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イヴ=スタームは、シルヴァへの告白を保留にしてしまっていた。
シルヴァからは「返事は待つ」と言われたが、イヴにはどうしたらいいのか分からなかった。
「よぉ、久しぶりだな。どうだ、ここに慣れたか?」
事務室へ向かう廊下を歩いていると、気さくに手を挙げて声をかけてくれたのは、アーヴィン=イブリックだった。
「アーヴィンさん、久しぶりです。まぁ…もう慣れざる得ない感じです。今日もサシャさんとコリンさん、喧嘩してますよ」
「ありゃいつものことだ。気にすんなよ、サシャも友達が出来たようで嬉しいんだろ」
「……上司ですよ」
サシャ=イブリックは、もともと引きこもりのような性格だったらしい。今はあまりそんな風に見えないのは、夫であるアーヴィンとコリンのおかげらしい。
コリンの遠慮ない気安い言い方が、サシャは楽のようだ。
「いいんだって。それより聞けよ、こないだサシャに夫婦喧嘩しようって言われたんだよ」
「え?惚気ですか? ていうかサシャさん変なところアホですね……あんな美人なのに」
「そこが良いんだよ。喧嘩する内容もないから、お互い無視してみようってんで、やってみたら5分でサシャがギブアップしたんだぜ」
ケラケラとアーヴィンは惚気けてくる。
このアーヴィン=イブリックは、サシャ=イブリックのことを追いかけて辺境まで来たらしい。
サシャの居場所が、もうここになっていることにアーヴィンは分かっていたから、王都に帰ろうとは思わなかったらしい。
エリートコースを蹴ってまでやって来たのは、サシャへの愛ゆえだろう。
「やっぱアホじゃないですか…」
「しかも『アーヴィンに無視されたら死にたくなった』だと」
「や、病んでる……」
引きこもりだった時の一部を聞かされた気分だった。
アーヴィンは全く意に介しておらず、そんなサシャも好きだと言っているような笑顔だった。
「そんなことよりもだ。イヴ、お前今日これから空いてる?」
「空いてるって言ったら、サシャさんに殺されます」
へら、と笑うと、アーヴィンはため息をついた。
「サシャは俺から言っとく。 ちょっと談話室で待ってろ」
「え? だ、談話室? なんかあるんですか?」
「待ってれば分かる。 じゃあな」
そう言ってアーヴィンはイヴに後ろ姿で手を振って事務室の方へ行ってしまった。おそらく、サシャに言いに行ってくれているのだろう。
仕方なく、談話室まで向かうことにした。
談話室はこの騎士団には1箇所しかない。 今はほとんどの騎士や傭兵達が訓練や討伐中のため、談話室には誰もいなかった。
イヴは仕方なくアーヴィンの言う通り、ソファに座って待つことにした。
最近はよく眠れるせいなのか、むしろ眠気が増して、寝すぎるほどになったのだ。
談話室は、陽の光が良く入って暖かい。
ようやっと最近、夢は見なくなった。夜ぐっすりと眠れることはここ2ヶ月出来なかったから本当に助かった。
夢を見ない代わりに、今度は思考が回るようになった。
カシミールのことは、未だイヴの心にこびり付いて剥がれない。
無愛想で頭痛に悩まされていた顔も、
イヴが好きだと嘘をついた時の驚いた顔も
全身でイヴのことを好きだと示してくれる態度も
花畑でプロポーズのようなことを言ってくれた言葉も
イヴが最後まで本当のことを言えなくて嘘をつき続けた時の顔も
全部が剥がれなくて、思い出が色褪せない。
時間が解決するのかと思えば、離れている時の方が考えてしまっている。
イヴは少しだけ寝てもいいかとウトウトし始めた頃だった。
談話室の扉がノックされた。パチ、と目を開け、返事をすると、扉が開く。
そして、イヴは目を見張った。
「な、なんで……!」
扉の先にいるのは、今1番、会いたくて会いたくない人だった。
艶のある黒髪に、綺麗な黒曜石が特徴的な人だ。
「イヴ」
二度と会うつもりはなかった。
イヴはどうやって謝ればいいのか分からないし、謝っても許されるとも思っていない。
もうどんな顔をして会えばいいのか分からなかった。
イヴが会いに行かなれければ、二度と会わなくてすむと、そう思った。
「なんで……どうしてきたんですか」
「君に謝りたくて」
「あ、謝るのは私の方じゃないですか…っ、謝りもせずに逃げ出したんですから、もうほっといて下さい…」
男は部屋に入ってイヴの前まで歩いてくる。イヴの前に膝をついて、イヴの手を握った。
微かに震えているのは、イヴの手じゃない。
「イヴ。もう一度君とやり直したい」
「……なんで、どうして…わ、私……ずっと」
「嘘をつかれていた。でも、俺も嘘をついた」
「あなたはなにも……!」
「君と共にいると約束した。それなのに、君を追い出し、実家にも戻れなくして、ここまで追いやった」
男の手が、冷たい。けれどイヴも冷えているようだった。
「お願いだ。今度こそ本当のことを教えて欲しい」
「あ……」
「イヴ、君を愛している。君の気持ちを、教えてくれ」
イヴの頬に暖かい水滴がゆっくり、静かに流れる。
ずっと、言いたかった。
嘘をついたままでは、言えなかった。
「っ……わ、私、本当に……カシミールさんが好きです、好きなんです。こんなに貴方を好きになるなんて思わなかった!」
津波のように押し寄せる気持ちが、勝手に言葉になる。
もう、涙でぼやけて目の前の男はどんな表情をしているのか見えない。
けど手を掴んだままでいてくれる。
「私も、貴方と一緒に居たい……!」
掴まれた手からゆっくりと注がれているのは、愛しさだった。
シルヴァからは「返事は待つ」と言われたが、イヴにはどうしたらいいのか分からなかった。
「よぉ、久しぶりだな。どうだ、ここに慣れたか?」
事務室へ向かう廊下を歩いていると、気さくに手を挙げて声をかけてくれたのは、アーヴィン=イブリックだった。
「アーヴィンさん、久しぶりです。まぁ…もう慣れざる得ない感じです。今日もサシャさんとコリンさん、喧嘩してますよ」
「ありゃいつものことだ。気にすんなよ、サシャも友達が出来たようで嬉しいんだろ」
「……上司ですよ」
サシャ=イブリックは、もともと引きこもりのような性格だったらしい。今はあまりそんな風に見えないのは、夫であるアーヴィンとコリンのおかげらしい。
コリンの遠慮ない気安い言い方が、サシャは楽のようだ。
「いいんだって。それより聞けよ、こないだサシャに夫婦喧嘩しようって言われたんだよ」
「え?惚気ですか? ていうかサシャさん変なところアホですね……あんな美人なのに」
「そこが良いんだよ。喧嘩する内容もないから、お互い無視してみようってんで、やってみたら5分でサシャがギブアップしたんだぜ」
ケラケラとアーヴィンは惚気けてくる。
このアーヴィン=イブリックは、サシャ=イブリックのことを追いかけて辺境まで来たらしい。
サシャの居場所が、もうここになっていることにアーヴィンは分かっていたから、王都に帰ろうとは思わなかったらしい。
エリートコースを蹴ってまでやって来たのは、サシャへの愛ゆえだろう。
「やっぱアホじゃないですか…」
「しかも『アーヴィンに無視されたら死にたくなった』だと」
「や、病んでる……」
引きこもりだった時の一部を聞かされた気分だった。
アーヴィンは全く意に介しておらず、そんなサシャも好きだと言っているような笑顔だった。
「そんなことよりもだ。イヴ、お前今日これから空いてる?」
「空いてるって言ったら、サシャさんに殺されます」
へら、と笑うと、アーヴィンはため息をついた。
「サシャは俺から言っとく。 ちょっと談話室で待ってろ」
「え? だ、談話室? なんかあるんですか?」
「待ってれば分かる。 じゃあな」
そう言ってアーヴィンはイヴに後ろ姿で手を振って事務室の方へ行ってしまった。おそらく、サシャに言いに行ってくれているのだろう。
仕方なく、談話室まで向かうことにした。
談話室はこの騎士団には1箇所しかない。 今はほとんどの騎士や傭兵達が訓練や討伐中のため、談話室には誰もいなかった。
イヴは仕方なくアーヴィンの言う通り、ソファに座って待つことにした。
最近はよく眠れるせいなのか、むしろ眠気が増して、寝すぎるほどになったのだ。
談話室は、陽の光が良く入って暖かい。
ようやっと最近、夢は見なくなった。夜ぐっすりと眠れることはここ2ヶ月出来なかったから本当に助かった。
夢を見ない代わりに、今度は思考が回るようになった。
カシミールのことは、未だイヴの心にこびり付いて剥がれない。
無愛想で頭痛に悩まされていた顔も、
イヴが好きだと嘘をついた時の驚いた顔も
全身でイヴのことを好きだと示してくれる態度も
花畑でプロポーズのようなことを言ってくれた言葉も
イヴが最後まで本当のことを言えなくて嘘をつき続けた時の顔も
全部が剥がれなくて、思い出が色褪せない。
時間が解決するのかと思えば、離れている時の方が考えてしまっている。
イヴは少しだけ寝てもいいかとウトウトし始めた頃だった。
談話室の扉がノックされた。パチ、と目を開け、返事をすると、扉が開く。
そして、イヴは目を見張った。
「な、なんで……!」
扉の先にいるのは、今1番、会いたくて会いたくない人だった。
艶のある黒髪に、綺麗な黒曜石が特徴的な人だ。
「イヴ」
二度と会うつもりはなかった。
イヴはどうやって謝ればいいのか分からないし、謝っても許されるとも思っていない。
もうどんな顔をして会えばいいのか分からなかった。
イヴが会いに行かなれければ、二度と会わなくてすむと、そう思った。
「なんで……どうしてきたんですか」
「君に謝りたくて」
「あ、謝るのは私の方じゃないですか…っ、謝りもせずに逃げ出したんですから、もうほっといて下さい…」
男は部屋に入ってイヴの前まで歩いてくる。イヴの前に膝をついて、イヴの手を握った。
微かに震えているのは、イヴの手じゃない。
「イヴ。もう一度君とやり直したい」
「……なんで、どうして…わ、私……ずっと」
「嘘をつかれていた。でも、俺も嘘をついた」
「あなたはなにも……!」
「君と共にいると約束した。それなのに、君を追い出し、実家にも戻れなくして、ここまで追いやった」
男の手が、冷たい。けれどイヴも冷えているようだった。
「お願いだ。今度こそ本当のことを教えて欲しい」
「あ……」
「イヴ、君を愛している。君の気持ちを、教えてくれ」
イヴの頬に暖かい水滴がゆっくり、静かに流れる。
ずっと、言いたかった。
嘘をついたままでは、言えなかった。
「っ……わ、私、本当に……カシミールさんが好きです、好きなんです。こんなに貴方を好きになるなんて思わなかった!」
津波のように押し寄せる気持ちが、勝手に言葉になる。
もう、涙でぼやけて目の前の男はどんな表情をしているのか見えない。
けど手を掴んだままでいてくれる。
「私も、貴方と一緒に居たい……!」
掴まれた手からゆっくりと注がれているのは、愛しさだった。
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