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1、始まりの婚約破棄

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  シュリ=セレットはこんなことが現実に起こっていいのかと頭を悩ませた。


「メア=エルネスト!貴殿はリリー=ニードリク令嬢に暴言と暴力を繰り返したらしいな!」


  王城で開かれたパーティーの真っ最中、轟く声に誰もが声が聞こえる中心に目を向けた。

  叫ぶように声を張り上げたのはクリステン=ヴァルカーレ第二皇子であった。

  皇子であるだけあって、キラキラとした輝きに満ちた姿は目立つ。
  隣で肩を抱かれているリリー子爵令嬢は可憐な姿だったが、ドレスは彼女に似合わず煌びやかでセクシー過ぎる。
  もう少し年相応の可愛らしいドレスの方が似合うのに、とシュリは全く関係ないことを考えていた。


「なんのことでしょうか。身に覚えがありません」


  静かに言い放つのはメア=エルネスト。エルネスト公爵家の令息で、次期当主と言われている人物だ。

  メア=エルネストは遠目から見ても、皇子より目立つ。
  クリステンも王族らしく金髪碧眼であるのだが、メアの方は金髪碧眼だけでなく容姿端麗で体格も成人男性より大きかった。同じ年齢であるクリステンが細く子供らしく見えるほどなのだ。

  メア=エルネストは性格も良いという噂がある。
  勤勉で真面目、剣技の腕にも覚えがあり、体格を生かした戦い方は誰もが魅了される。
  女性にも優しく男性にも丁寧に接する。領民にも厳しい税は引かず、領地運営の手腕も既に現当主から認められるほどである。


  そんな非の打ち所ない人物が、今何故か糾弾されている。


  しかし、シュリは特に動くことはなかった。
  自分はどうあっても伯爵家三男のモブであるし、メアを助ける義理もない。

  そもそも、どっちが真実を言っているのか現段階では分からないのだ。


「リリーからの証言だ! 貴殿が彼女に毎日暴言を言い、手紙でも貶し、平手打ちや肩を押したりと暴力を振るっていることを聞いた!」

「…痣はどちらにあったのでしょうか。殴ったりすれば証拠があると思いますが」

「痣ができない程度に殴っているのだろう!」

「…無いんですね」


  メアは溜息をついた。
  周囲の貴族も最初は皇子が言っていることが正しいのかと明らかにメアへの視線は棘のあるものだったのに、証拠がないと聞くやいなや、その視線はクリステン皇子に注がれる。


「証拠はなくとも!手紙や言動はどう表す!手紙はこの目でしっかり読ませてもらった!貴殿がリリーを貶す手紙をな!」

「そんな手紙は送っておりません。勉強は進んでいるか、ダンスや社交の練習はどうだという手紙くらいなものです」

「それがリリーを追い詰めていたのだ!」

「…それで。私はどうすればいいのでしょうか」


  弁解を諦めたかのように、今後の身の振り方をメアは問うた。
  その姿に満足したかようにクリステンがニヤリと笑う。


「婚約を今すぐ破棄しろ!そしてリリーは私と婚約する!」


  周囲の貴族たちがザワめき出す。
  それもそのはず、子爵令嬢如きが公爵家へ婚約することも異例だったのにも関わらず、さらにその上の王族と婚約することになるのだ。

  シュリは不思議に思った。

  そもそもリリー子爵令嬢にそこまでの魅力があるとは思えなかったのだ。

  今だって、自らの婚約者が糾弾されているのに皇子を止めようともしない。
  確かに姿は可憐であるが、流行りに合わせただけの身の丈に合わないドレスは着こなせていない。
  ピンクのストレートの髪は艶があるが、品があるとはとても思えなかった。

 恋とは恐ろしいものだな、とシュリはパーティー会場にあるシャンパンを口つけながら笑った。


「…それは、クリステン皇子の婚約者であるフリーダ=ケッセルシュラガー侯爵令嬢はどうするおつもりですか」


  王太子は一夫多妻が認められているが、第二皇子には一夫一妻が義務付けられている。
  リリーと婚約すると言うことは、フリーダは婚約破棄となる。


「フリーダとは婚約破棄するに決まっている!」

「ちょ、ちょっと待って下さい!クリステン皇子!私は何も聞いておりません!」


  近くにいたフリーダがようやっと口を開いた。先ほどまで顔色悪く呆然と見ていたのだ。
  隣にいる友人たちが本当に心配そうに震えているフリーダの肩を支えている。


「リリーと比べたら貴殿に魅力はない。追って沙汰を出す」

「そ、そんな…」


  フリーダはフ、と精神が耐えきれなかったのか意識を無くしてその場に崩れ落ちた。
  周りの友人たちがフリーダを支え、護衛がすぐさまフリーダを抱えて会場から連れ出して行ってしまった。


「メア=エルネスト!婚約破棄をしろ!」

「…分かりました。そのようにさせていただきます」


  全てを諦めたような声色に、この人は無実なのではないかと何となく思いながらも、シュリは見ているだけであった。

  こうして、王城でのパーティーは、婚約破棄の断罪シーンの会場となって話題をさらっていったのだった。
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