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辺境 side イヴ

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イヴ=スタームは、どこに行ったらいいか分からなかった。
嫁に迎え入れてくれるはずのグランティーノ家を追い出され、父の元に帰ればきっとグランティーノ家に言ってまた金をせびれと言われるだろう。

とぼとぼと歩いていると、ポタ、と地面にシミが広がる。
雨が降っているのか。
いや、違う。顔が濡れている。
一度流れれば、もう止まらなかった。

こんなつもりじゃなかった。
カシミールとはそもそも付き合うつもりなどなかった。
せいぜい父に言われた通りにして、振られたりすればそれで終わりにしようと決めていた。
奇跡かのように付き合ってみれば、カシミールの愛情に溺れた。
息が出来なくなるほどの感情に呑まれる心地良さを初めて知った。
そしたら、嫌われたくないと思い始めた。
父の命令に従って近づいたことも
父に言われて治癒の力を使っていたことも
好きだと嘘の告白をしたことも
全部知られたくないと思った。

好きだったのは嘘なのに、嘘にしたくなかった。

なのに、全て白日の元に晒されたのだ。
醜いと分かっていても、嫌われたくなくて縋りついた。

「は、はは……」

もうどうでもよかった。
父がどうなろうと、自分がどうなろうと。なにも関係なかった。

頭の片隅にあるレイリーの所へ行こうとも思った。
けれど、きっとレイリーは失望する。
イヴの愚かさに、軽薄さに、浅はかさに。
もう尊敬する兄にだけは、嫌われたくなかった。

そして、唐突に学園時代を思い出した。

自分の一つ上の学年で、噂に傷つき、退学したあと、辺境に向かった生徒がいた事を。

その生徒もきっと、自分のように居場所が無くなったのだ。
たからあんな、左遷地区と呼ばれるような辺境へ行ったに違いない。

イヴは、なけなしの金で馬車に乗り込んだ。


しばらく揺られた。およそ一日はかかった。馬に魔法をかけて一日だから、多分本当はもっと日数がかかるはずだ。
それでも何とか、辺境区域に到着することが出来た。

そして、道すがら色んな人に騎士団の場所を尋ねた。
指し示す方向に歩いて、少しずつ騎士団に近づいていく。

なんだか騒がしい声が聞こえてくる。訓練中のようだ。イヴは訓練中の騎士に話しかけられた。

「おい、大丈夫かよ。顔色めちゃくちゃ悪いぞ……」
「あ……いえ、大丈夫です」
「……お前、俺がここに来た時と全く同じ顔してるぜ?」
「え……?」

騎士の方を見ると、艶のある黒髪に翠の瞳。眉目秀麗で、背も高く、体格もしなやかな筋肉に覆われているようだった。

「名前は?」
「い、イヴ=スターム……?いや、グランティーノ……分かんない。イヴです」
「なんだそりゃ。ははー、でも名前も似てんだな、俺ら」
「?」
「俺はアーヴィン=イブリック。家名の方だけど、似てるだろ?」

イヴを見て、アーヴィンは微笑んだ。
そして、アーヴィンは親切にも騎士団の中にイヴを連れて行ってくれて、すぐさま団長と面接になった。

辺境の団長はエドガー団長と言うらしい。イヴがここに来た経緯を聞かれ、もう隠すことでもないと思い全てを話すと、「良く来てくれた。頑張ったな」と優しく言葉をかけてくれた。

そして、その日のうちに寮を案内されたり、職場を案内された。
職場の事務員にはすごくすごくすごく、歓迎された。どうやら2人で今まで頑張ってきていて、そろそろ限界だと思っていたらしい。

「いやー! 来てくれて嬉しいよ!王立騎士団の経理部で働いてた? はーありがたやありがたや!」

こっちは上司でコリンというらしい。およそ上司らしくない口調だった。

「私、忙しすぎて死ぬかと思ってたから本当に嬉しい! よろしくね!」

こっちはおよそ人間とは思えない美しい容姿をしているサシャ=イブリック。アーヴィンの妻らしい。男だが。

こんなに歓迎されたのは初めてのことで、頑張らなくては、と張り切れば、1週間でその気持ちもどこかに飛んで行った。
忙しすぎて頭がおかしくなりそうだった。
けれど、仕事は充実していた。
仕事をしている間は、カシミールのことを忘れられた。

そして、1ヶ月が経った頃から夢を見るようになった。

いつもと同じ夢だ。
自分の犯した罪が全て白日の元に晒され、自分の毒で自分が死にかける。
そして最後には、彼に「失せろ」と言われて飛び起きる。

つらくて、死にたくなった。

それを誰に聞いたらいいか分からなくて、忙しいエドガー団長に相談してしまった。

すると、魔法師団の研究棟に、そういった精神的なことに詳しい人が居ると紹介された。

魔法師団の研究棟は死屍累々だった。

「ああー……イヴっていうの? 私はシルヴァ。よろしくね」

シルヴァは暖かい笑顔で挨拶した。
そして、団長の時のようにここまでの経緯を話した。シルヴァは真剣に、穏やかに、時折相槌を打ちながら聞いてくれていた。
まるで、兄のレイリーのようだと思った。

「……頑張ってここまで来てくれてよかった。 私の方で夢を見ない方法を考えてみるよ」

そう言って、また暖かい笑顔をくれた。

イヴが辺境に来て、3ヶ月が経つ頃にはイヴの得意の治癒の力も知られてしまった。隠すつもりも無かったのだが、訓練中腰を痛めたり筋肉を痛めたりする人が多いのでここでもイヴは重宝された。

特に魔法師団の研究棟の人々には喜ばれた。
ブラックすぎて、いつも疲労で死んでいた。

そして、魔法陣が書かれた紙と小さな布のお守り袋をシルヴァから渡された。

これで夢を見なくて済む。
全てを白日の元に晒し、毒が回り、イヴを殺すあの声も聞かなくて済むのだ。
卑怯と言われようとも、イヴは出来る限り早く忘れたかった。

あの、胸が締め付けられ、死にたくなるほどの切なさを。

その後、シルヴァから唐突に告白をされた。

「過去は変えられない。でも、薄れさせることはできる。前向きに考えて欲しい。君は……充分苦しんだよ」

イヴは、そうして暖かい涙が頬を伝うのを感じた。
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