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後悔先に立たず
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「それで昨日から友達と口聞いてないのかい?」
「ジナルマーが悪い!」
あのブラコン弟がとにかく俺を責めることに腹を立てた。それにせっかく年上のような人が初めて俺と友達になってくれたのに、悪く言われるのは癪に障った。
「僕は庇ってもらえて嬉しいけどね」
昨日の馬車での帰り道は最悪だった。
どこから聞いたのか、ヴィオレットは「ジナルマーと喧嘩したと聞いたぞ。口出しするつもりは無いが、程々にな」と言われた。
良いも悪いも言われなかったけど、その言葉に益々俺は苛立った。何かを言い返すことはしなかったけど、何故かムカついたのだ。
馬車の中でムスッとしたままでいると、ヴィオレットは面白そうにフッと笑った。なんだか楽しそうに馬車の窓枠で頬杖をついている。
俺はどうしてか見ていられなくてフイ、と横を向いて目を逸らした。
「ヴィオレット様からは何かお咎めが?」
「……別に。なんも言われなかったよ」
「へぇ、じゃあ良かったね。好きでもない人間にあれこれ口出しされるのって嫌になるだろうし」
俺は頬杖をついていたのを外し、びっくりして彼を見る。
図書室は相変わらず人が少なく、声も俺と彼だけしかしない。これはいつものことだ。
けど、テーブルを挟んだ向こう側にいる彼は、いつもの優しい口調なのに突然キツめの言葉に変わっていたことに驚いた。
「す、好きでもないって…」
「だってそうだろう? 君は詐欺のような手口で勝手に婚約されて迷惑してる。好きになるはずないだろう?」
「そ、りゃ…まぁ……」
何だか言葉が詰まる。
彼はにっこりと微笑む。
いつもは優しいその笑顔に癒されていたのに、今日はなぜだか落ち着かない。
「大丈夫だよ。君がヴィオレット様から婚約破棄出来るように手伝ってあげるから」
「え?!」
急に何を言い出すのか。
そこまでして欲しいと頼んだことは1度もない。
俺はこうして安心して話せる友達がいてくれればいいと、そう思ってただけだ。
周りはヴィオレットの信者のように、俺の味方になってくれる人はいなかったし、ヴィオレットに傾倒してない彼がありがたかった。
「僕はこう見えて侯爵家だし、そこそこ地位もある。ヴィオレット様と張り合うことくらいは出来ると思うな」
「俺、別になにかして欲しい訳じゃ」
ただ単に、愚痴を言いたかっただけ。
しかし目の前の彼は突然目の色を変えたかのようだった。
まるで、ランディの時のような、獲物を狩る獣のように見えた。
ゾワッとして、俺は椅子から立ち上がった。
「お、俺!もう戻らないと!」
「どうして?まだ時間はあるのに?」
昼休みはまだ少し時間がある。けれどもうここにはいてはいけない気がした。
よく考えればわかることだ。そもそも俺はどうして名も名乗らないようなやつを信用していたのだろうか。
微笑みに騙されたのかもしれない。
「急いで帰らなくても良いじゃないか。だって、友人とは話しにくいんだろう?」
「…ひ…」
目が笑ってない。彼の目が全く微笑んでいないことにようやく気づく。
俺は今すぐジナルマーに謝罪したくなった。いつも心配してくれる友人をどうして信じなかったのだろうか。
男は立ち上がるが、俺はやっぱり動けない。ランディの時もチンピラの時もそうだ。肝心な時に身体が竦んで動けなくなる。
「大丈夫。僕なら君を傷つけたりしないし、そもそも傷付けるような場所に放置したりしない」
「…つ、つまり…」
「君を優しい優しいケージに囲っておくかな」
おい!ヴィオレットより待遇が酷い!
にっこりと微笑むな!めちゃくちゃ怖い!
後退ろうにも腰が抜けて椅子から立ち上がれないし、足に力も入らない。
けれど男は徐々に近づいてくる。
「大丈夫。怖いことなんてないよ…君はいつものように、お人形を演じてるだけでいいんだから」
無表情は完全に崩れている。俺が涙目で恐怖を感じている姿に男が身震いしているのがさらに恐怖を駆り立ててくる。
ウットリと悦に入っているのは、俺の涙を見たからなのか、とにかく怖い。
「ノエル君、痛いのは一瞬だけだ。気持ちいいことを教えてあげるよ」
き、キモイ!キモい、気持ち悪い……!
息をハァハァさせてるし、目が血走っている。どこが知的な雰囲気だ。何日か前の俺をぶん殴ってボロカスに言ってやりたいほどの後悔が過ぎる。
いやマジで貞操の危機!む、無理無理無理無理!
「や、やだ……やだあ!」
「ああ、とってもいいね……!君の嫌がる姿!」
「ひ、やめ……!」
あっという間に距離を詰められ手を掴まれる。そりゃそうだ。俺は1歩も動けないのだから。
抵抗しようにも恐怖に身が竦んで未だに動けない。どこに行った俺の野生!
「…っ、ヴィオ…!」
俺はギュッと目をつぶって無我夢中で叫んだ。
だってそうすればいつも。
「俺の婚約者に何をしている」
「ジナルマーが悪い!」
あのブラコン弟がとにかく俺を責めることに腹を立てた。それにせっかく年上のような人が初めて俺と友達になってくれたのに、悪く言われるのは癪に障った。
「僕は庇ってもらえて嬉しいけどね」
昨日の馬車での帰り道は最悪だった。
どこから聞いたのか、ヴィオレットは「ジナルマーと喧嘩したと聞いたぞ。口出しするつもりは無いが、程々にな」と言われた。
良いも悪いも言われなかったけど、その言葉に益々俺は苛立った。何かを言い返すことはしなかったけど、何故かムカついたのだ。
馬車の中でムスッとしたままでいると、ヴィオレットは面白そうにフッと笑った。なんだか楽しそうに馬車の窓枠で頬杖をついている。
俺はどうしてか見ていられなくてフイ、と横を向いて目を逸らした。
「ヴィオレット様からは何かお咎めが?」
「……別に。なんも言われなかったよ」
「へぇ、じゃあ良かったね。好きでもない人間にあれこれ口出しされるのって嫌になるだろうし」
俺は頬杖をついていたのを外し、びっくりして彼を見る。
図書室は相変わらず人が少なく、声も俺と彼だけしかしない。これはいつものことだ。
けど、テーブルを挟んだ向こう側にいる彼は、いつもの優しい口調なのに突然キツめの言葉に変わっていたことに驚いた。
「す、好きでもないって…」
「だってそうだろう? 君は詐欺のような手口で勝手に婚約されて迷惑してる。好きになるはずないだろう?」
「そ、りゃ…まぁ……」
何だか言葉が詰まる。
彼はにっこりと微笑む。
いつもは優しいその笑顔に癒されていたのに、今日はなぜだか落ち着かない。
「大丈夫だよ。君がヴィオレット様から婚約破棄出来るように手伝ってあげるから」
「え?!」
急に何を言い出すのか。
そこまでして欲しいと頼んだことは1度もない。
俺はこうして安心して話せる友達がいてくれればいいと、そう思ってただけだ。
周りはヴィオレットの信者のように、俺の味方になってくれる人はいなかったし、ヴィオレットに傾倒してない彼がありがたかった。
「僕はこう見えて侯爵家だし、そこそこ地位もある。ヴィオレット様と張り合うことくらいは出来ると思うな」
「俺、別になにかして欲しい訳じゃ」
ただ単に、愚痴を言いたかっただけ。
しかし目の前の彼は突然目の色を変えたかのようだった。
まるで、ランディの時のような、獲物を狩る獣のように見えた。
ゾワッとして、俺は椅子から立ち上がった。
「お、俺!もう戻らないと!」
「どうして?まだ時間はあるのに?」
昼休みはまだ少し時間がある。けれどもうここにはいてはいけない気がした。
よく考えればわかることだ。そもそも俺はどうして名も名乗らないようなやつを信用していたのだろうか。
微笑みに騙されたのかもしれない。
「急いで帰らなくても良いじゃないか。だって、友人とは話しにくいんだろう?」
「…ひ…」
目が笑ってない。彼の目が全く微笑んでいないことにようやく気づく。
俺は今すぐジナルマーに謝罪したくなった。いつも心配してくれる友人をどうして信じなかったのだろうか。
男は立ち上がるが、俺はやっぱり動けない。ランディの時もチンピラの時もそうだ。肝心な時に身体が竦んで動けなくなる。
「大丈夫。僕なら君を傷つけたりしないし、そもそも傷付けるような場所に放置したりしない」
「…つ、つまり…」
「君を優しい優しいケージに囲っておくかな」
おい!ヴィオレットより待遇が酷い!
にっこりと微笑むな!めちゃくちゃ怖い!
後退ろうにも腰が抜けて椅子から立ち上がれないし、足に力も入らない。
けれど男は徐々に近づいてくる。
「大丈夫。怖いことなんてないよ…君はいつものように、お人形を演じてるだけでいいんだから」
無表情は完全に崩れている。俺が涙目で恐怖を感じている姿に男が身震いしているのがさらに恐怖を駆り立ててくる。
ウットリと悦に入っているのは、俺の涙を見たからなのか、とにかく怖い。
「ノエル君、痛いのは一瞬だけだ。気持ちいいことを教えてあげるよ」
き、キモイ!キモい、気持ち悪い……!
息をハァハァさせてるし、目が血走っている。どこが知的な雰囲気だ。何日か前の俺をぶん殴ってボロカスに言ってやりたいほどの後悔が過ぎる。
いやマジで貞操の危機!む、無理無理無理無理!
「や、やだ……やだあ!」
「ああ、とってもいいね……!君の嫌がる姿!」
「ひ、やめ……!」
あっという間に距離を詰められ手を掴まれる。そりゃそうだ。俺は1歩も動けないのだから。
抵抗しようにも恐怖に身が竦んで未だに動けない。どこに行った俺の野生!
「…っ、ヴィオ…!」
俺はギュッと目をつぶって無我夢中で叫んだ。
だってそうすればいつも。
「俺の婚約者に何をしている」
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