BLしたくない伯爵子息は今日も逃げる

七咲陸

文字の大きさ
上 下
38 / 54

九年後

しおりを挟む
「あーあー、アホらし」
「うぐ」

俺は図書館と言うべき規模の図書室で小さな声で話していた。
話していても怒られないのは、目の前の人物のおかげである。

毎度毎度図書室で喋ってても怒られなかったのは、メイナードが人払いしていたせいだったらしい。
そして9年経った今でもこんな感じだ。

「私、めでたしめでたしを聞きに来たんだけど?」
「めでたしだよ! なんか悪いかよ!」
「うるさいなぁ。16にもなってママゴトみたいな触れ合いしかしてないやつがギャーギャー騒がないでよ」

言葉が悪い目の前の男は、耳に指を入れながら俺をジロリと見る。
う、と唸るように押黙ると、目の前の男、メイナードは大きくため息をついた。

「し、仕方ないだろ…!ヴィオが『条件はそのままに』って言うんだから!」
「だからって16になってからも性的な触れ合いは無しって」
「うううう、うるさいうるさい!」

あれから、9年が経った。

高等部に入学して2年目。ヴィオレットは既に成人し、公爵家の後継として領地の運営に奔走していた。
俺はと言うと、相変わらずだ。
グダグダとひたすらに学生生活を送っていた。一応、公爵家夫人としての教育も並行しながらだ。

なんとその教育者としてメイナードが選ばれた訳だ。
メイナードは実は俺よりも2歳程年上で、既に公爵家夫人としての教育はあの9年前にほとんど終わりかけていたと言う。

何もせずぬくぬくと育ち、愚痴愚痴と婚約者の文句を言い続ける俺は、メイナードにとってさぞかし頭に来ただろうに。
メイナードは、『教育係をすれば、良い所に嫁げる確約を貰ったようなものだから』と引き受けたらしい。

そもそもヴィオレットに恋愛感情はなく、親が取り決めた婚約に従っていただけと言う。

「早く結婚してくれない?私の嫁ぎ先も決まらないんだから」
「う、うううう……」

メイナードには、最近会う度に結婚をせっつかれている。
深い深いため息をされながらも、俺はまたブツブツと文句を言うしかない訳だ。

「だって…仕方ないだろ。16までは手を出さないって言われていたし……結婚するってそういうことだろ。俺だってさすがに分かる……!」

こちとら転生を自覚した赤ん坊の頃から見たくもない両親のあれやこれやを見たり聞いたりしていたんだ!
そもそも転生した時点で精神だけは16歳はすぎていた訳で! 結婚とはどういうものかは同年代の誰よりも分かっているつもりだ。

経験は1ミリもないが!

「……はーぁ、めんどくさ。勘弁してよ。私の婚期が遅れるだけなんだけど」

メイナードが机に頬杖をついて、心底ウザそうに顔をゆがめてこちらを見てくる。
結婚してない教育係が先に結婚するのは良くないらしく、メイナードはひたすら待っている。

それにしても本当にコイツの本性酷いな。いい性格してやがる。

「君って本当、顔だけだよね。私だったらその顔利用して上手く立ち回るけどな」
「そういう所がヴィオレットの婚約者になれなかった所だな」
「あ゛?」

余計な一言を言った自覚はあるが、たまには言い返したいので許して欲しい。
だいたい9割くらいはメイナードに言われっぱなしなのだ。

「教育自体はもう終わったんだから、後は閨教育だけだよ。ヴィオレット様の命令で実践のみだけど」
「っぶ! はぁ!?」

つい吹き出してしまうと、「汚な!」と大袈裟に避けられる。
自分の顔が火傷するくらい熱いような気がする。

「な…、な、な」
「ノエルっていつまで経っても初心だね。ヴィオレット様がやられたのってそういう所?」
「な、だって、ねや、って!」

真っ赤になった顔で立ち上がり、顔を真っ赤にする。頭が噴火しそうな程熱い。

そんな俺を見たメイナードはまたため息をつく。

「ほんと、アホらしいったらありゃしないね」

ため息をついた時に浮かんでいるのは、呆れ顔ではなく微笑みだった。なんだか、出来の悪い子供を見るような、そんな感じだ。



しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

泣くなといい聞かせて

mahiro
BL
付き合っている人と今日別れようと思っている。 それがきっとお前のためだと信じて。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。

皇帝陛下の精子検査

雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。 しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。 このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。 焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

処理中です...