どっちが真実を言っているのか現段階では分からないのだ。
「リリーからの証言だ! 貴殿が彼女に毎日暴言を言い、手紙でも貶し、平手打ちや肩を押したりと暴力を振るっていることを聞いた!」
「…痣はどちらにあったのでしょうか。殴ったりすれば証拠があると思いますが」
「痣ができない程度に殴っているのだろう!」
「…無いんですね」
メアは溜息をついた。
周囲の貴族も最初は皇子が言っていることが正しいのかと明らかにメアへの視線は棘のあるものだったのに、証拠がないと聞くやいなや、その視線はクリステン皇子に注がれる。
「証拠はなくとも!手紙や言動はどう表す!手紙はこの目でしっかり読ませてもらった!貴殿がリリーを貶す手紙をな!」
「そんな手紙は送っておりません。勉強は進んでいるか、ダンスや社交の練習はどうだという手紙くらいなものです」
「それがリリーを追い詰めていたのだ!」
「…それで。私はどうすればいいのでしょうか」
弁解を諦めたかのように、今後の身の振り方をメアは問うた。
その姿に満足したかようにクリステンがニヤリと笑う。
「婚約を今すぐ破棄しろ!そしてリリーは私と婚約する!」
周囲の貴族たちがザワめき出す。
それもそのはず、子爵令嬢如きが公爵家へ婚約することも異例だったのにも関わらず、さらにその上の王族と婚約することになるのだ。
シュリは不思議に思った。
そもそもリリー子爵令嬢にそこまでの魅力があるとは思えなかったのだ。
今だって、自らの婚約者が糾弾されているのに皇子を止めようともしない。
確かに姿は可憐であるが、流行りに合わせただけの身の丈に合わないドレスは着こなせていない。
ピンクのストレートの髪は艶があるが、品があるとはとても思えなかった。
恋とは恐ろしいものだな、とシュリはパーティー会場にあるシャンパンを口つけながら笑った。
「…それは、クリステン皇子の婚約者であるフリーダ=ケッセルシュラガー侯爵令嬢はどうするおつもりですか」
王太子は一夫多妻が認められているが、第二皇子には一夫一妻が義務付けられている。
リリーと婚約すると言うことは、フリーダは婚約破棄となる。
「フリーダとは婚約破棄するに決まっている!」
「ちょ、ちょっと待って下さい!クリステン皇子!私は何も聞いておりません!」
近くにいたフリーダがようやっと口を開いた。先ほどまで顔色悪く呆然と見ていたのだ。
隣にいる友人たちが本当に心配そうに震えているフリーダの肩を支えている。
「リリーと比べたら貴殿に魅力はない。追って沙汰を出す」
「そ、そんな…」
フリーダはフ、と精神が耐えきれなかったのか意識を無くしてその場に崩れ落ちた。
周りの友人たちがフリーダを支え、護衛がすぐさまフリーダを抱えて会場から連れ出して行ってしまった。
「メア=エルネスト!婚約破棄をしろ!」
「…分かりました。そのようにさせていただきます」
全てを諦めたような声色に、この人は無実なのではないかと何となく思いながらも、シュリは見ているだけであった。
こうして、王城でのパーティーは、婚約破棄の断罪シーンの会場となって話題をさらっていったのだった。
87
お気に入りに追加
2,045
あなたにおすすめの小説
【完結】総受け主人公のはずの推しに外堀を埋められた!?
抹茶らて
BL
ソノア=ベルデ、子爵家次男でサムソン公爵家嫡男サムソン=シガンの護衛騎士であり、シガンを総受けとした小説『僕は総受けなんかじゃない!』の攻め要員の一人。そして、その作者である『俺』が転生した登場人物でもある。
最推しのシガンたんを見守るべく、奮闘する『俺』。シガンの総受けのはずの物語が、何故か書いたストーリー通りに進まず…
どうして攻め要員がシガたんンを攻めないんだ?シガンたんはどうしてこっちへ迫って来るんだ?
『俺』は…物語は…どうなるんだ!?
*R18は保険です(書き上げていないため…)
*ノリと勢いで書いています
*予告なくエロを入れてしまいます
*地雷を踏んでしまったらごめんなさい…
*ストックが無くなったら毎日更新出来ないかもしれないです
【完結】可愛い女の子との甘い結婚生活を夢見ていたのに嫁に来たのはクールな男だった
cyan
BL
戦争から帰って華々しく凱旋を果たしたアルマ。これからは妻を迎え穏やかに過ごしたいと思っていたが、外見が厳ついアルマの嫁に来てくれる女性はなかなか現れない。
一生独身かと絶望しているところに、隣国から嫁になりたいと手紙が届き、即決で嫁に迎えることを決意したが、嫁いできたのは綺麗といえば綺麗だが男だった。
戸惑いながら嫁(男)との生活が始まる。
天使の声と魔女の呪い
狼蝶
BL
長年王家を支えてきたホワイトローズ公爵家の三男、リリー=ホワイトローズは社交界で“氷のプリンセス”と呼ばれており、悪役令息的存在とされていた。それは誰が相手でも口を開かず冷たい視線を向けるだけで、側にはいつも二人の兄が護るように寄り添っていることから付けられた名だった。
ある日、ホワイトローズ家とライバル関係にあるブロッサム家の令嬢、フラウリーゼ=ブロッサムに心寄せる青年、アランがリリーに対し苛立ちながら学園内を歩いていると、偶然リリーが喋る場に遭遇してしまう。
『も、もぉやら・・・・・・』
『っ!!?』
果たして、リリーが隠していた彼の秘密とは――!?
【完結】家も家族もなくし婚約者にも捨てられた僕だけど、隣国の宰相を助けたら囲われて大切にされています。
cyan
BL
留学中に実家が潰れて家族を失くし、婚約者にも捨てられ、どこにも行く宛てがなく彷徨っていた僕を助けてくれたのは隣国の宰相だった。
家が潰れた僕は平民。彼は宰相様、それなのに僕は恐れ多くも彼に恋をした。
Q.親友のブラコン兄弟から敵意を向けられています。どうすれば助かりますか?
書鈴 夏(ショベルカー)
BL
平々凡々な高校生、茂部正人«もぶまさと»にはひとつの悩みがある。
それは、親友である八乙女楓真«やおとめふうま»の兄と弟から、尋常でない敵意を向けられることであった。ブラコンである彼らは、大切な彼と仲良くしている茂部を警戒しているのだ──そう考える茂部は悩みつつも、楓真と仲を深めていく。
友達関係を続けるため、たまに折れそうにもなるけど圧には負けない!!頑張れ、茂部!!
なお、兄弟は三人とも好意を茂部に向けているものとする。
7/28
一度完結しました。小ネタなど書けたら追加していきたいと思います。
王様との縁談から全力で逃げます。〜王女として育った不遇の王子の婚姻〜
竜鳴躍
BL
アリアは、前王の遺児で本来は第一王子だが、殺されることを恐れ、地味メイクで残念な王女として育った。冒険者になって城から逃げる予定が、隣国の残酷王へ人質という名の輿入れが決まって……。
俺は男です!子どもも産めません!
エッ。王家の魔法なら可能!?
いやいやいや。
なんで俺を溺愛するの!?
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
【完結】王子様たちに狙われています。本気出せばいつでも美しくなれるらしいですが、どうでもいいじゃないですか。
竜鳴躍
BL
同性でも子を成せるようになった世界。ソルト=ペッパーは公爵家の3男で、王宮務めの文官だ。他の兄弟はそれなりに高級官吏になっているが、ソルトは昔からこまごまとした仕事が好きで、下級貴族に混じって働いている。机で物を書いたり、何かを作ったり、仕事や趣味に没頭するあまり、物心がついてからは身だしなみもおざなりになった。だが、本当はソルトはものすごく美しかったのだ。
自分に無頓着な美人と彼に恋する王子と騎士の話。
番外編はおまけです。
特に番外編2はある意味蛇足です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる