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そうして、全てを自覚する

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トボトボと歩く足取りはとっても重い。
かつてヴィオレットと契約をした日ですらこんなに重い足取りになった覚えはない。

ヴィオレットは生徒会の仕事を切り上げて俺を迎えに来てくれている。明らかに仕事の邪魔だ。婚約者でないのなら、迎えもやめてもらわないといけないのかもしれない。

でも

「でも、なんだよ…くそ」

どうしてだかそれだけは嫌だと思ってしまった。もう精神だけなら二十歳もすぎた俺が、どうしてこんなワガママになってしまったのだろうか。

「あ、兄様だ」

ジナルマーの声に俺は肩をビク、と揺らす。前を向くと、馬車の前に立つヴィオレットが居た。

けれどヴィオレットはいつもの様子とは違った。

「あの! ヴィオレット様がノエルさんと婚約破棄なさったとお聞き致しました! 」
「本当なのでしょうか?! 本当なら私、是非婚約候補に手を挙げますわ!」
「抜けがけはよろしくなくてよ! 私も是非!」

キャイキャイとはしゃぐ女生徒たちで人だかりになっている中に彼は居た。女子に囲まれたヴィオレットは、いつもの不敵な笑みではなく、困ったような笑顔を被っている。

「み、みんなどうやって婚約破棄を知ったんだろ……!」

ライは驚いてテーヴを見上げ、俺の方と交互に見てソワソワしていた。

「ノエルの様子から想像したんだろ。女の勘か?」
「女性ってこういう時怖いね…、ね?ノエル。……ノエル?」

俺には、あんな顔見せたこと無かった。
囲まれてチヤホヤされて、困ってるようで実は少し嬉しそうにしているような。

いつもの強引さはどこに行ったんだよ。

あの詐欺まがいの契約した時とか、ブレスレットを渡してきた時みたいな時とか、チンピラから守ってくれた時みたいな、あの余裕のある姿がどうしてないんだよ。

先頭にいる女が、ヴィオレットの腕を掴もうと手を伸ばしかけていた。

ああ、イライラする……!

「ノエ…!?」

何かジナルマーが言いかけていた気がする。静止のような呼び掛けは、俺には届かなかった。

気がつけば勝手に足は走り出していた。女子の間をやや強引にかき分けるように、割って入った。
「きゃっ」とか「何すんのよ!」とか悲鳴やら文句やらが聞こえた気もした。

でももう、そんなの俺には関係なくて。

「ノエル…?」

息を切らして辿り着いた。手は勝手にヴィオレットの服を掴んでいた。
ヴィオレットは不思議そうな、驚いたような呟きで俺を呼ぶ。
肩を上下させて、その勢いのまま俺は女子共の方を振り返った。

先頭にいた女子は目を見開いて驚き、ヴィオレットに触れようとした手は空を切っていた。

「俺の婚約者に触るな!!」

頭が沸騰しそうなほど血が巡っている。熱くなった顔に、怒りで震える手、ガクガクと緊張する足、全てが自分の思う通りにいかない。

制御出来ない。

行動も、言葉も。

「~~っ…!」

目をギュッと閉じて、震える手と緊張する足を叱咤して動かした。
一帯がシンと静まり返り、全員固まったまま動かない中、エスコートされて乗るはずの馬車にヴィオレットの身体を押して無理やり乗せた。

ヴィオレットも周囲と同様、何も話さない。瞬きも忘れている。

いつもはゆっくりと優しく閉められるドアも、余裕の無さが現れるかのように壊れそうなほど大きな音を立ててドアを閉めた。

「…っはぁ、はぁ…」

未だ震えている。手も足も。方を上下させるほど息切れしているのは、走ったからなのか、緊張しているからなのか。

ドアの取っ手を握ったまま離せない。握った手が白くなるほど強い力のはずなのに感覚がない。

俺は一体何をしたのか分からなかった。

何をしたのか分からないし、何を言ったのかも分からなかった。グルグルと天地が廻る。上手く立っているのだろうか。へたり込んでいるような気もしなくもない。

俺は、さっき何を。

「ノエル」

後ろから声をかけられ、ビクッと肩を揺らした。

怖くて振り返れない。

「っ、あ……」

絞り出した声は声になっているだろうか。緊張して喉になにか張り付いているようだった。

「ご、ごめん…!」

それでも何とか謝罪を口にする。

「ごめん!違うのに、もう、おれ、婚約者じゃ」

そうだ、俺はもうヴィオレットの婚約者じゃない。その事実が冷たく突き刺さる。

ワナワナと頬の奥から込み上げてくる熱い感情が、目の奥を刺激している。

「ノエル」

呼ばれてもなかなか振り返ることが出来ない。取っ手を掴む手の力が緩められない。その手に、俺よりも一回り大きな手が添えられた。
そっと乗せられた手は暖かいと感じた。いや、多分俺の手が冷たいんだ。

ゆっくりと後ろを振り返ると、ヴィオレットがさっきの困ったような微笑みとは違い、なんとなく嬉しそうにしているような気がした。

「……ヴィ、オ」
「期待していいんだな」

俺はなんて答えたらいいか分からなかった。
この期に及んで、どうしてあんな行動に出たのか分からなかった。

でも唯一確かなのは、ヴィオレットの手を振り払いたくないことと、熱くなる目頭と滲む視界でも目を逸らしたくないこと。

「ごめん…!俺、おれ…、今更…!」
「いい、構わない。……触れても?」

床を濡らしながら、俺はこくこくと頷く。もうとっくに手は触れていたのに、足りないと思うくらいに胸が苦しくなる。
きっと、ヴィオレットもそう思ってるから聞いたのだ。
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