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番外編

十二歳差 side レイリー

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レイリー=スタームがラヴェル=アンデルベリから本気で口説かれたのは約1か月前ほどに遡る。

アンデルベリ公爵家は、王弟殿下が臣籍降下したことにより出来た公爵家である。

ラヴェルはそのアンデルベリ公爵閣下の長男である。
3年ほど前に、双子の兄妹が生まれたらしく、アンデルベリ公爵家は三人兄弟という訳だ。

ラヴェルは長男でありながら、小さい頃から体が弱く、レイリーがアンデルベリ公爵家に訪問治療を行い出したのは2年ほど前からである。
前任者から引き継ぎを受けた際は信じられなかった。まともな治療は施されておらず、病状は進み、ラヴェルの身体はどんな小さな風邪だろうと、感染を起こしたら一発で死に至るだろうという状況だった。

前任者も決して腕が悪かった訳では無い。しかし、ラヴェルの病気に対する知識がなかった。
病気に対し、無知は大敵である。

レイリーはラヴェルの病気をすぐさま理解し、2年かけて治療し、ようやくベッドから起き上がり本を読んだり、長時間話したりすることが出来るようになったのだ。

そこまで出来るようになって、アンデルベリ公爵家の公爵閣下、公爵夫人、果ては使用人までもがレイリーに泣きながら感謝した。
誰もがみな、死を覚悟していたらしく、レイリーは感謝されたことでラヴェルを救ったことを自覚し、決して驕っている訳では無いが仕事に対する成果を感じた。

そして、1か月前。

「今日の治療はこれで終了です、また3日後お伺いしますね。くれぐれも……」
「レイリーさん、忙しいのは分かっていますが…少しお話しませんか?」

珍しく、ラヴェルに引き止められた。

レイリーは治療が終えたら直ぐに治療院に戻る。次の患者が待っているし、カルテを記載する必要もある。

しかし、レイリーにとってラヴェルとは、とても可愛い弟のようだったのだ。
本当の弟のイヴも可愛いと甘やかしていたが、ラヴェルは甘やかすとそれを素直に受け取り、花が綻ぶように笑顔を見せてくれるのがたまらなく愛おしかった。

そもそもラヴェルは我儘をあまり言わない。公爵閣下や公爵夫人、使用人たちもそれを一様に口を揃えて言う。

そんなラヴェルの可愛らしいお願いならば、レイリーに叶えないという選択肢は存在しなかった。

「どうされましたか?」
「レイリーさん。僕の病気をいつも診て、治療を施してくださって本当にありがとうございます」

ベッドに長座したラヴェルが、真っ直ぐに、真剣な瞳でレイリーに伝える。

レイリーはこの時点で既に嬉しくて胸を抑えた。

2年前は息も絶え絶えで死にかけていたラヴェルがここまで元気になり、そしてレイリーに感謝の言葉を述べるほど治癒が進んだのだ。
仕事とはいえ、本気で嬉しく思っていた。

「……いえ、当たり前のことをしたまでですよ。ラヴェル様の自己回復力のおかげでもあります」
「レイリーさんがそう言うってことは、確かに僕の回復力もあったのかもしれません」

八歳にしては大人びている。まだまともな教育を受けてないであろう子供なのに立派なものである。
レイリーは、さすがスターム家、と言われるのを嫌う。しかしラヴェルを見ているとどうしても、さすがは王族の血を引く者だ、と思ってしまう。
なので口にするのだけはしないようにしている。

「ええ、そうですよ。ラヴェル様が諦めなかったことが1番の治療でした」
「僕は諦めかけてました。父上も母上もみんな。レイリーさんだけが諦めずに治療してくれました」
「…治るという確信がありました」
「それでも、僕は本当に嬉しく思っています」

小さな子に、裏表無い感情で感謝を述べられることほど嬉しいものはなかった。
レイリーは少し涙ぐみそうになりながら、必死に笑顔を作った。

「レイリーさんは、恋人や婚約者はおりますか?」
「え?」

突然の質問に、涙が全て引っ込んだ。

「おりませんが……」
「本当ですか! では好きな人は?」
「いえ……居ません。仕事一筋でしたので…」

レイリーは生まれてこの方、恋というものから程遠い人生を歩んできた。
言ってしまえば仕事が恋人のようなものである。

「良かったです…」
「良かったですとは……?」

恋人や婚約者がいない、好きな人もいないで喜ばれるのは一体どういう意味なのだろうか。
レイリーはこの時、全く気づいていなかった。
きっと、ラヴェルがレイリーにもう少し近い年齢だったならば、意識せざるえない言葉の数々だっただろう。

しかし、八歳という年齢は若すぎたのだ。

「レイリーさん、僕の治療はもうほとんど終わっていますよね」
「はぁ、まぁ、そうですね。あと1ヶ月くらいかと」
「そうですか。 ではレイリーさん、僕の婚約者になってくれませんか?」

時が止まった。
レイリーは常日頃、冷静であれと自分を制してきた。
それは焦っても患者のためにも他の治癒師のためにもならないからであり、心は情熱を抱いていても、頭はいつも冷静だった。

けれど、今その冷静な頭の中は、完全にパニックを起こして妖精のような何人ものレイリーか騒ぎ立てていた。

「僕はもう健康になりかかっていますし、今後は身体を鍛えようと思っています。 それに、この公爵家を継ぐように教育をすると父上が言っていました」

グレースピネルの瞳が、静かに輝いている。 八歳にしては落ち着いた色の輝きに、レイリーは目を奪われた。

「レイリーさんの将来は僕が支えたいんです。 父上も、レイリーさんならば、と言ってくれています」

既に、父親にまで話を通している。
今までも冗談のようには聞こえなかったのだが、更に本気度が増す言葉の重みを感じた。

「レイリーさん、僕の婚約者になってください」

レイリーは、十にも満たない男の子に、本気で口説かれ始める日々を送ることになったのだった。
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