上 下
8 / 41

舞い上がる side イヴ

しおりを挟む
イヴ=スタームの目論見は、達成されたといっても過言ではなかった。
なんと、絶対に男のイヴでは落ちないと思っていた、あのカシミール=グランティーノがイヴの告白を受け入れたのだ。

イヴは、父の思惑通りになったことにホッとしたことなんかよりも、カシミールと付き合えた事実に喜んでしまった自分がいたことに驚いた。

カシミール=グランティーノといえば、独身、恋人なしの騎士の中でトップクラスのスペックを持つ。
文官女子たちの間で今最も人気のある騎士だ。
侯爵家でありながら広大な領地に莫大な財産、背も高く、逞しい体躯、顔まで良いとくれば、誰だって文句はないだろう。
女子の中では、性格が変わってても全然いけるというほどだが、彼は性格も良かった。
真面目で誠実。少し堅物な面もあるが、真面目すぎるだけであって、決して頑固という訳でもない。

唯一の欠点は、どうにも甘すぎる雰囲気があることの一点のみだった。

付き合ってから、イヴの送り迎えはもちろんのこと、夕食を食べようと言われ、少し雰囲気のいいレストランに連れてかれたと思ったらイヴが食べてる様子をずっと見てくる。

見るだけならまだ良いが、明らかに視線に熱があるのだ。恥ずかしいから止めて欲しいと頼むと、残念そうにされてしまった。

食事をする姿もスマートだが、会計をしようと思ったらいつの間にか払われていてどんだけスマートなんだと思わされた。

極めつけは、別れ間際に必ず手を繋いで額にキスを落としていくのだ。

思い出すだけでイヴは憤死しそうになる。
というか、帰ったあとは必ず枕に顔を埋めて「うわああああ!!」と叫んでいる。

イヴは大嫌いだと思っていた男に、むしろイヴが落とされかかっていた。

こんなはずではなかった。
父の言う通りにやって、失敗したら仕方ない、父に諦めてもらおう。くらいにしか考えていなかった。
だいたい、付き合ってお金の無心をするということをどうやってやればいいのかイヴには分からないし、むしろもうそんなことしたくないとすら思っていた。

それくらい、イヴは既にカシミールに絆されていた。

治癒は毎日ではなかった。というよりも、カシミールはほとんど治っているようだった。表情も和らいでいて、カシミールが嘘をついているようには見えなかった。

カシミールに「イヴが尽くしてくれたおかげだ。ありがとう」と、微笑まれれば、ぶわっ、と指先から暖かいものが流れると同時に、恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。

同僚には速攻でバレた。イヴの性癖をしっていて、毎日送り迎えがあるとなればそれは当然の事だった。
しかもその上、カシミールの顔が柔らかいとくれば、バレない方がおかしいのだ。
男の同僚には「どうやって落とした! すげぇな、イヴ!玉の輿か!」と興奮され、女の同僚には「つり合ってない」とやっかまれた。

これが有名税と言うやつか、と若干ズレたことを考えてしまった。当然のごとく、愛想笑いでどっちも流した。
ペラペラ話したところで、しょうもないし、やっかみに反応した方が面倒なことになるだろうとおもったからだ。

つり合っていないというのは、イヴが1番理解していた。
侯爵家といえど、ほぼ落ちぶれかけている歴史だけが古いスターム家の五男。父が死んだとなっても、遺産なんかほぼ無いだろう。
カシミールはゲイではないし、もしかしたら気持ちが変わってしまうかもしれない。
見目も悪くない、という父の言葉通り、その程度なのだ。平凡と言うにはパーツは整っている方だと思うけれど、それまでで、雰囲気だけ、という感じなのだ。

イヴは良く、軽そうな人間に見える、と言われることが多い。
多分普段の愛想笑いやプラチナブロンドがそう見せてしまう。
けれどイヴはどちらかと言うと付き合ったら尽くす方だ。恐らく、治癒の奉仕をし続けたせいだろう。
そんなだから付き合った男女とも、「思っていた人と違う」と言われて別れることが多い。
というのも、軽い付き合いが出来ると思われて付き合い始めているからだ。
イヴは軽い付き合いを望まれていることが分かっていても、簡単に付き合ってしまうから長続きしなかった。

だから、尽くされるというのは実は初めての事だった。

耐性がないせいで、甘い言葉に甘い態度、甘い雰囲気になっただけで叫び出したくなるし、逃げ出したくなる。
いつも頭の中はぐちゃぐちゃになるし、顔も耳も、むしろ多分頭頂部まで真っ赤になってしまっているに違いない。

けれど、嬉しくて、楽しくて仕方なかった。

まだ口付けはしてないが、カシミールに引かれたくなくて、自分からは出来なかった。
付き合ったら速攻、キスやそれ以上のことをしてきていたイヴが、奥手になってしまうほど、恥ずかしくて仕方ないのだ。

だから、もう少しだけ楽しんだら、ちゃんと謝ろうと思った。

父に言われてカシミールに近づいたこと。
治癒の見返りとして、金の無心をするつもりだったこと。
礼の一つも言わない大嫌いな男と思っていたこと。
イヴが好きだと告白したことが嘘だったこと。

そして、それを隠して今も付き合い続けていること。

言おうと思っても、なかなか言い出せなかった。
手を繋がれれば、嬉しくて舞い上がりそうだし、額にキスをされれば恥ずかしくて憤死してしまいそうだし、甘い雰囲気に呑まれて、言い出せなかった。

言って、カシミールに嫌われたくないと、そう思ったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

仮面の兵士と出来損ない王子

天使の輪っか
BL
姫として隣国へ嫁ぐことになった出来損ないの王子。 王子には、仮面をつけた兵士が護衛を務めていた。兵士は自ら志願して王子の護衛をしていたが、それにはある理由があった。 王子は姫として男だとばれぬように振舞うことにしようと決心した。 美しい見た目を最大限に使い結婚式に挑むが、相手の姿を見て驚愕する。

可愛くない僕は愛されない…はず

おがとま
BL
Ωらしくない見た目がコンプレックスな自己肯定感低めなΩ。痴漢から助けた女子高生をきっかけにその子の兄(α)に絆され愛されていく話。 押しが強いスパダリα ‪✕‬‪‪ 逃げるツンツンデレΩ ハッピーエンドです! 病んでる受けが好みです。 闇描写大好きです(*´`) ※まだアルファポリスに慣れてないため、同じ話を何回か更新するかもしれません。頑張って慣れていきます!感想もお待ちしております! また、当方最近忙しく、投稿頻度が不安定です。気長に待って頂けると嬉しいです(*^^*)

雪を溶かすように

春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。 和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。 溺愛・甘々です。 *物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています

ギャルゲー主人公に狙われてます

白兪
BL
前世の記憶がある秋人は、ここが前世に遊んでいたギャルゲームの世界だと気づく。 自分の役割は主人公の親友ポジ ゲームファンの自分には特等席だと大喜びするが、、、

人生に脇役はいないと言うけれど。

月芝
BL
剣? そんなのただの街娘に必要なし。 魔法? 天性の才能に恵まれたごく一部の人だけしか使えないよ、こんちくしょー。 モンスター? 王都生まれの王都育ちの塀の中だから見たことない。 冒険者? あんなの気力体力精神力がズバ抜けた奇人変人マゾ超人のやる職業だ! 女神さま? 愛さえあれば同性異性なんでもござれ。おかげで世界に愛はいっぱいさ。 なのにこれっぽっちも回ってこないとは、これいかに? 剣と魔法のファンタジーなのに、それらに縁遠い宿屋の小娘が、姉が結婚したので 実家を半ば強制的に放出され、住み込みにて王城勤めになっちゃった。 でも煌びやかなイメージとは裏腹に色々あるある城の中。 わりとブラックな職場、わりと過激な上司、わりとしたたかな同僚らに囲まれて、 モミモミ揉まれまくって、さあ、たいへん! やたらとイケメン揃いの騎士たち相手の食堂でお仕事に精を出していると、聞えてくるのは あんなことやこんなこと……、おかげで微妙に仕事に集中できやしねえ。 ここにはヒロインもヒーローもいやしない。 それでもどっこい生きている。 噂話にまみれつつ毎日をエンジョイする女の子の伝聞恋愛ファンタジー。    

【完結】《BL》拗らせ貴公子はついに愛を買いました!

白雨 音
BL
ウイル・ダウェル伯爵子息は、十二歳の時に事故に遭い、足を引き摺る様になった。 それと共に、前世を思い出し、自分がゲイであり、隠して生きてきた事を知る。 転生してもやはり同性が好きで、好みも変わっていなかった。 令息たちに揶揄われた際、庇ってくれたオースティンに一目惚れしてしまう。 以降、何とか彼とお近付きになりたいウイルだったが、前世からのトラウマで積極的になれなかった。 時は流れ、祖父の遺産で悠々自適に暮らしていたウイルの元に、 オースティンが金策に奔走しているという話が聞こえてきた。 ウイルは取引を持ち掛ける事に。それは、援助と引き換えに、オースティンを自分の使用人にする事だった___  異世界転生:恋愛:BL(両視点あり) 全17話+エピローグ 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

転生場所は嫌われ所

あぎ
BL
会社員の千鶴(ちずる)は、今日も今日とて残業で、疲れていた そんな時、男子高校生が、きらりと光る穴へ吸い込まれたのを見た。 ※ ※ 最近かなり頻繁に起こる、これを皆『ホワイトルーム現象』と読んでいた。 とある解析者が、『ホワイトルーム現象が起きた時、その場にいると私たちの住む現実世界から望む仮想世界へ行くことが出来ます。』と、発表したが、それ以降、ホワイトルーム現象は起きなくなった ※ ※ そんな中、千鶴が見たのは何年も前に消息したはずのホワイトルーム現象。可愛らしい男の子が吸い込まれていて。 彼を助けたら、解析者の言う通りの異世界で。 16:00更新

魔法菓子職人ティハのアイシングクッキー屋さん

古森きり
BL
魔力は豊富。しかし、魔力を取り出す魔門眼《アイゲート》が機能していないと診断されたティハ・ウォル。 落ちこぼれの役立たずとして実家から追い出されてしまう。 辺境に移住したティハは、護衛をしてくれた冒険者ホリーにお礼として渡したクッキーに強化付加効果があると指摘される。 ホリーの提案と伝手で、辺境の都市ナフィラで魔法菓子を販売するアイシングクッキー屋をやることにした。 カクヨムに読み直しナッシング書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLove、魔法Iらんどにも掲載します。

処理中です...