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理人×雅

side理人

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   日勤の喧騒は薄れ、スタッフステーションから漏れる明かりが見える。スタッフステーションにはもう夜勤者だけが残っているようだった。紫桃を飲みに連れていった時を思い出す。

  こんな感じの静けさで、居酒屋へ連れていき、手術が終わって疲れた所になんか可愛く色っぽい潤んだ瞳で見上げられ、めちゃくちゃイライラしたなぁ、と。

  思い出しながら廊下を歩いていると、俺の姿を見かけた看護師が一人こちらに歩いてくる。その女性はいつかの日に紫桃雅について教えてくれた看護師だった。

「あれ? 春永先生まだ帰ってなかったんですか?今日当直じゃないですよね?」
「あーうん。そうだけど」
「ちょうど良かった。 紫桃くんも連れて帰ってくれません? もー明日で良いって仕事までやってて…あれじゃ患者じゃなくて紫桃くんが倒れちゃう」

  はぁ、と困ったように顎に指先をあててため息をつく。彼女は本気で紫桃を心配しているようだった。

「でも俺、紫桃に避けられてんだよね」
「何したんですか?紫桃くんが避ける?」
「まあ、ちょっと」
「……まさか職場で手を出したりしてませんよね?」
「しないしない」

  さらっと嘘をついたが訝しむ顔が変わらない。完全に疑われている。

「じゃあ春永先生じゃダメか…」
「いや、むしろ俺が言えば帰るって」
「そうかしら」

  まだ疑う彼女に背を向けて紫桃の姿を探す。紫桃はスタッフステーションの中の電子カルテと睨めっこしていた。もうすぐ日付も変わる。未だ日勤の中で帰っていないのは紫桃だけだった。

「おーい、しとーくん」

  ビクゥ、と身体全身が強ばって揺れた。紫桃の明らかな怯えに後ろにいる看護師の視線が痛い気がする。

「今俺と帰るか、この間の写真を出すか、どっちがいい?」
「は……写真?」
「どっち?」
「…か……帰ります!!」

  椅子から勢いよく立ち上がり、すぐさま帰る準備を始めた。あまりの慌てように面白くて笑みが零れてしまう。
  写真と聞いて何を想像したのだろうか。多分事の最中か事後の写真だと思っているに違いない。
  後ろにいる彼女の視線は相変わらず痛い。

「……まさか本当に?」
「さー? 写真は嘘だけどね」
「勘弁してください。 あーまた何人かの看護師のやる気が削がれる…」
「あ、そっちの心配?」
「私は私の家族に尽くす方が大事ですから。仕事に支障をきたすようなことは嫌なんです」

  この心臓外科のトップである士郎の事実上の結婚の話に、何人かの独身看護師は膝から崩れた。しばらくの間は仕事の効率が落ちて士郎が少しイライラしていたのは記憶に新しい。
  士郎の次に結婚するなら、という話で俺がよく持ち上がっているのは知っていた。既に切り替えていた看護師たちのやる気が無くなるのを危惧しているようだった。

「正直だねぇ」
「それがモットーです。 紫桃くんの送り狼にならないで下さいね」
「うーん、返事しかねる」
「……この人にお願いするんじゃなかったー……」

  最初に喧嘩を止めろと言ったことから後悔されている気がしたが、俺はそれを聞かなかったことにして紫桃が控え室から出てくるのを待っていた。
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