上 下
35 / 54

契約の話

しおりを挟む
次の日、俺は気持ちを上手く切り替える事は出来なかったが、謝罪すると決めたら立ち上がることが出来た。

やらなきゃいけない事があると、足は動く。

セドは俺の弟であるエリクを抱っこしながら、声をかけてきた。

「大丈夫? ノエル。今日は学園休んだら?」

心配そうに眉を下げて声をかけられる。俺は首を振った。

「平気。朝食も食べてく」

俺はセドそっくりの笑顔を作って答えた。セドはまだ心配そうにしているが、あまり深くは聞いてこなかった。

セドとクリスに今までの自分の態度を謝ろうと思ったが、止めた。

最初にすべき相手は決まっている。



朝食が終わって学園に向かう準備が出来てから迎えがやってきた。昨日のうちに学園には登校すると、ヴィオレットに連絡をしておいた。
公爵家の馬車がいつものようにやってくると、ヴィオレットは慣れた手つきで俺をエスコートして乗せてくれた。

俺はいつもの定位置に座って、向かいに座るヴィオレットの方をなんとか見た。
一度、目をギュッと閉じて、なんとか絞り出す。

「あの……!」
「ノエル」

同時だった。 俺の名前を呼ぶ声は穏やかだったが、遮ったせいかヴィオレットは話すのをやめてしまう。

「な、なに?」
「ノエルからでいい」
「え、あ……えっと……」

出鼻をくじかれてしまった。でもなんとかまだ言うぞっていう勇気は持てたままだ。

「……悪かった。その、今まで、ずっと」

声は小さくとも二人しかいない空間で、馬車の揺れがあっても防音が優れている公爵家の馬車なら、ヴィオレットの耳にきっと届いている。

俯いているせいで、ヴィオレットがどんな表情をしているか分からないが、見る勇気もない。けど、待てど暮らせど反応らしい反応がない。
なんとかチラリと瞼を開けて前を見ると、ヴィオレットは目を見開いて驚いていた。

「あの、えっと……悪かったっていうのは、その」

謝罪の中身を説明しようとするが、どこからどう言えばいいか分からなくてあたふたしてしまう。
謝ろうと決めた時に色んなシュミレーションはしてきたのに、全てどこかに吹っ飛んでしまった。

「えっと……」

頭が真っ白になって、上手く言葉が見つからない。心做しか唇も震えてきている。

「……ノエル」
「いや、俺ちゃんと、その」
「ノエル」

やっぱり穏やかだった。俺を呼ぶ声がこんなに穏やかだったのを、今更知った。

「ノエルの謝罪の気持ちは伝わってる」
「ま、待って!違う!俺がちゃんと言わなくちゃダメだ!」

いつものように俺を甘やかそうとしてくるヴィオレットを遮る。制服の裾をギュッと強く握りしめる。

「今まで色々と、その、やってくれたのに…お礼も何もしなくてごめん」

ヴィオレットを、相手の顔を見ながらちゃんと謝る!と決めてきたのに、実際はそんなこと出来ずに俯いてしまう。

「えっと、ジナルマーとも喧嘩して、ごめん。大切な弟なのに」

ヴィオレットは黙って聞いてくれている様で、返答はない。

「それに、いつも助けてくれてるのに、愚痴ってごめん…しかも元婚約者候補の人に」

自分の最低な行いに心が潰されそうになってどんどん声が小さくなってしまう。

言いたいことは言えた。自己満足かもしれないけど、気持ちは伝えられたはず。勇気を出して少しずつ顔を上げてみると、いつもの不敵な笑みではない、穏やかなヴィオレットがそこにいた。

なんでそんな顔…

「ヴィオ、様?」
「ノエルが反省してるのは顔を見たらよく分かる。ノエルは無表情のつもりだろうが、俺にとっては全部顔に出ているように見えたからな」
「う…」
「お礼の件だが、別に構わない。俺が勝手にやってる事だ、見返りを求めているわけじゃない」

まぁ、もう貰ってるも同然だったしな、と付け加えられる。
一体なんのことなのか分からなかったが、「婚約者になっているだろう」と言われた。婚約者ってそんな無条件で許されるものなのか……?

「ジナルマーに関しては、俺ではなくジナルマーに言ってやれ。今頃ノエルと話したくてソワソワしてるだろうから」
「うん……」
「それと、メイナードの件は…俺の中では解決したつもりだったんだ。まさか接触するとは思わなかった。悪いのは俺の方だ、ノエルは悪くない」
「そんな」

ヴィオレットにとったら俺の罪悪感を消すために言ってくれた言葉かもしれないけど、俺はどんどん罪悪感に引き込まれていく。

俺の言いたいことは終わってしまって、馬車にガタゴトと走る音以外静寂が訪れる。
それを破ったのはヴィオレットだった。

「俺が話したいのは契約のことだ」
「あ…」

昨日、帰りがけに言われた事だ。
俺が思いの外元気そうだから話すことに決めたのだろう。

「ノエルにこれを返す」

そうして、渡されたのは全ての元凶である紙切れ1枚だった。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

王道学園なのに、王道じゃない!!

主食は、blです。
BL
今作品の主人公、レイは6歳の時に自身の前世が、陰キャの腐男子だったことを思い出す。 レイは、自身のいる世界が前世、ハマりにハマっていた『転校生は愛され優等生.ᐟ‪‪.ᐟ』の世界だと気付き、腐男子として、美形×転校生のBのLを見て楽しもうと思っていたが…

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います

たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか? そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。 ほのぼのまったり進行です。 他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

処理中です...