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廉×碧
真綿の執着
しおりを挟む「珍しいな、お前が俺に相談なんて」
「んーまぁね。俺も養子にしたい子が居るんだよね」
久しぶりに声を掛けた同僚は、驚きに目を見開き、直ぐに元の真顔に戻った。
病院の屋上は院内の慌ただしい雰囲気もなく、風の音しかない静かな空気に満ちていた。
同僚は三橋士郎。去年、恋人を養子にした男だ。この病院の跡継ぎなのにも関わらず、男の恋人と実質結婚した猛者である。
そのせいで院内で三橋家の親戚共の後継争いが激化していたりする。が、本人は知らぬ存ぜぬとばかりに涼しい顔をしている。
「今すぐって訳じゃなくて、おじいさんが亡くなった後だけどね」
「なんだ、すぐの話かと」
「おじいさんと二人家族だからね。今すぐ引き離したくはないかな。それにおじいさんはピンピンしてるし。恋人も作るくらい元気だよ」
「それは凄いな…」
同僚の感心した様子につい笑ってしまう。
「それなら、俺の親戚との見合い話は無かったことにする」
「あ、やっぱり?なーんか周りがうるさいと思った。勘弁してよ、俺の恋人ここの患者だからさ」
「……お前、患者に手を出したのか」
「失敬な。好きになったのは患者になる前だから」
あの子が倒れるほんの数秒前。
すれ違いざまに見る儚げな生命なのに、どこか芯のある瞳。どうしても目が逸らせず、そして絶対に死なせてたまるかと己のプライドを燃やした。
「俺の親族は母に黙らせてもらうように頼んでおく」
「雪夜君が仲介なんだっけ? 母親との亀裂を修復してくれたのも」
「……まだ許せないと思う時もあるが」
「頑固だねぇ。だからこそ、心臓外科トップとして君臨し続けられるプライドを保てるんだろうね」
ふ、と鼻で軽く笑った同僚が少し眩しい。両親からの許可も得てプライベートも仕事も順風満帆。羨ましい限り。
けど遠くない未来、自分も彼と同じようにあの子を本当の意味で手に入れられる。
ゆっくり、ゆっくりとそれこそ亀の歩みでいい。着実に、確実に、堕ちる所まで堕とす。
「……お前に捕まった子は、ある意味同情する」
「幸せにする自信しかないけど?」
「本気で言ってるのか?」
士郎に真顔で聞かれ、自分がようやく嗤っていることに気づいた。
「本気だけど。まぁ、俺の考える幸せだけどね」
士郎は眉間に皺を寄せ、はぁ、とため息をつく。士郎の同僚である理人にも言われた事がある。『お前に捕まった彼女は、みんなお前の言う事聞くようになってたなぁ。あれ傍から見たら若干気持ち悪かったぞ』と。
ある種、俺は多分サイコパスの様なものなのかもしれない。もちろん危害を加えようなんて考えたことない。だってそんなことをすればあの子と引き離されてしまう。
「…………まぁ、犯罪じゃなきゃ俺は止めん」
「未成年の間は我慢したから見逃してよ」
「お前と話してると、自分が凄くマトモな人間だと自覚する」
そんな失礼な事を言われるが、それでも笑いは止まらない。
人生で一番今が輝いている。あの子が居る限り、俺の人生は最高を更新する。
気持ち悪いと言われようとも、真綿の執着は消えやしない。
たとえ、あの子がいつか離れたいと言っても。
「捨てられないように頑張るよ」
「そうしろ。有り余った金とその優しい仮面でな」
背をくるりと向け、士郎は屋上の扉に向かっていく。
空は相変わらず碧かった。
500人お気に入りありがとうございます。
次は理人を書いています。(士郎編で少し出てきた心臓外科の同僚です)良ければまた是非読んでくださると嬉しいです。
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