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変化

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「メイナードは、俺とノエルが会う前まで婚約者候補として名が挙がっていたんだ」

ヴィオレットは帰りの馬車の中で俺が混乱しないように気遣ってか、ゆっくりと説明し始めた。

あの後、どうやって図書室から出たのかは覚えてない。ヴィオレットに連れられて、教室には行かずに馬車に乗せられたことだけは覚えている。

彼、メイナードとどう別れたのかもあまりよく覚えてない。

「と言っても、候補なだけだ。正式に決まっていた訳じゃない。けれど彼の家族は期待していただろうから深く謝罪した」

馬車はいつも通り、2人きり。

ヴィオレットと俺は向かいあわせで、俺は俯いているからヴィオレットがどんな表情をしているのか分からない。

「メイナードも最後は納得していた。……が、まぁ……ああなったのは、恐らく……」

いつもは物事をはっきり言うヴィオレットの歯切れが悪い。
ここまで言われれば俺だって分かる。

「婚約者の俺が…文句ばっかりでムカついたからだろ……」

ポツリと呟くと、ヴィオレットは俺を極力傷つけまいと、肯定も否定も言葉にしなかった。それが答えだ。

家族の期待を一身に受けた彼は、家族が一様に落胆する姿を見て子供なりに感じることは沢山あっただろうな、とも思う。
それなのに噂の婚約者はヴィオレットを利用するように婚約していて、なおかつ愚痴愚痴と文句を言い続けている。

面白いわけが無い。

俺は最後に『何が不満なんだ。弟であるジナルマー様にも、自分の両親にも、ヴィオレット様の両親にも否定されずに婚約を続けられていて……なによりも、婚約者から求められているのに!』と吐き捨てるように言われた。

いつもの穏やかな微笑みは、侮蔑に満ちた表情に変わっていた。いや、もしかしたら本当はいつも俺を見て微笑んでいたのではなく…

「ノエル」

ヴィオレットに声を掛けられ、ハッとする。いつの間にか膝の上にあった手は、跡がつくほど裾を強く握りこんでいた。

ヴィオレットの方を見ると、小さくため息を着くように笑っている。

「ノエルが気にすることじゃない。元はと言えば俺の問題だ。……ノエルが気にすべきは、ジナルマーとの仲直りの方だ」

笑っているのは、俺が気にしないようにするためだ。
それくらい、本当ならヴィオレットより歳上である自分には分かる。

「……うん」

そうだ。

俺はもう精神だけなら二十歳を超えているのに、一体何をやっているんだ。ヴィオレットの方が数倍大人じゃないか。

「俺が図書室に行ったのは、ジナルマーが連絡をくれたからだ。『自分が行ったら余計拗れそうだから』ってな。ノエルを本気で心配してたぞ」
「……ジナルマーが」

彼の、メイナードの言う通りだ。
実の弟がこんなに懇意にしてくれていて、一体何が不満なんだ。

「ノエルを助けるのは友人として、だそうだ」

その言葉に、俺は胸が苦しくなるのを感じた。苦しくて熱い。熱いのに嫌じゃない。
じんわりと目頭が熱くなるのを感じる。

いつだってジナルマーは俺を心配してくれていたのに。

「……ノエル。落ち着いたらまた話そう、契約の話がある」
「けい、やく?」

俺はヴィオレットの寂しそうな笑顔を初めて見て、胸が軋む音を聞いた。





家に帰って母親であるセドに速攻、「一体どうしたの?! 何か変なものでも食べたの?!」と言われるくらいには落ち込んで帰ってきたようだった。

フラフラと部屋に戻り鏡を見て「なるほど…」と一人納得する。

俺はそのままベッドに突っ伏した。
夕食の時間になっても起きてこない俺を心配して、セドがもう一度来たが俺は食欲がないと伝えた。
元気がないのを悟ったのか、「ゆっくり休みなさい」と言われ、俺をほっといてくれた。
ありがたい。

母上といえど、あれこれ聞かれたくなかった。
うっとおしいからとかそういう理由ではない。これは俺が反省すべきことで愚痴ることではないからだ。

ヴィオレットには馬車を降りる際に、「元気が出たら連絡して欲しい」と言われた。怒っている感じでもないが、無理に笑っているようにも見えた。

「……俺、最低だ」

俺はやっと気づいた。
母も父もどうして俺ばかり責めるのか。ジナルマーもライもデーヴも、俺に呆れているのか。

あれこれと手を尽くしている相手に対して美味しい汁だけを吸ったまま、なんの見返りも与えない。

俺と同じことをもしもジナルマーがしていたら、「可哀想すぎるだろ」と苦言を呈するレベルだと思う。

その上愚痴愚痴とよく知りもしない相手に言いふらしてしまった。しかもその相手は元婚約者候補という最悪の人物だった。

大きなため息が枕に吸われていく。

何度も何度もため息をついた。罪悪感でも逃がそうとしているのかもしれないけど、ため息はその場に留まり続ける。その内、ため息は海となって溺れてしまうのではないかと思うほどだった。

「……謝ろう」

横を向いてポツリと呟く。
決めた。

罪悪感から逃げたく無いとは言いきれないが、ケジメをつけないといけない気がした。

両親であるセドとクリスに。
心配してくれる友人のジナルマーやライとデーヴに。
最低な愚痴を聞かせた元婚約者候補のメイナードに。

そして何より。

「ヴィオ……」

小さく呟いた声は、雫のように落ちていった。
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